奈良の名所・古跡

行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・

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石ケ谷古墳

2016年07月10日 | 古墳
石ケ谷古墳
 小学校の片隅に保存されている古墳です 撮影日;2016.05.08

 東西18m・南北約13m程の方墳と考えられています
 遺跡地図の「10D-83」です
    
 片袖式横穴式石室が有るそうです
 全長現状4.7m、玄室長2.7m・幅1.4m・高さ?
 羨道長(現状)約2m・幅1.05m


 調査時には既に封土を失い、かろうじて墳丘を丘陵から画するための溝が東・西・北で確認されました

 周溝の隅はカーブを描いていて墳丘は隅丸方形だったようです

 玄室内から須恵器台付長頸壺・高杯・杯身・土師器の椀が出土しています
 鉄鏃・釘が検出されることから組合せ式木棺が埋葬されていたようです

 築造年代は6世紀末~7世紀初頭

石ケ谷古墳公園への登り口  

 北方400mには牧野古墳が有ります

★所在地;北葛城郡広陵町馬見北7丁目
★交通;近鉄五位堂駅より 北へ4km
    バスで馬見北九丁目下車 徒歩すぐ
★駐車場;有りません
★見学; 普段は施錠されていて見学できません
★問合せ;

  真美ヶ丘第二小学校の南西隅に小さな古墳公園として保存されています


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豊田狐塚古墳

2016年06月12日 | 古墳
豊田狐塚古墳の石室袖部
 布留遺跡を見下ろす北側の高台に築かれた古墳です 撮影日;2016.04.09

 豊田トンド山古墳の南東100m程の所

 径20m程の円墳と思われます
 (遺跡地図の08D-0305には径10.5mとなっています)

豊田狐塚古墳の墳丘 豊田狐塚古墳の玄室

 南に開口する横穴式石室には三基の木棺が納められていました

 玄室長さ約4.4m、幅約2.2m、高さ約2.2m
 天井石は無くなっています

 羨道部は発掘されていないので詳細不明

豊田狐塚古墳出土の鏡 豊田狐塚古墳の出土品

 明治8年の文書で江戸時代末期に盗掘されたことが知られています
 勾玉や刀が出土

 国内製の小型鏡1面(直径9cm)なども出土しています

★所在地;天理市豊田町狐塚
★交通;JR・近鉄天理駅より 徒歩約30分
    バスで石上神宮前下車 徒歩5分
★駐車場;なし
★見学;発掘後、埋め戻しされます
★問合せ;

 参照;現地説明会資料表現地説明会資料裏

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一須賀古墳群

2015年11月12日 | 古墳
B-9号墳
B-9号墳
 100基以上からなる古墳群です 撮影日;2015.10.04

 ほとんどが横穴式石室を有する小円墳です
 6世紀前半かた7世紀中頃にかけて築かれた古墳群です

 現在見学できるのは、40基ほど(32基が整備されています)
 遊歩道が整備されているので、容易に見学できます
 (全部見学すると、3~4時間かかります)

D-4号墳 J-8号墳
D-4号墳J-8号墳

 多くの古墳から、ミニチュア炊飯具型土器や韓式系土器が副葬されています
 また、朝鮮半島の影響を受けたと見られる玄室の床面が羨道部の床面より低い構造をもつ横穴式古墳があることから、渡来系氏族、特に百済・漢人系氏族との関連が指摘されています

 平成6年(1994)10月7日に、国の史跡に指定されました

風土記の丘MAP 近つ飛鳥博物館

★所在地;南河内郡河南町大字東山299 (近つ飛鳥風土記の丘)
★交通;近鉄富田林駅より バスで「阪南ネオポリス」下車 徒歩8分
★駐車場;有ります(無料)
★見学;自由
★休館日;月曜日、年末年始
★開館時間;10:00~17:00
★問合せ;0721-93-8321 (近つ飛鳥博物館)

