毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

心から気持ち良く深呼吸できる季節に「春一番野外コンサート」大阪服部緑地公園で今年も

2024-04-10 11:25:48 | 平和

「春一番コンサート」・・・

青春のワヤクチャ感が脳裏に蘇るこの単語(笑)。

1971年、天王寺野外音楽堂で第一回の春一番野外コンサートが開かれたとき、

18歳の私は北海道から京都に来たてのほやほやで、そんなイベントがあるとは露知らず、

第一、阪急電車や京阪電車がどこにあって、どうやって乗るかすら知らなかったのです。

高校時代、北海道の地の果てで友人たちとフォーク連合なるものをでっち上げ、

高田渡や中川五郎、岡林信康、高石友也などの歌をがなり立てていただけの私ですが、

こんなイベントがあるのを知ったら、右も左も分からない都会であることもお構いなく、

阪急だろうが地下鉄だろうがかき分け、乗り継ぎ、何としても現地に到達していたでしょう。

 

昨年、コロナ禍でしばらくできなかった春一番野音ライブ(服部緑地公園野外音楽堂)が

4年ぶりに開催されたことを、

私に教えずに自分だけ参加していた息子のフェイスブックで知りました。

(イヤ、教える義務はないんだけどさ)

それでも1995年、大阪城野音で開催された「春一番ふたたび」に

高校生の娘・中学生の息子を連れて行ったのはこの私なのであります。

あの時子どもたち二人は、

加川良のかっこよさを褒めたたえ(彼らにとってはもちろん初めて聞く人だった)、

ヒロトとマーシー(あの時はまだブルーハーツは解散していなかった)が

二人で登場したのにたいへん興奮していました。

私と言えば、思いもよらないペギー葉山さんが登場した時、

プロデューサーの福岡風太という人はアンダーグラウンドを本拠地としながらも、

日本の音楽界にしっかり踏ん張って立つやり手なんだなあ、と感銘を受けたものでした。

 

今年も、「春一番ライブ」が服部緑地公園野外音楽堂で開かれるそうです。

自由の風を感じに行ってみようかな。

我が家からだと自転車で行けるかも。

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ダニー・ネフセタイさんが育ったイスラエルという国

2024-03-30 16:15:51 | 平和

昨年10月~12月頃、

「イスラエル」という言葉を聞いただけで心臓がドキドキした。

毎日まいにち、パレスチナの悲惨な状況をXの動画で観ているうちに、

見なければならないと思ってもどうしても見るに耐えず、思わず立ち上がってうろうろ歩き、

イスラエル軍の兵士たちに汚い憎しみの言葉を発したりした。

今年1月に入り、何とかその時期を脱して、

イスラエル人の書いた文章であっても冷静に読めるようになって手に取ったのが、この本だ。

『国のために死ぬのはすばらしい?』(高文研)

著者はダニー・ネフセタイさん(1957年生まれ)。

日本に滞在して40年余り、今は埼玉県在住の木製家具職人だそうだ。

本の前文には「イスラエルで生まれ育ち、ワケあり教育を受け、その後日本に移住して

生まれ故郷に対する別の視点を持つようになり…」とある。

この本を読んで初めて「ワケあり教育」の実態を知り、

イスラエルの人々に対する否定的感情がかなり変化した。

やはり、知ることが理解の第一歩なんだなあ。

 

イスラエル国家がユダヤ人の絶え間ない戦争の歴史の中で得た教訓は

徹底した愛国心と軍国主義の教育こそが国家の基礎である、ということだった。

今でもイスラエルの学校で、小学生から叩き込まれるスローガンに次の2つがある。

捕虜になるな、死ぬまで戦え。

②国のために死ぬのはすばらしい。

この2つは戦争の史実を根拠とする。

①「捕虜になるな、死ぬまで戦え」は、ローマ帝国がエルサレムからユダヤ人を追い払ったとき(紀元 70年)、3年間抵抗を続け、最後はマサダ要塞で集団自決したこと(紀元73年)に拠る。1973年第4次中東戦争でエジプトの捕虜になったイスラエル軍部隊に対して、イスラエル国民は「よくも死ぬまで戦わずに捕虜になったな!」「マサダの教訓はどうした!裏切り者」と罵声を浴びせた(16歳のネフセタイさんもそう叫んだ)。

