とうちゃんのぷらぷら日記

アウトドア系の日記及びうんちく

キウイの収穫

2018-10-28 19:54:31 | 庭、花木、畑、ガーデニング
キウイフルーツは、収穫してもすぐには食べられない。
りんごなどと一緒に袋に入れて、しばらくおいて柔らかくする必要がある。
手間のかかる、めんどうくさい果物だ。
そのまましまっておいて、よく忘れて腐らせてしまうことも多い。

干し柿なら、毎日軒先にぶるさがっているのを見るのは楽しいし、
幼いころから美味しさを知っているソウルフードのようなものなので、同じめんどうくささでもなんだかわくわくする。
キウイは、冷たい扱いをしているので、どうもいまいち愛着がわかない。
それでもビタミンⅭが豊富らしいので、せっかく生った実をむだにしないようチャレンジしている。
でも毎年あまり食べていない気がする。

キウイはヨーグルトとの相性もいいし、美容にもいい。
隣町にはキウイフルーツ作りの名人と呼ばれる農家もある。
横浜、川崎には、収穫量は少ないが、こだわり絶品フルーツ栽培農家が点在する。
その農家のサイトの果樹園日記を見ると、さすがにてまひまかけてキウイを栽培している。
実も大きく色もいい。
うちのほったらかしキウイとはえらい違いだ。
「東京ゴールド」「レインボーレッド」「紅妃」「アップルキウイ」などなどキウイの品種も多くなっている。
キウイも究めると奥が深そうだ。



モスバーガーの思い出

2018-10-27 13:00:53 | 独り言
モス モス バーガー
モスバーガー
世界のうちでおまえほど・・・・

モスバーガーは、ご飯を作るのが面倒くさい時に、オートバイを飛ばして買ってくる。
トマトや野菜も多いし、なんとなく優しい味だ。
娘もモスバーガーだと喜ぶ。

学生のころ、山のクラブのN先輩がモスバーガーでアルバイトをしていた。
今は違うだろうが、当時はハンバーガーの在庫管理がいい加減だったそうで、2、3個アルバイトが勝手に食べてしまってもわからなかったらしい。

クラブでは上級生になると山へ行ったり、後輩におごったりするのでお金がかかる。(クラブでは食事や飲み会の席では先輩がおごるという慣習があった。それでお金のない上級生は、昼時など、後輩に出会わないようびくびくしながら歩いていた。)
N先輩は、いつもよれよれの服を着て、財布は妙に小さく、お金を出すときには財布の中身を確認しながら、悲痛な顔で支払いをしていた。そんなわけでN先輩は、普段はアルバイト先のモスバーガーだけ食べて生きているという伝説が生まれた。

その後アルバイトと同じ業界に就職したN先輩だったが、数年働いてお金がたまったところで退職し、ヒマラヤ登山に出掛けた。
壮行会は新宿で行った。
「生きて帰ってこいよ」と最後はN先輩をみんなでコマ劇場前の池にほうり込んで終了した。

登山隊が目指したのはヒマラヤのD峰だった。
ところがこの年天候が思わしくなく、同じD峰を目指していたイギリス隊は雪崩で多くの死傷者を出して撤退。残念ながら日本隊も登頂を断念した。
日本に帰国すると、N先輩の残念会を行った。
N先輩が痩せて帰ってきたのは当然としても、おしりの肉まで無くなっていたのには驚いた。やはりヒマラヤとはただならぬ所だと感じた。

その後N先輩は、ある業界のトップ企業に就職した。驚いたことに中途採用にも関わらず、あっという間に営業所長になっており、それと比例するかのように、あの痩身のNさんが、風船のように太っていた。今ではヒマラヤどころか高尾山登山でも危ないのではないかと思う。

