毎週 江ノ島でセーリングを愉しみ 人生を愉しむ♪

ヨットを自作し帆走♪
中古ヨットを買って直しながら帆走♪
多岐にわたる知識が必要ですがマダマダ

農作業・・・初体験

2008年11月27日 | Weblog
横浜は今日朝からシトシト雨

夜には本格的に降るそうです

今日はのりこちゃんが朝からお出かけなので
さぞかし、家で出来る仕事がはかどるかな

と思いましたが

片っ端からやっているつもりなのですが
中々進みません

頭までボーーーーっと、してきたので少々お休み時間

さて、新潟に行ってやったこと
新幹線に乗って2時間
新潟について電車を待つこと30分



到着した時は真っ暗になっていました

夕飯をご馳走になり
8時30分就寝

はやーーーーい

翌朝 6時半に義父さんが雨戸を空け
冷たい空気が家中に

早速、・・・?

朝食後、お土産に大根持っていきなよ
との言葉に甘え



すっこんすっこん

面白いように抜いていく・・・のりこちゃん

抜いた分は持って帰れよ
と言われ、山のような大根を車に積み込む



次はたまねぎの苗の植え付け



10cmほどの升目を書き
穴を開けそこに入れて
土をかぶせ終了

言葉にすると簡単ですが
数が400
となると結構大変



はじめてやることなので結構面白い

義父さんは一日仕事
と言っていましたがものの何分かで終えることが出来ました

やっぱり、3人でやると早い!!


竜馬がゆく
の抜粋

文庫本 第六巻
177ージ


「業なかばでたおれてもよい。
そのときは目標に方向にむかい、
その姿勢で斃れよ」



これは
いよいよ亀山社中も軌道に乗り始め
支社も作り
長州 大阪 京都 江戸
の諸物価を調べ
安い所で買い付け
高い所で売る

という、国内貿易を充実させ
その商売の中で力をつけ
倒幕に向かっている社員に言っている言葉です。



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モノレール搭乗記・・・・。

2008年11月26日 | Weblog
横浜は今日朝から気持ちよく晴れています

相変わらず毎日
どたばたしながら過ごしています


江ノ島から大船に行ったモノレールの話。

皆さんはお乗りになったことがありますか?

僕は久しぶりに乗りました
最後に乗ってから
もう、30年以上たっています

というのは、友人がこの沿線に住んでいて
彼は何と学校にモノレールの定期券を持って通学していました

羽田を走るモノレールと違って
懸垂式でぶら下がって走ります

ですから連結器は
ツインレールの普通の鉄道と違い
屋根についています



これがポイントです
ダイナミックにグオーーーー
と、けたたましい音を立てて動いていました

と言っても、鉄道のポイント制御の音と比べての話で
走っている音は、桁違いに静かです。




単線ですので
交互に運転していますので対向モノレールが来るまで待っています



当然のようにモノレールの高架の中に
普通の電車の上についている線まで入っています

きっと、ぶら下がる構造の上にパンタグラフがついているのでしょうね



この、写真を見て解るように

一番前で見ていました♪

下の道路の信号もよく見えます

あ!!
赤信号だ

と思うのは普段車を運転している僕だけ

モノレールの運転には車道の信号機は関係ありません
交差点を悠々と頭越しに通り抜けます

すごい!!

すごいのは乗り心地・・・も

鉄道
と違い 走り出しは
サンフランシスコのケーブルカーを思い出しました
急にロープを掴んで走り出す
あの、特異な感じを思い出しました

で、最高速度

なんと、70km/h

これまた、すごい!!

これで大船まで近いこと

ビックリしました





竜馬がゆく
の抜粋

文庫本 第六巻
114ージ


「志操さえ高ければ、
商人のまねをしてもかまわない。
むしろ地球を動かしているのは思想ではなくて経済だ」



これは
薩長連合を竜馬とともに画策していた

中岡慎太郎がなかなか上手く行かない

それを受けて
軍艦を竜馬の亀山社中を通じ薩摩に買わせ

と、お互いの利害関係を上手く使い
どちらにも有利になるような経済の面から近づけようと
したときの話であります

仲の悪い物同士
しかし、共通の敵がいる

これらを繋ぐのは先ずは経済。

と、才田屋という商売も片方でやっていた
郷士出の
竜馬
らしい発想です



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時運を見・・・時運に感謝♪

2008年11月25日 | Weblog
横浜は今日、朝は気持ちよく晴れていましたが
段々雲が広がり
どんよりとした曇り空になってしまいましたが
今もまだ雨は降っていません

