毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「教え子がやって来た!」 2013年7月29日(月)No.719

2013-07-29 12:12:50 | 日記
教え子の劉思婷さんが、中国広州市から大阪にやってきた。
26日朝、広州白雲飛行場を発ち、3時間半の空の旅で関空に着いた。
早い。近い。中国は日本のお隣さんなのを再確認。
約2週間、主に我が家にホームステイしつつ、
初めての日本(関西だけですけど)を味わう。
どんな感想を持つかが楽しみだ。


関空に着いたとたん、私にポーズを要求され、
しかたなく(わ~い!)のポーズを取る劉思婷さん。
固い腕の表情にシブシブ感が漂う。


昨年1月、私は彼女の故郷の農村に連れて行ってもらい、
数日滞在した。そこでの体験は、実に得難いものだった。
(体験記はマイ・ブログのNo.260、261、268、274、275、277、280、281、282、284
〈全10回〉にところどころ写真入りで掲載。
暇なヒト、読んでね~)
小学校もない小さい、小さい村から大学に進学した彼女は、
北京航空大学に進学した弟とともに「村の奇跡」と呼ばれ、
さらに一年前、
広東省広州市の広州外語外貿大学大学院日本語学科に進学し、
現在は江戸・明治期の日本の漢学を専門に研究している。

今回の関西滞在では、大阪、奈良、京都の観光のみならず、
大阪庶民(つまり私)の賢い節約生活をも観察してもらいたい。
例えば、彼女を夜、8時半過ぎに近所のスーパーに連れて行き、
ディスカウント食品の買い方をレクチュアする予定である。
お寿司など、昼間の半額、598円が299円に変身するのだ。
この情報は、将来日本に留学した暁に必ずや役に立つであろう。

しかし、実は、劉思婷さんの滞在がまだたった数日であるにもかかわらず、
彼女の行いから垣間見る中国的節約にハッとさせられることもある。
まず、洗濯の仕方。
固形石鹸を使い、靴下、シャツ、ブラウスなどは手洗いする。
ジーンズなど大物だけまとめて洗濯機を使う。
それから、食後のお皿洗いは、
水を無駄に出しっぱなしにしないようこまめに蛇口を閉める。
農村出身でよく家の手伝いをしている子は、
自然とこうした方法を身に着けているのだ。
水の出し方については昔、自分も教わっていたのに、
何十年もの間にすっかり忘れていた。

自分では立派な節約家だと思っていても、
その内容にはバランスを欠くことが往々にしてあることに
気づかされる劉思婷さんとの共同生活である。
この2週間で、中日両庶民の節約方法を摺合せ、
お互い、豊かな節約ライフ技術を磨けそうな予感がする!(それだけかい…

オマケ:大阪キタの玄関口、JR大阪駅をちょっと観光。
コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「素晴らしきかな、ラジオ」 2013年7月25日(木) No.718

2013-07-25 19:24:53 | 日記
大阪の我が家に戻ってから一度もテレビのスイッチを入れていない。
私の人生には常にラジオあり。

今週から恒例のNHKラジオ「子ども科学相談」が始まった。
珍問答に泣くほど笑わせてもらっている。
もちろん笑うだけではない。質問が深いのだ。
応える側も真正面から回答しようと言葉を選んで頑張っている。
毎年、これが始まるのが楽しみで楽しみで~
この番組はどういう内容かと言うと、
動物や植物、宇宙のことなど自然科学に関することを
子どもが電話で質問する。
答えるのは大学の先生だったり、動物園の園長さんだったり、とにかく専門家だ。
洗濯物を干したりしながら問答を聞くうちに、
ハッとしたり、(これはメモせんとアカン!)と思うことが間間ある。

今日もこんな質問があった。
人間は冬眠しないのに、トカゲや蛙はどうして冬眠するのですか
昔、むかし、学校で
「多くの変温動物は気温の変化とともに体温が低下するので
十分な代謝ができず冬眠する」と習った記憶があったが、
それは丸暗記しただけだった。
人間のように自分で体温を一定に調節できる恒温動物が出現するまで、
動物は、長い長い歴史を歩まなければならなかった。
恒温動物が出てきたのは、ずっと後の事だったんだよ。」

という先生の答えを聞いて、何だか急に泣きたくなった。
動物の進化の歴史の一端がからだで分かった気になったのだ。
あと一つ。
「タンポポの茎はどうして中が空洞なんですか。」
という質問への答え。
「タンポポは空気がある程度の乾燥状態になると、急に茎を伸ばすんだ。
上に伸びて、タンポポの綿毛を遠くまで飛ばしたいからなんだよ。
しかし、急いで茎を伸ばすとき、茎を作るのにたくさん栄養を必要とする。
だから、中を空っぽにして栄養を節約しているんだ。」

これにも、ガ~ン!となった。タンポポはなんてエライんだ!
植物や動物は与えられた自然条件の中で種の保存をするため、
あの手この手で頑張っている。
そんな営為を何万年も続けている。
人間がその自然条件を好き勝手に変えては、
タンポポやトカゲや蛙に申し訳なくてたまらない。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「大阪人として生きる帰国者――石田さん母娘」 2013年7月24日(水)No.717

2013-07-24 18:46:36 | 中国帰国者
中国帰国者と言っても身の上は様々で、
一人ひとりが一口に語れない歴史を持っている。

帰国者をときどき「帰国子女」と言う人がいる。
それを聞くと単にちょっとした言葉の間違いとして片づけられないものを感じる。
親の仕事の都合で海外暮らしをしたという点で共通するといっても、
会社の海外出張と日本帝国の満蒙「開拓」政策を「いっしょ」とは言えない。
同様に、引揚者や帰国者に対して国内で敗戦をむかえた人たちの中には
「敗戦で苦労したのは私らもいっしょよ。あなた方だけじゃないの。」
と言う人もまた多いと聞く。
こういう人たちには想像力というものがないのかと疑う。
銃火の下、土地勘もない異国で当てもなく逃げ惑う中、
子どもが泣くからといって親が自分の手で子どもを殺す姿を目の前で見、
何とか生きのびて50年後に帰ってきたときに、
「ああ、50年もいたんじゃ帰りたくなかったでしょう。
向こうの方が良かったんじゃないの。」
と言われた中国残留婦人もいる。
敗戦後、中国人と結婚して残留。
文革時、誰にも言えない思いを胸にかかえ、川のほとりで
「天上影はかわらねど 栄枯は移る世の姿、 
映さんとてか 今もなお、 ああ 荒城の夜半の月…」
と唄いながら一人で何回泣いたか分からないと語る、
1930年生まれの須田初枝さんには、帰国後に投げかけられた
そんな日本の人々の言葉が辛かった。(註)

