奈良の名所・古跡

行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・

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五條勘定山古墳

2012年01月28日 | 古墳
 柿畑に有る小さな円墳です 撮影日;2012.01.15

 径17m・高さ1.2mの円墳だそうですが、かなり削られているようです
 遺跡地図の「19D-68」です

 結晶片岩の板石を組み合わせて構築された横口式石榔が有りますが、埋め戻されています
 見逃してしまいそうですが、南側に開口部が有ります
 玄室長2.1m、羨道部長約0.6mです

 石榔の閉塞石の前面から須恵器台付長頸壷・直口壷・高杯・杯・甑や竃などのミニチュア炊飯具が出土しています

 被葬者は窯業に従事した渡来系の人と考えられています
 築造は7世紀中頃の古墳時代末期です 

勘定山古墳の墳丘 勘定山古墳の開口部

★所在地;五條市西河内町・三在町
★交通;JR五条駅より バスで「国道三在」下車 徒歩3分
★駐車場;なし
★入場料;見学は農繁期を避けてください
★問合せ;


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荒坂窯跡

2012年01月27日 | 史跡
 川原寺の創建時に瓦を供給しています 撮影日;2012.01.15

 向山丘陵と西河内丘陵の間に西から延びてきた丘陵突端部に位置し、前を流れる関屋川を望む斜面に造営されています
 昭和8年と47年に発掘調査が行われ、昭和49年に県の史跡に指定されました

 須恵器と瓦をともに生産した瓦陶兼用窯として知られ、これまで12基の窯跡が確認されています
 窯の北向きの丘陵斜面に営まれた半地下式の登窯で、全長9.1mを測る
 燃焼室は長さ1.3m、同幅1.9m燃成室は階段式で11段よりなり、長さ約5mで約30度の傾斜をもっている
 窯体内やその付近からは蓮華文軒丸瓦、重弧文軒平瓦、平瓦、丸瓦などの瓦類とともに焼けひずみのある須恵器の燃焼が行われたことが知られます 

荒坂窯跡のある柿畑 荒坂窯跡実測説明版 荒坂窯跡説明版

★所在地;五條市西河内町字荒坂802
★交通;JR北宇智駅下車 徒歩20分
★駐車場;スペース有り
★入場料;一号窯の覆い屋には鍵がかかっています
★問合せ;0747-22-4001(五條市教育委員会)、0742-22-1101(奈良県教育委員会)


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巨勢山323号墳

2012年01月26日 | 古墳
 巨勢山古墳群で確認されている唯一の横口式石槨墳です 撮影日;2012.01.15

 一辺14.8m・高さ約3mの方墳です

 横口式石槨は南に開口しています
 全長約4.5mで、石槨長約2.1m、幅約0.8m・高さ約0.8m
 羨道長さ約2.4m・幅約1.5m・高さ約1.3m
 葛城閃緑岩の切石(石槨部)と割石(羨道部)で構成されています

 出土遺物は須恵器・土師器が確認されています 
 築造は7世紀中頃(古墳時代末期)

巨勢山323号墳開口部 ものすごい薮に覆われた巨勢山323号墳の墳丘

 「巨勢山古墳群」は5世紀~7世紀中頃までに築造された700基程で構成される国内最大級の群集墳です
 大半が径約10m~20m程の小規模な円墳で構成されています
 室の宮山古墳の南、巨勢山丘陵を中心とした東西3.3km、南北3.5kmの範囲に分布しています
 2002年12月19日に国の史跡に指定されました 

323号墳の南側にある円墳のひとつ ≪行き方≫巨勢山丘陵の西端に小さな墓地があります。その墓地の最高部から薮の中に突入して、まっすぐ頂上を目指す(よじ登る)と墳丘が見えてきます。開口部は南側なので、右手に回り込めば開口部が見つかるはずですが、薮がものすごくてたどり着けません。左手に回り込んで行くと杉の木に白い紐がたくさん巻きつけてありますので、それに沿って進むと、南側の尾根に出ます。40cm程の花崗岩があるので、少し尾根を登ると開口部が見えると思います。

★所在地;御所市西寺田宇墓山
★交通;近鉄御所駅より バスで「寺田橋」下車 徒歩15分
★駐車場;麓にある墓地にスペース有り
★入場料;見学自由
★問合せ;




 