日曜の午後から新潟に行ってきました

行きは新幹線で
帰りは向こうにあったのりこちゃんのお母様の車に乗って帰ってきました

車を買い替える
と言う話は夏ごろから聞いていたのですが
向こうで買うと
住民票は藤沢にあるのに
新潟ナンバーになる

というのが第一のネックで

次に値引きがほとんど無い

ということで僕が近所のディーラーで交渉し

見てもいない車で下取り価格を出し

かなりの好条件の見積もりを出してもらいました

それで注文しちゃって

というので、注文を出したのですが
12月の半ばにならないと入荷しない
らしく・・・・
それなら以前から12月の半ばに来る
というのが分かっていたので、そのときに乗って来て

というと、それが出来ないのよ・・・

??

11月30日で車検が切れちゃうの

ということで急遽新潟に行ってきました

帰りは、下取りが決まった古い車

といっても、僕のよりいくらか新しいのですが・・・。

関越自動車道に乗り



毎年夏には自分の車で往復する道

途中 1回休憩をして・・・
別に休憩をしなくても大丈夫なのですがトイレに行きたいので・・・。




所が、この車で高速に乗って・・・・
眠くなった
休憩をしよう!!

もう何時間走ったんだ??

調べると・・・?
ものの30分も高速を走っていない

調べる??

そう、この車 時計が無い

正確に言えば壊れている・・・・らしい・・・・
何処が時計かも分からない。


幼稚園の頃から
時計を見

あの針があそこまで行けば休み時間
お昼ごはん

と言う、生活を何気なく送ってきた

所が、この車時計が無い

時計がないと人間どうなるか

その時間まで頑張ろう

と言う、気力が無くなる

気を取り直して、運転しだしても
渋滞にはまると
距離も進まないから
益々、何時間運転したのか分からない。

お陰で途中4回も休憩してしまいました

400km無いのに4回
単純に100kmごとに・・・

休憩したことになる

自分の車じゃないから気を使ったせいもあるのかしらん?

そんな、繊細な心は持っていないはずだが・・・。

この、往復の話は又次回



竜馬がゆく
の抜粋

文庫本 第六巻
100ページ


「へたな祈祷師はやみくもに祈る。
じょうずの祈祷師は、
まず雨がふるかふらぬか、
そこをしらべぬいたあげく、
降りそうな日に出てきて護摩を焚く。
さればかならずふる。
天下のことも雨乞いとおなじで、
時運というものがあり時運を見ぬかねばならぬ。
わしは時運を見ぬいたつもりで下関に出てきたが、
しかし西南の空からでてくるはずの雲がまだ出てこぬ」



これは
薩長連合を樹立させようと
長州にて中岡慎太郎を待っているのだが
なかなか現れない

西郷隆盛が中岡に約束をしてもすぐに翻しなかなか
竜馬が待つ長州に行かないのだ

その暇な時に
土佐の姉や源じいに手紙を書いていた文である


人生 どんなことも時運

と思うのは僕だけ?

ついていたな
あれがあって
これが出来た!!

ってラッキーなことばかりの僕の人生




と、前向きに過ごしています。
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V やったー V スピンが独力で上がった♪

2008年11月23日 | Weblog
今月一杯でシーズンオフ

と決めている、実業団!ふたつや文具ヨット部・・・・?

流石に12月くらい日曜日も仕事をすることに決めているので
今年は残すところ今日を入れてもあと二回

と言う時期なのに
やたらと暖かく・・・・・

下半身はこんな感じ♪



ハーバーを出ると 
T さんが
僕の全身の写真を撮ってくれました



上着はTシャツ一枚

なんて、暖かさなんでしょう

富士山ははっきりと見えるのに
風はあるかなしか

上の写真を見ても海面はのっぺりして風が感じられません



今回はハーバーの目の前で風上に行ったり
風下に行ったり

で、

T さんが真っ赤なカヌー
で富士山との延長線上に

これはシャッターチャンス

とばかりに写しましたが僕の目に見える
T さんは 写真には写りませんでした

Tさんごめんなさい



風上に行って
下る時は先週教えていただいたスピンを揚げてみました

あーじゃない、こーじゃない

と、先週の埜口さんの言葉を思い出しながら
なんとか揚げることが出来ました





T さんが すかさず僕の華麗な
スピンランを写真に収めてくださいました

航跡を見てもなんとなくスピードが増しているように見えません??



