波打ち際の考察

思ったこと感じたことのメモです。
コメント欄はほとんど見ていないので御用のある方はメールでご連絡を。
波屋山人

参院選、ラストスパート 各地で真夏日の暑さの中

2007-07-28 15:05:34 | Weblog
参院選、ラストスパート 各地で真夏日の暑さの中(朝日新聞) - goo ニュース


暑いと選挙区に行く人が減るかもしれないけど、雨だとさらに行く人が減るかもしれません。
関東地方は7/29(日)午後は雨?

この前の都知事選の投票率は54.35%。それを超えるかどうかは微妙。60%はむずかしいのでは。

ぼくは一応日本国籍を持っていますが世捨て人系なので今回も選挙に行きません。きっと、富士山8合目の山小屋のおやじとかダライラマ14世とか皇太子とかチチカカ湖の葦の島に暮らす漁民なども、選挙には行かないのではないでしょうか。

ときどき、選挙行くのが当然だよ、行かないやつは何も言う資格はない、と言う人もいますが、どうせなら論理的に説明してもらいたいものです。ちゃんとその論理を論理的に分解して見せるから。思い込みとか幻想によって自意識を維持している人が、非論理的にえらそーに言ったりする。

順当に行くと、民主2、公明1、自民1。あと1人は社民の杉浦か自民の丸川か無所属の川田か。
意外に、民主党は大勝利というわけにはいかないで、意外に社民や共産という小政党がちょっと伸びるかも。
民主党が1議席という可能性もある。


自民党は議席を減らすけど、朝日新聞や毎日新聞が期待するようなことは起こらない。安倍総理やめる気ないし。
あまり世の中に影響のない選挙です。
っていうか、「当選したら参議院の廃止にむかって邁進します」っていう候補者がいてもいいのに。そんな勇気がある人はいないか。


各候補者について一言コメント。

■ドクター・ 中松
ドクター ナカマツ 79 男 無所属 新 国際創造学者
★突拍子もないアイデア豊富な人。ちょっと目立つのが好きなので経歴詐称も犯してしまった。正当な博士号を持っていないので公職選挙法違反で逮捕されるかも。
当選確率0%。(小数点以下切捨て)

■沢田 哲夫
サワダ テツオ 76 男 無所属 新 印刷業
★文明社会進化の法則を発見し「人類永遠化の論理」「永遠の人類であるために」などを出版されたとか。夢見る意識過剰系でしょうか。
当選確率0%。

■田村 智子
タムラ トモコ 42 女 共産 新 党東京都副委員長、元参議院議員秘書、政党役員
★先週三茶で見かけたけど、やはりちょっと顎に特徴がありました。人柄はわるくなさそうです。
当選確率20%。

■杉浦 ひとみ
スギウラ ヒトミ 51 女 社民 新 弁護士
★弁護士はべつに哲学者ではないので社会主義者であるのはめずらしくない、ってことでしょうか。光市母子殺人事件について意見を伺いたい。
当選確率25%。

■神田 敏晶
カンダ トシアキ 45 男 無所属 新 ITジャーナリスト
★一部では有名人なんだけどあまり話題にならず。ネット界では一世を風靡した人ですよ。
当選確率5%。

■保坂 三蔵
ホサカ サンゾウ 68 男 自民 現 参議院議員2期、政党役員
★まあ、安泰なんでしょうけど。昨日、早稲田駅前で街宣車?がいたけど保坂さんはいませんでした。奥さんらしき人がお上品に保坂です~と言って手を振っていました。今回の選挙では自民も共産もどこも、おそろしく誰も選挙カーに無反応でした。
当選確率65%。

■東條 由布子
トウジョウ ユウコ 68 女 無所属 新 NPO法人「環境保全機構」理事長
★意地があるんでしょうか。一部では支持している人もいるようですね。昨日の神楽阪の阿波踊りイベントでも運動員が何人かうちわを配っていました。
当選確率0%。

