波打ち際の考察

思ったこと感じたことのメモです。
コメント欄はほとんど見ていないので御用のある方はメールでご連絡を。
波屋山人

『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』

2021-10-13 21:38:56 | Weblog
近々また沖縄に行く。離島をめぐる気ままな一人旅。

そのうち沖縄に住んでみてもいいかなと思っているので、長い間沖縄でマネジメントの仕事をしていた人に、沖縄での仕事について聞いてみた。
その時に、すすめられたのが『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』という本。
さっそく注文して読んでみた。

今年読んだ本の中でトップクラスにおもしろい本だった。
おもしろい、というと不謹慎だろうか。沖縄の諸問題について長期間の経験や考察に基づき、明確な分析と指針を述べている。
じつに読みやすくストレスを感じない、興味深い魅力的な本だ。

著者の樋口耕太郎さんは、1965年生まれ、岩手県盛岡市出身。筑波大比較文化学類を卒業を、野村証券入社。ニューヨーク大で経営学修士課程修了。金融事業、事業再生に関わり、2012年に沖縄大学人文学部国際コミュニケーション学科の准教授に。事業再生の会社の社長でもある。

問題解決のプロなのだろうか、論理的思考がいさぎよい。
あくまで分析で、状況を述べているにすぎないので、非難とか攻撃とか見下しとか中傷といった姿勢とは無縁。
この本を読んでおもしろくないと感じる人もいるだろうけど、べつに責められているわけではない。
状況を分析して、処方箋まで提示してくれている。

ぜひ、多くの人に読んでもらいたい本だ。耳あたりのよい表面的な言葉に流されることなく、きちんと物事の構造に目を向けることが、状況をよりよくすることにつながるはずだ。


目についたところをちょっとメモ。
いい本を見ると、ついたくさんメモしてしまう。
いままで、断片的に感じていたこともわかりやすく説明してあった。
沖縄出身の知人が言う「沖縄の諸問題は日本の縮図」という言葉の意味もよくわかった。



『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』樋口耕太郎著、光文社新書、2020年

P12-13
 とはいえ、私は、沖縄の社会問題に直接関わってきた専門家ではない。
 人生のいくつかの偶然が重なって、16年前から沖縄で暮らしているが、私自身は岩手県盛岡市の出身で沖縄に地縁はない。
 8年前に沖縄大学に採用されて以来、国際コミュニケーション学科の教員として、『観光経営論』や『幸福論』などを教えているが、それまでの二十数年間は、野村證券を振り出しに、金融・事業再生が私の主戦場だった。
 貧困も、沖縄も、教育も、かなりの畑違いである。
 その私が、沖縄の社会問題を語るのには、はっきりした理由がある。
 それは、今、私の目の前にいる、一人ひとりの学生が直面している様々な障害を理解する上で、どうしても避けて通れない問題だったからだ。
(略)
 沖縄大学の現場体験は、私の思い込みや常識をいい意味で壊してくれた。
 大学で働き始めて、認識を新たにしたのだが、沖縄は、日本の教育問題が凝縮する地域だということである。

P21-23
 私は、日曜祭日を除くほぼ毎晩(現在は水~土曜日の毎晩)、午後8時半ころから午前2時前後まで、那覇市の繁華街・松山の「ある店」にいる。沖縄県内外の知識人が集まる飲食店として、知る人ぞ知る有名店である。カラオケもなく、女の子もいないので、基本的に会話だけで成り立っている場所だ。(略)
 私がこれから本書で言語化を試みる沖縄の社会問題の原因は、この店での約2万時間の会話に加えて、学生たちから拾った幾千のデータ、学生たちとの直接の会話、及び16年間の私の沖縄での生活体験から導いた仮説をまとめたものである。

P36
 酒税の優遇措置を受けているのは、泡盛業界も同じだ。
 復帰から2013年までの41年間で、泡盛業界は総額約410億円の税金を免除されてきた。既得権を持つ県内の47蔵元は、優遇措置によって安価に商品を販売できる。