帰国者1世の一人ひとりに聞いていくと、
呆然となるほど過酷な体験ばかりだ。
一体なんのために国は満蒙開拓団を組織したのか、
結局、誰のためにもならず、国のためにもなっていない。
ただ、中日両国民の中に怨みと怒り、恐怖と悲しみを産んだだけだ。

帰国者2世の石田華絵さんと石田キコさん(3世)母子には、
直接にそうした体験はない。

〈大阪心斎橋で 石田華絵さん(右)、キコさん(左)〉

ハルビン生まれの華絵さんは結婚してキコさんを産んで間もなく、
1世の父の住む日本に渡った。
既に改革開放の花開く時期だった。
華絵さんは自分の娘が日本も中国も自分の祖国と思えるように、
名前も自分の名字「石田」と夫の名字「李」の二つをつけた。
即ち、「李」=「木+子」=「キコ」である。
頑張りやの華絵さんは夜間中学に通って言葉の壁を乗り越え、
夫婦で一人娘を大学に入れ、中国の大学生活も味わわせたくて、
この春、キコさんを江西財経大学に短期留学させた。
キコさんもそんな両親の想いを十分理解する聡明な子だ。
彼女は大阪の街の様子、大阪人の気質、大阪弁など、
地元大阪を生き生きと江西省の学生たちに紹介し、
授業外では学生たちと中国語で交流した。
江西財経大学日本語学科では初めて日本からの同年代の若者が来るので
とても湧きかえった。
こんなふうに地道に民間交流によって友情の輪がひろがりつつある。


政府間の交渉がうまくいかず両国間の関係が険悪になっている昨今、
私たち庶民ができることはひたすら、
一人ひとりと知り合い、友達になり、平和交流の大切さを声に出すことしかない。
残留婦人、残留孤児の塗炭の苦しみ、
取り返しのつかない時間を、再び、これから生きる人々に味わわせないために。


(註)「二つの国の狭間で-中国残留邦人聞き書き集 第1集』
(編集発行 中国帰国者支援・交流センター 2005年)

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「日本に帰った帰国者の人生-李達夫・遅素媛さん夫妻」2013年7月23日(火)No.716

2013-07-23 17:54:00 | 中国帰国者
2年前の7月末の北京、
李達夫さんと素媛さん夫婦は傷心を抱えて日本に戻る途中だった。
貴州で日本語学校を経営していた娘さんが過労死し、葬式に出席しての帰りだった。
その日、関空に飛ぶ予定の旅客機は天候不順のため、
航行を見合わせていた。
いつ飛ぶか分からないので、二人は北京市内のホテルで一旦休憩することにした。
ホテルに着いて、手すりのない狭い階段を昇りきったと思ったそのとき、
素媛さんが落下した。

あれから2年経った。
脳挫傷、くも膜下出血等々の大怪我の後遺症は、
素媛さんが元通りの生活をすることを不可能にした。
自分で歩行することもできない。
一時は40年間連れ添ってきた連れ合いも認知できなかったが、
2年かけて少しずつ、少しずつ記憶が戻っている。
大阪に戻ったので素媛さんのお見舞いに行こうと思ったら、
素媛さんは淀川キリスト教病院に入院していた。
「誤嚥下」による肺炎併発だった。

昨日、帰国者仲間の武原さんに通訳で
付き添ってもらい、フミちゃんと一緒に淀キリに行ってきた。

二人はニコニコと迎えてくれた。

(素媛さんは怪我の前に比べ20kgも太っている。脂肪肝になっているとのこと)

李達夫さんが手紙を渡してくれた。
日本語で話ができないから、辞書を引きながら前の日に書いてくれたのだ。
了解を得て一部掲載させていただく。

-----掲載ここから
世界の中で、いろいろ困ることがあります。
今、妻の最悪の時期は過ぎました。
今から良くなります。
私の生活もきっとすばらしくなります。
いろいろ心配しない様にしています。
全てうまくいくでしょう。
これからも、妻と私はずっと苦楽を共にする仲のいい者同士です。
なるべくいい方向に考えて、妻の面倒を見て、勇気を奮い起こして全力を尽くします。
苦境にある妻を絶対見捨てない。
私は十年間ずっと日本語を勉強してきました。但しレベルはまだまだ下手です。
特に会話、口が下手だし、聴力も下手です。お恥ずかしい限りです。
どうかご了承ください。
二年間、妻の面倒を見てきて、いい勉強になりました。
今まで妻が作ってくれていた料理を、
自分がやって初めて分かることが多かったです。
妻の温情が心中深く感じられます。
また、大阪の友人たちのありがたみも知っています。
今、私は心が満ち足りています。

------掲載ここまで


李達夫さんは、結婚して以来の生活に言及し、
文化大革命で牢獄に入れられ、いつも飢えていたときに
素媛さんが貴重な食べ物を持って訪ねてくれたこと、
配給制の貧しい暮らしの中で、
10のうち、素媛さんは1つだけ、あとの9の食べ物を大柄な李さんに差し出してくれたこと、
李さんが日本に帰国すると言ったとき、一切反対せずただ頷いてついてきてくれたこと、
いつも李さんの帰りをベランダで待っていて、
ドアを開けた時に、ちょうどできたてのアツアツ餃子を出してくれたことなど、
思い出のあれこれを話してくれた。
それを聞いて素媛さんも一緒にニコニコ笑った。

今週中には退院できるそうだ。
障害者手帳(1級)も得、
ケアマネージャーさん、ヘルパーさんなどの介護体制もバッチリで、
本当に最悪の時期は過ぎた感じだ。
しかし、「満ち足りている」と言っても李達夫さんも障害者手帳を持つ身だ。
歳を取っていく帰国者たちが安心して生活をしていくために
何が必要なのか、お付き合いを続ける中でキャッチしていきたい。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「祝♡上柴とおるの『ポップス出前寄席』第40回」 2013年7月21日(日)No.715

2013-07-22 10:31:28 | 
この記事は昨日(21日)に自宅で書いたのですが、インターネット接続環境が悪くて
アップできませんでした。
ちょっとズレを感じるかも知れないけど、ニュースじゃないんだし、ま・いいか。

号外 祝♡東京選挙区山本太郎当選確実!(21:147月21日NHKラジオ)
「目先の利害関係に走る人々との戦いが今から始まる。」(当確直後の山本太郎の一言)
祝♡大阪選挙区たつみコータロー当確!(21:427月21日NHKラジオ)
「反自民(暮らし破壊)、反維新(大阪市民が一番の被害者)、消費税値上げ反対、憲法を守る!」(当確直後のたつみコータローの一言)
〈山本さん、たつみさん、そして彼らに投票した人たち、一緒に頑張ろう!―ブルーはーと〉

