酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「あのこは貴族」~階級の呪縛から解き放たれて自由な空へ

2021-04-08 22:10:39 | 映画、ドラマ
 名人戦第1局は、凄まじい激闘だった。相矢倉だったのに2日目、渡辺明名人の王は穴熊に納まっていた。挑戦者の斎藤慎太郎八段の猛追撃をしのいだかに思えたが、最終盤に逆転し、179手で渡辺が投了する。謙虚で爽やかな斎藤だが、真骨頂は驚異的な粘りといえる。2局以降が楽しみになってきた。

 NHK杯は55歳の日浦市郞八段と27歳の池永天志五段の世代対決で開幕した。今期から画面上部にAIの形勢判断が表示される。日浦有利の数値に半信半疑だったが、数字通りに決着した。解説は上記の斎藤の師匠である畠山鎮八段だ。棋士の経験値と感覚にAIの特性を対比する畠山のコメントは聞き応えがあった。

 桜花賞の枠順が確定した。④ソダシ、⑤アカイトリノムスメ、⑱サトノレイナスが上位人気だろう。ともに体が小さく中2週のローテは気になるが、フラワーC①②着の⑰ホウオウイクセルと⑩アールドヴィーヴルに注目している。重厚な血統だが関西遠征が気になる。オークスで狙いたい。今回は松山騎乗停止でデムーロに乗り替わるアールドに期待する。

※訂正。アールドはクイーンC②だった。こりゃ当たらん。

 新宿で先日、「あのこは貴族」(2021年、岨手由貴子監督)を見た。前稿で紹介した「枯木灘」(中上健次著)は行間に身を潜めて対峙したが、「あのこは貴族」はロングアイの感覚で観賞した。原作(山内マリコ著)は未読ゆえ、冒頭で違和感を覚えた。

 タイトルに〝あのこ〟がある以上、主観は〝あのこ〟でないはずだが、登場したのはまさに〝あのこ〟病院長の三女、榛原華子(門脇麦)だ。恋人と別れたばかりの華子は高級ホテルで開かれた家族の新年会に足を運ぶ。次姉の麻友子を「相棒」の出雲麗音役、篠原ゆき子が演じていた。

 華子は俺、いや、殆どの人と無縁の世界で生きてきた。系列の小中高からお嬢様御用達の女子大に進学し、卒業後は自分に見合った結婚相手を必死に探している。合コンや見合いで幾つかの〝外れ〟に当たった後、義兄の紹介で知り合った弁護士の青木幸一郎(高良健吾)と婚約する。青木家は日本有数のエスタブリッシュメントで、幸一郎が国会議員になることは既成事実になっていた。

 少し経ってもうひとりの主人公が登場する。富山出身で慶大に進学したものの家庭の事情で退学し、キャバクラ嬢を経てOLになった時岡美紀(水原希子)だ。職種はIT、代理店、デザイン関連といったところか。年齢は華子より少し上で、30代前半だ。

 華子と美紀はテレビドラマでもよくある設定だ。東京と地方、固定化した階層社会が後景に聳え、煌びやかな東京とシャッター街が広がる地方との対比も描かれていた。同郷で慶大に進学した平田里英(山下リオ)と美紀は「地方って東京に収奪されてるよね」なんて会話を交わしていた。だが、俯瞰で眺めれば、東京は今やアジア諸国の人々の目から消費の対象と映っている。インバウンドの前提は物価の安さなのだ。

 棲み分けが決まっているはずの華子と美紀は幸一郎で繋がっていた。美紀は慶大時代、ノートを貸したが返ってこず、客としてキャバクラを訪れた幸一郎と再会する。美紀の目を通して見た幸一郎は、女性に人格を認めない森喜朗前首相とさほど変わらない。〝寝る相手〟の美紀の人格その他に興味はなく、故郷がどこなのかも知らない。

 華子の同窓で、美紀とも接点のあるバイオリニストの逸子(石橋静河)が両者を対面させる。環境も性格も違うが話は淡々と進み、互いに好印象を抱く。タイトルの「あのこは貴族」はこの場面の美紀の心の声だったのだろう。派手な披露宴の後、億ションで新婚生活を始めた華子と幸一郎だが、互いの心を繫ぐ鈎がないことに気付いた。

 誰しも青春期、<自分は何者?>、<どう生きていけばいい?>と懊悩する。だが、華子と幸一郎にとって人生とは、あらかじめ答えが決まっていたジグソーパズルにピースをはめ込む作業だった。華子は美紀の自由な魂に感応し、離婚する。貴族階級の呪縛から解き放たれたのだ。

 美紀は里英と起業を決意し、華子はマネジャーとして逸子を支える。ラストの富山のイベントで4人の女性が見せる清々しい笑顔が印象的だった。その場に偶然現れた幸一郎は、果たして軛を逃れたのだろうか。男女格差やジェンダー問題で世界の後塵を拝している日本だが、男性もまた精神の不自由に喘いでいる。
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