奈良の名所・古跡

行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・

飛鳥路

2014年09月30日 | 名所
飛鳥路集落
 笠置町のどの地域とも異なる、独特の雰囲気が有ります 撮影日;2014.09.20

 国道163号線、笠置トンネルの東1.5kmほど先に木津川を渡る橋が有ります
 この橋は雨が降れば水没します
 ゆえに、潜没橋と呼ばれます

 その橋の向こうに広がるのが、飛鳥路です
 のどかな田園風景が広がります

飛鳥路へ 飛鳥路潜没橋 

 JR笠置駅方面へ歩いていける東海自然歩道も有ります
 布目川には甌穴群が見れます

飛鳥路踏切 飛鳥路布目橋 

 天照御門神社への分岐付近に、江戸時代末期の大庄屋「庄屋庄七翁終焉之地」の顕彰碑が建てられています
 庄七は興ヶ原村に生まれ、25歳で大庄屋を受け継ぎました
 興ヶ原村の水田はしばしば干ばつの被害を受けたことから、嘉永4年(1851)に布目川の水を引く工事を開始し、約1年かけて工事を完了させました
 しかし水路の各所に漏水があり、自らの財産をつぎ込んで補修工事を継続します
 安政元年(1854)の大地震により水路が壊滅すると庄七への非難が高まり、村から郡山藩へ訴えられ大和追放、財産没収となり失意の晩年をおくることになりました

飛鳥路社標 飛鳥路庄七翁終焉之地碑 
 「興ヶ原」バス停下車東へ約0.7kmの所には庄屋庄七顕彰碑が建てられています

★所在地;相楽郡笠置町飛鳥路
★交通;JR笠置駅下車 徒歩
★駐車場;有ります(有料500円)
★見学;ゆっくりと歩いてみましょう
★問合せ;


恭仁宮跡の恭仁小学校

2014年09月29日 | 名所
恭仁小学校裏
 木造校舎で知られます 撮影日;2014.09.20

 明治6年(1873)の創立
 現在の校舎は木造一部2階建てで、昭和9年の室戸台風で校舎倒壊
 昭和36年に地域住民の支援で建て直されました
 住民が木材提供や金銭支援に加え、建築などにも携わりました
 当時の落成記念冊子には、校舎の再建は「村学一致」と表現されています

恭仁小学校 恭仁小学校正門

 恭仁京(くにきょう、くにのみやこ)は、奈良時代の一時期、都が置かれた山背国相楽郡の地
 大養徳恭仁大宮(やまとのくにのおおみや)とも言われていました
 昭和32年年7月1日「山城国分寺跡」として、国の史跡に指定されました
 その後の学術調査の進展に伴い、2007年2月6日付で史跡指定範囲が拡大され、指定名称も「恭仁宮跡(山城国分寺跡)」に変更されています
 遷都後、宮城跡地は山城国分寺として再利用され、大極殿は金堂に転用されたようです
 南北3町(約330m)、東西2町半(約275m)の広大な寺域を有していました
 現在は広大な平原となっており、金堂(大極殿)礎石と七重塔礎石が有ります 

恭仁宮大極殿跡 恭仁国分寺塔跡

★所在地;木津川市加茂町例幣中切31・32
★交通;JR加茂駅下車 徒歩25分
★駐車場;有ります(無料)
★見学;自由(学校敷地への立ち入りは許可が必要です)
★問合せ;


銭司遺跡

2014年09月28日 | 遺跡
銭司遺跡
 「鋳銭之遺跡」と記された石碑が建てられています 撮影日;2014.09.20

 奈良時代、鋳銭司(すぜんず)と呼ばれる官職が設けられ国家朝廷による鋳造を担っていました
 銭司の地名はこの官名に由来するものです
 
 「恭仁京」の古瓦と同一の瓦も出土しており、「恭仁京の造営」と共に鋳銭司が置かれ鋳銭が行われたと推定されています

銭司遺跡碑 銭司遺跡説明版

 銭司には鋳銭遺跡が有ります
 明治4年、小字「金鋳山」で完形の「坩堝」が発見されています
 その後、明治10年に「和同開珎」50枚が発見され、大正時代初めの伊賀街道改修工事中に、坩堝片・銅滓・古瓦片等の遺物が多数出土しました
 大正12年、京都府史蹟勝地調査委員(梅原末治氏)が試掘調査を実施しています