P40-41
 零細蔵元を助けるお金が、一部の優良蔵元に過剰に配分されているといっても、上位3社の営業利益の合計は2億円程度に過ぎない。多くの零細蔵元を守るという名目で酒税の減免措置を継続すれば、一方で、オリオンビール1社が20億円を超える純利益を享受するという構造が存在する。
 泡盛業界上位の利権者もまた、オリオンビールというより大きな利益のために利用されているようなところがある。
 そしてさらには、オリオンビールに対して利権を持つ(隠れた)少数が存在する。
 このように、利権は入れ子構造になっていて、「多くの弱者のため」に政治が動き、援助がなされるほど、一部の利権者が多大な配分に与(あずか)る構造が存在するのだ。これらの利権は所得として計上されないことも多く、問題が表面化しにくい。
 社会の権力者たちは、「社会のため」を語りながら、意識的あるいは無意識に自分の利害を最優先する。多くの場合それほどの悪意もない。場合によってはその自覚すらない。
 このように、沖縄振興を目的として大量に注がれた税金が、沖縄社会を激しく歪める原動力になっているのだ。「弱者を助けるため」に活動する沖縄の利権者が、「成果」を上げれば上げるほど、沖縄内部に問題を生み出す原因を作り出してしまう。
 このように、社会を歪め、弱者を助ける名目で(無意識に)搾取し、格差を生み出し、維持しているメカニズムは沖縄社会の内部にある。そして、日本政府からの大量の経済援助が、その歪みの構造を支える重要な役割を果たしてしまっている。

P62-66
 私たちが直視しなければならないのは、例えば給食費や教育費や医療費のすべてが無料化されても、あるいは仮に所得が完全に保障されたとしても、それは貧困を緩和するだけであって、決して解決しないという事実である。
 対症療法は問題解決ではない。モグラ叩きとモグラの根絶は全く意味が違う。貧困に対処することと貧困の治癒は別の概念である。
(略)
 実は、対症療法に反対する理由が存在しないということが、対症療法の最大の問題なのだ。
 すなわち、補助金を投下する対症療法は、(少なくとも短期的には)ほとんどすべての人の利益に適うのだ。これが貧困問題の隠れた最大の問題である。
 一方で、複雑な問題の本質を理解するには時間がかかるし、甲かも見えにくく、組織的に評価もされないため、多くの人の意識が対症療法に向けられるということもある。
 結果として、これらの対症療法は、貧困者を経済的な自立に向かわせるどころか、さらなる依存を招いて、長期的には貧困状態をさらに悪化させることになる。オリオンビールと同じだ。社会では対症療法がもてはやされ、成果を挙げたものがより高い地位につく。彼らには「もっと対症療法をせよ」と圧力がかけられる。大量の副作用が生じて社会の生産性が低下する一方で、税金が非効率に投下され、公的債務は増加を続けていく。

P69
 私たちは根本原因の特定に多くの時間を費やすべきだ。私たちが問題だと思っていることの恐らくほとんどは、単に症状であって本当の問題ではない。根本原因を特定していない状態でなされる「問題解決」はすべて対症療法に過ぎない。
 問題解決の第一歩は、根本原因の特定である。