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竹内22号墳

2012年01月25日 | 古墳
 竹内古墳群で唯一石室が開口している古墳です 撮影日;2012.01.14

 全長42m程の前方後円墳です
 後円部径24m・高さ5.5m、前方部幅31m・高さ4.5m
 周囲には幅5.5mの周濠が有ったようです

 前方部に横穴式石室が開口しています(かなり狭いです)
 後円部にも横穴式石室が有りましたが、石材は抜き取られ跡だけが残っています

竹内第22号墳石室

 22号墳のすぐ北側に34号墳「茶山古墳」が有ります

 昭和21年に調査され、疑灰岩の板石を組合わせた家形石棺が土中に直接埋葬されていました
 石棺内に3体分の人骨と鉄刀、鉄製のやじり等があり、棺外から須恵器等も出土しています

 『ほんみち竹ノ内廟所』の西側に墳丘全体が墓地になっている古墳があります
 遺跡地図の「13A-32」です

竹内古墳群の13A-32 竹内1号墳(左)と2号墳 竹内3号墳(手前)と奥が4号墳 

 さらに西へ行くと「史跡の丘」が有り、1~4号墳が保存されています 

★所在地;葛城市竹内
★交通;近鉄「磐城」駅下車 徒歩15分
★駐車場;有ります
★入場料;無料
★問合せ;22号墳は『ほんみち竹ノ内廟所』の敷地内に有りますので、見学は許可が必要です


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出屋敷町のヘラノキ

2012年01月24日 | 巨樹
出屋敷町のヘラノキ 後方の大きな樹木はケヤキです

 勘定山古墳の北側に有ります 撮影日;2012.01.15

 五條市の北端に位置する出屋敷町では、古くからヘラノキの生育が知られています
 昭和28年3月23日、奈良県の天然記念物に指定されています

 株立ちの樹形で樹高は、目測でおおよそ5m前後です

 ヘラノキ(箆の木)は、シナノ木科の落葉高木で、主として九州に分布しています
 県内では当地域と吉野川沿岸の一部にみられるそうです
 7月頃に淡黄色の花を開きます
 花序は箆状の包に付き、その形状からヘラノキの名前がつきます

 ヘラ皮と呼ばれる内樹皮(甘皮)の繊維が強靱なことから、古くは縄・縫い糸・釣り糸・馬具など、様々な民具に利用されていたそうです

ヘラノキの花 ヘラノキの葉 ヘラノキの幹

★所在地;五條市出屋敷町
★交通;JR五条駅より バスで「小山」下車 徒歩8分
★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;

 地蔵寺の南西数十mの地点にある貯水池(溜め池)の南端にあります


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宇智陵

2012年01月23日 | 
 非業の死を遂げた井上内親王の御陵です 撮影日;2012.01.15

 井上内親王は、聖武天皇の長女として717年に生まれ、11歳で伊勢神宮の斎宮に赴き119年間奉任します
 30歳の時平城京へ退下し、数年後、白壁王の妃となり、754年38歳の時に酒人内親王、761年に他戸親王を産みます
 770年に白壁王の皇后となり、翌年他戸親王も皇太子になりますが、772年に冤罪をきせられ、皇后・皇太子の位を剥奪されます
 宝亀4年(773)10月、光仁天皇の姉・難波内親王を厭魅した罪により、宇智に幽閉されました
 775年井上内親王59歳のとき、他戸親王は15歳ので毒殺されてしまいました 

 その後、井上内親王の怨霊とかで各所に天変地変が起こります
 延暦10年(800)7月に至って垣武天皇は、皇太子早良親王に崇道天皇の追称(淡路島に葬られる)を与え、井上内親王を皇后に復しました
 
 その墓を山陵として祀ってあります

宇智陵全景

★所在地;五條市御山町
★交 通;JR五条駅より バスで「丹原」下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★入場料;参拝自由
★問合せ;

 大野町と御山町の境界辺り、農免道路沿いに有ります
 とても静かな場所です



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出屋敷塚山古墳

2012年01月22日 | 古墳
 完全な形で人骨が出土したことで知られます 撮影日;2012.01.15

 一辺約24m・高さ5mの方墳です

 墳丘には葺石と円筒埴輪盾形埴輪・短甲形埴輪・家形埴輪が置かれていたそうです

 埋葬施設(竪穴式石室?)には緑泥片岩製の箱式石棺があり、壮年男子の骨がほぼ完全な形で残っていました
 石棺内には鹿角装鉄剣2振りが有りました
 石室に接した副室や石室周囲には三角板鋲留短甲や衝角付宵・肩甲・脇当・篠籠手などの武具や武器として使われた鉄斧をはじめ、鉄刀・鉄鍍・鉄鎧・鉄整・鉄錐などの鍛冶具・鉄鎌や鉄釣針などの農具や漁撈具が副葬されています

