
『くろくやまこふん』と読みます 撮影日;2012.03.25
環濠集落として知られる萱生町の菅原神社の拝殿の後ろが古墳の後円部です
別名「堂の山」とも呼ばれています
復元長約100mの前方部を西に向ける前方後円墳です
現状は25mほどの円墳状です(かなり削られています)
埋葬施設は横穴式石室となっていますが、石材などは見られません
神社の境内隅に古墳供養塔が建てられています

★所在地;天理市萱生町堂ノ前
★交通;JR
長柄駅下車 徒歩30分★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;
100m南に大きな西殿塚古墳「衾田陵」の墳丘が見えています

田圃の中の小型の前方後円墳です 撮影日;2012.03.25
墳丘の上部は削平され、梅の木が植えられています
全長約45m、後円部径約28m、前方部幅約20mの前方後円墳です
遺跡地図の「11A-54」
周濠跡も確認できています
外周施設をふくめた兆域の全長が80mになることが知られています
円筒埴輪などが採取されており、墳丘には埴輪の配列がなされていました
築造は古墳時代の後期(6世紀前半ごろ)と推定されています
★所在地;天理市吉田町
★交通;JR
長柄駅下車 徒歩30分(西北西へ2.5km程)★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;
大和川(初瀬川)と布留川の合流する地点、吉田町集落を抜けた北側の田圃の中にあります
前方部には、瓦製の小さな祠が置かれています
崇神天皇陵の陪冢として管理されています 撮影日;2012.02.18
百塚古墳 遺跡地図の「11D-32」

行燈山古墳「崇神天皇陵」の前方部の南200mのところに有ります
径約20mの円墳
★所在地;天理市柳本町
★交通;JR
「柳本」駅下車 徒歩20分
★駐車場;「崇神天皇陵」のP利用可
★入場料;外観のみ見学可
★問合せ;
ザクロ塚古墳「11D-525」

崇神天皇陵の後円部のすぐ南、畑の中にあります
一辺15mの方墳
この古墳は、倍冢として管理されていますが、龍王山古墳群に属する後期の古墳のようです
行燈山古墳「崇神天皇陵」の陪冢としては、アンド山古墳・南アンド山古墳・大和天神山古墳の三つの前方後円墳がよく知られています
百塚古墳 遺跡地図の「11D-32」

行燈山古墳「崇神天皇陵」の前方部の南200mのところに有ります
径約20mの円墳
★所在地;天理市柳本町
★交通;JR
「柳本」駅下車 徒歩20分★駐車場;「崇神天皇陵」のP利用可
★入場料;外観のみ見学可
★問合せ;
ザクロ塚古墳「11D-525」

崇神天皇陵の後円部のすぐ南、畑の中にあります
一辺15mの方墳
この古墳は、倍冢として管理されていますが、龍王山古墳群に属する後期の古墳のようです
行燈山古墳「崇神天皇陵」の陪冢としては、アンド山古墳・南アンド山古墳・大和天神山古墳の三つの前方後円墳がよく知られています

高取国際高校前に石室が移築保存されています 撮影日;2012.03.18
校舎造成以前に、体育館付近の尾根に有りました
径15mの円墳で、幅3.5mの空濠が有ったそうです
両袖式の横穴式石室でしたが、採石によって大部分の石材が失われていました
石室は、玄室長2.84m・幅1.79m、羨道部長4.06m・幅0.9m
天井石が失われている為、高さは不明
須恵器・土師器が出土しているそうです
築造は7世紀ごろと考えられます
高取国際高校の造成に伴って、15基の小規模な円墳と方墳が消滅しています
ほとんどが、木棺直葬だったようです
ほかに、掘立柱建物や竪穴住居、城郭の曲輪のような平坦面や丘陵頂部の縁辺にめぐらされた柵列など飛鳥時代の遺構を多数検出しました
佐田遺跡群(小谷遺跡・北ノ尾北遺跡・北ノ尾南遺跡・横ヶ峯遺跡)と称されています

★所在地;高市郡高取町佐田455 (正門前の斜面に有ります)
★交通;近鉄
「飛鳥」駅下車 徒歩15分★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;

小規模な円墳がほとんどです 撮影日;2012.03.18
●久里垣内古墳「17C-115」
阪本光洋製薬の裏山にあった古墳です
現在は、供養碑が建てられています
径10mほどの円墳です
昭和8年5月に、竹薮開墾の際に横穴式石室が検出されました
石室は破壊されていましたが、側壁石の右壁4枚と左壁2枚が残っていました
石室の大きさは玄室幅約2.5m・長さ約4.3m、羨道は無くなっていました
玄室内の中央部に長さ約2m・幅約1mの板石があり、四方には組合せ式箱形石棺の側石の一部が残っていました
石棺内には礫石が敷かれてあったそうです
木棺の釘と思われる鉄釘数本と須恵器が見つかっています

●藤神古墳遺跡
雑木が繁り、小祠「高杉神社」が鎮座しています
高さ約3m、径15m位の円墳と思われますが、詳細は不明です
現在、敷地は地目墳墓で大蔵省所有(国有地)として保存されています
●八尾寺古墳群
小円墳10数基の古墳時代中期の群集墳です
1号墳「17C-120」は径10mの円墳
箱形木棺直葬で刀・剣・鎌・鋤先・鈍・銀・砥石・須恵・埴輪が出土
2号墳「17C-121」は9.5×6.5mの円墳
箱形木棺直葬で剣が出土
3号墳「17C-122」は径15mの円墳
箱形木棺直葬で円筒・朝顔形埴輪、鉄・刀子・鉾・鈴付漣・須恵が出土

●赤穂稲荷神社は古墳「17-184」の上に祀られています
径20mの円墳で、現在墳頂部は削平されています
遺物;円筒埴輪、鉄刀、剣、短甲片
丹生谷の山頂絶景の場所にあります
西側の斜面は大正時代に因光寺の墓地として開発されてます
★所在地;高市郡高取町丹生谷
★交通;近鉄
「葛」駅下車 徒歩5分〜★問合せ;
参考;高取町丹生谷の神社と古墳・ガイドMAP!!