祝♡上柴とおるの『ポップス出前寄席』第40回

過去2回ほどこのブログに書いた
上柴とおるの『ポップス出前寄席』」がめでたく40回を迎えた。
大阪市内、今池商店街の喫茶店「日本一」で毎月第3土曜日に開かれている
「上柴とおるのポップス出前寄席」(先着30名だれでも参加O.K.)は、
3年前の春にスタートして以来40回を数えた。
こうして一つひとつ歴史ができるのだなあ。

「知る人ぞ知る」と形容される人は社会のどの分野にもいらっしゃる。
上柴とおるさんもその一人。
大人(またの名を「年配」と言う)のロック・ポップス(いわゆる洋楽)好きが
親しみと尊敬を込めて「師匠」と呼ぶ存在である。
上柴とおるさんは10代前半で欧米ポップスに傾倒し、
その後今まで約半世紀に渡ってその道一筋でやってきた。
いわゆる洋楽分野のCDライナーノート著者欄に名前が載る業界人だが、
全然遠い存在ではない。
3年前までFMCOCOLOの洋楽ポップス番組
「南港ミュージックエンターテインメント」の人気DJだったが、
政界再編ならぬFM業界再編の波をかぶり、番組は突然中止されてしまった。
我慢できない上柴ファンの一人である大阪の喫茶「日本一」店主バルタン亀吉さんが
呼びかけ、上柴さんがそれに応えて実現した喫茶店内での
「南港ミュージックエンターテインメント続編」が
「上柴とおるのポップス出前寄席」だった。

毎回テーマを設けてそのテーマに沿ったリクエスト曲をかけているが
40回目の今回は、「40」ということで、
『Forty Times』(The Association)、
『 Top 40』(Robert Palmer)、
『My Way』(Sid Vicious)(註)が選ばれ、
当選した人には上柴さんから賞状が渡されるというきめ細やかさ。
さらに、常連Bettyさんや上柴さんからのボンチ揚げやわさび豆
(ビールが欲しくなるもんばっかり)等の差し入れ、
店主バルタンさんのお星様型トーストなどが出され、
和気あいあいの雰囲気が溢れる。
参加希望者はMixi「ポップス出前寄席」メンバーになることが必要。
この私も、手続き意味不明なMixi「出前寄席」に何とか入会し、
今に至っているのは上柴さんを慕う一途さの故である。

今回の私にとっての掘り出し物は『Hangin' On』(Joe Simon)である。
Cher(シェール)の同曲と聞き比べさせてもらい、当然Cherも良かったが、
Joe Simonの方は(これは!買って中国に持って行きたいな)と思うものだった。
この夏出会えてよかった曲の一つ。

次回は8月17日(第3土曜)です。
大阪近辺の大人のポップス・ファンには何よりの集まりですよ~!
歓迎光臨!

(註)なぜ「My Way」が「40」と関係あるかというと、
〈40→しじゅう→いつも→always→way〉ということで。
(リクエストしたお絵かきアコさんの言)
Sid Vicious(セックス・ピストルズ)の「My Way」、
何百回我が不肖の息子の解説付きで聞かせられたことか。
自分の部屋で聞かずに、わざわざリビングでかけて、
あーだ、こーだ「パンクとわ」と説得する可愛いパンク少年だったな。
イヤ、懐かし~。
コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「『誰か違う奴選んでみようぜ!』 fromキヨシロー」 2013年7月20日(土)No.714

2013-07-20 13:38:45 | 政治


私には勝手に自分の身内にしている有名人が何人もいるが、
忌野清志郎はその一人だ。
我が不肖の息子(自称ロケン・ローラー)もその点では一致している。
息子はパンク友達と声を掛け合って昨年末の衆院選にも出かけた。
結果を知って彼のパンク仲間の誰かが
「ちえっ、つまんねーの。やっぱ日本は変わらんわ」
と言っていたという。
しかし、投票するロケンローラーなど今の日本ではごくごく少数派だ。

若者達は自分らの将来を考えないわけではないのに、
キヨシローを神様扱いしている子も多いというのに、
選挙に行って自分の属する社会を作っていこうと行動する者はとても少ない。
こんなこと言うとプライド傷つく人もいるかも知れんけど、
いわゆる「先進国」のミュージシャンたちで、
政治的意見も持たない(持てない)者はアホと見做される。
て言うか、鋭い社会的視点や感覚を持つ感受性が
当然のように多くのミュージシャンに備わっているのだ。

ミュージシャンでなくとも、若者たちは感受性ビンビンなはず。
その全身の感受性を萎えさせず死ぬまで表現し続けたのが
私の想う忌野清志郎である。
若者よ、キヨシローのように生きようではないか。


キヨシローの選挙ソング 〜目覚まし時計は歌う

目覚まし時計は歌う(選挙ソング)/ 作詞・作曲 忌野清志郎

起きろよベイベー今日はいい天気だ
起きろよベイベー今日はいい天気だ

起きろよベイベー窓を開けてみろよ 起きろよベイベー外はいい天気だ
君が開けた窓の外には 僕がかさをさして立っているんだ
冷たい雨が窓をぬらしても 二人にはとてもいい天気だ
君といればとてもいい天気だ

起きろよベイベー今日はいい天気だ 日照りが続く枯れた大地だ
起きろよベイベー食料がなくなった 田畑は全部干からびてしまった

君が開けた窓の外には飢えた子供達がさまよってる
無能な政治家TVでよく笑う
呆れる位今日はいい天気だ
呆れる位とてもいい天気だ

君が開けた窓の外には 干からびたミイラが汗を流している
無能な政治家TVでまた笑う
呆れる位人々は脳天気だ
泣きたい位脳天気だ

起きろよベイベー今日はいい天気だ 選挙に行って投票しようぜ
起きろよベイベー誰か違う奴に 君の一票を託してみないか
とんでもないのを選んでみないか 何もしないより退屈しないぜ
誰かいい奴を選んでみようぜ
誰か違う奴選んでみようぜ


「月音∞風音」さんブログより-動画は下のブログで見られます。
http://www.musublog.jp/blog/fuhgetsu/?entry_id=17811


コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「安倍晋三と野中広務の人格の違いはどこから」 2013年7月19日(金)  No.713