マサダ要塞:イスラエル国防軍新兵の入隊宣誓式の場所「マサダは二度と陥落しない」と誓う。観光地になっている。

②「国のために死ぬのはすばらしい」は、テルハイでのアラブ人とユダヤ人入植者との戦い(1920年3月)で死んだユダヤ人司令官ヨセフ・トルンペルドールが最後に遺した言葉。

テルハイ:もともとアラブ人が多い地域だったが、シオニズム運動でユダヤ人が入植し、衝突が絶えなかった。イスラエル建国前にアラブ人と勇敢に戦って死んだトルンぺルドールは❝建国の獅子❞と呼ばれ歴史上の英雄になった。イスラエルの歴史は戦争ばかりだが、その中でも「テルハイの戦い」は特別で、毎年「テルハイの日」は学校行事になっており、教室の壁には黒板ほどの大きさの横断幕が掲げられ、そこには「国のために死ぬのはすばらしい」と書かれている。

学校、家庭、地域、メディア情報などによって、国民は

イスラエルの正当性を否定するもの=アラブを敵対視(ナセルとヒトラーを同種とする)し、

闘争の美化と不可避性を刷り込まれ、国民の‶信念“が形成されている。

多数のイスラエル国民の声は次のようなものだ。

「相手を嫌っているのはイスラエル側ではなくアラブ側である」

「戦争を望んでいるアラブ人と違い、私たちユダヤ人は平和を愛する優れた民族である」

「悪者のアラブ人とは和平交渉も不可能だし、彼らの言うことも信用できない」

「ラグバオメルの焚き火」という13世紀から伝わるユダヤ教の祭りがある。

ネフセタイさんは子どもの頃、ジャガイモなどを焼いて食べるとき、ヒトラーやナセルの人形も焼いたという。

祭りで敵国リーダーの人形を焼くことについてイスラエル人は

「私たちは年に一度、相手側は毎日やっている」と本気で言うという。

 

『国のために死ぬのはすばらしい?』ではないが、

『イスラエル諜報機関暗殺作戦全史 上・下』ロネン・バーグマン(小谷賢訳・早川書房)という本の一節に、

「誰かが殺しに来たら立ち向かい、こちらが先に殺せ(rise and kill him first)」がある。

こちらが先に殺せ(rise and kill him first)」は、

政府や軍部当局がよく引用する言葉だそうだ。

政治指導者の多くは元軍人で、

元特殊部隊出身の首相も複数居る(ネタニヤフ、シャロン、ラビンなど)。

 

イスラエルには徴兵制度がある(男子18歳から3年間・女子2年間)。

青春時代の人生で最も美しい時期に戦争(人殺し)の練習だ。

とまあ、

(これだけ叩き込まれれば、ああなるわね)と教育の恐ろしさを再認識せざるを得ない。

ネフセタイさんは日本で暮らしていても、

ずっと、イスラエルは正しい、正義の戦争だと思っていて

日本人の妻が批判しても、イスラエルを援護していたそうだ。

しかし、2008年、イスラエル軍が約3週間のガザ攻撃で

450人の子供を含む1400人のパレスチナ人を殺害した時、

ネフセタイさんの心の中で何かが変わった。

それまでも大きな戦争は何度もあったが、

この時イスラエルの戦争の質が変わった、イスラエル国民もどこか変わった、と感じたという。

ネフセタイさんはそれ以降、戦争という手段を絶対にやめようとしないイスラエルに異議を唱えて、

現在に至っている。

変わったのはイスラエルだろうか、ネフセタイさんだろうか……。

外国から故国を見ることの意味は大きい。

そして、そんなに大昔でない過去の日本も、

今のイスラエルと酷似した教育が為されていたことを痛苦に思う。

それにしても私たちは、国家の意向に沿って洗脳されるだけの存在なのだろうか。

自立した個人としての自分はそのまま自分だと勘違いしつつ、

実はただのモブ群衆の一部品になり果てるような、

ただの情けない愚か者なのだろうか。

そうならないためには何を成すべきか、歴史の経験の中にヒントがあると思う。

と言うか、私たちはそこからしか学べない。

 

⤵ダニー・ネフセタイさんの最新書はこちら。

 