P76-77
 沖縄社会は、現状維持が鉄則で、同調圧力が強く、出る杭の存在を許さない。
この社会習慣は、人が個性を発揮しづらく、お互いが切磋琢磨できず、成長しようとする若者から挑戦と失敗の機会を奪うという、重大な弊害を生んでいる。善意を持って注意すること、学生に厳しく𠮟ること、部下に仕事を徹底して教えること、友人に欠点を指摘すること、将来のために現実的な議論を戦わせることなどの多くが、沖縄では最も困難なことだ。
 はっきりとした物言いをする人に対しては、表面上はやんわり、目には見えないほどの微妙さで、その発言を取り消せと言わんばかりの強い同調圧力がかかる。
 だから、自分の意見は常に他人の出方を見てから言う。
 自分の意見が際立つくらいなら、いっそ意見を持たない方がいい。うかつに意見を述べると、クラクションを鳴らして、自分が「加害者」になってしまうからだ。
(略)
 クラクションを鳴らすことができない沖縄社会では、人と異なる態度を取ることが難しい。人からのちょっとした誘いに対しても、面と向かって断ることはできな。
 少々大げさな表現をすれば、そこには人間関係に対する絶縁状のような感覚が含まれていて、断られた方は「裏切られた」と解釈しかねない。

P81
 本書の目的は、沖縄の貧困を生み出す根本原因を明らかにし、真の問題解決の処方箋を描くことにある。その過程で、沖縄の社会的な傾向や、ウチナーンチュの心の問題に深く踏み込むが、それは、問題の本質を理解するための手段としてであって、目的ではない。まして、沖縄社会を非難するものでも中傷するものでもない。

P84-85
 人間関係が緊密な「シマ社会」沖縄において、周囲への気遣いは何よりも重要である。沖縄社会で一旦人間関係がこじれると、周囲の人間関係を巻き込んで、一生の問題になり得る。人に対して鳴らした何気ないクラクションで人間関係をこじらせてしまえば、この狭いシマで自分の居場所がなくなってしまう。
 人間関係に波風を立てないためには、現状を維持することが安全な選択である。つまり、昇進や報酬を断ることには合理性が存在するのだ。
(略)
 ウチナーンチュがリーダーになることを避ける第二の理由は、沖縄では、物事を変える人、社会を発展させる人に対して(目に見えない、しかしはっきりとした)同調圧力がかかるからだ。
 乱暴な一般化を試みると、本土のいじめは「弱いものいじめ」である。仕事のできないもの、いつまでも学ばないもの、やる気のないものに強い圧力がかかる。
 これに対して、沖縄のいじめは「できるものいじめ」だ。個性的な人物、一所懸命でまわりが見えていない人物、悪意なくクラクションを鳴らしてしまうタイプがターゲットになりやすい。
 だからだと思うが、私が見る限り、周囲から激しく叩かれて自信をなくし、自己肯定感を失って心を病んでいるウチナーンチュは、もともと個性的で魅力的な人物が多い。

P86-87
 2018年10月29日に放映された日本テレビ系のバラエティ番組『月曜から夜ふかし』で、沖縄社会では、勉強に熱心な子どもをマーメー(マメ、真面目)と呼んで軽蔑する風潮があることを取り上げていた。
 沖縄で「マーメー」と呼ばれるのは最大級の侮辱で、子どもたちが勉強に対して消極的になり、全国最低水準の学力にとどまる主因になっていることを示唆した内容だった。
(略)
 頑張る人(ディキヤーフージー)は、周囲の空気を悪くする。そのような環境では、あえて成功しようという動機付けが生まれず、いかに失敗を避けるかが重要な関心ごとになる。失敗を避けるために最も有効な方法が、現状維持であることは言うまでもない。
 この空気感は、日常の色々な出来事に現われる。

P90
 ウチナーンチュがリーダーになりたがらない第三の、そしておそらく最大の理由は、沖縄社会でリーダーシップを発揮する(つまり、物事を変えることの)難しさを知っていることだ。
 沖縄では、違和感のある人に対抗する典型的な手段の一つが「行動を止めること」だ。多くの場合は無意識である。ウチナーンチュは現状維持を好み、人から指示されることを嫌うから、他人(上司)から圧力がかかると行動が鈍る。そんな意図はないのかもしれないが、仕事が停滞して、結果としてサボタージュのような状況になる。

P99
 沖縄では、目立つことが許されないので、お金持ちであっても高級車に乗ら(乗ることができ)ないのだ。
 沖縄は貧困社会だが、一方でお金持ちは少なくない。ただし、沖縄のお金持ちは、お金を持っていることをひた隠しにするため、消費行動に現われにくい。
 高級品やブランド品を身につけて歩いている人もあまり目にしない。

P107
 このように沖縄経済を捉えると、品質の良いもの、価値のあるもの、優れた商品が生まれない理由が説明できる。
 消費者は、商品やサービスの良し悪しで選ばず、同じ商品を買い続ける性向が強く、沖縄では品質の良いもの、価値のあるもの、優れたサービスを顧客に提供しても、結果(売り上げ)につながりにくい。塚価値の高い事業が収益を上げにくい沖縄の社会構造である。
 これらの結果、沖縄社会では一流を目指す人が力を発揮しにくいのだ。
 人間関係で成り立つ商売は、長期安定的で、本土企業に対して強い参入障壁を作り出すという大きなメリットがある一方で、革新を妨げ、低品質、低付加価値、低報酬を特徴とした、沖縄独特の経済圏を作り上げてきた。

P113-114
 すでに述べたように、沖縄では、人間関係が消費に大きな影響を及ぼし、「定番」が売れる。そのことが新商品の参入障壁になり、本土企業の沖縄進出を阻み、地元企業の利益を確保してきた。この安定した収益に支えられて、沖縄企業は無敵の強さを誇り、非常に安定した(変化のない)事業を、長い間継続している。

P116
 保守的な消費者が同じものを買い続けてくれるために、事業的な変化は少ないほど好ましい。現状維持が経済合理的であるならば、現状を変えないことに全力を尽くすことは、経営者の責務である。
 多くの社会問題を目の当たりにして、「なぜ沖縄は変われないのか?」といらだつ人の気持ちはよくわかるが、実はその問い自体が間違っている。
 企業にとって、そもそも変化する意味がないのだ。

P124-125
 語弊を恐れずに証言するが、沖縄社会が、有能な人材に対して行う仕打ちは残酷だ。典型的なやり方は無視することだ。有能な人材が成果を生み出しても、あたかもその人物かそこに存在しないかのように振る舞う。
 悪気があってそうするというよりも、目立たず、自分の居場所を確保するための処世術がそうさせるような気がする。
 有能で目立つ人を応援することは、自分が目立ってしまう原因にもなるから、賛同する気持ちがあっても、積極的に手を差し伸べることができないのだ。
 周囲から目立つことができない沖縄社会では、社会を変えていくような、有能な人材を見殺しにする習慣が、社会構造に組み込まれているという意味である。
 「有能な」社員を高給で迎えるよりも、毎日変化のない業務を、低所得で淡々とこなしてくれる従業員の方が都合がいい。沖縄の求人で圧倒的に非正規雇用が多いのはこのような理由によるのではないか。
 経営者は「人材が育たない」と嘆いているが、実はその原因の一端は自分自身にある。
後継者や人材不足に悩む沖縄社会の現状は、沖縄の貧困問題と同根であり、それらはすべて、社会の構造的必然によって生まれているのだ。

P128-129
 沖縄の従業員の所得が低いのは、沖縄の経営者が給料を十分に払わないからだ。しかし、従業員にも生産性を高めるために頑張るリーダーをありがた迷惑だと感じるようなところがある。経営者は、そのことをよくわかっているから、あえて生産性を高めようとは考えないし、無理をして、従業員に多くの報酬を支払おうとも考えていない。仮に、変革を試みる経営者がいたとしても、困難で報われない仕事になる。
 従業員は、収入を高めることを重視してい(でき)ないし、自分の能力を高めたり、環境を改善しようとする意欲に乏しい。自分にとって不都合な環境であっても現状維持を望みがちだ。
 従業員が昇給を避け、消費者が無批判に同じものを買い続ける……。現状維持を強く望むウチナーンチュの性向が、沖縄社会を経済的に固定化し、沖縄企業の収益力を安定的に支え、本土企業に対する強固な参入障壁を作り出してきた。その結果、沖縄企業は、本土企業に対して異様に強い力を発揮している。
 その結果、労働者はいつまでたっても、日本最低水準の賃金で働き、貧困は拡大し、子どもたちの将来に暗い影を落としている。
 さらには、日本で最低水準の人件費がイノベーションに乏しい企業の収益を補填して、現状維持を強固に支えている。沖縄の社会構造が若者から創造性を奪い、労働生産性を低下させ、さらなる低賃金を生み出すという悪循環が生じているというわけだ。

P130
 沖縄の貧困が(沖縄の低所得者が)沖縄企業を強固に支えているのだ。極端に言えば、沖縄の社会構造の中では、(悪意なく)変化を止め、(無意識のうちに)足を引っ張り、個性を殺し、成長を避けることが「経済合理的」だったのだ。
 沖縄社会が貧困なのは、貧困であることに(経済)合理性が存在するからだ。
 これが、「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」である。
 世の中の問題の多くは非合理によって生じるのではない。貧困という一見非合理な現象の裏側に、「そうあるべき」事情が存在する。貧困問題を(対症療法で)直接解決しようとしてもうまくいかないのはこのためだ。
 沖縄の貧困を根源的に解決したいと望むのであれば、その合理性に変化を生じさせなければならない。

P132-133
 沖縄人(ウチナーンチュ)が目の前の人にNOと言わない(クラクションを鳴らさない)のは、人間関係の摩擦を避けるためだ。
 しかし、不思議でもある。
 同僚との関係が多少こじれても、自分の成長のためにより責任ある仕事を選ぶことはできるはずだし、実際沖縄を一歩出れば、世の中の多くの人はそうしている。他人から少し変わっていると思われても、自分の好きなものを自由に買っている人は世の中に多くいる。
(略)
 現状を変えたくない、波風を立てたくない、目立ちたくない、失敗したくない、人に嫌われたくない……現状維持の沖縄の社会構造を作り出しているのは、「自分らしさよりも場の空気を優先する」というウチナーンチュ気質である。そのために、自分らしさを諦め、生きづらさに甘んじることになっても、だ。
 さて、ここまで説明した貧困を生み出す沖縄の社会構造の下に、もう一段、根本原因が存在する。
「自尊心の低さ」という心の大問題だ。

P135-137
 自尊心とは、これまでの成功も失敗も、できることもできないことも、優越感も劣等感も、喜びも恐れも、カッコいい自分もカッコ悪い自分も、自分の好きなところも、そして嫌いなところもさえ、すべてを抱きしめる力である。
 それは、自分を愛する力のことだ。(略)
 自分を大切にする人は、他人を大切にできる。自分を尊敬できる人は、他人を尊敬できる。
 自分を愛するから、仕事を大切にし、人生に意味を見つけることができ、何気ない日常に喜びを感じ、」自分を生きる勇気が湧き、友人に優しくでき、社会が大切に感じられる。
 自分を愛する人だけが、人を愛することができる。人とのつながりを感じているから、自分の意にそぐわないことに対して率直にNOと言える。
(略)
 高い自尊心を持つということ、つまり、自分を愛するということは、人を愛し、仕事を愛し、社会を愛するための必須条件であり、幸福に生きるために、どうしても欠かせない心の力である。
(略)
自分を愛するということは、利己主義とはまったく違う。
 自分の力量を誇示したり、家柄を誇ったり、自分を大きく見せようとしたり、自分の姿に見とれたりするナルシシズムとも違う。いわゆる「プライド」とも違う。その正反対だ。
 心理学者エーリッヒ・フロムは、名著『愛するということ』の中で、利己主義は十分に自分を愛していないからこそ、生じるものだと述べている。
(略)
 自分を愛する人は、自分を必要以上に大きく見せる必要を感じないから、威張らないし、自慢しない。彼らは、自分の弱さや欠点を認め、失敗を隠さず、間違えれば素直に頭を下げ、打たれ強い。

P140
 自分の羽が信じられないコンドルに空の飛び方を伝えても、彼らを傷つけるだけに終わる。
 彼らに愛で接する誰かがいなければ、背中の羽が開かれることはない。
 ウチナーンチュの背中にも羽が生えている。しかし、当の本人がそれを信じていなければ、誰が羽を使おうと思うだろう。
 空を飛ぼうと呼びかける上司に対して(無意識に)サボタージュするのは当然である。イノベーションも、創造も、挑戦も、意味をなさない。働くことに情熱が湧かないのも無理はない。羽ばたくことが不可能だと思い込んでいるからだ。

P147
 人間は激しい痛みを感じると、自分の感覚を鈍らせて自己防衛を図る性質があるが、それは絶望の耐えがたい痛みを和らげるために、自分自身に打つ麻酔のようなものだ。
 例えば、沖縄には、しばしば問題から目を背けるために使われる「なんくるないさ」という言葉がある。本来は、マクトゥソーケーナンクルナイサ(人事を尽くして天命を待つ)という素晴らしい意味が、いつからか「何もしなくてもOK」という意味でも使われるようになっている。現状維持は強力な麻酔として機能するため、虐げられ、苦しんでいる貧困層ほど、現状を肯定する。
 麻酔は痛みを和らげるが、同時に他のあらゆる感覚をも麻痺させてしまう。愛、喜び、感動、共感、直感……すべてだ。問題から目をそらせば痛みは減じるかもしれないが、人生のあらゆる豊かさから遠ざかることにもなる。
 まさに人間が「無感覚」になるのだ。
 そして、強い麻酔を打っている人の特徴の一つは、他人にNOと言わ(え)ないことだ。
 行きたくない誘いに応じるときにも、麻酔を打てば良い。感覚が鈍って、嫌な誘いだということが気にならなくなる。だから、表面上は、嫌な顔一つせず誘いに応じる「優しい人」に見える。

P149
 沖縄社会の長男は、文字通りの上げ膳据え膳で、なにかにつけて優遇されてお得な存在にも見えるが、同調圧力を最も受ける宿命に生まれついている。
 それゆえに彼らは自分の声を上げようにも上げられず、失敗も許されず、自分らしく生きられない。自由を奪われた人間は、自分を愛せず、打たれ弱い。
 彼らの多くは、社会的地位が高く、権力を持ったリーダーたちだ。それはすなわち、地域全体が自分を愛せない男性たちによって運営されているということでもある。

P151
「沖縄の長男問題」とは、自分を生きられない男性(すなわち、自分を愛せない男性)を、沖縄社会がシステマチックに生み出し、麻酔を打った無感覚な人間に社会の要職を任せているという現象であり、その結果、本来社会を活かすべきリーダーたちが、社会の足を最も引っ張ってしまっているという大問題である。

P153
「沖縄の男は働かない」と、多くのウチナーンチュ女性は口にするが、男性というのは元来脆く、くじけやすい存在だ。目的を失うと、心が折れて労働意欲を喪失しやすい。甘やかされて育った沖縄の長男は特にそうだ。
 学生に、両親の仕事を尋ねると「お父さんは働いていない」という答えが少なくない。

P165
 自分を愛せない人は、失敗を極度に恐れ、間違いを認めることができず、組織の最善よりも、自分の体面を保つことを優先する。

P166-168
 自尊心の高い沖縄の政治リーダーが存在したとして、彼らがどのような政策を実現するかを想像すると次のようになるだろう。
 自分を愛するリーダーとは、カッコいい人物ではなく、どれだけカッコ悪くても、どれだけ票を失うことになっても、どれだけ損なことに見えても、一人の人間として人の役に立つために、勇気と覚悟を持って行動する人物だ。
 例えば、長年にわたって巨額の経済援助を投下してもなお、貧困問題をはじめとする社会構造の矛盾を解消できないばかりか、その原因を特定すらできていないことを(カッコ悪くも)正直に認め、本当の解決法を見つけるために、党派や主義主張を超え、真に(自分よりも)有能な人たちに権限を譲り、現実を直視した分析をはじめることである。
 例えば、沖縄の振興開発のための大量の経済支援は、ウチナーンチュの自立を助けるものではなく、米軍基地維持のためのバーターとして注がれている面があることを素直に認め、もう一度、真の自立のための、現実的な計画を大胆に作り上げることである。
 例えば、辺野古基地建設反対の方針が、浦添新軍港移設推進の立場と完全に矛盾していることを認め、あるいは辺野古埋め立て反対の方針が、那覇空港第二滑走路開発のための埋立推進の方針と矛盾していることを認め、その理由を(カッコ悪くも)正直に説明し、県民の理解を請うことである。
 例えば、辺野古基地反対に強く反対する行為が、宜野湾市から普天間飛行場を除去することを少なくとも数十年先延ばしにするであろうこと、普天間飛行場を除去する方法にまったく目処が立たないことを、特に、宜野湾市民に対して(カッコ悪くも)素直に認め、それでも沖縄は基地開発に反対すべきであるか否かを県民に問うことである。
 保守であれ革新であれ、自分を愛するリーダーとは、例えば、このような制作を決断する人物である。

P206-207
 ……さて、本書では、これまで「沖縄の問題」という前提で議論してきた。すでに多くの読者は気がついていると思うのだが、実は、そのほとんどすべての議論は、日本社会全体に当てはまる。
 同調圧力があるのは沖縄だけではない。本土社会にも画一を好む強い圧力が存在する。「出る杭は打たれる」という格言は、日本社会の代名詞のようなものだ。日本社会は、新しいことへの挑戦に不寛容で、自分を生きるよりも社会の枠組みを、創造よりも前例を踏襲する社会風土を守り続けている。

P209
 自己主張し(でき)ない従業員、人の目を気にする(不自由な)消費者、横並びの(現状維持を好む)経営者、三者が織りなすバランスが、沖縄の社会構造を作っていると述べたが、その構造は、そっくりそのまま日本社会にも当てはまる。

P212
 沖縄と日本と世界は「入れ子構造」になっている。沖縄問題の本質を理解することは、日本の中からでは気がつくことができない日本問題の本質を理解することにつながる。

P217
 社会学者の宮台真司氏が、著書『これが沖縄の生きる道』(亜紀書房)で印象的なことを書いている。2010年頃を境にした傾向として、沖縄出身の学生が「沖縄が嫌い」だと言い出していると言うのだ。
(略)
先日ジャーナリストの津田大介氏にこの話を投げかけたときに、指摘を受けた。2010年はソーシャルネットワーク元年に当たるのだと言う。

P219
 私の感覚では、確かに2010年頃を境に、県内消費者が、これまでの沖縄の定番ではない商品やサービスを、どんどん受け入れるようになっている。ウチナーンチュを縛っていた同調圧力が弱まり、消費者が自由になりつつあるためだろう。

P232
 ここでもう一度、本書の結論を繰り返したいと思う。「コロナ後の世界」は、一人ひとりの人間が自分を愛することを目的として、デザインされる。なぜならば、それが、人間が幸せに生きる唯一の選択肢だからである。
 ……もちろん、私たちが、それを望めば、であるのだが。




追記10/6

この本を否定的に見ている人もいるようだ。
だけど、全体を把握せず、自分の感じ取れた部分に反発している人が少なくないという印象。
著者から見れば、文脈を把握しないまま文句を言われてもなかなか辛いのではないだろうか。
ちょっと検索すると、やはりたいへん辛く感じられたようだ。それでも、その状況を受け止めて分析を試みている。
https://twitter.com/trinity_inc/status/1300158076348108800

この本について、感覚的・表面的な言葉を多用して貶めてみせても、読解力の乏しさや思考の枠組みの固定化が疑われてしまうかもしれない。
「自分を正当化したい」「現状を維持したい」と無意識に認識している、リベラルを自称していても保守的?な人々は、村の外からやってきた人が何か言うと無条件に反発を感じてしまうのかもしれない。
著者は、思いがけない読み方をする人に対して、説明を試みたようだが、それでも読み取れない人は読み取れないようだ。


著者の論考は、経済学や政治学や社会学の論文ではないし、ノンフィクション小説でもない。
だけど、表面的な、攻撃、非難、侮蔑、嘲笑、などに通じる言葉は使わず、沖縄社会という混沌に身を投げ入れて、問題点を読み取り、表現を試みている。
これは、高度に学際的な姿勢であるとも言える。そのような著者に対して、まるでわかってない、とんでもない、ひどい、ばかにしているのか? などと言った言葉をぶつける人は、誠実だろうか。ありのままの状況を論理的に分析しようと試みる人のことは理解できないのではないか。
特に、本の内容をきちんと認識せず、勝手に「違和感を感じ」て「脱力して」「憚られる」と言われても、著者に無実の罪を着せるようなものではないだろうか。
まあ、そういった反発の多さこそが、「現状を維持したい」「変わりたくない」という意識の人の多さを証明しているとも言える。著者にはめげないで発信を続けてほしい。



<参考>
・平良竜次さんによる樋口耕太郎『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』(光文社新書)の読書実況まとめ。
https://togetter.com/li/1580830

・二拠点生活の日記 Aug. 2 – 18 2020 藤井誠二
https://tabilista.com/global4/05%e3%80%80%e4%ba%8c%e6%8b%a0%e7%82%b9%e7%94%9f%e6%b4%bb%e3%81%ae%e6%97%a5%e8%a8%98%e3%80%80aug-2-18-2020/
最近なにかと話題の樋口耕太郎さんの『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』を読んでみて、かなりの違和感が残った。何年か前に氏にはインタビューしたことがあって、当時は、那覇軍港の移転について反対していた浦添市長のあっと言う間の「転向」について構造的な鋭い分析等をしていて、すごいなあと思って話を聞かせてもらいにいった。物腰のやわらかい人だった。が、今回の本については経営者としての記述に刮目するところも多々あるのだが、本書に寄せられている批判に対して「まとめて」樋口さんが反論しているのを見て、がっかりしてしまった。反論というより、ぼくには言い訳のように読めてしまった。
「反論」の中で、[「この本は〇〇の本だ」、と語ることが難しければ、まずは、そうでないものを説明する]、[この本のジャンルを特定することは難しい。沖縄地域研究、経済、貧困問題、文化、心理学、幸福論、哲学、スピリチュアリティ、経営、マーケティング、未来学、教育、子育て、自己啓発、社会学、日本研究、エッセイ、ノンフィクション、物語……どれも該当しそうだが、どのカテゴリーでもないとも言える](「ニューズウィーク」2020.8.3)というくだりにはとくに脱力してしまった。
『沖縄から~』で、沖縄の貧困問題に対する既存の対策を対処療法だと断じた一方で、肝心の政策提言らしきものがなく、問題の本質を沖縄の個々人の心の有り様に求めてしまっているのに、だ。樋口さんに悪意はないのだろうし、沖縄でもよく売れているのだから、賛否両論があることは一般的にいいことだと思う。ぼくもいろいろと嫌われているので「嫌われる勇気」的な気持ちはいつも持っているつもりだけど、「自己肯定感が低い」という物言いを個人以外に対して使うことは、ぼくには憚られる。-->



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