奈良の名所・古跡

行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・

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島ノ山1号墳

2013年06月29日 | 古墳
島ノ山古墳石棺
 組み合せ式家形石棺が葛城市歴史博物館のエントランスホールに展示されています 撮影日;2013.06.23
 
 新庄ゴルフセンター造成により消滅しています
 遺跡地図の「13D-219」です
 一辺南北約16m・東西約12mの方墳でした
 両袖式の横穴式石室と二つの竪穴式小石室が有りました

 遺物;土師、須恵、鉄製品、瓦器、埴輪、石帯(方)、勾玉

 横穴式石室は全長9.2m
 玄室長3.9m・幅2.3m・高さ2.9m、羨道長5.3m・幅1.3m・高さ1.8m

島ノ山遺物 島ノ山石棺内 新庄ゴルフセンター

 すぐ西側には2号墳「13D-425」が在りました
 全長約17mの帆立貝式古墳
 後円部径約10m・前方部幅約5m
 遺物;須恵、埴輪(円筒・形象)、鏡、眉庇付冑

★所在地;葛城市山田字小島ノ山321
★交通;近鉄忍海駅下車 徒歩20分
★駐車場;有ります
★問合せ;0745-69-7756(新庄ゴルフセンター)、0745-64-1414(葛城市歴史博物館)


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新宮原古墳

2013年06月28日 | 古墳
新宮原古墳が在った辺り
 墳形や規模は不明、すでに消滅しています 撮影日;2013.06.23

 當麻山口神社の参道石鳥居の北側30mの場所に在りました
 遺跡地図の「13A-5」です

 竹藪開墾中に発見され、須恵器(台付長頸壺)と石棺の一部が有りました
 近所の民家に出土品の一部と組合式石棺が保存されているようです

発見当時の石棺 石棺は凝灰岩製で4枚の底石と6枚の側石、2枚の天井石からなっていたようです
 復元した大きさは、長さ2.25m・幅0.85m
 櫟山古墳の石棺と近似しているとの事
 現存するのは、底石3枚・側石1枚・蓋石1枚です
 
 民家の井戸枠に組み込まれている凝灰岩の板石も石棺の一部らしいです
 築造は6世紀後半と見られます

★所在地;葛城市染野 
★交通;近鉄当麻寺駅下車 徒歩15分
★駐車場;当麻寺奥院のPがすぐ横に有ります
★入場料;墳丘は有りません
★問合せ;


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新町池

2013年06月27日 | 名所
新町池
 平成15年に新町池公園が整備されました 撮影日;2013.06.23

 新町池のすぐ西側はJR和歌山線が通っていますが、元は甘田川が流れていたそうです
 江戸時代の元禄後期頃、当地を治めていた大名が川を利用して溜池を造ったようです
 現在の池の南半分(1万㎡)が造成されました
 それでも水の供給が足りず、常に水争いが起こっていたそうです

 明治26年に北側の丘陵地を削って、池の面積が倍増(2万㎡)となりました

 平成10年に台風7号で被害を受け、平成12年から3000㎡(約6分の1)を埋めて改修工事が行われました
 平成15年には公園や周遊遊歩道などが整備されています

新町池公園 新町池歴史

★所在地;葛城市新町
★交通;近鉄忍海駅下車 徒歩7分
★駐車場;有りません
★入場料;タダです
★問合せ;


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細滝川不動摩崖仏

2013年06月23日 | 石造物
細滝不動摩崖仏
 すべる様に流れる滝の岩肌に彫られています 撮影日;2013.06.16

 深川支流の細滝川に不動明王の魔崖仏が浮彫されています
 像高44cm
 吊り上った目の形、細く張った手足、羂索や裾を左方になびかせた動きは吉野時代の特色があり東山峰寺や的野の建武不動と同じ頃の作と推定されます