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寒い朝、ガザはどうかな

2023-12-18 12:57:40 | 平和

今朝の尼崎市の気温は2℃まで下がりました。

寒さに弱そうな草木はすでに11月末、部屋に避難させています。

日照不足解消のため植物育成ライトを買って設置したところ

部屋が一気に妖しいムードに包まれ、昼間からワインが恋しくなります(笑)。

部屋に運びきれず外に放置した植物も

昨夕、せめて風の当たり難い隅っこに置き変えました。

寒さの中小さい動物たちの命も風前の灯です。

⤵一週間前、間もなく枯れる紫陽花の葉に留まっていたカメムシは

もうどこかに消えていました。

⤵数日前、蠅が飛ぶこともできず煉瓦の敷石の上を歩いていました。

指でつつくと転がり、またよろけて歩き出します。

もうどこにも暖かく安楽な場所などないのに。

 

ガザはどうかな、同じ北半球だから寒いのでは、と

ネットで気温を見てみると

今は最低気温15℃前後-最高気温20℃前後で推移しているようです。

この時期は相対的に涼しく快適な乾燥期なのが、

ちょっとだけよかったと言えるでしょうか。

しかし、数日前に雨が降る中、家もなく難民化した大勢のガザ市民が

劣悪な状態に置かれているラファの映像を見ました。

衛生状況も非常に悪く、疫病が蔓延する可能性大だと。

悪党国家イスラエル・アメリカに一刻も早く停戦させないと

私たちもパレスチナ人に対する犯罪に加担していることになるのに、

いや、もう既に加担しているのに、手をこまねいて

ただ、徒に植木の世話をしています。

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イスラエル・アメリカに負けない私・私たちの方法

2023-12-13 11:22:18 | 平和

毎日、ガザで子どもが殺され、大人が殺され、

自分のためには泣かない大人たちが号泣する姿をSNSで見て、へこたれた。

へこたれていたが、だめだこれではとも思う。

世論がへこたれてどうする、

これでは世界はこん棒を振るう者たちのやりたい放題ではないか、と。

どうすれば私のような砂粒同然の存在が

アメリカ・イスラエル的なものに負けないでいられるのだろうか。

どう考えても、砂粒の結集しかない。

砂粒が集まれば宏大な砂漠にもなる。

個人としてできること、集団としてできることを一つひとつやっていく、

心をともにする人々とともに。

・・・年取ったためか、ここまで気力を回復するのに時間を取ってしまった。情けない。

 

さて、これから自分に日々心掛けることをメモしておく。

1. 日本政府・イスラエル大使館・アメリカ大使館への抗議メールを送る。

日本政府

首相官邸住所 〒100-8968 東京都千代田区永田町1-6-1 / 

首相官邸HP「ご意見・ご感想」https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html 

イスラエル大使館

〒102-0084 東京都千代田区二番町3番地

e-mail:information@tokyo.mfa.gov.il

fax: 03-3264-0791

アメリカ大使館(住所不記載、Eメール不記載。ホンマ図々しい国だわ)

 電話:03-3224-5000(代表)

大阪神戸米国総領事館 (Eメール不記載、🐎🦌野郎)

 電話: 06-6315-5900 

 〒530-8543 大阪府大阪市北区西天満2―11―5

 

2.  日々、アメリカ・イスラエル等商品の不買に努める。

愕然としたのが我が食卓に欠かせない納豆、豆腐などの大豆製品だ。

最近まで確か中国から輸入していたはずの大豆が、

ガビーン!すっかりアメリカ、カナダ産のものに変わっているではないか。

しかし、それでも国産納豆、豆腐も皆無ではない。

⤴「おかめ納豆」で国産と表記されているものがあった(値段は1.5倍)。

右はアメリカ産大豆使用のもの。57円。

⤴コープco-opの納豆も国産だ!

以前はよく利用していたコープだが

近年家計費節約のため、概ね他スーパーより割高なコープを避けて

業務スーパーやマルハチで買い物をするようになっていた。

しかし、ここにきてコープが頼もしい存在として復活!!