渋谷 代々木 新宿あたりをぶらぶら

2018-10-21 21:50:10 | 東京散歩
秋はバラの季節

久しぶりに代々木公園を歩く。
大きな公園の木は、原則一定の高さ以下の枝葉は切らなければいけない決まりがあるので、木々が生い茂る代々木公園でも見通しはよい。


代々木公園は陸軍の練兵場だった所なので、そういうポイントもちらほら
日本航空発祥の地の碑へ向かう


技術者の日野熊蔵さん パイロットの徳川好敏さん

 
飛行時間4分、飛行距離3000m 高度70mだったそうです。
日野さんの出身は熊本だそうで、碑文には、今は懐かしい松野頼三さんの名前があります。

天皇陛下がこの松の横に立たれたと言われている「閲兵式の松」


この間の台風で倒れたのでしょう、欅の丸太が積み上げられています。


代々木駅方面へ歩いて行くと、懐かしい昭和の鉄道の雰囲気が残っています。




新宿に着くと南口方面は、本当に変わりました。


バスターミナルだけでなく。新しいビル群が立ち並らぶ。
文化服装学院は、服飾系の学校としてはかなり巨大。新宿には学園都市のイメージはないけれど、かなりいろいろな学校がありますね。


ふたたび代々木公園へ戻り、明治通りを渋谷駅へ
いく時に見た、東京芸術大学のステーションコンサートの時間14時に間に合い、そのままコンサートを聴く。


寺山修司展へ行ってみた

2018-10-21 08:13:59 | 日記
寺山修司は怪人だ。
テレビにもよく出ていたし、天井桟敷や「時には母のない子のように」ぐらいは知っているが、寺山修司のことは、分かっているようで、まったくわからない。
強烈な個性ばかりが先行している。そういう人は以外に多いと思う。
シュールな世界観は、フランス映画や、オノヨーコさんの芸術にも似ている。

出身地津軽の影響なのかもしれない。(寺山さんの場合、正確には津軽とは言えないかもしれないが、大きな影響を受けているのはまちがいないだろう)

<津軽のイメージ>
リンゴ、津軽三味線、ねぶた(ねぷた)
人物では、太宰治、棟方志功、淡谷のり子
なんか強烈。
無口な津軽人だが、おとなしいわけではないようだ。

津軽人は自分達のことを「じょっぱり」(がんこ者)と呼ぶそうだが、
一地域でしかない津軽が、異常なぐらい有名になっているのも、風土に根付いたジョパリ精神のおかげなのかもしれない。
(駅弁で津軽ジョッパリ弁当というのがあった。なつかいしい。)


手作りきつねうどん

2018-10-14 22:18:15 | 独り言
最近あまり立ち食いそばを食べていない。
それで、このごろラーメンやうどんを自分で作って食べている。

立ち食いうどんは、東横線の綱島駅で食べたのが初めてだったと思う。
今はもうないが西口だった。
一杯50円であったと思う。なにしろ小学生のころだ。
とても美味しいと思った。
それが中学生になると、そばに変わった。

それでもその時のうどんの印象が強く残っているせいか、
シンプルなうどんもたまに食べたくなる時がある。

自分で作る時には油揚げの煮つけに凝る。
油揚げ自体は安物だが、時間をかけて炊き上げる。
うどんつゆもきちんと作るとよいのだろうが、
最近はインスタントの東丸ですますことも多い。
うどんをゆでて、小ねぎをきざんで入れるだけ。
シンプルなのがかえっていい。

どんべえのコマーシャルの狐の女の子を妄想し、
星野源風においしいねと言って食べる。


中目黒から恵比寿 渋谷川沿いの坂を歩く

2018-10-14 21:14:03 | 東京散歩
中目黒から恵比寿へ


相変わらずきょろきょろしながら歩く
鑓ヶ埼の交差点にあったベリーグットマン(おにぎり屋さん)は、もうなくなっていた。
新しいビルも多くなった。
恵比寿駅を越え渋谷橋を右へ
この画廊の絵はいつも立ち止まって見る


臨川幼稚園の横を通り日赤医療センター前へ
日赤看護大と一体なので、とてつもなく大きな医療施設だ。


堀田坂を下り北条坂を登る。




有栖川宮公園の横の木下坂を下り広尾駅へ
(東京は坂ばかりだ。)

都立広尾病院も大きい。(広尾病院の移転騒動はその後どうなっているのだろうか?)


