酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

村上龍という勤勉な天才~「半島を出よ」に覚えたカタルシス

2015-03-01 18:39:21 | 読書
 競馬界に衝撃が走った。後藤浩輝騎手の自殺である。間近で接してきたエージェントの松本ヒロシTM(競馬エイト)も、「前日まで普通にコンタクトを取っていた」と驚きを隠せなかった。パブリックイメージそのままだが、俺は後藤を<2度の深甚な落馬事故を乗り越えた不屈の男、DeNA中畑清監督に匹敵するサービス精神旺盛のパフォーマー>と見ていた。

 凄絶な少年時代を過ごした後藤は、コネのない競馬界に飛び込む。精進と自己アピールを重ねてトップに上り詰めたが、落馬で頸椎を痛めるなど満身創痍だった。騎手は死と隣り合わせの職業だ。体調面の不安により、気力が萎えたとしても不思議はない。残された妻子を思うと不憫でならないが、闘い続けた男の冥福を心から祈りたい。

 村上龍の「半島を出よ」(幻冬舎文庫/上下)を読了した。05年発表で、6年後の11年の日本を舞台に描いた近未来フィクションだ。プロローグとモノローグに挟まれた4月1日からの10日間を、登場人物の独白で紡いでいく。

 福岡ドームでの開幕戦が日本を、いや世界を震撼させる。北朝鮮のコマンド9人が潜入し、4万弱の観衆を人質に取った。「高麗遠征軍」を名乗る彼らは先鋒で、後続部隊500人に続き、10日後には12万人から成る本隊が上陸することが発表される。

 侵略なら戦争だが、高麗遠征軍は反乱軍を自称する。北朝鮮の正式見解は<彼らは反乱軍であり、共和国は一切関知していない。制圧を要請されたら協力してもいい>というもので、日本政府のみならず、米国、中国、韓国も表立った行動を取れない。プロローグに記されているが、北朝鮮が仕掛けた壮大なフェイクだった。

 村上は11年の日本を以下のように想定していた。

 経済は崩壊し、預金封鎖が断行され、消費税は17・5%に上昇している。凄まじい格差が進行し、ホームレスが街に溢れていた。政府は住民票コード制度を導入して統制を試みるが、様々な事情で番号を持たない者もいる。アメリカは中国と北朝鮮に接近し、日本を経済的に締め付ける。反米意識が蔓延し、再軍備を主張する声が高まっていた……。

 本作はドラスチックかつエキサイティングに進行する。根底に潜んでいるのは作者の尖鋭な日本論で、日本人の拠って立つ基盤のなさ、個々の脆弱さ、権力者にすり寄る傾向が抉られている。方針が定まらぬ日本政府は海外から非難の的になったが、自衛隊に攻撃指令は下らない。<遠征軍に手を出せば、東京でテロが起きる>という実体のない脅しに屈した政府は、福岡封鎖の挙に出た。

 読まれた方は3・11を重ねるはずだ。当時の菅政権だけでなく、政府は東北を切り離した。報道を規制し、汚染水流出を隠蔽する。安倍首相は五輪誘致に際し、「東京の放射能汚染に心配の必要なく、原発施設はコントロール下にある」という偽りを世界に宣言した。五輪開催で復興が大幅に遅れることは確実なのに、世論は<まやかしの希望と絆>に吸い寄せられた。

 仕掛けた局地戦が一蹴されたことで、政府に打つ手はなくなった。封鎖による経済の停滞に、米中韓は抗議する。現状容認に繋がる以上、封鎖解除に慎重な日本政府に福岡市民は怒りを覚え、遠征軍支持の空気が芽生えてくる。市職員や業者がこぞってコリョに協力を申し出るさまは、進駐軍に対する戦後の日本そのままだ。イケメンの広報担当官は韓流スターのような扱いを受け、追っかけまで登場した。

 高麗遠征軍を「コリョ」と呼び、敵と明確に意識していたグループが間近で息を潜めていた。詩人のイシハラをリーダーに仰ぐアウトロー軍団で、その多くは少年だった。彼らは全て住民コードから逸脱した〝人外の存在〟て、殺人など多くの重罪を犯していた。愛と共感から程遠かった彼らはイシハラに庇護されていたが、敵の発見で仲間意識を初めて覚え、蓄積してきた悪の作法を解き放つ。違法に輸入した武器は、以前から大量に集められていた。

 ストイックで蒼いというのが、韓国映画に登場する北朝鮮工作員の印象だ。本作にも想像を絶する貧困や共和国の非情の掟、金一族への絶対的な忠誠、兵士に課せられる凄まじい訓練が、コリョたちの独白に織り込まれており、痛々しさ、切実さ、清々しさを覚えた。

 斜陽の日本とはいえ、使い勝手のいい商品が溢れている。下着さえ共有していた兵士たちに、個人用にアメリカ製のTシャツが配布された。カルチャーショックで自分を見失う兵士が出てくるのも当然だ。

 日本政府は無策のまま、12万人の北朝鮮軍の上陸を待つ。日本人は抵抗しないという安心感に浸っていたコリョ司令部(シーホークスホテル)に異変が起きた。気付いた時には手遅れで、カタストロフィーの焔とともに、コリョの使命は潰えた。

 村上の鋭い感覚は天才の名に相応しいが、秀才ぶりに辟易させられることもある。本作でも兵器、安全保障、昆虫、北朝鮮の仕組み、シーホークホテルの構造などが、取材をベースに冗舌かつ詳細に語られていた。<神は細部に宿る>という信念に基づいているのだろう。一本の梁でさえ疎かにせず巨大な伽藍を築き上げた村上に、作家としての責任感を覚えた。

 NHKアナと広報官との仄かな愛、老医師に亡き父を重ねた女性将校がエピローグで形になる。国家(日本政府)の冷徹さを知った以上、福岡は混乱と破壊の後、方向性を転じる。アジアから多くの留学生を迎え、そのアイデアに基づいて街を創り変えようと試みるのだ。村上は国境、民族、信念を超えた真のグローバリズムを志向している。

 読了後、心に染み入るカタルシスを覚えた。もう一人の村上(春樹)は90年代前半で興味を失くしたが、「海辺のカフカ」辺りから読み継ごうかと考えている。作家の新たな貌が見えてくるかもしれない。
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