■黒川 紀章
クロカワ キショウ 73 男 共生新 新 建築家
★選挙運動あまりやっていないのでは。ポスターの色づかいと構図はセンスいいと思います。
当選確率2%。

■和合 秀典
ワゴウ ヒデノリ 65 男 新党 フリーウェイクラブ 新 政治団体代表
この人も有罪になった人ですよね。けっこう強面ですね。
当選確率0%。

■中村 慶一郎
ナカムラ ケイイチロウ 73 男 国民新 新 ニュースキャスター、政治評論家
テレビで見かけたことのある人ですね。泡沫扱いですが。
当選確率4%。

■川田 龍平
カワダ リュウヘイ 31 男 無所属 新 薬害エイズ訴訟原告、団体役員
一昨日某大講師が飲みながら左翼団体との関わりについて言及していました。顔も変わりましたね。某全国紙で安倍政権をO点、と評していた。保守系候補は80点、民主党系は30点、極左系は0点、などと述べてた。わかりやすい。
当選確率30%。

■須田 喜久夫
スダ キクオ 79 男 議員を半減させる会 新 団体役員
政策提言などを見ると、分析力は政治家向きではないと思います。
当選確率0%。

■鈴木 寛
スズキ カン 43 男 民主 現 参議院議員1期、大学院客員教授
一番人気で当選確実。でもぼくは一番違和感を感じます。こういう頭のいい、うそ臭い人はいます。なかなかボロは出さないでしょうが、わかる人はわかるはず。顔相に出てます。計算はできるでしょうけど演技は下手。
当選確率65%。

■又吉 光雄
マタヨシ ミツオ 63 男 世界経済共同体党 新 政治団体代表
前回の選挙ほど話題になっていませんね。
当選確率0%。

■鈴木 信行
スズキ ノブユキ 41 男 維新政党・新風 新 会社役員/党東京都本部代表
復古主義系というか極保守系というか。人はいいのかもしれませんが、知性をあまり感じられません。
当選確率0%。

■山口 那津男
ヤマグチ ナツオ 55 男 公明 現 参議院議員1期、弁護士
安泰。おちついてますね。弁護士も社会主義者から日蓮主義者から、多様ですね。
当選確率65%。

■大河原 雅子
オオカワラ マサコ 54 女 民主 新 市民セクター政策機構副理事長、元都議会議員
ポスターの映りはいいです。ふつうにすれば当選圏内。ただ、この前大森で見かけましたが、歩いている姿などは普通の人です。もっと堂々と歩けばいいのに。
ある選挙関係のメジャーサイトでは1997年ICU卒業というプロフィールになってます。ほんとは1977年なのに。誰も指摘しないあたり、注目度低い?
http://www.senkyo.janjan.jp/bin/candidate/profile/profile.php?id=143366
当選確率40%。

■マック 赤坂
マック アカサカ 58 男 日本スマイル党 新 会社社長
目立ちたがり屋?ポスターは70年代っぽい印象。近づきにくい。
当選確率0%。

■丸川 珠代
マルカワ タマヨ 36 女 自民 新 元テレビ朝日アナウンサー、団体役員
苦戦が報じられているけど、当選する可能性が高いと思っています。バッシング的な報道も、知名度のアップにつながるし。ポスターの高感度はベスト3に確実に入るし。ポスターはちょっとだけ民主党チックだし。赤と白メインで。
当選確率33%。

■新井 てつお
アライ テツオ 67 男 無所属 新 団体代表
無名候補。
当選確率0%。



ポスターの好印象ベスト3は、丸川さん、大河原さん、黒川さんでした。

民主党の小沢党首のポスターは意味不明。あんまり好感度は高くないのでは。
そういえば民主党の議員の過半数はもともと自民系だった人だよな、と再認識させられます。
なんで田中角栄の愛弟子が野党第一党の党首なんだ?という疑問。前原さんとか岡田さんが党首だったらもっと大勝したのでは。