綺麗にスピンが風をはらんでいる時に
見事に写真に収めてくださいました

はっきり入って、こんなに綺麗に膨らんでいたのは一瞬でした。

なんとか、この綺麗な形が維持できるように
これから勉強します。



先週、埜口さんがフリーが面白い

といったのが、少し解る気がしました
一生懸命に風上に上って
風下にフリーラン

わーースゲー

と言うまもなく砂浜が近づき、スピンをもたもた片していたら
砂浜がすぐそこ!!

ビックリ

これでは、目的地を定めるレースなどでは大幅に通り越してしまいそうです


これで、埜口さんが乗っておられる
5○5
だと、風上に向かうのに
トラピーズで飛び出して帆走るので
こっちもかなりエキサイティングで面白いんだろうな

って、思っておりました。

イヤー、奥が深い。

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理想を追い続ける・・・

2008年11月22日 | Weblog
横浜は、今日は朝から気持ちよく晴れています

お陰さまで・・・忙しいです

毎日、あっという間に時間が過ぎていきます

まだ、やらなければならないことが・・・・

でも、まあ、ひとつづつこなしていけば
終わらぬ仕事は無い

と、のほんびりやっていきます。

まあ、のほんびりが僕の理想ですから・・・・。


竜馬がゆく
の抜粋

文庫本 第五巻
317ページ


「男子は生あるかぎり、
  理想をもち、
   理想に一歩でも近づくべく坂をのぼるべきである」



これは
竜馬と勝の作った
神戸海軍塾

が幕府によって廃止になることになり

神戸海軍塾にいた皆に
藩命で来ていた者はそのまま藩に帰れるが
竜馬を慕って脱藩までして
海軍塾に来た者たちは

その門から一歩出れば
海軍塾という後ろ盾が無くなり
すぐにも幕府に捕らわれてしまう

というときにこう言い

竜馬がこれから
カンパニーを作って一緒にやろう
と言う人は残ってくれ

と話した


このあと、脱藩までして
商売をやるのか・・・

と言う不満も出るのだが
竜馬は
普段は商船
有事に軍艦

と、説明し・・・・
これは、この海軍塾のメンバーに限らず
長州・薩摩の人にも中々判ってもらえないはなしで

江戸時代に突飛な考えだと思います。



昨日の西郷さんの話し・・・
たった、一行・・・・?

西郷さん好きな皆さん。ごめんなさい。
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トナカイは大きく飾れば・・・・

2008年11月21日 | Weblog
写真は明日載せます
今見たい方
こちらをクリックしてください


横浜は、今朝は寒かった~!!
キャロットと散歩に川の方に行ったら真っ白

小春日和というには風が強いですが風さえなければとても暖かいです
晴れています


この良い天気の中



家を建て直す??
リフォーム??

とんでもない!!





