半農半X?土のある農的生活を求めて

「生きることは生活すること」をモットーに都会から田舎へ移り住み、農村の魅力を満喫しながら、日々、人生を楽しく耕しています

折れない心

2017年04月08日 | 素敵な本
たまたま図書館で「ペンタゴン式 折れない心のつくり方」という本がありました。

私は「心が折れる」という言葉はあまりピンと来ないというか、好きでもないのです。

ただ、今年は年始からいろいろあって、ちょっと前は顔面けいれんが起きるほどストレスが溜まっていたので、ちょっと手にとって読んでみました。

書いてあることは凄く論理的で全うなことで、何か凄いことが書いてあるかというと、どちらかといえば「当たり前のことを当たり前に徹底的にやっていく」というものでした。

ただ、凄くピンとした言葉があります。

その1つは「逆切れや怒るなど、平常心を忘れて感情的になるのも、心が折れている状態」という表現でした。

なるほど

怒っている人は、「心が折れている」わけです。


普通は、何か目標に向かって頑張ったけど到達せず打ちひしがれている時や、大きすぎる壁にぶつかってチャレンジ精神そのものが無くなってしまった、といったのが「心が折れる」ているといいますよね?

でも、ペンタゴンでは「平常心を保てていない」のが、自分の感情や心をコントロール出来ていないことが、「心が折れている」という定義なんですね。


それもそのはず、日々、世界で勃発している紛争、戦争、非常事態に命をかけてスピードをもって判断をしていかなくてはいけない。それが間違えば部隊の全滅、多くの部下の命にもかかわる、といったことが日常の仕事のペンタゴンの職員にとっては、「常に平常心をもって判断が出来なければいけない」のが義務なのです。

怒り、あるいは落ち込んでいる状態で的確な判断は出来ないんですね。

子育てで、キーキーしてしまうことは特にお母さんに良くありますが、それも平常心を失われている「心が折れている状態」です。

部下を感情的に叱り飛ばしている上司も「心が折れている状態」です。

理想ではありますけど、常に平常心を保つために、日々の準備が大切、ということが書いてありました。


もう1つ、「誰かを裁かない」というのも、なるほどな~、と思いました。

これはビジネス社会にお友達関係でも、もちろん裁判でも、「誰かが悪い」ということを決めつけることに現実世界では労力を割きます。

でも、ペンタゴンのような異常事態が日常の仕事をしている方、あるいは真の大人は「誰かを裁く」ことはしません。


「誰かを裁いて、その結果、何が得られるの?」と問うと良いと言います。

さらにもう1回「その得られたもので、何が得られるの?」と2~3回問えば、結局、問題や事態が解決しないことがわかります。


誰かを裁くのではなく、その問題の「原因」にフォーカスする。それが建設的な解決を導けるプロであり大人なんですね。


最後に「結果思考より成果思考」とうのもありました。

失敗をした時に、失敗したという「結果」にくよくよするのではなく、「失敗したことに得られた成果」、例えば自分の問題がわかったとか、良い経験を積めたとかに集中をしよう、というものでした。


どれも「そりゃそうだな」ということばかりなのですが、こういったことを積み上げるトレーニングを日々行っているのがペンタゴンのようです。

いわゆるエリート、制服組、トップ層、というのは、人格者も実際にはいるわけですが、そういった日々のトレーニングと実践で鍛えられているからなのでしょうね。

日常の生活で色々な人と関わり、心が揺さぶられても、動じない、心が折れない、真の大人になれるよう、みんなで努力していきたいものですね。
コメント
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