灘神戸生協、今までケチってよその店で買ってごめんなさい。

割高なのは日本の農業を守ってきた故のことなんだよね。

それにしても国産食品は圧倒的に輸入物に押しまくられている。

戦争や飢饉が来たら、日本に住む人々は飢えて死ぬしかないことを大げさじゃなく実感する。

政府の棄民政策のために。もうズタボロの国、日本。

 

 

 

 

 

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馬や鹿が政治をやるとこうなる

2023-10-21 12:35:18 | 平和

馬鹿が政治をやると国民の暮らしがワヤクチャになる。

好戦的馬鹿が国のリーダーシップを握ると戦争だ。

しかし、その馬鹿に政治を委託しているのは選挙民なので、

わざわざバカを選挙で選ぶ国民も馬鹿だということになる。

まさにブルーハーツの「♪われわれ人類は ばかー!!」そのものだ。

 

息子の店を手伝って切り盛りしていた時、

心中(これは自分にとっての戦争だ。踏ん張るしかない)

と言い聞かせていたが、

本物の戦争はレベルが違う。

ロシア・ウクライナ戦争、イスラエル・パレスチナ戦争しかり。

世界には聡明な政治リーダーの国もあるだろう。

一刻も早く戦闘を中止し、話し合いの席につく端緒を掴んでほしい。

SDGsを流行りのキャッチコピーに止めず、知恵を出し合って

世界の持続が可能な方法を絞り出したいのだ。

 

私らは21世紀になってまで、

何遍『Eve of Destruction(破滅の前夜)』を

詠わなければならないのだろうか……。

・・・・・・・・・

朝、気持ちを切り替えようと川を見に行きました。

悲しくなるほどの平和な空、安心の人々。

⤴セイタカアワダチソウの鮮黄色が目に入り、少し心が和みました。

「休耕田 セイタカアワダチソウの海 滅びしものの懐かしさ」(ネットより)

⤴シャクチリソバの群生。

⤴コセンダングサ

⤴ホシアサガオ。

野の草の ちから尽くして 川の秋 

 

 

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わたしの夏の工夫

2023-07-27 15:57:23 | 平和

関西は梅雨明けと同時に晴れの日が続き、熱帯地方と化しています。

今日7月27日午後4時現在の兵庫県尼崎市は38℃です。

硝子戸を開けると熱風が室内に流入するので閉めました。

先日、東京在住の教え子(中国出身)が

朝から夜中までエアコンを付けっぱなしだと言うので

エアコンに頼らず室内を涼しくする工夫を伝授したんですが、

「暑いのもせいぜい2カ月のことですよ。そんなことしなくても……」と

まるで貧乏人を憐れむように言うのです。

いやいや、これは日本伝統の清貧の思想に基づくものですから。

という訳で、今日は

私の貧乏くさくも清々しい避暑の工夫をご紹介しましょう。

〈その1〉カーテンを閉める。

晴れの日は午前10時以降カーテンを閉めて、

熱い外気が部屋に入らないようにしています。

今日はカーテンだけでなく、硝子戸も閉めて熱帯の外界から部屋を遮断しました。

これで数℃涼しくなります。

〈その2〉首回りを冷やす。

 

店でただでくれる保冷剤を冷凍しておき、タオルに包んで首に巻きます。

これで体感温度は5℃ぐらい下がります。

ただ、頻繁に交換しなければすぐぬるくなってしまうのでちょっと忙しいです。

〈その3〉食べ物・飲み物を冷やす。

⤴これはバナナです。

今どきのバナナは室温ではボケた味になるので冷蔵庫に入れ、

ひんやりさせて美味しく食べます。

冷凍もしました。シャーベット状でとても美味しいです。

⤴これはコーヒーゼリーです。

最近まで温かいのを楽しんでいた飲み物はことごとく冷やし、

あまつさえ(笑。この言葉を使うのがマイブーム)

ゼラチン、アガー、寒天などで冷たく固めていただいたりもします。

毎日、これを作るのが楽しみです。

 