クリスマス飾りの設置に横須賀まで
うみかぜ公園の隣で・・・

当然、木枯らしがビュービュー



飛ばないように針金と15cmの釘で固定して



前の展示ハウスから一枚写させていただきました



コートを着てやっていたのですが
途中から暑くなって・・・

遂に腕まくり



竜馬がゆく
の抜粋

文庫本 第五巻
274ページ


「茫漠としてとらえどころなし。
ちょうど大鐘のごとし。
小さく叩けば小さく鳴り、
大きく叩けば大きく鳴る」



これは

初めて竜馬が西郷隆盛とであったときの彼の印象です


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気分転換♪

2008年11月21日 | Weblog
横浜は、今日は一日晴れていました

あーあ
とうとう日が変わってしまいました

まだ、ばたばたやっていて
少し気分転換にこのページの更新を

それなら、昼間にも気分転換をやれば良さそうな物ですが
昼間は、気分転換すらする暇も無く・・・



竜馬がゆく
の抜粋

文庫本 第五巻
185ページ


「諸事、この眼で見ねばわからぬ」
というのが、勝と竜馬の生き方である。

現場を見たうえ、
物事を考える。
見もせぬことをつべこべ言っているのは、
いかに理屈が面白くても空論にすぎぬ。


これは
寺田屋の事件を江戸で知った竜馬は
神戸の海軍塾に戻り
長州と薩摩の戦いが・・・
書くと長くなりますね

かいつまむと
長州が朝廷を担ぎ揚げようとしたときに
御所と長州軍の位置関係から
まるで長州が御所を狙っているように見え
双方の遺恨が強まった

結果、長州は今京を追われ

神戸にいた竜馬は観光丸の碇を上げ
早速行動に出た


これまで、のんびり過ごしてきた竜馬が
正に
竜の如く
はたまた
馬の如く
駆け出した頃のお話

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時流・・・時の勢い・・・

2008年11月19日 | Weblog
横浜は、今日朝から時々晴れ間が出ています

サー、年末モード満開♪
忙しい・・・。

溜まっってしまった仕事の目処がやっとついてきた・・・・
これで、明日からは少し僕本来の
のほんびり
したリズムの生活が出来そうです♪

と、昨日書いたのに・・・・
なかなか 
のほんびり
出来ません

まあ、忙しいのは良いことといたしましょう

この調子で行くと今週一杯駄目かな・・・・

仕事は忙しいのだからこの場合駄目
とは、何の事を指すのか・・・・

根がグーたらなのが解ってしまいますね

ということで、今日ももう終わろうとしていますので
早速・・・・

竜馬がゆく
の抜粋

文庫本 第五巻
51ページ


「成らぬことは成らぬ、
と竜馬は思った。
成るには時の勢いというものが要る」

これは
長州びいきの竜馬が血気盛んな木島叉兵衛おじさんが
倒幕を旗印に大群を指揮いて京に集結し幕府を倒す!!


と、いきまいている話を聞いて
もらした、感想である

時の勢い
時の流れ

これは、今の世の中でも重要なことですよね

竜馬が大好きな
武田鉄也さんが
海援隊の 
母にささげるバラード
と言う、曲を発表する時

同時期になんだっけか・・・・?

あれ、忘れちゃった

同じようなチョッとコミック調の歌が売れ出したんだそうだ

これでは駄目だ

と、発売時期をずらし

その歌が下火になった頃に
件の歌を発売して爆発的に売れた

やはり、武田さんこの言葉を思い出したのでしょうね


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のほんびり 過ごしましょう  っと

2008年11月18日 | Weblog
横浜は、今日朝から時々晴れ間が出ています

サー、年末モード満開♪
忙しい・・・。

溜まっってしまった仕事の目処がやっとついてきた・・・・
これで、明日からは少し僕本来の
のほんびり
したリズムの生活が出来そうです♪

そういえば、先日

12月は僕一年のうちで一番嫌い!

と人にいうと、何故?

人間が皆ワサワサしているから


あんたらしい

と、返されてしまいました
そんなに僕は普段からのほんびりしていますかね?


まあ、そういう性格の人間じゃないと
ヨットに乗って風まかせに一日

あっちフラフラ
こっちフラフラ

しませんかね?


竜馬がゆく
の抜粋

文庫本 第四巻
368ページ


「欲しいのは、
自由自在な境涯じゃ。
脱藩をしてそれを得た。
女房をもらうことでそれをうしないたくない」

竜馬は大声になった。

「後家になるぞ。
あなたはかまわぬというかもしれぬが、
わしはかなわぬ。
志士は溝壑に在るを忘れず、
勇士はその元を喪うをわすれず」

「どういう意味です?」

「志を持って天下に働きかけようとするほどの者は、
自分の死骸が崖っぷちに捨てられている情景をつねに覚悟せよ、
勇気あるものは自分の首が無くなっている情景をつねに忘れるな、
ということです。
それでなければ、
男子の自由は得られん」

このアトに紋服の袖をひきちぎり
形見じゃ

と、さな子さんに渡して・・・・

昨日ここに書かせていただいた如く、婚約指輪ならぬ
婚約片袖として大事に胸に抱き
生涯を独身ですごした

昨日は話しを少し先走ってしまいました


たしか、この桔梗の定紋が着いた片袖が今も何処かに残っている
と、聞いたような・・・・。


竜馬もさな子さんを未亡人にしたくない
さな子さんには親兄弟がいる

それなのに、自分の行く末がわからない
何処に住むかもわからない

そんな自分の妻になってくれ
とは、いえないのでしょうね

でも、おりょうさんは天涯孤独の身
で、妻にしたのか?