広尾病院前の外苑西通りの向こうには、慶応幼稚舎がある。(ここに通っている子がその後日吉の普通部にも来るんだろうね。以外に身近な存在だ)
それにしてもドデカイ。大学みたい。

恵比寿方面へ折り返し駅前から恵比寿神社へ
来週はお祭りだそうです。


代官山駅方面へ進むと長谷戸小学校
校門前にある記念碑


ゆーやけ こやけで日が暮れて
やーまのお寺の鐘がなる
おーててつないで みなかえろ
からすと いっしょにかえりましょ
・・・・・「俺が昔夕やけだった頃、弟はこやけだった。」「わかんねえだろうなあ?」・・・・というのも昔あった。

今日は地元の運動会だ。


渋谷から恵比寿 氷川神社 原宿 明治神宮 渋谷へ

2018-10-08 19:22:38 | 東京散歩
渋谷川沿いのエリアが新しくなり、イメージが変わった。

川の両岸からシャワーを落とす斬新な発想。


だが、川自体は前と同じ。
それでも流れは綺麗になっているのでなんとか合格。
渋谷からの散歩コースが増えた。

代官山へもながれで歩いていける。
今日は、恵比寿方面に歩き、広尾小学校、広尾高校、国学院大学、実践女子大学、青山学院大学へと、学園エリアを恵比寿から折り返してくる。

国学院大学の前は渋谷の鎮守様氷川神社


表参道から原宿通り沿いの細い裏道の方へ
大阪ナオミさんも歩いたかな?


今日は歩くのが目的なので、明治神宮へ
有料エリアの明治神宮御苑へ


台風の被害は神宮にも


隔雲亭


うつせみの代々木の里はしづかにて
  都のほかのここちこそすれ
     
         明治天皇


             
清正井


岸記念体育館は、クラブの総会の会場で利用させていただいた。
線路の向こうにはかつて国土計画のビルがありましたな。


家に帰ってから昼ごはんにラーメンを作る。


最近ラーメンに凝っている。
オリーブオイルを使用しているので健康にもやや良い。
スープもあっさり系 セロリ、ニンニク、ネギをいため、キャベツも入れた。
自己満足の味

ちなみに夕飯はキノコの炊き込みごはん







藤田嗣治展へ行く

2018-10-07 19:54:17 | 音楽 美術
暑すぎる10月の連休。
ウォーキングにはきびしそうだ。
それで、東京都美術館の藤田嗣治展へ行ってきた。

連休なので混むだろうと開館9時半前に着くよう出かけたが、すでに美術館から列が長く延びていた。ここまで来て引き返すわけにはいかないので並ぶ。
結局15分待ちぐらいか。

初期のころからの作品と、キリスト教に帰依した晩年の作品まで網羅されている。
この正統派の画家の画力は圧倒的だ。
最近国内でも藤田嗣治人気はうなぎ昇りのようだが、以前には、実力派の画家にも関わらずあまり知られていなかったと思う。(私もそうだった)
戦争画の傑作を描いたせいなのかとも思うが、
当時の日本の画壇で、嗣治さんに太刀打ちできるような洋画家はいなかったろう。
それで、ねたまれて迫害されたのではないかと思えてしまう。

今日の目的は、その戦争画の傑作「アッツ島玉砕」を見ることだった。
戦争画ということで、評価することがはばかれる雰囲気があるようだが、壮大な構想と宗教画を思わせるような象徴的な人物描写に圧倒される。
もう一枚の戦争画「サイパン島同胞臣節を全うす」と連続で展示されていたことも意味深い。
そのうちもっと評価が高まるだろう。

野分のまたの日

2018-10-06 22:49:13 | 独り言
台風が来た。
いつだったか、前に来た直撃台風の時には、近所の同級生の家の屋根瓦が吹き飛んだ。

今回の台風も家が揺れるほどの強風だった。
庭の20年前に植えた桜の木が横倒しになった。
他の木々も枝がボリボリに折れた。
塩害なのだろうか、吹き飛ばされずにすんだ葉っぱも茶色く変色し、チリチリになっている。


家屋への被害は免れたが、
今後台風は巨大化する傾向があると言われているので心配だ。

私が幼かったころには、家の前には、二重に連なる防風林があった。
屋根の高さをはるかに超える欅やモチノキ、樫の木など、巨木がひしめく屋敷林だった。
台風の日には、それらの木々が風に唸りすさまじい音がしたが、
屋敷林のおかげで家は強風から守られていた。

落ち葉や日照権など様々な問題で維持するのが難しくなり、30年ほど前に父が業者にたのんでほとんどすべての欅を切り倒してしまった。幼いころからの遊び場だったので、私はずいぶんとがっかりしたものだ。
屋敷林に囲まれて住むことはもう不可能だが、(仮に土地があったとしても成長するのに100年はかかる)なんらかの風対策は必要だ。