最古の古墳か?と言われたことも有りました 撮影日;2010.01.17
現状は径約35mの円墳状
周濠を持つ前方後円墳です
2005年の天理大学の研究グループによる地下のレーダー探査で
東隣にあるホケノ山古墳の周濠跡が堂ノ後古墳の墳丘の一部を切り崩した後から造成されている可能性が提起され
最古の古墳?と注目を浴びました
2009年に範囲確認を目的に桜井市教育委員会が調査を行ない
周濠から埴輪や須恵器等が出土
出土遺物から築造年代は5世紀後半と推定されています
★所在地;桜井市箸中
★交通;JR巻向駅下車 徒歩10分
★駐車場;有ります(無料)
★入場料;見学自由
★問合せ;0744-42-9111(桜井市役所)
国津神社の背後に有ります
箸墓古墳「大市墓」も近くです
現状は径約35mの円墳状
周濠を持つ前方後円墳です
2005年の天理大学の研究グループによる地下のレーダー探査で
東隣にあるホケノ山古墳の周濠跡が堂ノ後古墳の墳丘の一部を切り崩した後から造成されている可能性が提起され
最古の古墳?と注目を浴びました
2009年に範囲確認を目的に桜井市教育委員会が調査を行ない
周濠から埴輪や須恵器等が出土
出土遺物から築造年代は5世紀後半と推定されています
★所在地;桜井市箸中
★交通;JR巻向駅下車 徒歩10分
★駐車場;有ります(無料)
★入場料;見学自由
★問合せ;0744-42-9111(桜井市役所)
国津神社の背後に有ります
箸墓古墳「大市墓」も近くです
「城山児童公園」として整備されています 撮影日;2010.01.10
いずれも香芝市指定文化財となっています
【城山1号墳】
帆立貝式古墳で、主軸長は約44m、前方部幅約18m、後円部径約40m
築造は5世紀前半頃
正式な埋葬部の発掘は行われていないようです
盗掘されています(時期は不明)
この盗掘後の墳丘の補修の際、掘りあげられていた土中から硬玉製管玉1個、埋葬施設に使われたと思われる朱や粘土の断片が少量出土しています
碧玉製管玉1個も出土しています
【城山2号墳】1号墳の南にあります
香芝市内で最古の古墳です
東西径19m、南北径21m、現状高さ4.5mの円墳
築造は4世紀末頃
墳頂部は盗掘等で改変されていました
発掘調査では主軸を南北に置く埋葬設備が検出されています
長さ4.6m、幅65cmの割竹形木棺を安置していた粘土槨の中から挂甲、鉄剣、鉄刀、鉄槍、筒形銅器等の武具・武器類が出土
★所在地;香芝市真美が丘4-5
★交通;近鉄五位堂駅下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
墳頂に登れます
★問合せ;0745-76-2001(香芝市教育委員会)
いずれも香芝市指定文化財となっています
【城山1号墳】
帆立貝式古墳で、主軸長は約44m、前方部幅約18m、後円部径約40m
築造は5世紀前半頃
正式な埋葬部の発掘は行われていないようです
盗掘されています(時期は不明)
この盗掘後の墳丘の補修の際、掘りあげられていた土中から硬玉製管玉1個、埋葬施設に使われたと思われる朱や粘土の断片が少量出土しています
碧玉製管玉1個も出土しています
【城山2号墳】1号墳の南にあります
香芝市内で最古の古墳です
東西径19m、南北径21m、現状高さ4.5mの円墳
築造は4世紀末頃
墳頂部は盗掘等で改変されていました
発掘調査では主軸を南北に置く埋葬設備が検出されています
長さ4.6m、幅65cmの割竹形木棺を安置していた粘土槨の中から挂甲、鉄剣、鉄刀、鉄槍、筒形銅器等の武具・武器類が出土
★所在地;香芝市真美が丘4-5
★交通;近鉄五位堂駅下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
墳頂に登れます
★問合せ;0745-76-2001(香芝市教育委員会)
公園として整備されています 撮影日;2010.01.10
馬見丘陵の南端に位置する円墳で丘陵の頂上部を利用して作られています
【1号墳】
現状の径は東西約15m、南北約13m、高さ2.5mの円墳です
埋葬施設は2基
中央部は表土直下で一部赤色顔料の浸透がみられる事より元々木棺直葬の埋葬施設があったと思われます
墳頂の東よりから木棺直葬の埋葬施設が1基検出され鉄剣が出土しています
全体にかなり乱掘されていますが、乱掘抗内からも鉄刀片、鉄鏃片、須恵器杯蓋片等が検出されています
【2号墳】
1号墳の南側に有ります
現状の径が東西約13m、南北約15m、高さ約2mの円墳です
墳丘中央部で木棺直葬の土壙があり木棺の両端を石魂で押さえていた事が判っています
墳丘西南の斜面からも小型の木棺直葬の土壙が検出され2基の埋葬施設がある事が確認されています
副葬品の出土は無かったそうです
昭和46年に橿原考古学研究所により調査されています