映画
バックツーザフューチャー
のなかで
ドクター エミットブラウン


マーティーの母親は父親に対して
ナイチンゲール症候群

と、称したが
正に、竜馬がおりょうさんに感じたのもこのナイチンゲール症候群なのか?

自由自在な境涯

結婚生活は両立しないものなのか?

いやいや、二人で話し合い、共通の目標に向かっていけば
喜びも二倍で楽しいはず!!

それも、竜馬たちが残してくれた
平和な世の中があったればこそ

もし、僕があの時代に生まれたら
きっと、竜馬を慕い後を追っかけていたかもしれない。



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白地に赤く日の丸染めて・・・・

2008年11月17日 | Weblog
横浜は、今日朝から気持ちよく曇っています

サー、年末モード満開♪
忙しい・・・。

朝から何故か忙しい
という訳でもう夕方・・・・。




なので、早速

竜馬がゆく
の抜粋

文庫本 第四巻
313ページ

この年(文久三年)の八月七日、
幕府は対外的なつきあいの上で国旗を定める必要にせまられ、
「御国標としてこれを用うべし」
という公達をした。

とあります。

この話しの前後は・・・・

竜馬が自分の軍艦が欲しくてたまらない
4巻の初めのほうでは
亀山社中の仲間を下手な動乱で失いたくない思いから
軽はずみなことをせず
チョッと待っていろ
軍艦を手に入れてくる