2013-07-19 13:14:33 | 政治
「逝きし世の面影」さんブログから再びお借りして掲載するが、
本当に情けない。
(ああ、合成写真ならどんなにいいだろう)と落ち込む写真だ。
4月12日宮城県松島基地で「731機」(ブルーインパルス)に搭乗し、
親指を立ててポーズする安倍晋三首相の姿。
この厚顔無恥さに私は衝撃を受けた。



「731部隊」は中国人・ロシア人等捕虜に対して
マルタ(丸太)と呼ぶ生体実験をしたことで有名な
第二次世界大戦期の大日本帝国陸軍に存在した研究機関のひとつだ。
正式名称は「関東軍防疫給水部本部」で、731部隊の名は、
その秘匿名称(通称号)である満州第七三一部隊の略。

細菌の感染実験と生体解剖、凍傷実験、毒ガス実験e.t.c.の
非人道的な人体実験が行われていたとする主たる根拠は、
元部隊員など複数の関係者の証言であり、
文書の形での証拠は現在までのところ発見されていないという。

この「関係者の証言のみ」「文書証拠はない」
は、従軍慰安婦問題、南京大虐殺でも繰り返される文言である。
しかし、従軍慰安婦問題や南京大虐殺については記録も残っている。
それを証拠と認めたくない願望を持つ人たちは
その記録は「ねつ造されたもの」だと百万回繰り返し、
繰り返しているうちに、自分の主張を真実だと
自分でも信じてしまう。
現自民党議員の多くの人の頭の中にあるのは自己願望の結果膨らんだ
「日本は悪いことなんか一つもしていない」信仰に他ならない。
(本当にそうだったら、どんなに嬉しいだろう)

それでも、かつて自民党はそうではなかった。
例えば野中広務さんだ。
1925年生まれの軍国青年だった彼は20歳で敗戦を向かえ、
阪本竜馬の像の前で自決しようと思ったが、
上官の将校に
「死ぬ勇気があれば、これから日本の国を建て直す勇気に変えろ」
と諭された。
彼の言葉に
政治の最大の役割は戦争をしないこと。『戦争反対』であれば、
どんなインタビューでも受けますよ」
というものがある。
実は、政治家は人格者でなければ務まらない
彼はそれを備えた人だ。
出身によってその人の品格が影響を受けるとすれば、
野中広務は庶民出身であり、
かたや冒頭阿呆写真の安倍晋三は、
第二次世界大戦時、
当時の東条英機内閣で商工大臣だった岸信介の孫だ、ということだ。
東条英機が戦時総理大臣にのし上がった裏には
中国での「阿片の利権」という財源があったという。
そして、岸信介もその仲間であったと。(註)

岸信介は商工相として、
民間中国人を日本に強制連行して過酷労働を強制した当事者だ。
(私のブログNo.539~No.542「りゅうりえんれんの話」〈茨城のり子〉を読んでね)
当然、戦後はA級戦犯だったが、岸が死刑を逃れたのは、
児玉誉士夫、笹川良一とともにアメリカCIAの役に立ったからだ、
というのが定説だ。
そして、岸信介はその後まもなく、
戦犯から総理大臣となって戦後日本を支配し、
アメリカの間接統治の基礎を作り上げ、
その系統は清和会として連綿と「売国政策」による日本支配を続けた。

その祖父の名誉を復権させることのみに腐心する安倍晋三。
その目が見るものは、決してあくせく生活する庶民の姿ではない。
日本国民はそんな安倍晋三に何を思って期待をかけるのだろう。

(註)「東条英機 阿片の闇 満州の夢 」太田 尚樹 (著) :角川学芸出版


「逝きし世の面影」さんブログhttp://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/e0516e05dd33a346fe1136b7669ba9a8

コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「中国帰国者は永久平和を望む」 2013年7月18日(木) No.712

2013-07-18 20:48:22 | 中日(日中)関係
日中戦争時、国策で「開拓」団として旧満州に渡った多くの日本人がいた。
李(渡辺)さんは彼の地で生まれ、西井さん、石原さんは幼児の頃、
父母に連れられて行った子どもたちだった。
多くは残留孤児となって辛酸をなめつつも中国の大地に根を張り、
養父母に育てられるなどして生きのびた。
彼らが合法的に日本に戻れるようになったきっかけは、
1972年の田中角栄・周恩来による日中国交正常化であったが、
多くの場合、自分が築いて来た生活を捨てて
言葉も分からない祖国であっても、日本に戻ろうと決断をしたのは、
あの文化大革命での大迫害であった。

帰国者たちには愛してやまない祖国が二つある。
父母の故郷日本と、
自分を育ててくれた中国だ。
簡単に「戦争も辞さず」などと言うことがどれほど愚かしいことかは、
もし自分がそうなったらどうかを
ちょっとでも想像したら分かるだろう。


■李(渡辺)達夫さん(70歳)大阪在住
「私は日本というこの美しい祖国が大好きです。
日本に来てから、生活面ではとても良くなりました。でも、精神面では何か
物足りないような感じがしています。
日本人として満州で生まれた私を育ててくれたのは、中国の人々であり、
中国の大地でした。
60年間、中国で生きてきた私は、何と言っていいか分からないほど
中国に感謝しています。
私が自分の全てをかけて熱望するのは、ただ一つ、
『中日永遠友好!』です。」


■西井澄さん(77歳)大阪在住
「1942年5月7日、6歳で父母妹とともに吉林省に渡りました。
政府が土地も馬も農具も全部用意してくれるというので
父が乗り気になり参加を決めたそうです。
父は1945年7月1日、関東軍に召集され、
8月15日から母、私、二人の妹の逃避行生活が始まりました。
当時9歳だった私は、
(どうしてこんなことになってしまったんだろう。
戦争だ。戦争は怖い。戦争は人を殺す。戦争は家族をバラバラにした)
と思いました。」
逃避行途中、生後4か月の下の妹を亡くす。


■石原政子さん
「今でも誰か官僚に聞きたい。
何で私たちを満州へ送り出したのかって。」

役場の人に「満州へ行けばお米もたくさんあるし、作物はだれでもできる」と
何度も勧誘され、一家で満州へ渡ることに。彼の地に着いたのは昭和20年5月26日。
まもなく終戦。開拓団から避難命令が出たその日に日本から来た荷物を
紐解くこともなく逃避行。満州で父母、妹らを亡くす。


■樗沢仁さん
「開拓団の人たちがトラックの窓に手をかけて『乗せてってくれ』って。
それを振り払って行っちゃうんだから。」

終戦の2か月前、10歳のときに父の小部隊のある鞍芬河へ渡る。
ソ連との国境の町であったが、終戦時は軍人家族として最優先で後方へ
逃がしてもらえた。
軍のトラックに乗って避難する道中に見たのは、
何十台と続く軍のトラックが、
逃亡手段を持たない開拓民たちを置き去りにして進む姿だった。
満州で母と妹を亡くす。