★所在地;木津川市加茂町銭司神田
★交通;JR加茂駅より バスで「銭司」下車 徒歩すぐ
★駐車場;なし
★見学;自由
★問合せ;0774-73-8191 (木津川市観光協会)


梯子滝

2014年09月27日 | 
梯子滝
 伊賀見不動滝の上流100mほどの橋の下に有ります 撮影日;2014.09.14

 落差4m程の幅広の段瀑です
 訪問時は二筋の流れとなって落ちていました
 滝壺から小さな滝が数段続いています

梯子滝左流 梯子滝右流

 滝壺に降りるのはちょっとたいへん
 (橋を渡った所の急斜面を降りることも可能ですが、下流の不動滝の落ち口付近から川に下りて遡っていきます)
 上段の滝壺前は、倒木や瓦礫が多く有ります

 橋横の大きな岩肌の上部に、大きな蜂の巣がぶら下がっているので注意!
梯子滝橋 梯子滝橋下

★所在地;宇陀郡曽爾村伊賀見
★交通;近鉄榛原駅より バスで曽爾村役場前下車 乗換え槻ノ木橋下車(約1.5km) 徒歩20分
★駐車場;スペース有り
★見学;自由
★問合せ;


伊賀見不動滝

2014年09月26日 | 
伊賀見不動滝全景
 周りの苔むした岩が美しい滝です 撮影日;2014.09.14

 倶留尊山を源流とする滝川にかかる落差15m程の段瀑です
 上段は8m程の分岐瀑です
 その下には何段もの小さな段瀑が繋がっています

伊賀見不動滝落ち口 伊賀見不動滝上段 

 100mほど上流の梯子滝の有る橋の手前、道が大きくカーブしている所から降りていくと滝前に行けます
 古くからの信仰の滝です


★所在地;宇陀郡曽爾村伊賀見
★交通;近鉄榛原駅より バスで曽爾村役場前下車 乗換え槻ノ木橋下車(約1.5km) 徒歩20分
★駐車場;スペース有り
★見学;自由
★問合せ;


塩井不動滝

2014年09月25日 | 
塩井不動滝
 塩井川に懸かる落差15mほどの段瀑です 撮影日;2014.09.14

 道からはあまり見えません
 小さな橋の有る所から、下流へ120mほど進むと滝音が聞こえてきます
 斜面を慎重に降りて行くと、1段目の滝壺手前にたどり着けます

 勢いの有る滝です
 今は、不動明王は祀られていないようです
 あるいは、滝面の岩に不動明王が見えたのでしょうか 

塩井不動滝落ち口 塩井不動滝上段下

 2段目は5m程の直瀑
 その下にも滝が有るようですが、見えません
 (降りていくのは、ちょっと危なそうだったので諦めました) 

塩井不動滝下段
★所在地;宇陀郡曽爾村塩井
★交通;近鉄榛原駅より バスで曽爾村役場前下車(南へ約1.5km) 徒歩15分
★駐車場;有りません
★見学;自由 (かなり急斜面を降りることになります)
★問合せ;


辻ノ垣内瓦窯跡

2014年09月24日 | 古跡
辻ノ垣内1号窯・2号窯
 飛鳥時代~白鳳時代の登り窯跡です 撮影日;2014.09.07

 現在の「イーストヒルズ勢野」の住宅開発に伴う発掘調査で4基の瓦窯が発見されました
 1996年に調査され、その後1・2号窯が150mほどの現在地に移築保存されています
 平成16年7月に町指定の文化財となっています

辻ノ垣内1号窯 辻ノ垣内2号窯
 本来は1号窯から4号窯まで在りました
 年代順では3号窯(6世紀末から7世紀初頭)⇒2号窯(7世紀中頃から後半)⇒1号窯(2号窯にやや遅れる)⇒4号窯(1号窯にやや遅れる)の順で築かれています

 3号窯は地下式無段登り窯で、瓦と須恵器の両方を焼いていたようです
 2号窯と1号窯は地下式有段登り窯で瓦のみを焼いていました
 4号窯は地下式有段登り窯で、未使用のまま放棄されていました