 参考;邪馬台国大研究ホームページ ・ 一須賀古墳群 - 古墳とかアレ(仮) 2号墳


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金山古墳

2015年11月10日 | 古墳
金山古墳
 とても珍しい双円墳です 撮影日;2015.10.04

 墳丘長85.8m
 南丘径55.4m・高さ9.4m、北丘径38.6m・高さ6.8m
 南丘のほうが一回り大きい

 北丘は2段に、南丘は3段に築かれています
 周囲には周濠がめぐらされ、周濠を含んだ総長約104m

 6世紀末から7世紀初頭の築造
 史跡公園として整備されています 

金山古墳南丘 金山古墳北丘 

 北丘には横穴式石室があり、中には凝灰岩をくりぬいてつくった家形石棺が2個置かれています
 石室の全長は16m
 玄室は長さ3.8m・幅2.48m・高さ2.84m、羨道は長さ6.26m・幅1.72m・高さは1.94mル
 
 ガラス玉、耳輪、馬具、鉄刀、土器の破片が出土しています

 南丘の埋葬施設は未調査です

金山古墳北丘石棺 金山古墳北丘開口部 

★所在地;南河内郡河南町芹生谷
★交通;近鉄富田林駅より バスで「芹生谷」下車 徒歩3分
★駐車場;有ります(無料)
★見学 入場料;自由
★問合せ;

 参考;河南町ホームページ


金山古墳説明版より

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北王塚古墳「伝橘諸兄公墓」

2015年07月14日 | 古墳
伝橘諸兄公墓
 墳丘上に橘諸兄公旧蹟の大きな石碑がと供養塔が立てられています 撮影日;2015.07.02

 周囲は竹林に開墾されていて、古墳は原形を留めていません
 規模や墳形も不明です

 昭和49年に調査され、発見された埴輪から6世紀初期の築造と推定されています
 埋葬施設も不明です

 字名から南開古墳とも呼ばれる?ようです
 墳頂は平になっていて、井堤保勝会の「井手左大臣橘諸兄公墳の碑」が立てられています

伝橘諸兄公墓碑 北王塚 北王塚古墳 

 この付近には、6世紀から7世紀初期(飛鳥時代から奈良時代にかけて)の古墳群が多く在ったようです
 近代以降、孟宗竹の栽培が盛んになり、墳墓は破壊され、遺構の確認はできなくなっています


 橘諸兄公由緒 =現地の石碑より=
 公は天武13年(684)生。父・美努王、母・県犬養三千代、敏達天皇五世の孫、光明皇后の異父兄である。 本の名は葛城王、のち母の氏を賜って橘諸兄、井手に住して井手左大臣と号す。
 天平10年(738)より右大臣、同15年(743)左大臣となり、天平勝宝8年(756)致仕するまで奈良時代の全盛期を首班として生きた大官である。
 この間に聖武天皇の相楽別業(諸兄の井手にあった別荘)・玉井頓宮への行幸・恭仁京遷都・大仏建立・開眼供養などがあった。
 また、この地には別業のほか、井堤寺を建立。
 清涼な玉川を愛し山吹を植え続けたので、多くの文学に見える「名所井手の里」を生み出した。
 聖武上皇崩御翌年の天平勝宝9年(757)正月6日薨す。齢74。


井手火山灰層 井手火山灰層前 

 井墳墓の近くに井手火山灰層という地層が崖地に露呈しています
 150万年前(新生代、第四紀、更新世)、長野で起きた大規模な火山噴火により降灰があり、それが堆積したものだそうです

★所在地;綴喜郡井手町井手南開
★交通;JR玉水駅より 徒歩20分
★駐車場;スペースあり
★見学;自由
★問合せ;


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棚機神社古墳

2015年07月07日 | 古墳
棚機神社古墳
 「棚機の森」と呼ばれる所です 撮影日;2015.06.13

 古墳の詳細は不明ですが、古墳横に七夕神社が有ります
 「タナバタサン」と呼ばれる古い石の祠が祀られています

棚機神社古墳墳丘 棚機神社古墳露出石材

 古墳は径12~13mの円墳?(墳形は不明)

 墳頂に盗掘坑があり、天井石が露出しています
 横穴式石室が有ったようです


 50m東の場所で埋没古墳が発見されています
 (棚機神社東古墳と名付けられました・・・発掘後消滅)
 前方後円墳?・全長約25m・後円部径約15m、前方部幅約15m
 周溝も確認されています

 ほとんど破壊されていましたが、南東方向に開口する横穴式石室の痕跡が確認されました
 残存遺物として家形石棺破片、銅椀、金銅製帯金具、耳環ほか、須恵器、土師器片が出土しています

★所在地;葛城市太田(小字七夕)1371
★交通;近鉄磐城駅より バスで「太田」下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★見学;自由
★問合せ;

