奈良の名所・古跡

行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・

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岡峯古墳

2009年12月19日 | 古墳
 玄室に石棚があります 撮影日;2009.10.31 

 吉野川河成段丘の南側に位置する径約15m、高さ4.5mの円墳
 奈良県指定文化財です

 羨道は長さ2.15m、幅1.08m、高さ約1.75m
 玄門(前道)は長さ80cm
 前道の羨道面に立てて玄室を封じていたと考えられる一枚の緑泥片岩の板石が羨道部に半転倒していたそうです

 玄室は長さ約3.05m、幅約2m、高さ約2.02m

 石棚の下には奥壁に沿って緑泥片岩の組合式石棺が置かれています
 長さ167cm、幅62cm、高さ55cm
 蓋に2枚の緑泥片岩の板石を使用しているそうです

岡峯古墳石棚 岡峯古墳石室 岡峯古墳右袖部

 築造は古墳時代後期
 特に玄室に石棚を有している点は紀の川下流の岩橋千塚と同じ形式で
 古墳の多い県下でも極めて珍しいものです

 環頭・素環頭柄黒漆太刀・金環・ガラス玉・須恵器などが出土
 素環頭柄黒漆太刀の環頭部に象嵌された唐草文様は、法隆寺の平瓦に刻まれたものです
 日本最古の唐草文として重要です

★所在地;吉野郡下市町阿知賀
★交通;近鉄下市口駅下車 徒歩15分
★駐車場;数台可能
★入場料;石室内は要事前連絡
★問合せ;0747-52-1711 (下市町教育委員会)

 下市町公営住宅の敷地内に保存されています



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橋本若狭旌忠碑

2009年12月18日 | 碑・塚
 天誅組史跡です 撮影日;2009.10.31 

 天誅組は大日川での遭遇戦の後に、白銀岳(銀峯山614m)を本陣とします
 この白銀岳(銀峯山)を本陣にお膳立てしたのが橋本若狭とされます

 橋本若狭は宇智郡滝郷の郷士・益田藤左衛門の子で、幼少より武芸を修め、「滝の今弁慶」と呼ばれたようです
 諸国を巡り38歳の時、丹生川上神社下社祠官橋本家に養子に入り
 勤王の志厚く天誅組に加盟しました

 栃原、樺の木峠、広橋峠で彦根藩を相手に奮闘
 下市の彦根藩本陣に夜襲をかけた
 東吉野鷲家口での戦闘を切り抜け、大阪で大坂屋豊次郎と名乗り材木商をしながら、同志たちと画策していたが、元治元年(1864)11月に捕縛され、翌年、京都六角獄舎で処刑されまし(享年44才)

 縁者により、生誕地の五條市滝町には顕彰碑が建てられています

★所在地;吉野郡下市町大字長谷1
  丹生川上神社下社社務所の北側にひっそりと建っています
★交通;近鉄「下市口」駅より 洞川行きバスで「長谷」下車 徒歩3分
★駐車場;有ります
★入場料;見学自由
★問合せ;


 参考;山城甚伍さんのブログページ

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駒帰廃寺(伝安楽寺)跡

2009年12月16日 | 史跡
 奈良時代の仏教文化について知る貴重な遺跡 撮影日;2009.10.25 

 多武峰談山神社の社家蔵の史料「宇陀旧事記」に「安楽寺、駒帰村、本尊阿弥陀如来、七堂あり」と記されているのがこの寺院遺跡のことと考えられています

 七堂伽藍が建っていたとあることから、かなり大きな規模の寺院だったと考えられています

 発掘調査で、昭和45年に瓦窯跡、昭和46年に金堂の跡と推定される西方の建物と、東方に所在するやや規模の小さい建物遺構が確認されました

 創建時の遺構と瓦窯跡が発見され、五葉複弁蓮華文丸瓦などが出土しています

★所在地;宇陀市菟田野区駒帰字トガクボ
★交通;近鉄榛原駅より バスで菟田野町下車 徒歩20分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;0745-82-2457(宇陀市商工観光課)



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天国の井戸

2009年12月15日 | 古跡
 稲戸の「八坂神社」鳥居に向かって左側にあります 撮影日;2009.10.25

 直刀から湾刀へ変遷していく過渡期に鍛刀された刀、いわゆる日本刀と呼ばれる最初の刀「小烏丸」を鍛刀したのが刀工の祖・天国(あまくに)といわれます
 天国が「小烏丸」の焼き入れ水として使ったのが、この井戸水だと伝えられます

 天国は日本刀剣の祖とされますが、その出身経歴には謎が多く、大宝年間の大和の人とも、平安時代後期の人とも言われます
 諸説あるものの、実在の人物であるかどうかは定かではありません
 天国の作と伝承される作として、平家一門の宝刀として著名な「小烏丸」(皇室御物)がありますが、無銘であり、実際の作者は不明です