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小泉氏も失言 慌てて訂正(差別語について一考)

2007-07-22 18:20:53 | Weblog
読売新聞2007年7月22日(日)の4面に似顔絵つきの小さな囲み記事がある。


小泉氏も失言(似顔絵)慌てて訂正

自民党の小泉前首相は21日、大阪府高槻市で講演し、憲法における
自衛隊の位置づけについて、「自衛隊を『戦力でない』というのは、めくらだ」と述べた。だが、すぐに、「こういう言葉はいけない。差別用語になるから、これは撤回します」と訂正し、「現実を直視しないのは非常に危険で、戦争をしないために抑止力は必要だ」と強調した。



そもそも、なぜ「めくら」が差別語なのだろう。
本来「めくら」は「目暗」で、物が見えないこと。
「目が見えない」という客観的な様子を描写した語であって、見下した要素は感じられない。

むかしの小説や新聞を調べればいくらでも用例は出てくる。
以前は差別語扱いではなかった。

ところが、いつ頃からか、「めくら」が差別語だと言われるようになった。

見下した感じの意味を含めて「めくら」を使う人がいたから、差別に反対する人たちが「めくら」を差別語だと認定した。

見下してある用語を使うのも短絡的だが、差別語を糾弾する人たちも同じく短絡的ではないだろうか。
私には、差別を糾弾している人たちが差別とは何か、ということについて深く考えているようには思えない。

不快に感じる人がいる言葉を禁止したところで、差別的な構造はなくならない。
なぜ差別的な構造が発生しているのか認識していない人が差別語を糾弾しても、問題の解決にはつながらないことが多い。

しっかり認識しておかないといけないのは、差別的な構造はいくらでもこの世の中にあるということ。
そして、現代の価値観に合わない一部が差別問題として表面化しているということ。


今の時代の人はまだ「人権」に値する「動物権」を主張したりしていないし、見下した意味を含めて「ハゲ」や「デブ」や「メタボリック」と言う言葉を平気で使うことが多いけど、時代が変われば、人権よりも高度な概念として動物権が重視されるようになり動物差別が問題化し、ハゲやデブは差別語認定を受けているかもしれない。

今世紀初頭の人々はまずい料理と少ない運動で動物を虐待していた、動物が温泉やスポーツクラブに通うことも許されていなかったんだよ、と何十年かしたら言われているかもしれない。
ハゲやデブといった言葉を使っている小説は将来該当部分を改変され、映画も吹きかえられるかもしれない。


差別問題というのは少なくすることができるだろうけど、潜在的な差別的構造というのは、なくなりはしない。
人々が生きていくうえで、物事を認識し、判断していく上で、価値があるもの、価値がないもの、という分類をすることは避けられない。
その世の中でかっこいいと思われているもの、美しいと思われているもの、そういったものがある限り、かっこわるい否定されるべきものとか美しくない避けたいものも存在してしまう。
褒める言葉もあれば、バカにする言葉やとがめる言葉、否定的な言葉も存在する。



そのむかし、朝鮮人とか在日韓国人という言葉自体が差別語ではないかという話もあった。
昭和の時代に、教師たちが非公式な席で「朝鮮人と言うのは差別だろ」「でも朝鮮人というのはいるし」という会話をしているのを聞いたことがある。
当時は韓流などと言う言葉もなく、日本と韓国の物価の差も大きく、韓国や北朝鮮に対して身近に感じていない人が多かった。
昨年は日本も韓国もそれぞれ延べ200万人以上の人が国を行き来し、韓国映画やドラマも流行し、ずいぶん韓国に対するネガティブなイメージは払拭されたのではないかと思う。