 南阪奈道路を挟んで、北東150mの所には平林古墳があります 


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奈良県の古墳一覧です

2015年06月21日 | 古墳
 奈良県内各地を訪問しています(一部、県外も有りますが)
 
 名所と称される所は、ほぼ行きつくしてしまって
 最近は、名所とは言えないようなマイナーな所が多くなってしまいました
 
 新規の投稿はやめようか・・・と思っていましたが
 もう少し、細々と続けていこうと思います

 最近は、過去に訪れた所(特に古墳)を再訪しています
 こちらのブログに記事を載せていますので、良かったら見てください

 これまでに投稿した古墳↓↓↓をまとめて有ります 

      ☆★☆MYホームページ☆★☆

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毘沙門塚古墳「美旗古墳群」

2015年05月30日 | 古墳
毘沙門塚古墳前方部周濠
 竪穴式石室跡が残っています 撮影日;2015.04.26

 女良塚古墳の西、線路を挟んで500m程のところに有ります
 全長65m、三段築成の前方後円墳
 両側のくびれ部に造り出しが有ります
 
 周濠は幅6mで、墳丘を完周しています

毘沙門塚古墳後円部墳頂 毘沙門塚古墳石室天井石

 南側のくびれ部付近から、墳丘に入れます
 後円部には竪穴式石室と思われる陥没坑が有ります
 その北隅に、石室天井石と思われる石材が有ります
 陥没坑の東側には、毘沙門天を祀っていたと思われる祠跡が有ります

 円筒埴輪が確認されており、5世紀中頃の築造と推定されています
 また、毘沙門塚古墳出土と伝わる長さ176㎝・厚さ8㎝の木板が保存されているそうです 

毘沙門塚古墳遠景
★所在地;名張市新田
★交通;近鉄美旗駅下車 徒歩20分
★駐車場;美旗市民センター利用
★見学;自由(墳丘立ち入り可)
★問合せ;0595-63-9148(名張市観光協会)


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殿塚古墳「美旗古墳群」

2015年05月29日 | 古墳
殿塚古墳
 美旗古墳群の中で最初に築かれた前方後円墳です 撮影日;2015.04.26

 女良塚古墳の北東300mの所に在ります
 美旗台地の最北端部の丘陵にある二段築成の前方後円墳
 全長98mで、後円部東側のくびれ部近くには造り出しがみられます

 周濠は後円部周辺を中心に巡るが、前方部周辺では不明瞭となり完周していないようです
 古墳は土葬も残る墓地に隣接しています

 葺石が確認されており、 短甲形埴輪・朝顔形埴輪・円筒埴輪が出土しています
 築造は4世紀末頃と推定されています

 陪冢のわき塚1号墳・2号墳は、昭和36年の集中豪雨の影響で近鉄線の線路が地滑りによって押し出されて隆起したために緊急調査されています
 わき塚1号墳は一辺23m・高さ2mの方墳
 葺石が葺かれていました
 銅鏡・短甲・衝角付冑・鉄鏃・鋳造鉄斧・竪櫛などが出土しています
 出土状況からは遺骸の埋葬施設ではなく、副葬品の埋納施設の可能性が考えられています

 わき塚2号墳は一辺26m・高さ1mの方墳です
 粘土槨の埋葬施設が2基確認されています

★所在地;名張市新田・伊賀市上神戸
★交通;近鉄美旗駅下車 徒歩18分
★駐車場;有りません
★見学;自由
★問合せ;0595-63-9148(名張市観光協会)


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女良塚古墳「美旗古墳群」

2015年05月28日 | 古墳
女良塚古墳
 馬塚古墳の北東1kmの所に築かれています 撮影日;2015.04.26

 全長100mほどの帆立貝式前方後円墳です
 後円部は径73m・高さ9mで、三段構築されています
 前方部は二段築成で、最大幅43m・高さ3m

 周囲には、周濠が全周しています

女良塚古墳遠景 女良塚古墳後円部

 墳丘には葺石が全面に施されています
 円筒埴輪が認められるほか、後円部の墳頂からは3基の家形埴輪が出土しています
 築造は、5世紀前半と考えられています

★所在地;名張市新田
★交通;近鉄美旗駅下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★見学;外観のみ見学可
★問合せ;0595-63-9148(名張市観光協会)


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