推古天皇の薬猟行宮か? 撮影日;2012.03.18
2006年の発掘調査で、古墳時代後期(6〜7世紀前半)の大型建物跡が見つかっています
比較的大きい二棟の掘立柱建物と一棟の大壁建物の跡が出土しました大型建物跡は、豪族の居館にしては規模が大きすぎ、紀路(古代の幹線道)から離れ立地条件もよくない
土器などの遺物も少なく「数日だけしか使われなかった仮の宮」と考えられています
周辺の地形が、薬草の自生に適した高低さのある地形で、近くにある「波多甕井神社」は平安時代初期の文献『大同類聚方』に薬草の自生地として紹介されていることから、薬猟行宮説が有力です
参照;ドン・パンチョさんのページ
★所在地;高市郡高取町羽内
★交通;近鉄
「市尾」駅下車 徒歩15分★駐車場;なし
★問合せ;

鎌倉時代中期の地蔵石仏です 撮影日;2012.03.04
穴薬師と呼ばれるのは、上下左右を幅110cmの長方形の柱状石で囲んで、石室状にされた奥に祀られていることによります
石材は、石棺の蓋石が利用されています
流紋岩質熔結凝灰岩の方形石(高さ1.77m・幅1.85m・厚さ0.25m)の四隅を切落とした八角形に、蓮台に地蔵立像三体が陽刻されています
三体とも二重の光背を壺形に12cm彫りくぼめてあります
中央の地蔵は152cm、両脇の地蔵は91cmの像高です
建長6年(1254)の造立の陰刻が有ります
耳病の人はキリを、母乳の出ない人は手拭いを納めるとご利益があるといわれています
『穴薬師石仏…建長六年造立 この地蔵菩薩は流紋岩質熔結凝灰からなる一石三尊の立像仏である。石仏は約2mの八角形の石棺の蓋石を利用して、壺型に彫り込み厚肉彫りで、慎重152cm立像と左右に同じ形式で、身長90cmの立像を彫ったもので、鎌倉中期のほこらの地蔵石仏として貴重な遺物である。又、次のような刻名がされている。
建長六年二月三十日 大施主定岡氏下司 宗岡守定 高橋正末 沙弥善定』
堂の左右には室町時代末頃の双石仏や五輪塔の残欠が30基ほど並んでいます
昔、向渕七墓の一つであったこの地から掘り出された物だそうです

近くに飯降薬師と呼ばれている魔崖仏が有ります(通常は見ることが出来ません)
★所在地;宇陀市室生向渕
★交通;近鉄
室生口大野駅下車 徒歩60分★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;

竜穴神社の奥宮です 撮影日;2012.03.04
古くから竜神が住むと伝えられてきた洞穴です
一帯は古代から磐境(いわさか)神の鎮座する区域とされ、厳粛な雰囲気が漂います
この竜穴自体が祀られています
この龍穴は須勢理姫の籠もった旧跡とされ、延暦9年(790)赤埴の白岩神社に遷座したと伝わります
龍穴を女陰とする古代性神信仰のようです
洞窟は室生九生九穴と呼ばれています
三竜穴「東谷の妙吉祥竜穴」「西谷の沙羅吉祥竜穴」「中之尾の持法吉祥竜穴」が良く知られています

招雨瀑
美しい水は巨大な岩盤を滑るように流れていきます

近くには「天の岩戸」とされる巨岩が祀られています
1m程の間が開いて巨岩が向かい合っています
元は一つの磐だったのでしょうか

★所在地;宇陀市室生1297
★交通;近鉄
室生口大野駅より バスで竜穴神社前下車 徒歩20分★駐車場;スペース有り
★入場料;参拝自由
★問合せ;0745-92-2001(室生観光協会)

黒岩から伊勢本街道を曽爾へ進む三叉路に有ります 撮影日;2012.03.04
黒っぽい自然石(61cmX50cm)背面が土手に埋もれた状態です
碑表「はせより是迄五り 菅野村/回國供養 行悦/是より 宮川へ十六り半」
山粕峠を越えたところに不動明王が祀られているため、この峠は「不動坂、不動峠」とも呼ばれています
伊勢本街道沿いには「菅野村 行悦」と刻まれた道標が幾つか見受けられます
菅野村(現在の御杖村)出身の行脚僧行悦による「六十六部回國供養碑」の一つです
彼は徳川吉宗が倹約令を公布した頃、各地を供養して回り、多くの石碑を残したとされています
廻国供養碑には距離も刻まれていて、道標としても役立ったようです

上田口の「専明寺」近くにも廻国供養碑の一つが有ります
民家の石垣に組み込まれていたそうです
黒岩の明円寺境内には、地名の由来となった黒岩が有ります
「黒石さん」と呼ばれている溶岩石のような塊です
★所在地;宇陀市室生黒岩
★交通;室生寺より およそ9km(徒歩2時間弱)
黒岩口バス停下車 徒歩25分
★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;
参考;伊勢街道 道草の旅のページ