⤴これは祝島特産の枇杷茶です。

今日は枇杷茶(祝島)、昨日は茉莉花茶(中国湖南省)、

明日はプーアル茶(広西チワン族自治区)と、これまた毎日が楽しみです。

〈その4〉室温を下げる。

この装置、分かりますね。

ペットボトルに水を入れて凍らせ、扇風機の風(微風)をそれに当てます。

パソコン操作しながら涼しい風を身に受け、なんと快適であることよ。

ペットボトルの外側は空気中の水蒸気が冷えて水滴が付着しています。

(その現象、なんだったかな、大昔学校で習ったのに)と気にかかり、

調べたところ、「凝結」でした。

〈その5〉気分を涼しくする。

⤴やっぱり緑がある部屋は涼しい感じですよね。

裏庭の野草と南天をビールのジョッキにほおり込んだだけですけどね。

 

今、17:05の尼崎の気温は36℃です。

やれやれ、今日も暑さのピークをやり過ごせたわ。

皆さんの涼み方、よかったら教えてください(あ、清貧でよろしく)。

 

〈付録〉

頭を冷やして挑戦してみてね~。

ちなみにこれは中学2年の理科問題ですって。

解答例(たぶん)

1)氷水を入れたコップ 2)冷やされたとき 3)露点 4)霜(しも) 5)飽和水蒸気量 

6)大きくなる 7)霧(きり)/靄(もや) 8)湿度 9)上[水蒸気]下[飽和水蒸気量]

 

 

 

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6月23日沖縄戦没者慰霊の日

2023-06-23 14:52:07 | 平和

↑琉球新報の記事から写真をお借りしました。沖縄 きょう戦後78年の「慰霊の日」 時代の曲がり角、平和の願い一層強く - 琉球新報デジタル|沖縄のニュース速報・情報サイト (ryukyushimpo.jp)

 

私はもう先がそんなに長くないのを確信しています。

生まれてきて、生きて、暮らして、死ぬ人間の一人として

どう生を全うするかが関心の中心にあるのですが、

まあ、そんなにオシャレに締めくくることもなく、

普段通りに終えたいものだと願っています。

自分で自分の人生を締めくくれることは

取りも直さず、なかなかいいことです。

 

それを思うと、そうできなかった人々のこと、

歩む道を自分で選択し、がんばったり、泣いたり、笑ったりして

生きる時間、行程を十分に味わえなかった人のことを

残念に思わざるを得ません。

自然災害はそれでもまだ(仕方ない)と諦めるしかないかも知れません。

しかし、政府が始めた戦争で

戦わされて、殺させられて、しまいに殺された兵士たち、

巻き込まれた民間の人たち、子どもたちは

仕方ないじゃすまされないです。

怖かったろう、無念だったろうと思うと、どうしても胸が苦しくなります。

 

岸田総理が今日、沖縄戦没者慰霊式典に出席するそうです。

(時間的にもう、したでしょう)

あの首相が、

命をむしり取られた人たちのことを少しでも想像できるとは思えませんが、

そう言っては身も蓋もないので次のように首相に訴えます。

 

岸田首相、

少しでも国民をだいじに思う気持ちがあるなら、

陸上自衛隊石垣駐屯地の新設をはじめ南西諸島での防衛力強化は

沖縄県民はじめ国民の命を脅かす愚策ですから

やめてください。

戦争を準備することが戦争を抑止するとは

あり得ない頓馬な考えです。

岸田首相、

政策を決めるときには、

首相自身の命、首相の子どもや家族の命とまったく同じ命の価値を、

一人一人の国民が持っていることを

どうか想像してください。

(ていうか、これ書きながらむなし過ぎるんだけど)

 

 

 

 

 

 

 

 

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「東京55人感染者発表の衝撃:東京は何が絶望的なのか?」No.3904

2020-06-24 23:25:47 | 平和

関西と中国を往復している私にとって

東京は山東省よりずっと遠い存在でした。

オリンピックの延期が決まるまで、

小池知事が一切コロナ対策を発表せず、

延期になった途端に「アラート」だの「ロックダウン」だの

やたらカタカナ語を並べ立てるのを兵庫県で聞いていて

(東京の庶民に的確に意味が伝わっているのか)と

疑問に思っていた程度です。

小池知事の話をまじめに聞く気になったのは

山本太郎さんが都知事選に出馬したから、

というのが正直なところです。

数日前の記者会見では

ういずコロナ」とか「ぽすとコロナ」とか

相変わらず、都民に本当に伝えようとする気持ちがあるとは

到底思えない言葉遣いと、

都民を本当に救済しようと思っているとも到底思えない

自粛から自衛へ」とかいう方針?を得々と語ってはりました。

私はこの小池百合子という人は

人格的に欠落か陥没しているところがあると

以前より感じていました。

今回のコロナ対策については

「小池知事のコロナ対策は北朝鮮方式だ」という意見があり、

言い得て妙なりと感心しています。

と言うのも、北朝鮮政府は「誰も感染者はいない」と主張し、

(実は検査していないから数値を示すことができないのに)