 往古より村人の信仰厚く、かつては1kmほど南に有る帝釈寺に於いて8月5日の円海坊主供養会式踊りや9月17日の観音会式と共に、同18日は滝不動会式踊りが盛大に行われたそうです
 また、子供相撲がこの滝の前で催されたと伝えられます

細滝川不動摩崖仏 細滝川不動

 県道127号線沿いに、細滝川不動摩崖仏参道への木の橋が架けられています
 127号線横を流れる深川には、所々に小段瀑が見られます

細滝川不動参道 下から細滝川 上から細滝川

★所在地;山辺郡山添村北野・奈良市下深川
★交通;JR・近鉄奈良駅より バスで北野口下車 南へ徒歩20分
★駐車場;なし
★入場料;見学可
★問合せ;


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あ志び乃店

2013年06月22日 | 名所
石のテーブルとあ志び乃店茅葺の家
 浄瑠璃時参道に有る庭の綺麗なお店です 撮影日;2013.06.16

 参道には馬酔木も咲きます
 四季を通じて、さまざまな花が咲きます  

 平成16年に茅葺屋根の葺き替えが行われた大和棟の建物が目を引きます
 多聞院旧跡前に建てられているようです

あ志び乃店門 あ志び乃店 

★所在地;木津川市加茂町小札場56
★交通;JR加茂駅より バスで浄瑠璃寺前下車 徒歩すぐ
★駐車場;有ります(有料)
★休業日;不定休
★営業時間;9:30~17:00頃
★問合せ;0774-76-2791


 参照;あ志び乃店ホームページ
庭の樽

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柳生摩利支天碑

2013年06月21日 | 碑・塚
摩利支天山
 平成19年に建てられました 撮影日;2013.06.16 

 柳生八坂神社のすぐ北側に小高い丘「摩利支天山」が有ります
 柳生十兵衛三厳の弟・宗冬が武道の守り神摩利支天を祀ったと伝えられます
 以前は、祠があったそうです

摩利支天 摩利支天碑

 東側に芳徳禅寺、北側に旧柳生藩家老屋敷、南側に旧柳生藩陣屋跡が見えます

★所在地;奈良市柳生町
★交通;JR・近鉄奈良駅より バスで柳生下車 徒歩10分
★駐車場;柳生花しょうぶ園前に無料駐車場有り
★入場料;見学自由
★問合せ;0742-94-0002(柳生観光協会)


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柳生正木坂剣禅道場

2013年06月20日 | 名所
柳生正木坂剣禅道場
 剣道と禅を通じて心を鍛える道場です 撮影日;2013.06.16
 
 柳生十兵衛の弟・友矩の邸宅跡に建てられています
 芳徳禅寺の先代住職・橋本定芳さんが、昭和6年に道場建設を願い約30年の年月をかけて、同40年春にようやく完成しました

 屋根や柱などの構造物は、もと興福寺の別当だった一乗院の建物で、玄関は京都所司代の玄関を組み合わせた重厚な建物です

 剣道に座禅の心を取り入れた「剣禅一如」の柳生新陰流の精神にも通じる道場です
 道場は貸切制で宿泊も可能
 道場を囲む三面には座禅をするための畳敷きの床が一段高いところに張られています
市営駐車場からの石段 道場の裏側

 宮本武蔵が訪れたといわれる当時の柳生道場(正木坂道場)は、現在の市営駐車場の辺りにあったようです
 柳生道場は、柳生宗矩長子三厳(通称十兵衛)が1万3千人の門弟を錬成したと伝えられます

 玄関前には、戦後に剣道復興に尽力された木村篤太郎翁の銅像が建てられています(1985年の建造)
 五條新町のまちや館「旧辻家住宅」は木村篤太郎の生家としても保存されています
道場玄関 木村篤太郎翁の銅像

★所在地;奈良市柳生下町445
★交通;JR・近鉄奈良駅より バスで柳生下車 徒歩10分
★駐車場;市営駐車場(有料)
★問合せ;0742-94-0204 (芳徳寺