と、言い残し江戸へ出る

一介の浪人が幕府の要人に会いに行く



そこで、千葉道場に顔を出ししばらく御厄介に

さな子さんに別れ際
プレゼントが何も無い竜馬は片袖をあげる・・・。

これを、さな子さんはずっと大事に持ち続け

明治になっても
私は竜馬さんのいいなずけです
これが婚約のしるしです

と、その片袖を大事に持ち生涯独身で過ごしたそうです


なんで、さな子さんと結婚しなかったのかな~

と、思う文が続きます




そして、何と竜馬は幕府の船に乗っている


勝海舟の弟子で勝海舟も一目置いている弟子である

たとえ、倒幕の志士と、解っていても、船乗りは単純な者が多い・・・



僕も含めて

この船良いね、乗せて

と言われれば、ホイホイ乗せてしまう

ダレ?この人?  
と訊かれても・・・・

うん、乗せてって・・・。

位の、のりである。




このときも、艦長の松岡と、話をしている

この、軍艦二本マスト
ケッチかヨールかバークか

そんなことはどうでもよい。

二本目のマストに旗をひるがえしている

やっぱり、帆船に旗は必需品

この旗を珍しそうに見上げ

「あれですか、       
     日の丸ちゅうのは」


チョッと前のイラク戦争で
ショウミーザフラッグ

と、アメリカ合衆国の大統領が言ったそうだ

フラッグは大切な物です


幕末、岩倉具視指揮いる官軍は錦の御旗
を、帯でつくり、幕府軍と戦った

このとき、破れた幕府は日の丸
勝った官軍は菊の御紋

で、何故か、日本の国旗は幕府が使っていた日の丸


ここでも、日本的な というか
竜馬の目指したクーデターの成果が出ていると思います

竜馬は倒幕後の新政府に徳川慶喜を入れたかった
これで、日本中が戦争で疲弊することなく
諸外国に対して全力で事に当たれる

この当時、アメリカ・イギリス・フランス・ロシア
が、日本を属国、支配しようと
虎視眈々と狙っていた

が、表向きはあんな長州やっつけちゃいなさいよ
と、幕府を煽り武器を与え
どちらも共倒れになるまで戦わせて漁夫の利を得ようとした国

反対にあんな幕府倒してしまえ
と、武器を売りつける国

軍艦一つ、拳銃1丁売るのも必ず裏がある

だが、竜馬はこれじゃいかんちゃ

とばかりに、国内で戦争しとる場合じゃない
話し合いで新しい国家を作るべきだ

と、奔走した

薩摩の西郷隆盛は最後まで戦争がしたくてたまらなかったのではないだろうか

しかし、無血開城して日本は国力を温存したまま
見事にクーデターが成功した

のは、もう少し先のお話

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初めてのスピンラン・・・ランランラン♪

2008年11月16日 | Weblog
おっかしいな~

今日は雨降らないと思ったのに・・・・


それでも
冷たい雨が降る中、江ノ島へ

先日来、揚げたくて準備をしてきたスピン

でも、揚げ方が解らず・・・・



そこで、こんな天気になるとは思わず
僕がヨットの神様
と、お慕いする

埜口史郎さんに来ていただき
御指導いただきました

いつも、僕がカメラを持っているので
埜口さんとの写真が無い!!

で、写してもらいました



僕はしっかりカメラ目線
埜口さんはしっかりセールを見ています

雨でしっかりぬれて頭頂部はベッチョリと頭にへばりつきハゲ上がり・・・


雨でぬれているはずなのに、横の毛は寝癖でハネ上がり・・・・。



風上にしばらく帆走したアトいよいよスピン!!

手順は陸の上で一回やってみた

でも、頭に全然入っていない。

埜口さんに言われるままにシートを引きガイを引きスピンハリを引く

スピンポールをセットし・・・・



見事に上がった

思っていたより簡単

よく、スピンを上げるのは喧嘩しているようだ

と言いますが、そんなことなく整然・平然と揚がりました

やっぱり先生スキッパーの力量がここにも出ます



これより、下がれないのでこんな写真しか撮れません
チョッと離れた前から写したいな♪



上のほうはこんな感じ

これを、前から見ると
ヨットの前に袋みたいなセールを揚げたヨットの絵とか写真とかを見た事ありませんか?

アレがスピンです

主に後ろからの風で使いますが
慣れてくると横からの風でも帆走ります

で、うかがいました

スピンを降ろさなければならない風向きとタイミングは?

うかがったけど・・・・忘れちゃいました



当面、真後ろから来る時だけでも揚げてみたいと思っていますが・・・・。

埜口さんがいらっしゃらなくても出来るかな??


揚げ終わって、落ち着いてから、初めて今何処を帆走っているか見た

自分の中で風が何処から吹くか
何処に向かっているかまったく解らない


35年ほど前に姉にバッジデストを受けろ
と言われ、何も解らないままヨットに乗り

やれ
タック・タック・タック・タック
ジャイブ・ジャイブ・ジャイブ・ジャイブ・

というのをやった記憶があります

僅かな距離の間にタックを何回
ジャイブを何回
というようなセーリングテストでした

そのときはクルーをしてくださった方に言われるままに舵を切り方向を変え
周りの景色がまったく見えていなかった

そのとき以来の感覚でした

う~ん
スピンを揚げてか景色が見れるようになるまでどれくらい練習すればよいんだろう




スピンで風下に向かう時に早く帆走りたい、から揚げる
という意識はあまり無く

暇なランニング(風下に向かう)・・・?
風と同じ位の速さで
風の方向に走るので風をまったく感じず
したがって、スピード感がまったくないので
その、暇つぶしに・・・・

と、思っています。

でも、埜口さんは
ランニングでスピンを揚げておけば強風でもジャイブが楽になりますよ

と、教えてくださった

理屈はわかるが、果たして
強風下でスピンを揚げることが出来るか・・・・?





出来ないな。
いつまで経ってもキット。




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11月15日・・・・

2008年11月15日 | Weblog
横浜は、今日朝から気持ちよく曇っています

サー、年末モード満開♪
忙しい・・・。



という訳で、早速ですが


竜馬がゆく
の抜粋は・・・・・

今日はお休み。

というのは、今日は坂本竜馬さんの誕生日
そして
坂本竜馬さんの命日

今日、ゆかりの土地では盛大なイベントが行われているのでしょうか?