築造はどちらも5世紀後半とされます
★所在地;香芝市真美ヶ丘1丁目
★交通;近鉄五位堂駅下車 徒歩10分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
墳頂にも登れます
★問合せ;0745-76-2001(香芝市教育委員会)
馬見丘陵の南端に位置する円墳で丘陵の頂上部を利用して作られています
【1号墳】
現状の径は東西約15m、南北約13m、高さ2.5mの円墳です
埋葬施設は2基
中央部は表土直下で一部赤色顔料の浸透がみられる事より元々木棺直葬の埋葬施設があったと思われます
墳頂の東よりから木棺直葬の埋葬施設が1基検出され鉄剣が出土しています
全体にかなり乱掘されていますが、乱掘抗内からも鉄刀片、鉄鏃片、須恵器杯蓋片等が検出されています
【2号墳】
1号墳の南側に有ります
現状の径が東西約13m、南北約15m、高さ約2mの円墳です
墳丘中央部で木棺直葬の土壙があり木棺の両端を石魂で押さえていた事が判っています
墳丘西南の斜面からも小型の木棺直葬の土壙が検出され2基の埋葬施設がある事が確認されています
副葬品の出土は無かったそうです
昭和46年に橿原考古学研究所により調査されています
築造はどちらも5世紀後半とされます
★所在地;香芝市真美ヶ丘1丁目
★交通;近鉄五位堂駅下車 徒歩10分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
墳頂にも登れます
★問合せ;0745-76-2001(香芝市教育委員会)
目立つ場所ですが、古墳と気付く人は? 撮影日;2010.01.10
前方部は香芝自動車学校の教習路になっています
後円部もかなり削られているようです
復元長90~100m、後円部の現状高さ約8mの前方後円墳です
昭和45年に発掘調査されています
葺石と埴輪があったようです
埋葬施設は後円部に粘土槨の下部の一部が残存していたそうです
主軸に沿って長さ5.5m、幅3mの土擴があり、その内側にバラスを用いた排水施設をつくりその中に粘土槨を造っていました
鉄刀片、鉄斧などが出土しています
★所在地;香芝市瓦口字石塚
★交通;近鉄五位堂駅下車 徒歩10分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
後円部の立ち入り可能
★問合せ;0745-76-2001(香芝市教育委員会)
北へ5分ほどの所に別所城山古墳が有ります
前方部は香芝自動車学校の教習路になっています
後円部もかなり削られているようです
復元長90~100m、後円部の現状高さ約8mの前方後円墳です
昭和45年に発掘調査されています
葺石と埴輪があったようです
埋葬施設は後円部に粘土槨の下部の一部が残存していたそうです
主軸に沿って長さ5.5m、幅3mの土擴があり、その内側にバラスを用いた排水施設をつくりその中に粘土槨を造っていました
鉄刀片、鉄斧などが出土しています
★所在地;香芝市瓦口字石塚
★交通;近鉄五位堂駅下車 徒歩10分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
後円部の立ち入り可能
★問合せ;0745-76-2001(香芝市教育委員会)
北へ5分ほどの所に別所城山古墳が有ります
茅渟王一族の墓と考えられています 撮影日;2010.01.10
1辺20m・高さ3.5m弱の方墳と考えられる(径24~26mの円墳とも)
墳丘南に開口する横穴式石室は全長9.2m、玄室幅2.85m、高さ約2m
左右の袖部は50cm、60cm
奥壁は基底部に一枚石を置きその上に左右2枚の巨石を積み上げ、隙間に小石を詰めている
玄室壁面は主として巨石の2段構造で2石目で持ち送っている
羨道は玄室同様、巨石を一列に4石並べ、天井石との隙間に小石を詰めている
天井には玄室2枚、羨道2枚の巨石を架している
石材は、切石ではないが、面の整った花崗岩の巨石を用いている
平野2号墳は車塚古墳の西にあり、やや高所にあります
江戸時代末の絵画には横穴式石室の石材と見られるものが描かれているそうです
墳丘は直径26m・高さ6.5の円墳
石室には巨大な花崗岩が用いられています
全長10.6m、玄室長3.8m、幅2.6m
羨道の床面には10cm前後の小石が敷き詰められているそうです
玄室中央部には土を固めて作った棺台が設けられ、凝灰岩の切り石が敷かれているそうです
杵築神社の社叢内に有った3号墳と4号墳は消滅しています
杵築神社の西にある正楽寺境内に平野塚穴山古墳(平野五号墳)が有ります
★所在地;香芝市今泉1
★交通;JR志都美駅下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★入場料;金網越しに見学