自国こそは世界一すばらしいコロナ対策国であると

アピールしているのですが、

その空虚さと重なるのが小池百合子東京都知事のやり方だからです。

今日、菅官房長官は記者会見で

「感染者55名というのは詳しい検査をしたから出た数字だ」

という旨の発言をしましたねえ。

つまり、今までロクに検査もしていなかったと言ったんですね。

場当たり的にやっています感だけ演出するのは

全くアベ政権と同じですね。

こんな人が圧倒的得票数で再選される情勢だという……。

 

いとあさましきわざなり

もし、清少納言が現代にやってきて

小池知事と東京都の実態を見たらこう言うんじゃないかなあ。

 

東京55人感染者発表の衝撃:東京は何が絶望的なのか?〜

『失敗の本質』をたどる小池百合子〜

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「願わくはみんな屋根の下、暖かい部屋で新年が迎えられますことを」No.2742

2019-12-31 21:03:23 | 平和

年越しの夜。

部屋は暖かく、ささやかな食べ物が手を伸ばせば口に入る。

現代に生きる誰でも、

それくらいを望む権利はあるのではないでしょうか。

山上憶良の時代じゃないんですから。

今日の山東省菏澤市はこの冬一番の冷え込みでした。

今朝、パソコンで最低気温が-9℃だと確認した時点で、

私は宿舎から歩いて1分の自動販売機で水を買う以外、

部屋から出ないことにしました。

米も食パンも人参も玉ねぎも、卵も牛乳もまだあります。

1月2日まで部屋に籠ります。

 

今日ネットで、

千葉や福島の台風被害に遭われた方々の今の様子を見ました。

「寒くて寝られやしない。苦しいよ。」

下の写真の千葉県館山市の男性は畳を剥がした上にブルーシートを敷き、

電気ヒーターだけで暖を取る夜の過酷な寒さを訴えています。

天井には穴が開いています。

「もう、疲れ果てた。死んでもいい」という思いも。

今日は最高気温6℃。新年はさらに冷え込むと予想されています。

↑ハフポストNEWS2019年12月29日 より

館山市布良地区の様子。

↓館山市の学校給食(教師用)のこのメニューは来年夏まで続くとのこと。

給食センターの被害も復旧していないためだそうです。

自民党の二階自民党幹事長がこの台風被害を

「まずまずだった」と言ったことを私は忘れていません。

先日の栃木県の被災地視察では、

「国も一生懸命やるから住民も協力してくれないと復旧が進まない」とも。

一体住民が協力しないと言うことなどあり得るでしょうか。

非常にエラそうな物言いだと感じます。

二階幹事長の政治資金収支報告の金額が8億3270万円で、

何に使ったか記されていないという11月の記事が頭に浮かび、

憎しみが湧きます。

困ったときには助けない。税金だけは吸い上げる。

これが今の自民党政権です。

 

さて、我らがアベ首相はどんな年の暮れを過ごしているのでしょうかね。

画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、テキスト

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「故中村哲さんの言葉『日本人はますます性急で短気になっている』」No.2714

2019-12-06 13:23:07 | 平和

nakamuratetsu03

 

中村哲医師がアフガニスタンで銃で撃たれ、亡くなってしまいました。

ある時お話を聞く機会を棒に振ってしまい、

今さら過去を悔やむのですが、その時の私は

(中村哲さんが銃弾に倒れることはない、哲さんは生き続ける)と

根拠なく無意識に、自分の希望を思い込みにすり替えていたのです。

お会いできるチャンスは、いつか必ずあるだろう、と。

 

喪失感に打ちひしがれながら故人に思いを馳せ、

足跡を辿り、その方の大きさ、深さに触れて

自分の残された時間の過ごし方をぼおっと想う……。

チャッチャと理に叶った行動ができない私はこの繰り返しばかりです。

 