*李(渡辺)達夫さん、西井澄さんの話は
帰国者の友文集「帰国者の歩んできた道」より抜粋、
石原政子さん、樗沢仁さんの話は
映画「嗚呼 満蒙開拓団」(羽田澄子演出)チラシより転載。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「日本の皆さん、自民党支持はたいへん危険です!」 2013年7月17日(水) No.711

2013-07-17 11:59:06 | 政治
選挙権のある若者の皆さん、
今回7月21日(日)にはぜひ選挙に行ってください。
後の人生で(あの時選挙に行ってさえおけば…)と後悔しても遅いです。

ネット版 アニメレポート -Anime Report-の転載です。
自民党の石破茂幹事長が、4月のテレビ番組で
「国防軍設置」「従わなければ軍事法廷で非公開裁判」
「死刑」「懲役300年」等、口あんぐりのトンデモ発言をしたそうです。
しかもその軍事法廷は軍事オタク石破の個人的発言ではなく、
自民党の「日本国憲法改正案」にもきっちり記載されている由。
もはや、冗談ではない!

ここから転載――――――

平和憲法に真っ向背反 石破幹事長の「軍法会議設置」発言(7/16東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2013071602000128.html

記事では、自民党・石破茂幹事長の「軍法会議設置」発言に触れている。
自民党は同党の改憲草案で
、憲法九条を変更して自衛隊を「国防軍」にすることを掲げた。
それに伴い、国防軍に「審判所」という
現行憲法では禁じられている軍法会議(軍事法廷)の設置を盛り込んでいる。

記事によると以下の通り。

自民党・石破茂幹事長の発言
「軍事法廷とは何か。すべて軍の規律を維持するためのものです」。
「(自民党改憲草案※1に)軍事裁判所的なものを創設する規定がある」。


※1 改憲草案9条2の5項には
「軍人その他の公務員が職務の実施に伴う罪か
国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、
国防軍に審判所を置く」とある。

石破氏は、現在の自衛隊で隊員が上官の命令に従わない場合は、
自衛隊法で最高でも懲役7年が上限であることを説明。

自民党・石破茂幹事長の発言
「『これは国家の独立を守るためだ。出動せよ』と言われたときに、
いや行くと死ぬかもしれないし、行きたくないなと
思う人がいないという保証はどこにもない。
だから(国防軍になったときに)それに従えと。
それに従わなければ、その国における最高刑に死刑がある国なら死刑。
無期懲役なら無期懲役。
懲役300年なら300年。
そんな目に遭うぐらいなら、出動命令に従おうっていう。
人を信じないのかと言われるけれど、
やっぱり人間性の本質から目を背けちゃいけない」
「(こうした重罰を科すために審判所は必要で)公開の法廷ではない」。


※自民党のホームページ「日本国憲法改正草案Q&A」でも、
国防軍審判所を「いわゆる軍法会議のこと」と説明、
設置理由を「軍事機密を保護する必要があり、
迅速な裁判の実施が望まれるため」と解説。


ネット版 アニメレポート -Anime Report-の読者の反応も転載

ここから転載――――――
122: アジアゴールデンキャット(WiMAX) 2013/07/17 01:26:37
>>1
いいよ、それは全然かまわないんだけど
やるからにはちゃんと最新式のフル装備の防御をつけてくれよ。
ゼロ戦みたいな空飛ぶ棺おけで優秀な人材が失われたり
人を人とも思わず人命軽視の単なるコマみたいに扱うのだけはヤメレ。
こっちも命を懸ける以上は徹底的に完全武装してからでないとヤダ。

超合金アーマーは当たり前、電子バリアーを配備した地底の秘密基地から
無人攻撃機を操作、この基地は核攻撃はもちろん、バンカーバスタによる
100万回の攻撃にも耐える超要塞でなければならない。


142: アジアゴールデンキャット(WiMAX) 2013/07/17 01:31:43
>>122
あと白兵戦とか生身で自際に戦場とかでじかに戦うとかありえんから。
あ ぶ な い し


160: カラカル(大阪府) 2013/07/17 01:37:55
>>1
石破はヤバいって国防某氏も言ってたな。

3: クロアシネコ(山口県) 2013/07/17 00:44:33
国が殺してくれるなら有難いな。喜んで拒否する。

4: アジアゴールデンキャット(九州地方) 2013/07/17 00:45:06
国民総動員法か…、
なにやら随分と懐かしい響きがするものだ…。


7: ジョフロイネコ(神奈川県) 2013/07/17 00:45:48
自民党議員の親族は当然全員参加だよな。

204: コドコド(中国地方) 2013/07/17 02:20:39
>>7
逆だ、自民党議員の親族以外が全員参加だ。間違えるなよ。

8: マンチカン(富山県) 2013/07/17 00:46:20
おk、そんときは自民党の子孫殺すよ。
必ず


9: スナネコ(愛媛県) 2013/07/17 00:46:26
赤紙くるんか。

11: バリニーズ(WiMAX) 2013/07/17 00:46:31
議席削減もそれくらいの勢いでやれば

17: ハイイロネコ(茸) 2013/07/17 00:49:45
敵前逃亡は死刑なのか?
つか政治家自ら最前線に立てよ。


18: チーター(神奈川県) 2013/07/17 00:50:01
時代遅れも甚だしい。
老害どもは自分が行かねぇからって言いたい放題だな。


20: ジョフロイネコ(大阪府) 2013/07/17 00:50:45
>>18
当然だ。
オレが死なないようにするためにも
頑張ってこい。


46: アメリカンワイヤーヘア(神奈川県) 2013/07/17 00:57:20
>>20
じゃああんたは原発の収束作業組な。

19: バーマン(東京都) 2013/07/17 00:50:11
自民党怖ぇ~w
でも日本人もあまりにも軍事的な負担をしなくてもいいと思ってるのも事実。
中国なんかやっちまえなんて言ってる攻撃的な奴でさえ、自分は絶対に行かなくていいと思ってる。
平和すぎる日本でボケちゃってるのは事実だな。


68: バーミーズ(やわらか銀行) 2013/07/17 01:07:17
>>19
ネトウヨとか軍事オタに、お前行ってこいよって振ると、「専門的訓練受けてないから(震え声)」と言い訳しやがるからなw

22: ブリティッシュショートヘア(大阪府) 2013/07/17 00:51:28
国家を私物化する腐れ外道の考え方だなwwwwwwwwwwwwwww

24: バリニーズ(dion軍) 2013/07/17 00:52:26
日本の領土防衛のためならまだ話がわかるが、アメリカに中東に駆り出されても拒否するなって言うんだろ?