★問合せ;0745-76-2001(香芝市教育委員会)
1辺20m・高さ3.5m弱の方墳と考えられる(径24~26mの円墳とも)
墳丘南に開口する横穴式石室は全長9.2m、玄室幅2.85m、高さ約2m
左右の袖部は50cm、60cm
奥壁は基底部に一枚石を置きその上に左右2枚の巨石を積み上げ、隙間に小石を詰めている
玄室壁面は主として巨石の2段構造で2石目で持ち送っている
羨道は玄室同様、巨石を一列に4石並べ、天井石との隙間に小石を詰めている
天井には玄室2枚、羨道2枚の巨石を架している
石材は、切石ではないが、面の整った花崗岩の巨石を用いている
平野2号墳は車塚古墳の西にあり、やや高所にあります
江戸時代末の絵画には横穴式石室の石材と見られるものが描かれているそうです
墳丘は直径26m・高さ6.5の円墳
石室には巨大な花崗岩が用いられています
全長10.6m、玄室長3.8m、幅2.6m
羨道の床面には10cm前後の小石が敷き詰められているそうです
玄室中央部には土を固めて作った棺台が設けられ、凝灰岩の切り石が敷かれているそうです
杵築神社の社叢内に有った3号墳と4号墳は消滅しています
杵築神社の西にある正楽寺境内に平野塚穴山古墳(平野五号墳)が有ります
★所在地;香芝市今泉1
★交通;JR志都美駅下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★入場料;金網越しに見学
★問合せ;0745-76-2001(香芝市教育委員会)
茅渟王(ちぬおう・敏達天皇の孫)の墓と考えられています 撮影日;2010.01.10
一辺約21m・高さ約4mの方墳
昭和47年に行われた発掘調査で、南側に入口がある石槨の中から夾紵棺(きょうちょかん)(漆を塗った布を重ねあわせて作ったお棺)片と金環1個などが土出
石槨は屯鶴峯付近の凝灰岩の切石を組み合わせて丁寧に作られ、漆喰も塗られていました
内部の規模は、長さ3.05m、幅1.5m、高さ1.76m
当時相当身分の高い貴人の墓と考えられます
昭和49年に国の史跡に指定されています
築造には唐尺が使われているらしく、7世紀後半から末頃とされます
この古墳は昔から開口していて、江戸時代の終わりごろまでは顕宗天皇の墓といわれていました
★所在地;香芝市平野1053(正楽寺)
★交通;JR志都美駅下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★入場料;外観見学自由
★問合せ;0745-76-2001(香芝市教育委員会)
東へ1kmほどの所に平野車塚古墳(平野1号墳)が有ります
一辺約21m・高さ約4mの方墳
昭和47年に行われた発掘調査で、南側に入口がある石槨の中から夾紵棺(きょうちょかん)(漆を塗った布を重ねあわせて作ったお棺)片と金環1個などが土出
石槨は屯鶴峯付近の凝灰岩の切石を組み合わせて丁寧に作られ、漆喰も塗られていました
内部の規模は、長さ3.05m、幅1.5m、高さ1.76m
当時相当身分の高い貴人の墓と考えられます
昭和49年に国の史跡に指定されています
築造には唐尺が使われているらしく、7世紀後半から末頃とされます
この古墳は昔から開口していて、江戸時代の終わりごろまでは顕宗天皇の墓といわれていました
★所在地;香芝市平野1053(正楽寺)
★交通;JR志都美駅下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★入場料;外観見学自由
★問合せ;0745-76-2001(香芝市教育委員会)
東へ1kmほどの所に平野車塚古墳(平野1号墳)が有ります
石棺の棺台石に彫られているようです 撮影日;2010.1.10
「正楽寺」の境内に上がって左手「平野塚穴山古墳」の手前に有ります
コンクリート製の覆屋の中に祀られ、板状の凝灰岩(高さ230.0cm、幅95.0cm、厚さ15.5cm)に、阿弥陀如来坐像を浅く線刻されています
像高は125.5cm
銘文は記されていませんが、緩やかに波打つ線条は優美で、平安時代後期頃の特色が有ります
香芝市で同時期の石仏は他に類例がないそうです
市指定第1号の有形文化財(彫刻)平成6年3月29日指定
★所在地;香芝市平野1053
★交通;JR志都美駅下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;0745-76-2001(香芝市教育委員会)
「正楽寺」の境内に上がって左手「平野塚穴山古墳」の手前に有ります
コンクリート製の覆屋の中に祀られ、板状の凝灰岩(高さ230.0cm、幅95.0cm、厚さ15.5cm)に、阿弥陀如来坐像を浅く線刻されています
像高は125.5cm
銘文は記されていませんが、緩やかに波打つ線条は優美で、平安時代後期頃の特色が有ります