 被葬者は、鉄器生産に関わった人だったでしょうか
 築造は5世紀中頃と考えられます

柿に木が植わる塚山古墳の平坦な墳頂 墳頂上の緑泥片岩石材

★所在地;五條市出屋敷町
★交通;近鉄御所駅より バスで「小山」下車 徒歩5分
★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;


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寺口団子山古墳

2012年01月21日 | 古墳
 民家の裏山にある古墳です 撮影日;2012.01.14

 一辺約22m・高さ約5mの方墳です
 主石室は南に開口する両袖式横穴式石室です
 全長9.7m・玄室長4.m・幅1.7~2.2m・高さ2.3m
 羨道部長5.2m・幅1.5m・高さ1.4m

寺口団子山古墳の開口部 寺口団子山古墳の石室 

 南西隅にも小石室が有ります
 開口部は土砂で埋っているのか、崩れているのか、石室内の詳細は不明です

 築造年代は6世紀末~7世紀前半とされています

寺口団子山古墳の小石室 寺口団子山古墳への小道 

★所在地;葛城市寺口
★交通;近鉄「新庄」駅下車 徒歩35分
★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;

 近くに二塚古墳が有ります


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仏隆寺の入定石室

2012年01月20日 | 文化財
 古墳の石室に似た造りをしています 撮影日;2012.01.08

 平安時代後期の貞観元年(859)の構築と伝えられます
 国の重要文化財に指定されています

入定石室内の五輪塔 宝形造りの石室で、高さは3.8m・幅は6.8m
 高さ2m・幅72cm・奥行き5.2mの羨道が付きます

 石室内部には玄室を設けて五輪塔が置かれています
 五輪塔は、高さ98cmで鎌倉時代末期の作です 
 佛隆寺の僧で貞観9年(867)7月5日に入定した堅恵上人の墓と伝わります

 佛隆寺の本堂の裏側に十三重の石塔が立っています

 鎌倉時代末期の元徳2年(1330)の造立です
 高さは406cm
 相輪を欠き、地上に置かれています

 興福寺の僧・修円(承和2年(835年)没)の墓とも伝えられます

 修円は室生寺を創建した僧・賢憬の後を継いだ僧です          
 修円は空海や最澄と並ぶほど顕教、密教を兼ね備えており、室生寺の基礎はほぼ修円の時代に固められたと伝えられています

 山門から本堂へ向かう石段脇に「山梨の木」が有ります

 樹齢450年、長十郎梨の原木だそうです
 千年桜の咲く頃、境内手前で白い花を咲かせます

仏隆寺の十三重石塔 仏隆寺の山梨

★所在地;宇陀市榛原赤埴1684
★交通;近鉄「榛原」駅より バスで「高井」下車 徒歩30分
★駐車場;有ります(無料)
★入山料;100円
★問合せ;0745-82-2714(仏隆寺)


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津越家住宅

2012年01月19日 | 文化財
 江戸時代中頃に建てられたそうです 撮影日;2012.01.18
 
 津越家はこの辺りの山持ち庄屋さんの家柄で、大和屋根の立派な家屋を構えています 「大津屋」として宿屋を営んでいました
 陣笠などが保管され、馬繋ぎ輪が2ヶ所あるので、武士が多く利用したと思われます
 天誅組も宿泊しているそうです

 高井の千本杉から坂道を上がり詰めたところが津越辻です
 300年を経ている大和棟の建物が津越家です
 昔は庭先を伊勢本街道が通っていたそうです

 『明治・大正・昭和初期の古民家を大切にする会』が、平成18年4月1日に古民家として「主屋・土蔵」を6番目に登録しています

 「大津屋」の隣に明治初期まで「長谷屋」が営業していたそうです

★所在地;宇陀市榛原高井672
★交通;近鉄榛原駅より バスで「高井」下車 徒歩20分
★駐車場;スペース有り
★入場料;外観のみ見学可
★問合せ;0745-82-6034(明治・大正・昭和初期の古民家を大切にする会)
  見学は問い合わせてください


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