 明治41年11月、明治天皇が奈良に行幸され、陸軍特別大演習を耳成山で統監された時
 宇陀郡町村長が刀を奉納する事を決議し、萩原の住人池田重光に刀(小鳥丸)の製作を依頼しています
 重光は昔時「天国」の故事を慕い斎戒沐浴し、この井戸の水で以て刀を力作し名刀を得て、郡は直ちに奉納し嘉納の栄を賜りました 

★所在地;宇陀市菟田野区稲戸609
★交通;近鉄榛原駅より バスで宇賀志下車 徒歩*分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;0745-82-2457(菟田野観光協会)



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無渋榧

2009年12月14日 | 天然記念物
 「しぶなしがや」と読みます 撮影日;2009.10.25

 根本の幹周りが約2mも有ります

 昭和32年6月13日に奈良県指定天然記念物になっています

 別名「白米榧(はくまいがや)」ともいわれます
 種子は、渋い皮が新鮮なうちは種心に密着し、後で乾燥すると種心から離れて白米の様になるとっても不思議な榧(かや)です
 
 榧はイチイ科の常緑高木です
 4月頃花が咲き、胚乳は食用となります
 実から搾り採った上等の油は、食用、灯用、理髪用に用いられていました 

★所在地;宇陀市菟田野区宇賀志字エナカ1196(真証寺旧境内)
★交通;近鉄榛原駅より バスで宇賀志下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;0745-84-2522(宇陀市教育委員会)



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波波迦の木

2009年12月12日 | 名所
 天香山神社の参道にあります 撮影日;2009.10.18 

 古事記によれば、この木の皮で香具山の雄鹿の骨を焼いて吉凶を占ったそうです

 いばら科の木で、現在は朱桜(にはざくら)という木です
 うはみずざくら・こんごうざくら・かばざくら・かにわざくら等の別名があります

 平成2年の大嘗祭関連の諸儀で「斉田点定の儀」の亀占に用いるため
 波々迦を宮内庁の御下命により奉納致しています

★所在地;橿原市南浦町608
★交通;JR「香久山」駅下車 徒歩30分
★駐車場;なし
★問合せ;




 天香山赤埴聖地・白埴聖地



 香具山は大和の中でも神聖な山と考えられ、香具山の土で作った土器で神を祀り呪詛すれば、大和を意のままにできるという信仰がありました
 香久山は良質の埴(はに・粘土)の産地で、香久山の埴で八十平瓮(やそひらか・皿状の神器)を焼きました
 
 赤埴と白埴があったらしく、赤埴は香久山西北部で、白埴は西斜面で産しました

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門僕神社のお葉付きイチョウ

2009年12月09日 | 天然記念物
 イチョウの葉にギンナンの実がつく非常にめずらしいイチョウです 撮影日;2009.10.11 

 葉のふちに種をつけます
 シダ類の特徴をもち、植物の進化の過程を考えるうえで重要な植物です

 門僕神社のお葉付きイチョウは、鳥居の横に有ります
 昭和32年に県の天然記念物に指定されました
 幹周り3m、高さ35m

★所在地;宇陀郡曽爾村今井(門僕神社の境内)
★交通;近鉄榛原駅より 曽爾村役場前行きバスで「役場前」下車 徒歩3分
★駐車場;有ります
★入場料;見学自由
★問合せ;0745-94-2101


 お葉付きイチョウは音羽観音「善法寺」戒長寺にも有ります

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藤原京の宮門跡

2009年12月01日 | 古跡
 約1km四方の藤原宮の外周は2.7m間隔で柱を立て並べた掘立柱塀(大垣)で、その各面には3箇所・計12箇所の宮城門が有ったとされます

 西面南門跡の発掘調査では、門の跡は見つかっていませんが
 この付近だけ柱穴が無く、門が有ったことが分かります

 藤原宮の宮城門は桁行5間(約25m)・梁行2間(約10m)で基壇を伴います

 西面中門跡からは扉の軸を受ける穴(軸摺穴)のある唐石敷という石材や、これと組むように加工された礎石が見つかっています

 【伝藤原宮海犬養門跡】

 海犬養門(あめのいぬかいもん)は北面西辺の門に相当します
 小川の中の二大石はその礎石と考えられています

 醍醐町は宮域内では最も低地で、周濠の水を集めた西北辺からは、濠跡と木簡が出土しています

★所在地;橿原市醍醐町 (海犬養門跡)
★交通;JR畝傍駅下車 徒歩10分
★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;0744-21-1114(橿原市役所)

 撮影日;2009.10.18  
 


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