ネットでSEALDs(註★)メンバーと対話する中村哲さんの

本質を捉えた言葉が溢れる印象深い記事を読みました。

長いので、少しだけ抜粋してご紹介します。

全文は是非下記サイトでご覧ください。

http://sealdspost.com/archives/5388/2

(抜粋は記事の途中から途中までです)

インスタントになるほど分からなくなる

SEALDs:お話を聞いてて思ったのですが、中村さんは、相手に合わせるというか、あくまで現地の環境や文化を尊重した上で付き合って内側から見ようとするということをとても大切にされています。そういう知恵は、どこで得られたのでしょうか。

中村:それは自分も分かりません。少し話がそれますが、気になることがある。

日本人は、ますます性急で気が短くなっている。

これも他者の理解を阻んでいる理由の一つではないかと感じています。

最近の通信・交通手段の発達に支えられ、どこでも、いつでも、さっと行ける。

より早く、より大量に輸送できる。昔は、そうでもなかった。

私が最初に山岳会に参加した時は、

福岡からパキスタンのカラチまで船か飛行機かでした。

船で行けば、一か月以上かかる。

そこから陸揚げして、山のふもとに着くまでにまた一か月かかる。

登山活動は、三か月か四か月。

だから全部で最低半年ぐらい掛けて、登山に行ったんです。

しかし、今のトレッキングツアーは、「ヒマラヤ一週間コース」だとかになっている。(笑)

そうやってインスタントになればなるほど、現地理解が浅くなりやすい。

分かったつもりの分だけ、分からないよりも害が大きい。

幸いというべきか、僕の場合は、

社会全体がテンポの遅い時代からの関わりだったので、

現地事情にじっくり触れやすかったと思います。

(途中割愛)

我々の仕事は「平和運動」ではない

SEALDs:中村哲さんの活動を聞くと、そこに生きる人々やその次の世代がしっかりと生きていける状況を作れば、そこに平和が訪れるのだと強く思います。ただ、今日本でアフガニスタンと聞いた時に、一般的に思い浮かぶのは悲しいことに、「テロリスト」といったような言葉です。しかし、なぜ「テロリスト」になってしまう人が出て来てしまうのか?という視点は欠けてしまっている気がします。

中村:自分の命まで捨てるとは、よっぽど思い詰めた人達ですから、

やはり、その人たちがどうしてそうなったかを見ないと、

僕は片手落ちだと思います。

SEALDs:そこで生きられる状況や、自分の土地を耕し食べていけるという仕事があれば攻撃に向かうのではないという方向が見えてくるんじゃないかと思わされます。

中村:三度の食事が得られること、

自分の故郷で家族仲良く暮らせること、

この二つを叶えてやれば、戦はなくなると言います。

私ではなくて、アフガニスタンの人々の言葉です。

十人が十人、口をそろえて。

SEALDs:なるほど。それを可能にすることこそが本当の「人道支援」なんだと思います。「安全保障」と言った時に、武力によって、もめごとが飛び火する前に叩き潰しておこうという発想に至りがちですが、本来の「安全保障」のあり方は、彼らは彼らで生きていけるようにする。私たちは、私たちで生きていけるようにする。そういうことなのではないかと、中村さんの活動を見ていて、思います。

中村:全くその通りです。

そういった上からの乱暴な目線が、この頃ますます強くなっている。

以前からその傾向はありましたけれども、今ほどひどくなかった。

「所かわれば品かわる。世の中広い。」くらいで済んでいました。

現地の生活スタイルまで全部を変えないと、

その人たちが幸せになれないというような傲慢さは、今より薄かった。

山岳会でインドやパキスタンの僻地に行くと、

全然自分と違う文化を持った人々がいます。

「世界は広い」という感想だけあり、

政治宗教を語るのはタブーで、「郷に入っては郷に従え」というのが流儀でした。

それぐらいで済んでいたわけですよ。

女の人が顔を見せない習慣にしても、

「なんか理由があるのだろう」

「美人が多いせいで、男たちが妬くんじゃないか」とかね。(笑)

