酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

美術館、映画館、複製画家~ゴッホに親しんだ晩秋

2017-11-26 22:37:37 | カルチャー
 会社を辞め、ブログを書き始めてから勤勉になったが、この1カ月、インプットの量に脳が悲鳴を上げている。今稿は門外漢の美術だから尚更だ。先週は美術館、映画、ドキュメンタリーでフィンセント・ファン・ゴッホに親しんだ。様々な伝説と謎に彩られた画家である。

 まずは「ゴッホ展~巡りゆく日本の夢」(東京都美術館)の感想から。日本の浮世絵がゴッホに与えた影響を、作品を並べて掲示していた。鑑賞者の多くは美術通で、漏れ聞こえてくる会話に理解の深さが窺えた。美大生と思しきカップルをガイド役に、こっそり、いや、気付かれていたはずだが、後をついて回り、解説に聞き入っていた。

 ゴッホといえば情熱と狂気をキャンバスに込め、淡色系の日本画と対極に位置する画家というイメージを抱いていた。本展で筆致、構図、色遣いの共通点を示されると、〝巡りゆく日本の夢〟のサブタイトルがリアリティーを増してくる。

 翌日、TOHOシネマズ六本木ヒルズで「ゴッホ~最期の手紙~」(17年、ドロタ・コビエラ、ヒュー・ウェルチマン共同監督)を観賞した。ゴッホが死の直前、弟テオに宛てた手紙を託されたアルマン(ダグラス・ブース)が、パリ、アルルとゴッホゆかりの地を訪ねるという設定だ。

 本作の肝は斬新な手法だ。実写映画として撮影し、CGアニメーションでゴッホの絵と合成させるため、俳優たちはグリーンバックを背景に演技する……。と書いてもチンプンカンプンだ。120人以上の画家による6万2450枚の油絵を基に、高解像度写真や3D技術を駆使して完成に至った〝動く肖像画集〟といえるだろう。美術に関心のある方はぜひ映画館に足を運んでほしい。

 銃による自殺が通説だが、本作は新たな仮説を提示している。純粋過ぎることは、時に周囲との確執を生む。「耳切り事件」でゴッホと世間との溝は決定的になった。困窮に喘ぎ、放浪を続けるゴッホを支えてきたテオもまた、厳しい状況に追い詰められていた。

 ゴッホの理解者であり、論争相手でもあったのがガジェ医師(ジェローム・フリン)で、本作ではゴッホの死の真相を知る者として登場する。著名人を含む多くの日本人がガジェ家を訪ねた際に署名した芳名録は「ゴッホ展」に展示されている。観賞後、俺はあることに気付いた。「ゴッホ~最期の手紙~」に日本の痕跡が全くないことだ。

 一昨日、ドキュメンタリー「中国のゴッホ 本物への旅」(NHK・BS1)を見た。世界の複製画市場を席巻しているのが中国で、広東省深圳市にある大芬油画村では1万人以上が油絵の複製を制作している。中国は欲望の渦の中心で、高層ビルが林立する深圳の夜景に圧倒された。

 ゴッホは28歳で画家になり37歳で亡くなったが、魂の継承者は多い。そのひとり、趙小勇も大芬油画村で工房を営み、ゴッホを20年描き続けてオランダの業者に送っていた。趙は夢の中に現れたゴッホと会話するほど心酔している。本物を見たいと訪れたアムスステルダムで、趙はショックを受ける。自分の絵を買い取っているのは土産物商であることを知った。

 ゴッホ美術館で、ゴッホの作品に触れ、趙は打ちのめされる。ゴッホに近づきたいという願いは無意味だったと実感する。平面上の距離ではなく、ゴッホが異次元に聳える画家であることを思い知らされたのだ。趙は帰国後、方向転換を試みる。複製ではなくオリジナルの作品を描くことを決意した。趙が敬愛する祖母、街並み、工房を題材に描いた絵が紹介されていた。作風はゴッホに似ているが、自立した画家としてスタートを切るのに相応しい作品だと思う。

 美術館、映画館、そしてドキュメンタリーと、眺める場所によってゴッホは異なる像を結んでいる。ゴッホとは巨大でカラフルな蜃気楼なのだろう。
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