32: バリニーズ(宮城県) 2013/07/17 00:54:57
イシバは自分の娘を福イチに派遣してから言え。
拒否したら死刑だ


33: 縞三毛(関東・甲信越) 2013/07/17 00:54:58
石破はコネで逃電に入れた娘を原発に行かせたのか?話はそれからだろ
他人のことばかりあれこれ言うやつは評論家で十分だ、せめて石バカ本人が原発作業してこいよ


36: マーブルキャット(東日本) 2013/07/17 00:55:37
俺は諜報部隊だから戦闘はお前らに任せるわ

56: オセロット(WiMAX) 2013/07/17 01:02:49
ネトウヨ出番だぞ

57: コーニッシュレック(兵庫県) 2013/07/17 01:02:50
懲役三百年なんて政治家が言うなよ。笑われるだけだろ。

63: ハイイロネコ(茸) 2013/07/17 01:05:05
ということは当然兵士の報酬は年収3000万円くらい出してくれるな?
命かけるんだから、そのくらい出すよな?

70: バリニーズ(大阪府) 2013/07/17 01:07:30
>>63
フランス外人部隊とかは平時は16万位らしいぞ。
衣食住は保証されるけど


65: ペルシャ(静岡県) 2013/07/17 01:06:29
自民が牙をむく

80: アメリカンワイヤーヘア(神奈川県) 2013/07/17 01:11:46
目つきおかしいと思ってたが
やっぱ基地外だなw


89: 黒(関西・北陸) 2013/07/17 01:14:01
自民の為に命を差し出す気は無い

93: キジ白(栃木県) 2013/07/17 01:15:00
国民に放射能食わせる国のために戦う若者なんているわけがない。
馬鹿馬鹿しい


100: アジアゴールデンキャット(関東地方) 2013/07/17 01:17:20
別にいざとなったら行ってもいいけど
懲役300年とやらで嚇してくる奴のために行きたくはない。


109: オセロット(家) 2013/07/17 01:21:09
これは心置き無く海外移住が捗るな

125: キジ白(栃木県) 2013/07/17 01:27:09
こんな話ありえないと普通なら思うけど、この国は前科があるからな。
国民を無策で犬死させた前科が


127: メインクーン(東京都) 2013/07/17 01:28:16
福 島 第 一 原 発 の 最 終 的 解 決 策 が 決 ま っ た よ う だ な 

132: バリニーズ(北海道) 2013/07/17 01:29:07
天皇のために生き、天皇のために死ぬのが日本人。
人権とか甘っちょろいこと言ってる左翼は日本から出ていけよ。


143: ヤマネコ(やわらか銀行) 2013/07/17 01:32:25
>>132
君が出て行きたまえ。

139: ロシアンブルー(SB-iPhone) 2013/07/17 01:30:28
国民よ、これが自民党だ。

165: メインクーン(やわらか銀行) 2013/07/17 01:40:49
俺痛風だから行きたくても行けないは
皆頼む


170: バリニーズ(北海道) 2013/07/17 01:44:27
>>165
爆弾積んでジープで敵陣営に突っ込むくらいならできるだろ?

191: マンクス(熊本県) 2013/07/17 02:03:02
天皇のためにお前ら全員死ねよ。
俺は遠慮しとくわ


192: ボブキャット(東日本) 2013/07/17 02:04:50
下痢安倍が女の社会進出を最近狂ったように推進してるのは
将来の男子徴兵制の周到な布石らしいぞ。
マジで 警 戒 せ よ
 
(クソ自民の憲法草案では徴兵禁止の根拠条文とされている現行憲法18条のうち
その該当部分だけを綺麗に削除している腹黒さだ)


215: ピューマ(東京都) 2013/07/17 02:31:57
日本国民が徴兵されて米軍の走狗にされる日も近いな。
TPP、集団的自衛権、英語教育強化、全て繋がっている
コメント (3)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「加藤登紀子『討匪行』を20回聴く」 2013年7月16日(火) No.710

2013-07-16 21:04:16 | 
「討匪行」八木沢丈夫作詞/藤原義江作曲 

どこまで続く 泥濘(ぬかるみ)ぞ
三日二夜を 食もなく
雨降りしぶく 鉄兜(てつかぶと)

すでにタバコは なくなりて
たのむマッチも 濡れ果てぬ
飢え迫る夜の 寒さかな

いななく声も 絶え果てて
倒れし馬の たてがみを
かたみと今は 別れ来ぬ

ひずめの跡に 乱れ咲く
秋草の花 しずくして
虫が音細き 日暮れ空

通信筒よ 乾パンよ
声も詰まりて 仰ぐ目に
あふるるものは 涙のみ

賊にはあれど 亡き骸に
花を手向けて ねんごろに
興安嶺よ いざさらば



場所は興安嶺ではないが、
この歌を聴くと、1986年、江西省に謝罪に来た
大阪の「椿会」という戦友会の人たちを想う。
1986年にはほとんどが80歳以上になっていた彼らが、
日中戦争時、中国侵略の先兵として
江西省の地を行軍していた姿を想像する。
中国人を「匪賊」と見做し、
その命を奪うことが使命だった兵士たち。
中国人の命と尊厳を踏みにじると同時に自らの人としての意識をも
摩耗させることによって兵士としての日々を生きたのだろう。

ナチスのユダヤ人捕虜収容所でも、
ユダヤ人を人間と見做さないと思い知らせるだけでなく、
ユダヤ人同士がお互いを人と見做せないように計画し、
綿密に実行していたという。
今の時代のイジメ行動もこれに似ている。
「人が人でいられない状況」は想像するだけでも凍りそうになる。

この歌は甘いのではないだろうか。
生きて日本に帰って来られた、
その後だからできた歌なのではないのか。
そう疑うのは幸せな戦後世代の思い上がりだろうか。

1986年、南昌新建県のある村で、椿会副団長の井上さんは、
『私たちは罪人です。私たちの部隊は、新建県のたくさんの人達を
殺しました。本当に申し訳ございません。
これからは、日中友好のために尽くしたいと思います。』

と、村長に深く頭を下げて謝罪した。
村長は、うん、うんと頷いて握手し、二人とも涙を流していた。
(その時の通訳博堅先生からの聞き取りに拠る:2013年6月)

敗戦からこの謝罪まで、
元兵士たちはさらに40年以上の時を生きなければならなかった。
それもまた地獄だったのではないだろうか。


コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ああ、脱力…」 2013年7月15日(月) No.709

2013-07-14 20:51:18 | 日記
なんでここまでオモロイねん画像を
このパソコンに保存したまま半年ほおっておいた。
冬休みに笑い転げたものだが、久しぶりに見て、また崩れた…。

1「考えたあげくに…」


2「中間テスト」


3「え?アンパンマン?」



しかし、1の正解は何なんだろう?