竜馬が暗殺されたのが
32歳

今の僕より 20歳も年下・・・・

僕も32歳の時に竜馬が暗殺された歳になった・・・
それなのに、俺は何をしたのだろう??

と、考え込んでしまいましたが

僕は、このときすでに 3人の子の親となっていた

竜馬が残さなかった子孫を僕はしっかりと?
育てている

人間の生きた証は
単純に考えて子孫を残すこと

でも、この平和な世の中に子供を産み育てられたのは
竜馬をはじめ
沢山の人々のお陰だ


竜馬も
靖国神社に祭られている
第二次世界大戦で犠牲になられた
沢山の方も

お墓は京都の護国神社にある



それはそれで、靖国神社の意義はある

日本の国教・・・?

神教は日本で生まれた独自の宗教です

天皇陛下を中心とした国家を作ろう
と、武市半平太をはじめ
沢山の志士が幕末戦った



その流れが靖国神社にも流れている

と思えば、いいんじゃないかな



祭られている

と言う、ニュアンスが難しい

日本のために命を賭して尽力を尽くしてくれた方々を
国として
ありがとう
と言う気持ちで
礼拝する

それが、祭ると言うことではないのでしょうか?



さて、
陸奥宗光
と言う、海援隊の一員
当時、海援隊の皆からは生意気だ、と疎んじられていたようですが
竜馬の包容力はそこさえも面白がったと言う

その、人を褒めない陸奥が




明治薩摩長州中心の政権になりこういった

竜馬の死とともに竜馬の抱いた、
あの偉大な思想も消えた
竜馬さえおればこんな醜悪な政府出現しなかった

と、しかし、伊藤博文に外務大臣に任命されカミソリ大臣
と、諸国から一目おかれた


そんな、陸奥が残した文に

坂本は近世史上の一大傑物にして
その融通変化の才に富める
その識見、議論の高き
その他人を誘説・感得するの能に富める
同時代の人能く彼の右に出る者あらざりき


そして、こうも書いてある

坂本は一方においては
薩摩・長州・土佐の間に蟠りたる
恩怨を融解せしめて
幕府に対抗する一大勢力を
起さんとすると同時に

直ちに幕府の内閣につき
平和無事の間に政権を
京都に奉還せしめ

幕府をして諸侯を敷きいて
朝廷に朝し 事実において
太政大臣たらしめ

名において
諸侯を平等の臣属たらしめ

もって無血の革命を遂げんと企てぬ
彼 もとより土佐藩の一浪士のみ

土佐の下級武士の身でありながら
勝海舟とともに

いや、もっと沢山の幕府の要人とも太いパイプを作り

この快挙を成し遂げた

最後まで夢を追い続けた前のめりの姿勢で斃れていった



この話しを書くのにいつが良いか悩んでおりましたが
竜馬がゆくの紹介の只中でしたが
竜馬の誕生日・命日
ということで、今日書かせていただきました
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人生僅か五十年・・・と言っていたのは・・・・

2008年11月14日 | Weblog
横浜は、今日朝から気持ちよく晴れています

サー、年末モード満開♪
忙しい・・・。



という訳で、早速ですが


竜馬がゆく
の抜粋を。

文庫本第三巻
394ページ

「事をなすためじゃ。
ただし、
事をなすにあたっては、
人の真似をしちゃいかん」

{人の跡(事績)を慕ったり人の真似をしたりするな。
釈迦も孔子も、シナ歴朝の創業の帝王も、
みな先例のない独創の道を歩いた」

「人の一生というのは、
たかが五十年そこそこである。
いったん志を抱けば、
この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり、
いやしくも弱気を発してはいけない。
たとえその目的が成就できなくても、
その目的への道中で死ぬべきだ。
生死は自然現象だからこれを計算に入れてはいけない」



