奈良の名所・古跡

行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・

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面塚

2006年08月31日 | 碑・塚
 神秘あふれる世阿弥を生んだ観世能の発祥地です 撮影日;2005.11.13 

 昭和27年の寺川の拡張工事により、塚は現在の寺川南詰めの平地に移設
 公園化されています

 『観世の発祥』
 観阿弥三郎清次が、大和の山田猿楽から「結崎座」(大和猿楽四座の一つ)に加わり
 座名を「結崎座」から「観世座」とします
 その後、猿楽から能楽へと移行
 特に世阿弥が天才的な芸風を持ち、室町幕府の三代将軍義満の寵愛を受けます
 観世座は観阿弥、世阿弥親子二代の出現によって能楽完成に偉大な功績を残しました

★所在地;磯城郡川西町結崎
★交通;近鉄結崎駅より徒歩20分
★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;0745-44-2214 川西町教育委員会事務局

【面塚に伝わる伝説】
 「室町時代のある日のこと、一天にわかにかき曇り、空中から異様な怪音とともに寺川のほとりに落下物があった。この落下物は、一個の翁の面と一束の葱で、村人は能面をその場にねんごろに葬り、葱はその地に植えたところみごとに生育し、戦前まで結崎ネブカとして名物になった・・・」

 「面塚」の石標とともに、昭和11年に先代宗家観世左近師の直筆により建立された【観世発祥之地】の碑があります



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富本憲吉記念館

2006年08月30日 | 名所
 近代陶芸の至宝・富本憲吉の記念館です 撮影日;2005.10.30 

 昭和49年に生家を改築して開館

 作品は年4回ほど入れ替えし、常時約150点が展示されています

★所在地;生駒郡安堵町東安堵1442
★交通;JR法隆寺駅より
    かしのき台方面行きバスで東安堵下車 徒歩3分
★駐車場; 安堵町歴史民俗資料館前の駐車場を利用(8台/無料)
★入館料;大人700円
★休館日;火曜日(8月1日〜10日、12月21日〜1月4日)
★開館時間;10:00~17:00
★問合せ;0743-57-3300

 富本憲吉氏は、1886年生まれ
 1955年、第一回の重要無形文化財技術指定保持者(人間国宝)です

 憲吉が愛用した安永年間築造の≪離れ屋≫が残されています

 大正時代に築造の土蔵を利用した展示スペースでは
 初期の大和時代から東京時代、華やかな京都時代までの足跡を順にたどることができます

 庭に窯跡も残っています


 富本憲吉記念館公式サイト

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土舞台

2006年08月29日 | 史跡
 日本芸能の発祥の地として知られます 撮影日;2006.8.17

 「日本書紀」に推古20年(612)に百済の味摩之(みまし)が呉で「伎楽舞(くれのうたまい)」を学び
 これを聖徳太子がご覧になり、この地で少年を集めて習わしめたと書かれています

 日本最初の国立劇場、国立演劇研究所をも併置していたそうです

 現在は桜井の児童公園内の史蹟 

★所在地;桜井市阿部
★交通;JR・近鉄桜井駅より 徒歩10分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;土舞台顕彰会事務局(桜井市観光課0744-42-9111内線342)

 土舞台「顕彰碑」は、保田與重郎氏(桜井市出身の評論家)の雄渾な文字を彫ったもの

 土舞台顕彰記念「篝能」(かがりのう);10月第3土曜日(桜井市民会館にて)に開催 



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艸墓古墳

2006年08月28日 | 古墳
 国指定史跡のくさはかこふん(別名カラト古墳)です 撮影日;2006.8.17

 長方形墳(南北28m・東西22m・高さ8m)です

 両袖式の横穴式石室が東南に開口しています
 全長13.2m
 玄室長4.4m・幅2.7m・高さ2m、羨道長8.8m・玄門幅1.9m・高さ約1.5m
 玄室の側壁と天井石の間隙に漆喰が残っています

 玄室中央部には、竜山石製の刳抜式の家形石棺が一基安置されています
 羨道入り口より石棺の方が大きい為、石棺を安置してから石室が作られたと考えられています
 
 副葬品不明の為、築造時期ははっきりとしていません
 岩屋山式石室の変形、石棺の形式などから
 7世紀中頃に築造された方墳と考えられています 

艸墓古墳の墳丘 羨道部から見た石棺

★所在地;桜井市谷657
★交通;近鉄・JR桜井駅より徒歩10分
★駐車場;ありません
★入場料;見学自由
★問合せ;0744-24-1185(橿原考古学研究所付属博物館)


 近くに安倍文殊院土舞台有ります

 2012.03.25 再訪、2012.03.30 編集

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耳成山

2006年08月26日 | 名所
 美しい笠形の山容は奈良盆地の各所から良く見えます 撮影日;2006.6.21 

 耳無・耳梨とも書き
 耳高山とも呼ばれ、(万葉集では青菅山)俗称として天神山とも呼ばれています
  
 山には梔子(くちなし)の木が多く、梔子山とも呼ぶようです

 元はもっと高い山(死火山)でしたが、盆地の陥没で沈下、山の頭部だけが残されたそうです
◎標高;139.7m

★所在地;橿原市木原町
★交通;近鉄耳成駅より徒歩10分(大和八木駅より徒歩15分)
★駐車場;耳成山公園に有り
★入場料;登山自由
★問合せ;0744-20-1123 橿原市観光協会