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都塚古墳

2013年06月19日 | 古墳
 明日香村で石棺の見られる唯一の古墳です 訪問日;2007.9.11

 別名「金鶏塚古墳」とも呼ばれます
 毎年元旦にこの塚で金鶏が鳴くという言い伝えがあるそうです

 昭和42年の調査で方墳と確認されています
 (1辺約28m、高さ約4.7m)

 埋葬施設は横穴式石室で玄室内には家形石棺が安置されています
 南西方向に開口
 石室全長は12.2m、玄室は長さ5.3m・中央部幅2.8m・高さ3.55m

石棺
 石棺は、長さ2.36m・幅1.58m・高さ64cmの花崗岩質片麻岩による刳抜式家形石棺です
 蓋に6個の縄掛突起が有ります
 石棺の前、入口寄りに5個の棺台と見られる石があり、周辺から鉄釘片や顔料が検出されたことから、もう一つ木棺が安置されていたようです 

 築造年代は6世紀後半とみられます

 2013.06.09再訪、2013.06.18編集・画像追加 

都塚古墳墳丘 説明板

★所在地;高市郡明日香村坂田
★交通;近鉄橿原神宮前駅より
    バスで石舞台下車 徒歩10分
★駐車場;石舞台駐車場利用(150台) 普通車:500円
★入場料;見学自由
★問合せ;0744-54-4577(明日香村観光開発公社)

 石舞台古墳より徒歩10分ほどです


 石舞台古墳から稲渕の棚田へ向かう途中に有ります

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飛鳥塚本古墳

2013年06月18日 | 古墳
 現在は石室の一部が露出しているだけです 訪問日;2009.12.12

 墳丘は方形で、一辺の長さは約40mだったようです
 (現在は封土もなくなっています)

 石室は、全長12m以上(破壊されているため未詳)
 南東に開口する両袖式の横穴式石室で、巨石の2段組で造られています
 玄室は、長さ4.4m、幅2.5m程度
 棺台を伴う家型石棺が確認されています
 (蓋部分が羨道近くに放置されていました)

開口部側 奥壁と右側壁

 奥壁などには、酒船石や鬼の俎板などにも見られる石を割るための矢型が残っています
 遺物は須恵器などが出土していますが、副葬品はほとんど発見されていません
 7世紀初頭の築造と考えられています

 石舞台古墳にも近く、墳丘が方形であることなどから、被葬者は蘇我氏の系譜を引く者ではないかと考えられます 

★所在地;高市郡明日香村稲淵
★交通;近鉄「橿原神宮前」駅より バスで「石舞台」下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;0744-54-2001(明日香村役場)

 稲渕の棚田に囲まれてあります  2013.06.09再訪、2013.06.18編集・画像追加

飛鳥塚本古墳の墳丘
 かつては、農作業小屋が建てられて利用されていたそうです


 参考;塚本古墳 飛鳥古墳探検記3

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護摩石

2013年06月12日 | 石造物
護摩石
 何のために作られたかも分かっていない不思議な石です 撮影日;2013.05.26
 
 何故、護摩石と呼ばれているのかも不明です
 相輪棠のような宝塔の基壇とも考えられています
 宝塔を据える四角いほぞ穴と四隅に柱かなにかを据え付けるの字型のほぞ穴が有ります

 山頂の平坦地の南端に在りますが、元の場所からは少し動かされているようです
 付近には大きな岩が数多く見られ、古代には磐座として信仰の場所だったのかもしれません

山頂の護摩石

★所在地;木津川市加茂町高田鳴谷・木津川市梅谷北谷
★交通;近鉄奈良駅より バスで中ノ川下車 徒歩25分
★駐車場;なし
★入場料;見学可
★問合せ;

 牛塚から浄瑠璃寺奥の院へ抜ける道沿いから、尾根上の獣道を通って行きます


 参考;アジアの涼風のブログ

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