もう、これだけで前後の話はいらないですね


これらの言葉は竜馬がひそかに書きとめた語録に入っているそうです

本当は、この抜粋をすべて終わったところで書きたかったのですが

司馬遼太郎さんという人

一つの物語を書き出すと
神田の古本屋さんからその人に関するものが姿を消す

と言われるくらいに、たとえ
ちょっとしたかかわりのあることが載っている本までも
そろえ、読み、その人の
人となりを色々な面から推測するそうで

この本に書かれている党登場人物のチョッとした会話までもが
これらの文献から
こんなことを言うだろう

と言う、事実から書かれているそうで

僕の、ここの文とやはり厚さが違いますね

僕のは、多分にたぶん・・・が入りますから・・・・。

僕ももうたかだか五十年そこそこの人生を歩んでしまった

この先
どんな 事 が成せるのか・・・・

さしあたって、毎日のここの更新を・・・・

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好きな道・・・・・

2008年11月13日 | Weblog
横浜は、今日朝から気持ちよく晴れています

まさに、小春日和
と言う雰囲気で上着を着なくても過ごしやすい天気になりました

オートバイに乗っても気持ちいよい風が感じられます

朝、配達に行く・・・
と言っても8時30分より前に配達に行くことはまずありません

午後は何時になるかわかりませんが・・・・

今、配達に行こうと
自慢のトライクのトランクを開けたら
小学生が駆け寄って来て

ワー中こんなになってるんだ

と、喜んでおりました

ただの箱なのに・・・・


準備が済み配達に行こうとエンジンをかけると

先の小学生がまだそばで待っていて

再度駆け寄り

ワーエンジンかかる

ワーーー走る

と、僕の横を併走してくる・・・・


いくらなんでも、走ることは走るよ・・・・
時々調子悪いけど・・・。
走ることは走るんだ!!

と内心思いながら
危ないよ・・じゃね

と、配達に向かいました




竜馬がゆく
の抜粋を。

文庫本第三巻
285ページ

「人間、好きな道によって世界を切り拓いてゆく。」

う~ん
これも僕の好きな所ですね

竜馬は幼い頃から海を見て育った
となれば、当然のように船が好きになる

倒幕
を考える時に、他の勤皇の志士は思いもつかない
黒船を手に入れて
艦隊を組み幕府に圧力をかけて
倒幕しよう!!

と言う、竜馬自信の好きな所からはじめようとしている

この後、船を手に入れ
亀山社中

で、戦の無い時は商社として働き

いざ、有事!!
と言う時は軍艦として参戦

まるで、長州の騎馬隊??屯田兵??騎兵軍??


その話はまだ先の話・・・・


僕も、随分と好きな道で切り開けた気がします

海の友達も増えたし

何より、仲間!
と言う感じで、生涯お付き合いさせてもらう人だと思います

こんな関係は学生から離れると中々出来そうにありません


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議論・・・・・避けるべきか・・・・するべきか

2008年11月12日 | Weblog
横浜は、今日朝から雨
と言う予報でしたが
午前中は薄日がさし
夕方から・・・・

違うな・・・お昼ごろにも弱い雨が降っていた

今、もうすぐ13日になろうと言う時間
雨は降っていません

今日は朝からパソコンの前に座ることが出来ず
遂にこんな時間になってしまいました



竜馬がゆく
の抜粋を。

文庫本第三巻
235ページ

「竜馬は、議論しない。
議論などは、よほど重大なときでないかぎり、
してはならぬ、
と自分にいいきかせている。
もし議論に勝ったとせよ。
相手の名誉をうばうだけのことである。
通常、
人間は議論に負けても自分の所論や生き方は変えぬ生き物だし、
負けたあと、持つのは負けた恨みだけである」

この話しの前後は

武市半平太が土佐で吉田東洋を暗殺し
土佐でのクーデターが今の所成功しているように見え
土佐藩を天皇の親藩にしようと
お公家さんの格好を真似画策し
あちこちで口角泡を飛ばして議論をしている


そんな、武市から見ると竜馬は奸賊(欧米と、仲良くしようとしている)
勝海舟の門人になったのが歯がゆい

そこで、満を持して武市が竜馬に
どうなんだ、その点

と聞くと竜馬が
まあ、長い目で見ろや

とだけ答え、竜馬自信が感じ取っている倒幕
の方向性を議論しない

と、小説ではなっているが
まだ、この頃、倒幕の方法も自分の行く道もわからないので議論しなかった
のでは無いだろうか

いずれにしろ、竜馬の議論をしない
と言う、姿勢は僕は大好きで
このことを日々心に留めています


これと似たような事柄が
あとの方でも出てくるので
きっと、司馬遼太郎さんも好きな下りだったのでしょうね

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