差別語扱いされる語に対する差別的心理がのぞかれ、差別語認定が解除されるという例があってもいいのではないだろうか。

いつまでも「見下されたと思って不快に思う人がいるならどんな語も差別語」と言っていると、非論理的な人、物事の構造をわかろうとしない人だと思われてしまう。

そのうち支那という語も差別語認定をはずれるかもしれない。
たしかに、中国を見下したような人が多く支那という語にマイナスイメージが付いてしまっているけど、そもそも支那という言葉は中国で生まれたもので、CHINAに値し、現在もSINAという語が着いた中国企業もいろいろある。

日本人が中国をバカにしたときに支那という言葉を使った、というのも差別語認定された原因のひとつだろうけど、中国がその語を嫌うのにはもうひとつ理由がある。

それは、支那という語が漢民族の支配地域、という歴史用語でも使われてきたからだ。だいたい、中国の東半分が支那であって、チベット自治区やウイグル自治区、内モンゴル自治区などは支那ではない。
中国は漢民族が支配的で、反発している少数民族も少なくない。なんとか押さえ込もうとして中華民族などという概念を持ち出したりしているけど、中国支配下であっても中国人、中華民族ではないと認識しているチベット人やウイグル人は多い。
中国の都合に合わせず、マイナスイメージをつけないで、客観的に歴史用語として支那(シナ)という語を使えるようになってもいい。


差別語認定されている言葉を、マイナスイメージから解き放つというのは、とても論理的で知的な行為ではないだろうか。
数々の言葉を、見下したり否定したりマイナスイメージを付けるために使うことを克服できれば、人類は一段と知的に成長するかもしれない。


めくら、びっこ、つんぼ、ぎっちょ、そういった言葉はほんとに見下したり否定したり、というようなイメージで使われてきたのだろうか。
こういった言葉が歴史のある日本語としてふたたび使われるようになる日が来るかもしれない。

あるいは、それと逆に、ハゲ、デブ、メタボリック、一重まぶた、ダンゴ鼻、富士額、絶壁頭、エラ張り、などが差別問題として表出して、それぞれ頭髪障碍、体型障碍、内臓脂肪障碍、等々と言い換えられてしまうかもしれない。


次々と差別語が発見され、糾弾されているが、差別に反対している人も差別語や差別者を否定して、価値がないと認定している。
しかし、それは差別者と同じ意識構造であって、差別糾弾者が差別を克服できているとは言えない。
平和運動に参加している人がけっこうきつい批判的な言葉を反対者にぶつけたり、暴力をつかってまで平和を守ろうとするのと似ている。

自分と価値観の違うものを否定したり見下したりしてまで、差別語をなくそうとしなくてもいい。そんなことでは差別語はなくならないし、堂々巡りから脱出できないから。

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イ・ビョンホン誕生日イベントで日本国旗は抹消されたけど

2007-07-19 00:38:04 | Weblog
7月12日、日本武道館で行われた韓流スター、イ・ビョンホン(李炳憲)氏のファンイベントの様子を写した写真が韓国に配信され、本来そこにあるはずの日本国旗が無地の布に加工されて配信されていたことがネット上で話題になっています。

ネット上ではいいネタが出てきたと思って突っ込んでいる人が多いようですが、ほどほどにしておいてほしいと思います。

淡々と事実を述べたりウィットに富んだお笑いにするのはまだいいかと思いますが、こういう記事にいきりたって汚物を投げるような下品な言葉で、自らの品位、日本人のイメージをおとしめるようなことをしなくてもいいと思います。


・ビョンホン韓国報道写真 「日の丸」消され、ネット騒然
http://news.livedoor.com/article/detail/3237184/

・痛いニュース 2007年7月18日
韓国メディアが武道館の日の丸を塗り潰した画像掲載→配信側「手違い」と釈明。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1005473.html


こういう話は今にはじまったことではありません。
1936年にベルリンオリンピックで日本選手として出場した朝鮮半島出身の孫基禎さんがマラソンで金メダルを取ったときも、韓国の東亜日報は胸の日の丸を加工して載せませんでした。