これらの写真の出所も半年前のこととて分からなくなっている。
撮影者並びに出展された方、
無断で使ってどうもすみません(「サーセン」レベルかな)。
コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「平和より『アベノミクス』が大事なのか、日本の人々よ」 2013年7月14日(日) No.708

2013-07-14 20:51:18 | 日記
参議院選挙があと一週間に迫ってきた。
自民党が圧倒的に有利だというメディア情報である。
今度の選挙で自民党が勝つと憲法が変えられる。
しかし、選挙戦で自民党は、「憲法改正」という重大な政策を主張せず、
どこかに隠して、
ひたすら「アベノミクス効果」で景気も回復し、
雇用は促進され、日本の人々に笑顔が戻ってきた云々と喧伝している。
実におかしい。
巷では「景気回復の実感が全くない」人が多数を占め、
給料が上がったと喜ぶ声もさっぱり聞こえてこない。
現在、日本における「非正規労働者」数は
全労働者の40%近くを占めるという。
こうした異常な労働実態は、自民党政権下に形成されたものであるのに、
どうしてその責任を問わず、ひたすら「アベノミクス」に望みをかけるのか。
日本国民には、無責任に対する怒りという感情はないのだろうか。

「日本を取り戻す」というスローガンほど愚かしい文言もない。
戦後一貫して政治の中枢に君臨し、
あげくにバブルだ、不況だ、失われた20年だ、ときたもんだ。
あのとき、どこのどなたが行政を担当していたんですかね。
安倍さんたちの自民党でしょ。いいかげんな政党。
そんな政党を支持する人達もいい加減だ。

年金、子育て、生活保護等の社会保障について
安倍首相が何というか一生けん命ラジオの政見放送を聞いていたが、
あの聞き取りにくい発音と早口の所為ではなく、
それについて触れなかったために、私は理解できなかった。
アベノミクスの自慢で浮かれている感じ。
しかし、問題は、
どうして日本国民はこんな首相の政党に投票するのか、ということである。

「平和憲法」を象徴する「第9条」(戦争放棄条項)を改正することについては
「反対」が「賛成」を上回っているが、
全体としては「憲法改正賛成」が「改正反対」より多いという。
自民党の改正案の一つに
国民の自由権についての制約がある。
公共の妨げにならない限り」というものだ。
「公共の妨げ」になるかならないかは、
その時の政権が勝手に判断できる。
ここにきて、歴史で習った昔の日本が蘇る恐怖が現実となってきた。
言論統制、基本的人権の制限、そして…戦争だ。

日本国民の皆さんに、訴える。
憲法をじっくり読んで、検討してから
「改正」するかどうか判断していただきたい。
自分の国の最も基本になる大切な法律じゃないか。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「負ケルトワカッテ、ナゼ戦ウ」 2013年7月13日(土) No.707

2013-07-13 10:46:37 | 映画
「負ケルトワカッテ、ナゼ戦ウ。」
この言葉、私に言ってるのでは(笑)


そうではない。
映画「立候補」(藤岡利充監督)のキャッチコピーである。
マック赤坂、羽柴誠三秀吉などの名前、
なんか聞いたことがあると思う人も多いだろう。
いわゆる「泡沫(ほうまつ)候補」と呼ばれる、
選挙のときに現れるヘンな人たちである。
彼らはなぜ、当選しないことが明明白白であるにもかかわらず、
選挙に立候補するのか。
彼ら「泡沫候補」の実態に迫るこの映画「立候補」は、
限定試写会から火が噴き、facebookやTwitter で
笑・笑・笑、そして笑と話題になり、ついに一般公開へ(とチラシに書いてある)。
観ての感想に次のようなのが…。

ryuzo hanashiro‏@ryuzo_hanashiro7月12日
『立候補』(2013)@下北沢トリウッド。メディアの流れを眺め、自らの声を発せず、楽をしてしまいがちになる毎日。肉体を動かして初めて味わえる感覚があるはずなのに。この作品は中島みゆきの「ファイト」じゃないけど闘う者への賛歌かもしれない。いい顔をスクリーンにしっかり焼き付けている。

マイト‏@maitosenpai7月11日
映画「立候補」を見た。これはホントにドキュメンタリーなのかと思うくらい面白い。特に秋葉原のシーンは圧巻。あまり細かいことは分からないけど、もうテキトーに投票することだけは止めようと思う。せっかく見るなら後からでもパンフに目を通すことがオススメ。

焦げすーも(そうだ、選挙にいこう!)‏@yamachan_run20時間
マック赤坂の映画を見て泣くとは思わなかった。
映画[立候補] は昨年12月の試写段階から進化を遂げていた。
彼で笑うことは許されても、嘲笑うことは誰もできないのではないだろうか?


もも‏@GD_momoco13時間
『映画「立候補」』最高!やられた!日本の選挙制度について考えさせられ、過剰なまでの集団心理に不愉快になる。マックの血を引く熱い息子の秋葉原での行動に涙。日本をポジティブに!シンプルでいて奥が深く現代に必要なのかも。10度20度30度! http://coco.to/8995

nao_7kamado‏@nao_7kamado14時間
映画「立候補」鑑賞。これ、めちゃくちゃ面白いな。最後の方なんか泣きそうになったし。

テラキセキ‏@terakiseki13時間
映画『立候補』をついに鑑賞。マック赤坂氏も現れるというサプライズ。映画終わり際の息子さんの叫びが非常に心に響いたし、それを見て(だと思うが)笑っていたマック赤坂氏に器の大きさを感じた。と同時に、一般人による、自分とは違う、もしくは理解出来ない他者への排他性の怖さも感じた。

森達也(映画監督)
群衆の罵声を浴びながらも踊り続けるマック赤坂の姿に泣きたくなった。見事だ。ありがとう。

石丸次郎(アジアプレス・インターナショナル大阪オフィス代表)
泡沫と笑うは易し。でも彼らはまぎれもない「異議申し立て者」だった。懸命さが愛おしくなった。

7月末から七芸で公開されるので楽しみにしている。
東京では既にあちこちで公開されているようだ。

東京:ポレポレ東中野(公開中)
大阪:第七藝術劇場(7/27~)
福岡:KBC シネマ(7/27~)
沖縄:桜坂劇場(7/27~)
名古屋:シネマスコーレ(8/3~)
北海道:蠍座(8/13~)
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「想田和弘監督『選挙2』を観てきた」 2013年7月12日(金)No.706

