酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「流浪の月」~愛を超える何かを希求する

2022-07-06 23:06:29 | 映画、ドラマ
 この間行われた藤井聡太5冠のタイトル戦を振り返る。先月末の王位戦第1局では豊島将之九段の研究が勝り、初戦を落とした。だが、藤井は敗勢になってからも逆転を狙った勝負手を連発していた。先日の棋聖戦では中盤でリードを奪い、慎重かつ鋭い差し回しで2勝1敗と防衛に王手をかけた。解説陣は永瀬拓矢王座の根性も称賛していた。

 俺の脳は棋士たちと対照的に腐りかけている。クーラーなしで猛暑を1週間過ごした後遺症というべきか。眠くならないか不安だったが、2時間半の「流浪の月」(2022年、李相日監督)を緊張感が途切れぬことなく観賞した。李監督作は「フラガール」、「悪人」に続き3作目で、ドラマ「妖しき文豪怪談シリーズ『鼻』」(NHK)も素晴らしい内容だった。

 李は在日3世で、高3まで朝鮮高校に通っている。「悪人」は過剰なほど情緒的で、〝日本的〟の呪縛に囚われているのではとさえ感じたが、韓国映画を見る機会が増え、日本と朝鮮半島の感性が近いことに気付く。政治では亀裂を埋められない日韓だが、映画の世界では良好な関係を築いている。

 是枝裕和監督の新作「ベイビー・ブローカー」は韓国で製作された。「流浪の月」で李は、撮影監督に「パラサイト 地下室の家族」(ポン・ジュノ監督)で撮影を担当したホン・ギョンピョを迎えている。ポン・ジュノが是枝との対談で絶賛していた広瀬すずが「流浪の月」で俳優として成長を見せた。

 本屋大賞を受賞した原作(凪良ゆう)は未読だから、映像化に際してどのような変化があったのかわからないが、重厚で精緻な作品に引き込まれた。数日を経ても幾つものシーンが甦り、新たな感覚が現れる。年間ベストワン候補といっていいクオリティーを持つ作品だ。小説と映画に接してストーリーをご存じの方も多いはずなので、ネタバレはご容赦願いたい。

 ファミレスで働く更紗(広瀬すず)には、結婚を前提に亮(横浜流星)と同棲している。実家が農業を営み、本人も1部上場企業に勤める寮との結婚は〝玉の輿〟と見做す仕事仲間もいる。更紗は15年前の少女誘拐事件の被害者として知られている。この〝格差〟が更紗と亮の関係に歪みを生む。「自分は可哀想な子じゃない」と繰り返す更紗だが、亮が〝優位性〟を前面に女性に支配的に振る舞うタイプであることを、更紗は亮の妹から聞かされる。

 オープニングは15年前だ。公園のベンチで少女が本を読んでいる。10歳の更紗(白鳥玉季)だ。雨が降り始めて背中を丸めた更紗に傘を差し掛けたのは大学生の佐伯文(松坂桃李)だ。
更紗「帰りたくない」
文「うちに来る」
 こんな会話が少女誘拐事件の発端だった。15年後、更紗は偶然、文がマスターを務めるカフェに足を踏み入れる。過去と現在がカットバックし、ふたりの心が浮き上がっていく。キャスティングの妙というべきか、広瀬と白鳥の表情が〝同一人物〟であるかのように自然だった。

 本作のメインカラーは赤だ。文は現在も過去も更紗の自由な振る舞いを受け入れている。卵焼きにかけ過ぎたケチャップで、更紗が口の周りを真っ赤にするシーンがあり、文はティッシュで拭う。<赤=痛み>と捉えれば、文が更紗の傷を癒やすメタファーとみていい。亮の暴力で、更紗は頬を血に染めて街を彷徨う。冒頭で更紗が着ていた服は赤で、25歳になった更紗が赤を纏って文のカフェに向かうシーンもある。

 更紗が伯母宅に帰りたくなかったのは、従兄の性的ないたずらだった。〝ロリコン青年の誘拐事件〟も、ふたりだけの真実は真逆だ。文が守ってくれたことを更紗は伝えられず、15年後、加害者と被害者の再会と興味本位で報じられる。きっかけは亮で、文のカフェをネットにさらす。亮の言動は狂気じみているが、少数者を排除する〝世間の常識〟にマッチしていた。

 劇中で文が読む詩が気になっていた。ネットで検索したらエドガー・アラン・ポーの作品だった。ポーは母の愛を求め続けた。文は幼い頃から母に〝失敗作〟となじられ、更紗は母に捨てられた。文も母の愛を求め、似たような状況にいた更紗に手を差し伸べた。恋人のあゆみ(多部未華子)と肉体的に結ばれない文、セックスに忌避感を抱く更紗……。そんなふたりだが、相手が自分に不可欠の存在と意識することになる。

 更紗の「流れるように生きていければいい」という台詞が印象的だった。桟橋の上で引き離された時、文と更紗の手は固く握られていた。15年後、更紗は桟橋から、自分を解放するように飛び込む。俺など簡単に愛について語るが、「流浪の月」は愛を超えた何かを希求した寓話だった。象徴的に現れるのが様々な月で、水面に映るものもある。再度見る機会があったら、細部に宿る監督の思いを感じてみたい。
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