 山に登る道は、5本あります
 南から登る「八木坂」をメインにして「火振り坂」「木原坂」「常盤坂」「山之坊坂」

 麓の耳成山公園は桜の名所として知られています


 山の中腹に耳成山口神社が鎮座します


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奈良市写真美術館

2006年08月25日 | 名所
 西日本で最初の写真美術館です 撮影日;2006.1.11 関連記事

 ほぼ半世紀にわたり奈良・大和路の風物を撮り続けた奈良の写真家・入江泰吉が
 
 全作品を奈良市に寄贈したのを機に、黒川紀章氏の設計で建設

 平成4年4月に会館しました

★所在地;奈良市高畑町600-1(新薬師寺の西隣りです)
★交通;近鉄奈良駅より
    市内循環バスで破石町下車 徒歩10分
★駐車場;39台(1時間まで無料)
★入場料;一般500円
★休館日;月曜日(祝日の場合はその翌日)年末年始(12月27日~1月3日)
★開館時間;9時30分~5時(入館は4時30分まで)
★問合せ;0742-22-9811

 入江泰吉(1905~1992)氏は、誰よりも大和路を愛した写真家です
 「初心、忘るべからず」が座右の銘

 憧れの写真家ですね・・・


 参考;奈良市写真美術館のホームページ


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酒船石

2006年08月21日 | 石造物
 謎の石像物です 撮影日;2006.7.13 

 石の長さは5m、幅2.3m、厚さ1mの花崗岩

 昔は、酒を搾るのに使ったとか、薬を使うのに使ったとか色々な説があったようですが・・・

★所在地;高市郡明日香村飛鳥10
★交通;近鉄橿原神宮駅駅より
    岡寺前行きバスで万葉文化館西口下車 徒歩5分
    又は近鉄吉野線飛鳥駅下車 徒歩40分
★駐車場;万葉文化館に有料駐車場あり(500円)
★入場料;見学自由
★問合せ;0744-54-1850 奈良県立万葉文化館内(財)奈良県万葉文化振興財団

 水を張り沈む太陽を水面に映して観測すると入り日の光線は穿たれた溝をたよりに角度が測れると言う説もあります
 現在は一部が削られて水は張れません(高取城の城壁にされた?)

 酒船石の北西約75mの場所に
 小判形石造物と亀形石造物が発掘されています 
 酒船石遺跡として保存、公開されています(入場料300円)

 庭園の施設だという説にもなっています


 参考;万葉文化館

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天香久山

2006年08月17日 | 名所
 香久山(152.4m)は天皇が登って国見をした山です 撮影日;2006.7.13 関連記事

 藤原宮跡の東にあり、畝傍山耳成山とともに大和三山と呼ばれます

 太古の時代には多武峰から続く山裾の部分にあたり
 その後の浸食作用で失われなかった残り部分といわれています

 天上(高天原)にあったとされる為に“天”を冠する(つまり、天から降ってきた山)

★所在地;橿原市南浦町
★交通;近鉄耳成駅又はJR香久山駅より 徒歩20分
★問合せ;0744-20-1123 (橿原市観光協会)

 香久山にある神社;天香山神社国常立神社天岩戸神社、上の御前(イザナギの命)・下の御前(イザナミの命)

 香久山北側に月の誕生石と言う、不思議な石の話が伝わっています




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鬼の俎・雪隠

2006年08月11日 | 石造物
 飛鳥の遊歩道にある巨石です 撮影日;2006.7.13 関連記事

 盛土が無くなったうえ、両者は直線距離にして数十m離れています
 繰り抜かれた石室(鬼の雪隠)とその底石(鬼の俎)のようです
 誰が葬られていたのでしょうか

★所在地;高市郡明日香村平田
★交通;近鉄飛鳥駅より 徒歩15分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;0744-54-3624(飛鳥総合案内所)、0744-54-2001(部署:明日香村企画課)

 鬼の雪隠は内幅1.53m、高さ1.30mで大きな花崗岩をくり抜いて造った石室
 鬼の俎は最大長さ4.4m、最大幅2.65m、厚さ約1m、表面に石槨内の底面彫り出した古墳の底石です
 鬼の俎(底石)の上に雪隠(石室)が組み合わさって上に土を盛った古墳
 近くにある欽明天皇の陪塚説や大化2年(646)の大化薄葬令以後の石槨説などがあります

 俎の表面連なる2本の長方形の小穴の列は高取城を造るために石を割ろうとした跡です

  ***昔話***
 昔々、この辺りは「霧が峰」と呼ばれ 鬼が住んでいました
 鬼は旅人の姿を見かけると 霧で迷わせ
 この 「俎(まないた)」 の上で料理して食べ お腹がいっぱいになると
 下の「雪隠(せっちん)」で用をたしたそうな



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猿石

2006年08月11日 | 石造物
 猿に似ていることから名づけられました 撮影日;2006.7.13 関連記事

 江戸時代(元禄15年)に欽明天皇陵の南の田んぼから掘り出されたそうです

★所在地;高市郡明日香村下平田
★交通;近鉄飛鳥駅より徒歩5分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;0744-54-2001 明日香村役場企画課

 現在は、吉備姫王墓きびつひめのおほきみのはかの域内に置かれています

 猿石は左から、女、山王権化、法師、男を表しているとされます
 このうち三体には、裏にも顔があります(飛鳥資料館に複製があります)

 **辟邪説(へきじゃせつ)**
 韓国全羅北道益山郡金馬面の弥勒寺跡の石塔の四隅に
 飛鳥の猿石と似たような石造物が置かれているそうです
 これは邪悪なものの侵入から塔を守るために造られたと考えられています
 これと同じ目的で飛鳥の猿石が造られたという説です
 欽明天皇陵の辟邪(邪魔者をはらう)の目的で配されたのではないかといわれています




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