こういうことが起こるのには、それなりの原因もあります。
韓国は、日本にひどい目にあったら。少なくともひどい目にあったと思っているから。トラウマというか、神経症というか、心に深い痛手を負ってしまっています。いまだに。
こういうトラウマが元で、尊大な態度が周辺国(中国の人からも聞きました)に悪い評判を残してしまうのは、韓国の人にとっても不本意なことではないでしょうか。

日本人も黒船以降欧米に対してトラウマがあるとか、戦後日本国旗に対してトラウマがあると指摘する人もいますど、韓国のトラウマはもっとすごい。

強国にはさまれてなんとか生き延びてきた韓国人の気性が影響しているのか、求心力の乏しい韓国政府が指示した日本を敵のように思わせる教育のせいか、いいかげんな日本の植民地政策のせいか、ともかく韓国では日本のことが好きではない人が多いようです。
少なくとも、日本のことなどポジティブに認めたくないという人は多い。
でも、それは、仕方がないです。トラウマだから。

モテる自分の母親に強引に近寄ってきた分家筋の冴えない男が、母親を利用していい思いをした後に捨てて、その後母子が恵まれない生活をしてきたら、羽振りのいい元夫を全否定したくなるのは当然でしょう。プライドが許しません。

韓国の言論と日本の言論はまず土俵が違うのです。
韓国の言論界もトンデモ本のような内容の発言が多いですが、それはそれなりになんとかトラウマを克服しようとする努力だったりするわけです。


韓国がトラウマを解消しようとして作り出した偽書や偽家系図や偽武道や偽文化はたくさんありますが、いずれ学問が進化すれば、その嘘がはっきりと認定されてしまいます。
日本でも、骨法という武道の伝承が作り話であり、ホツマツタエや竹内文書などの古文書が偽書であり、戦前暗黒史観が戦後の作り物であり、古き良き日本なんて幻想だ、などということは知っている人は知っています。

ちょっと言葉足らずですみませんが、ようするに、戦後民主主義とか平和教育などの影響をあまり受けていない若手ネットサーファーの人たちにはムカつくことも多々あるかと思いますが、韓国のヘンテコな対応もそれなりに理由があって、彼らにとってはそれがしっくりくることだったりするので、頭から否定するような言葉をぶつけなくてもいいじゃないですか、視野広めに世の中ドライビングして行きたいなら、そういうものに全視野を奪われてしまっては事故起こしますよ、ということです。

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アプリックス

2007-07-13 21:57:29 | Weblog
Googleで同級生の名前を検索したら、一番上に「第3 株主の状況」というページが出てきた。

3~4年前の資料のようだけど、当時のアプリックス社員の過半数、100人以上の氏名と住所が書かれている。
へー、神楽坂にも、梅ヶ丘にも、下連雀にも株主かつ従業員の方が住んでいるんですね、ということが一目瞭然。
同級生がどこに住んでいるのかすぐにわかったし、Aplix Corporation of America のアメリカ人社員のサンフランシスコの住所もわかった。

それにしても、こういう情報がオープンにされてもいいのだろうか。
もしかしたら、「この数年ずっとDMがたくさん送られてくるなあ、なぜだろう」
と思っている人もいるかもしれない。


このサイトは、URLを見ると(株)アプリックスのものではなくて、
(株)イーオーエルという会社のもののようだ。
http://www.eol.co.jp/
会社のサイトを見ると
「定期的かつ的確に更新されるIRサイトをご提案いたします。
IRご担当者様の業務負荷を軽減する各種ツールをご案内します」
などと書いてある。

IR情報などを扱っている会社なのだろう。
(株)プロネクサス(旧亜細亜証券印刷)という会社の子会社らしい。

それにしてもなぜ名前と住所が公開されているのに放置されているのだろう。
誰も気づいていない、ということはないと思うのだが。
株主の住所氏名はオープンになって当然なのだろうか。
そうだとしたら、安易に株主にはなれないと感じる。
(まあ、ドメイン名を個人で取得している人も、Whoisで検索してみると住所がさらされていたりする。自分の住所を隠したいんだけど、どうしよう)



