酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「カード師」~中村文則は世界と対峙する

2021-09-23 19:07:03 | 読書
 ジョン・レノンの「イマジン」発表50周年を記念して、各国で歌詞を建物に投影するイベントが行われている。残念なことに、世界はジョンの理想と程遠く、武力衝突が絶えない。米中対立を筆頭に分断は深刻になっている。

 「見えざる手」などというとコンスピラシー論者のようだが、米バイデン大統領も前任者同様〝世界の火種〟になりつつある。米英豪が安全保障の枠組み「AUKUS」を立ち上げたことで、仏豪による潜水艦共同開発契約は破棄された。アフガニスタン撤退の余波で、EU軍増強が画策されている。軍需産業こそ「見えざる手」の正体か。

 脳梗塞発症時、ものが二重に見えたが、点滴を受けているうち症状は治まり、何とか本を読めるようになった。とはいえスロー&ステディーが生活のリズムになったので時間はかかった。中村文則の新作「カード師」(朝日新聞出版)をようやく読了する。サブタイトルは<運命に抗え>だ。

 中村の作品には〝定番〟が幾つかある。第1は主人公が喪失感と欠落感を抱えていること。本作の主人公(僕)も両親を知らず施設で育つ。トランプを用いた占いと手品を教えた山倉により、その後の人生は決まる。悪魔プエルも幼い頃から現在まで、人生の節目に夢の中に現れる。

 第2は支配的に振る舞う絶対者の存在で、本作では僕を占い師として雇う佐藤だ。株取引で富と権力を得てきた佐藤は、中村ワールドの第3の特徴というべき対話と手記の担い手でもある。第4は<神の存在、悪と罪の意味、信仰について>を読む者に問い掛けることで、佐藤は魔女狩り、錬金術、ナチスドイツの数々の暴挙を綴った手記を僕に託した。

 タロットカードで占う僕だが、自身の力を信じていない。予言など不可能なのだ。キーになるのは帯に記された<重要なのは悲劇そのものではなく、その悲劇を受けてもなお、人生を放り出さない人間の姿>だ。中村の作品には時にラストにカタルシスが用意されている。それを希望であるかは捉え方次第だ。

 政治や社会について発言する機会が増えた中村は、本作でこの半世紀の世界と対峙している。僕はユリ・ゲラーやこっくりさんにインスパイアされ、佐藤もUFOに強い関心を持っていた。佐藤と科学について語り合ったIは性的倒錯者で、オウム真理教に入信する。科学と超常現象の狭間で揺れた佐藤が〝遺書〟に記したのは阪神・淡路大震災と東日本大震災で友人と恋人を亡くしている。それ故、自身の死を知りたいという願望に取り憑かれていた。

 中村の小説はアメリカでミステリーにカテゴライズされており、本作も仕掛けがたっぷりと用意されている。二重三重のフレームが、僕や佐藤の後景に聳える複層的な構造だ。最も読み応えがあったのは、僕も誘い込まれた秘密クラブで行われる生死を懸けたポーカーゲームだ。

 組織的なイカサマが行われていても不思議ではない状況下、欲望に駆られ、全てを失う恐怖と闘いながら、僕は手練れの数人を相手に闘う。個々の人間の本質と深層心理が浮き彫りになるシーンの連続に、固唾をのみながらページを繰った。亀山郁夫氏(元東外大学長)は<ドストエフスキーが追求した課題を現代日本に甦らせた>と中村を評していたが、ドストエフスキーが溺れたことは周知の通りだ。

 神話や物理学にまで翼を広げ、タナトスとエロチシズムを織り交ぜながら新たな境地を開拓した。中村はスカパーの番組で、唯一の趣味は野球観戦で、贔屓チーム(巨人らしい)の試合を食い入るように眺めているという。混戦の今、息抜きにならず、執筆に差し障りがないか心配だ。

 上記した<悲劇を受けてもなお、人生を放り出さない人間の姿>を描いた描いた映画を次稿で紹介したい。
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