ところが最近は、

「被り物を取らないと彼女らは幸せにならない」と断定し、

無理にやめさせようとする。

「本人たちが嫌がるから、お節介はやめて下さい」

と言いたくなります。

SEALDs:今は自分と異なる他者を排除しよう、同化させようという方向が強くなって、「安全保障」とか言った言葉で使われてしまってると思うんですが、そうではない方向性もきっとあるはずで、それを中村さんやペシャワール会の方々が実践されていると思います。

中村:私たちの仕事は「平和運動」ではありません。

もっと日常の差し迫ったものです。

医療の続きで、いわば救命活動です。

しかし、結果として平和に通じるものはあると思います。

 

質問者の写真中村哲 医師
1946年福岡市生まれ。九州大学医学部卒。84年から、パキスタンのペシャワール、アフガニスタン北東部を中心に診療を続け、2001年からは干ばつに見舞われたアフガン国内で井戸と水路の堀削と復旧、食糧支援なども行う。PMS(ペシャワール会医療サービス総院長)。著書に『医は国境を越えて』『医者 井戸を掘る』『辺境で見る 辺境から見る』(石風社)ほか。

ー「ペシャワール会 中村哲医師に聞く。ともに生きるための憲法と人道支援」よりhttp://sealdspost.com/archives/5388/2

 (註★)SEALDs(シールズ、Students Emergency Action for Liberal Democracy - s):自由と民主主義のための学生緊急行動。日本の10代~20代の学生を中心にした若者の団体。2014年~2015年にかけて特定秘密保護法や安保関連法が国会で強行採決されるのに反対し、国会前抗議行動の中心の一翼を担った。元シールズメンバーの奥田愛基さんに関する記事はこちら→https://www.huffingtonpost.jp/entry/okuda-aki_jp_5c5d68a0e4b0974f75b24a13

 

コメント
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「超戦争好きなアメリカに尽くして憲法を変えようとするのはイカガナモノカ」No.2977

2019-07-10 03:12:08 | 平和

↑これはアメリカが独立した1776年から現在(2011年)まで

どれくらい戦争し続けているかを表したグラフです。

赤が戦争年数、青が平和な年数です。

実は、アメリカは2011年以降も2019年(現在)まで戦争し続けているので、

建国以来243年のうち222年間も

やたらと戦争ばかりしてきたのです。

(現在はアフガニスタン・パキスタン・イラク・シリア・リビア・ナイジェリアに派兵中)

全身全霊が戦争好き精神に浸りきった国だと言えますね。

こんな国との同盟関係を世界一強力に結んで尻尾を振る日本。

集団的自衛権を無理くり強行採決して法律を作り、

自衛隊をアメリカ軍の手先として戦地に赴かせるのが、

アベ自民党の憲法改「正」の真の目的です。

なぜそんな危険を自衛隊員に冒させるのでしょう?

「金出せ、土地出せ、人も出せ」とアメリカに要請されたアベ首相が

「もちろん承知いたしました。ご主人様」

と返事したからです。

〈自衛隊員の血を流す・・・〉

これぐらいの犠牲は国を守るために当然でしょうか?

第一、国のためって、どこの国ですか?

超戦争好きなアメリカのために血を流す日本の自衛隊員は、

心で本当に納得できるんでしょうか。

そして、私たち自衛隊員じゃない日本国民は

自分の血じゃないから

助かっちゃったんでしょうか。

↑1994年ー1995年ハイチ介入時の米軍


18世紀~20世紀はあまりにもたくさんあるので省略しますが、

21世紀にアメリカが関与した(している)戦争です。〈資料:wikipedia〉

 ↓   ↓   ↓   ↓   ↓

・アフガニスタン紛争(2001–2014) 場所:アフガニスタン

クナル州での銃撃戦

・イラク戦争(2003–2011) 場所:イラク

イラク占領中のアメリカ軍戦車

・ワジリスタン紛争(2004–現在) 場所:パキスタン

パキスタンでの米軍空爆

・リビア内戦(2011) 場所:リビア

リビア内戦でミサイルを発射する米軍艦船

・対ISIL戦争/生来の決意作戦(2014–現在) 場所:イラク・シリア・リビア・ナイジェリア

シリアでの米軍の空爆

・アフガニスタン紛争(2015–現在) 場所:アフガニスタン

 

コメント (2)
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