追記 2010/02
個人情報が掲載されていたのは下記のページだった。
現在はもうそのページはない。いつの間にか削除されていたようだ。
だけど internet archive などにはまだ保存されているかも。

■(株)アプリックス株主構成
http://ir.eol.co.jp/img/3727/PDF/3727-20031217-01-18.pdf


追記 2011/06
プロネクサスは2010年10月に連結子会社である株式会社イーオーエルと合併していた。
アプリックスの株主に関してはURLを少し変更して情報を再公開している様子。
http://eir.eol.co.jp/img/3727/PDF/3727-20031217-01-17.pdf
http://eir.eol.co.jp/img/3727/PDF/3727-20031217-01-18.pdf

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ドクター中松さんはドクター(博士号)を詐称しているか

2007-07-13 00:16:09 | Weblog
ドクター中松さんが参議院選に出馬されているようです。
79歳だけどまだまだ元気。さすが健康を発明しているだけのことはあります。

ただ、選挙に出る場合、ドクターを名乗るのは公職選挙法(第235条虚偽事項の公表罪)に抵触するのではないでしょうか。

※第235条 
当選を得又は得させる目的をもつて公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者の身分、職業若しくは経歴、その者の政党その他の団体への所属、その者に係る候補者届出政党の候補者の届出、その者に係る参議院名簿届出政党等の届出又はその者に対する人若しくは政党その他の団体の推薦若しくは支持に関し虚偽の事項を公にした者は、2年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処する。


「ドクター」は博士じゃない、愛称だ、というには無理があるような。
ドクターKと呼ばれた野茂英雄は、明らかに博士ではないとわかったし、水道橋博士だって芸名だとわかるけど、偉大な発明家のドクター中松、という記述をみたら多くの人が博士号取得者だと思ってしまうのでは。

少なくとも、中松義郎氏が確かな博士号を持っていることを証明できる人はいないでしょう。
国会図書館にもどこのデータベースにも、中松義郎氏の博士論文などはありません。

中松さんは工学、医学・法学・理学・人文学の各博士号を取得した、と公言されているようですが、多数の博士号を持っている人は、日本人ではあやしい宗教家だったり事業家だったりします。
通常、日本の工学部を卒業して大学院に進んで、理学でも工学でも博士号が取得可能な研究をした人は、理学か工学かのどちらかの博士号を選択しています。ただ、偽学位を信頼性のない学位認定機関から買えば、簡単に複数の博士号を名乗ることができます。

ドクター中松プロフィールサイトには下記のように書いてあります。
http://www.dr-nakamats-shop.co.jp/dr/nakamatu.html
* 東京大学卒業 *国際創造学者 *工学博士、医学博士・法学博士・理学博士・人文学博士
* 世界映画協会理事 *米国国会表彰授賞 *ペンシルバニア大学 コロンビア大学客員教授
* 米国ドクター・中松ワールドユニバーシティー大学総長 
* 米国ニューポートアジアパシフィック大学(ハワイ)理事長
* 米国ニューポートアジアパシフィック大学(カリフォルニア)副学長    
* 米国ニューポートアジアパシフィック大学(日本)ドクター中松経営学部創立者

だけど、中松さんとニューポート大学の関係については下記のニュースサイトですでに指摘されています。少なくとも、ニューポート大学は、正規の大学というのが難しい機関です。
http://www.janjan.jp/world/0510/0509262991/1.php

資格検定情報センター準備事務局も指摘しています。
http://blog.goo.ne.jp/certification/e/6eb47dbf983ec64d82b4f61d2d4ac2b0


中松さんがさまざまなすばらしい発明をされたことは事実です。
ただ、実体がよくわからない団体も多く発明されているのではないでしょうか。自らの名誉も発明されたのかもしれません。