香芝市で同時期の石仏は他に類例がないそうです
市指定第1号の有形文化財(彫刻)平成6年3月29日指定
★所在地;香芝市平野1053
★交通;JR志都美駅下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;0745-76-2001(香芝市教育委員会)
史跡公園として整備されています 撮影日;2010.01.10
径15m、高さ約4m(元は5m以上?)の円墳です
南に開口する両袖の横穴式石室が設けられています
石室は全長9m、玄室長さ3.2m、幅2m、高さ2.3m
羨道長さ2.7mです
墳丘の背後に幅3m、深さ0.2mの馬蹄形の堀が有りました
玄室から須恵器の杯蓋と高杯、鉄鏃、金環、刀装具、ガラス小玉などが出土
出土品などから木棺が用いられ、少なくとも2体が埋葬されていたようです
6世紀後半から7世紀初頭に築造されたと考えられます
左側壁石に中世か近世に彫った神像?があります
★所在地;北葛城郡王寺町明神4丁目
★交通;JR畠田駅下車 徒歩20分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;0745-73-2001(王寺町教育委員会)
径15m、高さ約4m(元は5m以上?)の円墳です
南に開口する両袖の横穴式石室が設けられています
石室は全長9m、玄室長さ3.2m、幅2m、高さ2.3m
羨道長さ2.7mです
墳丘の背後に幅3m、深さ0.2mの馬蹄形の堀が有りました
玄室から須恵器の杯蓋と高杯、鉄鏃、金環、刀装具、ガラス小玉などが出土
出土品などから木棺が用いられ、少なくとも2体が埋葬されていたようです
6世紀後半から7世紀初頭に築造されたと考えられます
左側壁石に中世か近世に彫った神像?があります
★所在地;北葛城郡王寺町明神4丁目
★交通;JR畠田駅下車 徒歩20分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;0745-73-2001(王寺町教育委員会)
推古天皇竹田皇子を埋葬したとされます 撮影日;2009.12.12
東西約40m、南北現存約27m、墳丘高約3~6mの長方形墳
巨大な横穴式石室が2基ある双室墳です
東石室はほぼ南に開口する両袖式石室
全長約13m、玄室長6.5m、玄室幅3m、羨道長6.5m、羨道幅1.9mを測ります
石室内には熊本県宇土半島産出の阿蘇溶結凝灰岩(阿蘇ピンク石)で造られた刳抜式家形石棺が完存しています
石棺蓋の全長2.52m、幅1.58m、高さ0.62m
石棺身の全長2.43m、幅1.50m、高さ1.10m
西石室は南南東に開口する両袖式石室
全長約13m、玄室長5.2m、玄室幅2.5m、羨道長7.8m、羨道幅2mを測ります
玄門部に竜山石で作られた玄室と羨道を間仕切る閾(しきい)石が置かれています
築造年代は出土遺物や石室形態から東石室が6世紀末頃、西石室が7世紀前半頃
竹田皇子が死亡した6世紀末ごろに造営され、628年に死亡した推古天皇を合葬
7世紀中ごろ、太子町の山田高塚古墳に改葬されたと考えられています
★所在地;橿原市五条野町字植山
★交通;近鉄「岡」駅下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★入場料;外観のみ見学可
(現在史跡公園として整備中です)
★問合せ;0744-22-4001(橿原市商工観光課)
東西約40m、南北現存約27m、墳丘高約3~6mの長方形墳
巨大な横穴式石室が2基ある双室墳です
東石室はほぼ南に開口する両袖式石室
全長約13m、玄室長6.5m、玄室幅3m、羨道長6.5m、羨道幅1.9mを測ります
石室内には熊本県宇土半島産出の阿蘇溶結凝灰岩(阿蘇ピンク石)で造られた刳抜式家形石棺が完存しています
石棺蓋の全長2.52m、幅1.58m、高さ0.62m
石棺身の全長2.43m、幅1.50m、高さ1.10m
西石室は南南東に開口する両袖式石室
全長約13m、玄室長5.2m、玄室幅2.5m、羨道長7.8m、羨道幅2mを測ります
玄門部に竜山石で作られた玄室と羨道を間仕切る閾(しきい)石が置かれています
築造年代は出土遺物や石室形態から東石室が6世紀末頃、西石室が7世紀前半頃
竹田皇子が死亡した6世紀末ごろに造営され、628年に死亡した推古天皇を合葬
7世紀中ごろ、太子町の山田高塚古墳に改葬されたと考えられています
★所在地;橿原市五条野町字植山
★交通;近鉄「岡」駅下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★入場料;外観のみ見学可
(現在史跡公園として整備中です)
★問合せ;0744-22-4001(橿原市商工観光課)