2013-07-12 19:33:18 | 映画
淀川区十三の第七芸術劇場で「選挙2」を観た。

(右が「山ちゃん」、左は「山ちゃん」の3歳の息子)

時は東日本大震災直後の2011年4月、川崎市会議員選挙だ。
前回「選挙」(07年)で、自民党落下傘候補だった「山ちゃん」こと山内和彦が、
今回は‘完全無所属’で再出馬した。
前回選挙戦では、小泉自民党の組織力と徹底的なドブ板戦で、
お金をさんざん掛け、初当選した。

しかし、「山ちゃん」のキャラは自民党公認とはほど遠く、
任期満了後、公認を得られずリタイアし、家で4年間主夫をしていた。
3年前、子どもにも恵まれた。
そんな「普通の主夫」山ちゃんに再度、立候補を決意させたのは、
「候補者の誰も原発について真正面から主張しない」ことへの怒りだった。
それとともに、それまで原発が安全だと思い込まされ、
それを鵜呑みにしてきたことへの自己批判もあった。

「山ちゃん」はパッと見、右翼と間違われそうな旭日をバックに、
「怒」の文字をしたためたポスターを自費制作して選挙費用を浮かせ、
選挙カー用ガソリン代は被災地にこそ、と選挙カーの申請をせず、
タスキなし、名前の連呼なし、辻立ちも最終日に一回しただけという
組織もお金もないニュータイプの選挙戦を展開した。
この映画を見れば、選挙の実態が本当によく分かる。
規模こそ違え、2012年12月の衆議院選挙も同じだったのだろう。

想田監督は、あの衆院選での自民党
(原発を推進し、国民に安全幻想を振りまき、
原発事故に多大な責任を負うこの政党)の圧勝という結果を見て、
ただちにこの映画の編集に取りかかった。
奇しくも2013年3月11日に映画は完成したという。

映画の中で、候補者たちは
「おはようございます。○○▽▽でございます。行ってらっしゃいませ。」
を繰り返し、市民はほとんど関心を示さず、足早に立ち去る。
投票率は44.91%だった。
山ちゃんは落選した。
しかし、私は、思う。
山ちゃんがもし、もう少し準備期間を持ち、
自分の主張をポスターに書くだけでなく
(現実に、その字は小さくて、通行人が読むのは至難の業だ)、
別の方法で市民に率直に訴える機会を持てば、
違う結果になった可能性はある、と。
公職選挙法では、政党に属してさえいれば、
党の紙面で自分の主張をすることができる。
無所属候補にはそれができない。
お金のない山ちゃんでもできたのは、朝夕の辻立ちだろう。
最後の日のパフォーマンスだけでなく、
それを毎日欠かさずしていれば、
人々は山ちゃんを心の隅か、あるいはど真ん中かに位置付けたかも知れない。
山ちゃん、発想はヨカッタけど、市民に訴える工夫が欲しかったな。

(自分は当選する)と信じている彼が眩しくもあったが、
(それは現実的にあり得ないのに…。もったいないなあ)とも思えた。
それにしても、日本の選挙は立候補者も実にへんなことをする(させられる)し、
多くの有権者もそういう人に投票する。
前近代的な、非民主的な方法がずっと続いている。
今度の参院選でも、
相変わらずそういうことを候補者たちはやっているのだろう。

蛇足だが、この映画は、他の候補者の態度やらがたくさん出ている。
それもたいへん面白かった。
想田監督も否応なく参加型フィルムパーソンになって、対峙したりして。
まだ観ていない人、
明日13日(土)は第七芸術劇場に想田監督が来はるよ~。
私も明日にすればよかったな~。あ~あ。

≪想田監督の舞台挨拶スケジュール≫
★7/13(土)大阪夏の陣
大阪十三・第七芸術劇場
10:00の回上映後 舞台挨拶
http://www.nanagei.com/movie/data/737.html
コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ナショナリズムは未来を拓くか?―んなわけないわ」 2013年7月11日(木) No.705

2013-07-11 17:18:45 | 日記
参議院選挙が迫ってきた。
安倍総理大臣は憲法96条を変えて、
憲法を易々と政治家の手でいじくり回せるようにしようとしている。
その先にあるのは、
もちろん軍備拡張・国民の権利の制限・戦争できる国づくりである。
「軍事オタク」の石破茂自民党幹事長は、
口を開けば日本を軍備増強させることばかり、
早く戦争できる国にしたくてたまらない人たちなのだ。

対外的には、中国・韓国と張り合い、
中国が提案する「尖閣諸島棚上げ」」を前提とした話し合いにも応じようとしない。
しかし、どこの誰が大声で主張しようと、
1970年代から1990年代において、
日本全土は「棚上げ論」が常識だった。
私はその時代、20代~40代で、
日本で生活していた一人の市民として証言する。
日本の政治家はその当時、公式の場で
「尖閣諸島は日本固有の領土であり、領土問題はあり得ない」
という主張などしていなかった。
「棚上げ論」があの保守的な読売新聞の論調だったのも記憶にある。
当時の新聞をちょっと調べたら、すぐに分かることだ。

私が(おや?「日本固有の領土説」を唱えているな)と思ったのは
前原(「口だけ番長」というニックネームのちゃらんぽらんな政治家)からだ。
彼は対米国追従派の政治家だそうだ。
本当に要らんことばかりする困った人だ。
で、そういう流れがその後どんどん定着し、
日本が棚上げなど認めたことなど一度もないと、
白を黒と言いくるめる人々が増えて、
今は多数決では「ずっと日本固有の領土だと主張し続けていた説」が
大勢を占めているように見える。

私はこういう、ずるいことが嫌だ。
歴史の事実を平気でなかったことにするセコ技が嫌いだ。
今のナショナリズムは、こんなセコくてずるい主張ばかりを展開している。
理論的右翼の人たちが聞いても情けなくなるという、
哲学も筋道もないお粗末で愚かしいものだ。

20世紀は戦争と対立の時代だった。
21世紀は、人々の英知がそれを乗り越えるはずだった。
今、日本のナショナリストは対立ばかりを煽っている。
私たちをどこへ連れて行こうとしているのか。
私はついていかない。
私はとどまる。
自分が良しとする場所に。
 
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする