波打ち際の考察

思ったこと感じたことのメモです。
コメント欄はほとんど見ていないので御用のある方はメールでご連絡を。
波屋山人

日テレ「明日、ママがいない」

2014-01-29 21:46:53 | Weblog
児童養護施設を舞台にしたドラマが物議を醸しているらしい。
実態と異なるとか、子供たちの心の傷になるとか。

数分だけ見たけど、それ以上見る気にはならなかった。
むかしの友人たちの姿が重なるとつらい。

中学のとき、児童養護施設から通ってくる友人や先輩が何人もいた。
のんきに平凡な日々をすごしている子は少数派だったと思う。

悲しいような、さみしいような、とがったような目をしていた子もいた。
幼児期にひどい状況にあって成長が遅れたのか、養護学級に通う子も少なくなかった。

転校して来たM君とすぐ友達になったけど、翌年彼の苗字はYに変わっていた。
彼はとても小柄だったけど、それでも中学を卒業すると就職して行った。

施設の子供たちの間でもいじめやいやがらせのようなことも少しは存在したようで、
部活で一緒だった友人はつらそうなときもあった。
高校まで進んだ彼はその後、自衛隊に入った。
最後に会った時、親が犯罪に手を染めていたから自分はしっかりとする、と言っていた。

いま、彼らとのつながりはない。
幸せな家庭を築いていてほしいと心から願う。
幼い頃の心の傷は、生活して行く上で悪循環が生じる恐れもある。
それはなんとか避けたい。

何度か、覚えている同級生たちの名前を検索したことがある。
でも、全然ヒットしない。facebookもやっていないようだ。
どこで何をしているのかわからない。少し不安だ。

1人だけ、同姓同名の人がツイッターをやっているのを見つけた。
方言も地元のものだし、彼本人の可能性もある。

だけど、「楽天カードに入りたいけど生活保護の人間は駄目だ言われた」
というようなツイート内容だった。。。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

句会

2014-01-28 22:40:04 | Weblog
週末に句会があるけど、句がなかなかできない。
無意識に出てくるのは、77の句が多い。
575ではなく。
そういうリズムの体調なのだろうか。
でも77の句は斬新すぎて出せない。

むかしはあらゆる俳句に反発を感じ、気分がわるくなるので
新聞の俳句欄も見なかったけれど、近年はだいぶ落ち着いてきたのか
それなりに各句のすごさも読み取れるようになってきた。


お酒を飲み始めた頃は、理想のお酒というイメージがあり、
ほとんどのお酒はおいしく感じなかった。
だけど、長年飲んでいるうちに、それなりにさまざまなお酒の良さが
わかるようになって来た。
そんな感じに似ている。

はじめてすばらしくおいしいと思った日本酒は、
麻布のイタリアンを借り切って飲み会をしたときに
オーナーに出してもらった磯自慢の大吟醸生。
あの透明感、ふくらみ、フレッシュさ。
バランスのいい奥行きはすばらしかった。

はじめてぼく好みのおいしさだと思ったワインは
学生の頃だっただろうか。池袋のワールドインポートマートの
ギリシャブース(当時)で買ったサントリーニ島のブタリの白ワイン。
蜂蜜のような甘さを感じるけど、火山島ならではのドライさもあり、
フレッシュだけど密度の濃い味わいだった。

でもどちらのお酒も現在ではなかなか手に入らない。
それらを基準にしながらいろんなお酒を飲んでいると、
時には物足りなさを感じてしまうこともある。
すばらしいお酒のイメージが美化されてしまっているのかもしれない。


歴史上の俳句作品にも、すばらしいものがある。
でも、すばらしいと感じる句を見ると、その句の構造の複雑さやバランスが
見えてしまい、とてもそこまでの句は自分には作れないと思ってしまう。
味わうことはできても、作り出すことはむずかしい。

最高のフォルムの車を目にしたとき、そのフォルムに負けないデザインを
作ることができると思う人は少ないだろう。

ぼくにできるのは、すばらしいと思う作品を味わい、分析し、
さまざまなバランスの構造美を認識していくうちに、やがて
それらに負けない作品を作り出す、という地道な作業だろうか。

さて。今夜は少し句集にでも目を通そう。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

制約

2014-01-28 22:13:24 | Weblog
むかし学生の頃に差別問題のサークルにも属し、
被差別部落出身の人とも会ったりした。
卒論では被差別民の歴史についても調べた。

被差別民としての芸能民のありかたについて考えることもあったし、
アウトローの立場や意味についても自分なりに推測することもあった。

出版社に入ってからも多くの差別的表現に関する本を読み、
自分なりに理解を深めている。

ただ単に差別語や不快語と指定されている語を避けるだけでは
何の差別意識の解消にもつながらないと思っている。
(何も考えずにデリケートな言葉を疎外する編集者も多いけどね)

だからぼくは、差別的だとレッテルを貼られている表現に関しても、
遠ざけることなく、意識的に言及することがある。


例えば、バカチョン(カメラ)という言葉は韓国や朝鮮の人に対する
差別的な言葉だとされているけど、本来は韓国や朝鮮の人はまったく関係が無い。
チョンマゲが朝鮮髷ではなくチョンと頭に載っている髷であるのと同様、
本来は「バカみたいに簡単にチョンと押すだけ(で撮れるカメラ)」というニュアンスの言葉だ。

バカでかい、という表現の「バカ」には「驚くほど」というニュアンスがある。
バカという言葉は必ずしも攻撃的な見下し語ではない。

韓国や朝鮮の人をバカにする意味でバカチョンなどと口にするのは大変失礼で
人を見下すとても残念な行為だけど、
「バカチョンカメラで撮ったからうまく撮れてないかもしれないけどね」
という表現を抹殺するのは、論理的な判断だと言いかねる。
そのうち、バカでかいという言葉すら、刑事(デカ)を侮辱する言葉だとして否定されかねない。


パクリという言葉がある。
ネットを見ると、中国や韓国の人に対して「パクリばかりだ」と見下す人も散見される。

「パクリ」は朴さんと李さんに対する蔑称である、と誰かが言い立てて喧伝したら
中国や韓国の人は、コピー商品のことを朴李と表現するのは自分たちを
バカにしていることだと不快に感じ、抗議してくるかもしれない。

彼らの不快感を取り除くために、パクリという言葉を葬り去るのは論理的な行為だろうか。
まずは誤解を取り除くための努力が必要ではないだろうか。
パクリの語源は明らかに朴李ではないのだから。
朴李の意味だと思い込むのは間違った認識なのだから、それをただす努力が求められる。

だけど、出版社や新聞、テレビの人たちは、パクリという言葉の使用に慎重になるかもしれない。
問題を起こしたくない人が多いのだ。

歴史的事実と異なることを主張されても、きちんと反論しない。

そんな姿勢が、国際社会における日本人の立場を悪くしているような気もするが
日本人がいつまでも意見の主張を避けてうやむやにごまかしてやりすごそうとしたら
そのうち窮地に陥るだろう。
それは自業自得なのだから、その時になって後悔しても遅い。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

1998年、冬

2014-01-23 23:48:53 | Weblog
1998年の冬、ぼくは無職だった。
半年工場で働いたお金を持ってロンドンに滞在していた。
郊外の家に下宿。
16歳の長男の部屋を使わせてもらった。

彼の名前は、カタカナで言うとペウリだろうか。ペルゥリ、にも近い。
スペリングは習わなかった。13歳くらいの女の子はティファニー。

ペウリはサッカーチームのArsenalが好きで、部屋にポスターを貼っていた。
アーセナル、という発音とはぜんぜん違う。
ェアースノゥ、というような感じだった。
生の英語を耳で学ぶのは新鮮。

小さな男の子も2人(アイザックとジェイコブだったかな)いて、
ぼくより10歳ほど年上の母親には再婚相手との間に赤ちゃんが産まれたばかりだった。


3~4年前、ようやくロンドンを再訪して、下宿していた家の前の通りを歩いてみた。
正確な住所を忘れていたので、どの家かはっきりしなかったけど、
その場を去るとき、2人のワルガキに出会った。

べつに敵対するわけでもなく、からかうわけでもなく、カメラを向けると
肩を組んで格好つけてくれた。

今になって、もしかしたら、と思う。
彼らは、アイザックとジェイコブだったのでは、と。
むかしぼくは彼らを両腕にぶらさげて、リビングで何回転もしてあげた。
でもよろめいて転倒してしまい、彼らもどこかぶつけて大声で泣いた。
覚えていないだろうなぁ。

そういえば、ある日リビングに行くと、その家の母親が
「日本が金メダルを取ったよ」と言った。
特に感動はなかったけど、映りのよくないテレビを見ると、確かに日本選手がジャンプ競技で優勝して、表彰台に立っていた。

あれからもう16年経つ。
1998年の、記録的な暖冬だったロンドンは今もぼくにとって特別な場所だ。
感慨深い。

今回の冬季オリンピックは、東京でゆっくりとテレビ観戦しよう。
ロンドンでは誰か、1998年のぼくのことを思い出してくれるだろうか。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

I Love China

2014-01-19 23:13:37 | Weblog
年末に真珠湾を歩いていたら、20~30人の中国人観光客がぞろぞろと向こうからやってきた。
ちょっとした小さな橋をほぼ占領する様子。
一瞬躊躇したけれど、ぼくはそのまま力むことなくその集団の真ん中に歩んで行った。

そうすると、中国の人もさっと避けてくれる。
なんなくその場を通過することができた。
(以前インドに行ったとき、オーストラリア人にあなたはヤクザですか?と聞かれたけれど、ぼくの外見はまったく威圧的ではない。むしろなめられそうな方だと思う)

秋に訪れた台湾の故宮博物館でも多くの中国人団体観光客に遭遇した。
それでも、ぼくは圧倒的な人の流れの中でさっとスペースを確保し、彼女に玉(ぎょく)の彫刻をゆっくり観賞してもらった。

むかし訪れた中国本土でも、はげしい人ごみの中で、チケットを買ったり物を手に入れたりしたことがある。

鉄道のチケットが買えなくて何日か浪費したという先輩の話を聞いていたけど、それは先輩が遠慮しすぎていたのではないかと思う。

がめつい人を相手にしても、意外に日本人も負けてはいない。
不満に思ったら、立ち向かえばいい。

不満があるとき、よく日本人は陰口を言ってストレスの解消を試みる。
仲間内で、信じられない、などと言って見下す。
でも、それでは負け犬の遠吠えのようだと感じる。
ぼくは陰口で自己満足したくない。



今年の春節(旧正月)は1月末。
さっき、中国出身の経営者からパーティーへのお誘いがあった。
平日だから難しいけど、行けるようだったら行ってみたい。

ぼくは中国好きだけど、同時に、反中国政府的な情報もかなり目にしている。
最近も、宮崎正弘、福島香織、孫向文など、さまざまな人の本を読んだ。
漢民族に植民地的な支配を受けているチベット人、モンゴル人、ウイグル人などと話をしたこともある。

それでも、中国嫌いではない。

好きとか嫌いというのは、生理的、雰囲気的、感覚的な判断材料だ。
ぼくは生理的に何かを拒絶するということは知的ではないと思っている。

中国や韓国について身近に感じる人が増えてきたけど、同時に毛嫌いする人も増えていると感じる。
いい風潮ではない。
毛嫌いするだけでは、論理的に相手に意見を伝えることはできない。

不満があれば、本人に言えばいい。
世の中では、だまっていれば嘘を言う人の話が通ってしまうことだってある。
文句を言わなければ、負けを受け入れる用意があると思われてしまう。
(だから、gooブログのお粗末な顧客対応に対してもしれっと違和感を表明する。人をなめたような対応がどこでも通用すると思わせたくない)


日本人がぐだぐだしていれば、そのうち中国に隷属しなくてはいけなくなるかもしれない。
そうなれば、ぼくはそれはそれで仕方のないことだと思う。

原因があって結果がある。
結果が不満であれば、途中で流れを変えるべき。
結果が出てから後悔しても意味がない。

そんなふうに割り切って考えるぼくは、中国の人と話がしやすいのかもしれない。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

節約情報

2014-01-19 21:01:13 | Weblog
先日、主婦と生活社の月刊誌、「すてきな奥さん」が休刊になった。
その前に、学研の「おはよう奥さん」も休刊になっている。
似た様な名前だけど、学研のほうが後発雑誌。

節約情報を掲載している女性雑誌の編集者とむかし飲んだことがあるけど、
みなさんきれいで華やか。銀座や青山のいい店をけっこう知っていた。

昨日取材先でカメラマンと話していたら、節約情報の本を書いているある人も
いい暮らしをしていると言っていた。

創造的に本を作ったり書いたりしている人たちにとって、節約情報は
生活を豊かにするための情報なのだろう。
保身的で世界が狭いケチな人とはわけがちがう。

ケチだけでは豊かになれないという事に気づく人が増え、節約雑誌の売り上げは落ちてきたのかもしれない。

ケチな印象の節約雑誌が消えても、制限のある中で豊かな生活をする編集者は
また何か利益を生む市場を見出すだろう。
実際に、婦人雑誌やブランド雑誌が低調でも、ナチュラル系の雑誌は売れている。

お金というのは、持ち駒のひとつに過ぎない。
たくさんのお金を持っていても、創造力のない人は幸せをつかむことがむずかしい。
上手なお金の使い方を学ぶことは、世界を広げ生活を豊かにすることにつながるはずだ。


世の中では、売り上げを伸ばそうとする人たちが、巧妙に商品を購入させている。
まぼろしのような価値に左右されることなく、自分の視点で価値を見出せる人が、
お金に追われず、気ままな生活を過ごすことができるのかもしれない。

自分が何に価値を見出しているのか、なぜそういう価値観を持っているのか、
意識的になることがその第一歩かもしれない。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加