 2号窯からは「平隆寺式」と呼ばれる軒瓦が生産されていました
 全ての窯において平隆寺の造営に関わるものであることが推定できます

辻ノ垣内瓦窯
 平隆寺の北方の丘陵は今池瓦窯のほか上ノ御所瓦窯が有ります
 平隆寺の北北東400mほどの所にはツクシ山窯跡が有ります
 この辺りは、古代の瓦生産地帯であったとみられる 

★所在地;生駒郡三郷町勢野北2-5
★交通;近鉄勢野北口駅下車 徒歩8分
★駐車場; 有りません
★見学;自由
★問合せ;0745-43-7332(三郷町役場 生涯学習課)


志満堂の地蔵石仏

2014年09月21日 | 石造物
志満堂
 香芝市の在銘最古の石仏です 撮影日;2014.09.07

 鍼灸整骨院の庭隅に有る小堂に祀られています
 高さ72cm・幅27cmの凝灰岩に舟形光背を浅く彫りくぼめ、その中に左手に宝珠、右手に錫杖を持つ地蔵菩薩坐像が刻まれています
 頂部にほぞ造りが残り、当初は笠石が載っていたことがわかります
 光背に寛正3年(1462)銘が有るそうです

志満堂の地蔵石仏 近くには大和武士岡氏の畑城跡(岡城跡)が有ります
 志満堂は数万(人)堂から転化したとの伝承もあることから、戦乱で多くの人が亡くなった地ではないかと考えられます
 
 志満堂とはこの石仏を祀る小堂を指します
 現在の堂域からみて、当初は別に立派なお堂があったものと推察されています

★所在地;香芝市畑
★交通;近鉄二上山駅下車 徒歩5分
★駐車場;有りません
★見学;声掛しないと犬に吼えられます
★問合せ;


一本松の阿弥陀石仏

2014年09月20日 | 石造物
一本松の阿弥陀石仏
 小丘上の大きな木の根元に有ります 撮影日;2014.09.07

 この木は、松ではなく椋の木?
 寛正4年(1463)銘の有る、像高105cmの阿弥陀石仏です
 銘文;寛正四癸未十月五日(右)、六斎念仏之為結集敬白(左)

 この石仏は砂岩系の巨石を舟形に彫りくぼめ、来迎印の阿弥陀如来立像を彫出しています
 香芝市内の在銘石仏としては「志満堂地蔵」に次いで古いものです

一本松の阿弥陀石仏 一本松の阿弥陀石仏 

 この場所は1kmほど西に有る専称寺の旧境内地とされていますが、詳しいことはわかってません
 また、二上山の夕日に照らされる恰好の位置にあり、山越阿弥陀の信仰を彷彿させます

★所在地;香芝市畑2丁目
★交通;近鉄二上山駅下車 徒歩5分
★駐車場;有りません
★見学;自由
★問合せ;


太子道(穴虫)の地蔵磨崖仏

2014年09月19日 | 石造物
穴虫磨崖仏岩
 香芝市では珍しい磨崖仏です 撮影日;2014.09.07

 旧太子道の脇に、高さ約1.6m・幅約2.3mの安山岩の巨石があります
 その向かって右側に宝珠と錫杖を持つ地蔵石仏が彫られています
 天文17年(1548)銘の地蔵磨崖仏で、像高54cm

 『玉祐逆修(右)天文十七戊申年九月四日(左)』の銘文が有ります
 「玉祐」という人がこの像を刻み、仏事を修法して自分の冥福を祈る生前供養を行ったものと考えられます

穴虫磨崖仏 穴虫地蔵磨崖仏

 巨石前に「天和三年(1683) 釈栄西 亥十二月五日」の墓碑が立てかけてあります

 かつての太子道は現在も断片的に残っており、ここもその一部です

★所在地;香芝市穴虫
★交通;近鉄二上山駅下車 徒歩20分
 国道165号線の穴虫から県道703号線(香芝太子線)に入ってすぐ右の丘陵中腹に有ります
★駐車場;なし
★見学;自由 (登るのは少したいへんです)
★問合せ;