中松さんみたいな才能あふれる突拍子もない人を、豊かな想像力であたたかく受け止め、尊敬してくれる人はたくさんいます。実務能力にすぐれた、優秀なブレーンの方々もいらっしゃるでしょう。
誠実なその人たちを裏切らないように、中松さんにも誠実な発明を期待します。



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新潟県関川村の村八分

2007-07-07 09:24:32 | Weblog
新潟県関川村(沼川沿いの沼集落)の村八分問題が裁判沙汰になっています。

・「村八分」訴訟で分断続く新潟の関川村 夏祭りにも影(2007年7月6日朝日新聞)
http://www.asahi.com/national/update/0705/TKY200707050361.html
(略)「通りがまるで深い溝のよう。隣近所で毎日憎しみ合って、地獄に住んでいるみたいだ」
新潟県関川村。わずか36戸の集落は3年間、「村八分」をめぐって分断された。
きっかけはお盆のイワナのつかみ取り大会だった。04年春、「準備と後片づけでお盆をゆっくり過ごせない」と村民の一部が不参加を申し出ると、集落の有力者は「従わなければ村八分にする」と、11戸にゴミ収集箱の使用や山での山菜採りなどを禁じた。 村民11人は同年夏、「村八分」の停止などを求めて有力者ら3人を提訴。有力者側も名誉を傷つけられたとして反訴した。
新潟地裁新発田支部は2月、有力者側に行為の禁止と計220万円の賠償を命じた。しかし、有力者側は「村八分行為はしていない」と東京高裁に控訴した。(略)原告側住民は「どんな状況になっても、モノが言えない集落の空気を壊したかった」と訴える。村民の中には原告側に賛同する人もいるが、「代々の家や土地があって集落を離れることができない。自分も村八分になるかも知れず、それを考えると表立っては言えない」と打ち明ける。(略)

・「村八分」に賠償命令…新潟地裁支部判決(2007/2/28読売新聞)
http://job.yomiuri.co.jp/news/jo_ne_07022805.cfm 
集落の行事への不参加を理由に、回覧板を回さなかったり、ゴミ収集場を使わせなかったりして“村八分”にしたとして、新潟県関川村沼集落(36戸)の住民11人が区長ら3人を相手取り、計1100万円の損害賠償などを求めていた訴訟の判決が27日、新潟地裁新発田支部であった。松井芳明裁判官は「(原告は)生活上の不便を感じたのみならず、精神的苦痛を被った」として、区長ら3人に計220万円の支払いと、“村八分”行為を即刻やめるよう命じた。判決によると、原告住民は2004年、毎年8月に開かれている「岩魚(いわな)つかみ取り大会」への不参加を、不明朗な会計処理や多忙を理由に区長らに申し出た。これに憤慨した区長や実行委員長らは「集落のすべての権利を放棄し脱退したものとする」と通告、同年6月1日から、〈1〉ゴミ収集場の使用禁止〈2〉山菜などの採取・入山禁止〈3〉広報紙や回覧板を回さない〈4〉違反者には罰金3万円――などの“村八分”行為を続けている。


ブログで感想を書いている人も多いようです。
「ひどいな!」「ゆるせない!」というような人が目立ちます。
ちらっと見たところ、下記のような感想を書いている人がいました。

>あまりにも現代離れしてるよなあ。

>ブログ検索を掛けてみましたが、関川村の訴訟に関しては概ね冷静な意見、村八分と言う時代錯誤の報復行為に対して疑問を投げかけるものがほとんどでした。

>本当に酷い話ですよね。

>こんなイナカもあるんだよね・・・。

等々。村八分にした者に対して理解を示すような意見は見あたりません。


だけど、多くの人は現代の都市住民の価値観で物事を判断しているのかもしれません。
世の中にはいろんな価値観があります。
ある価値観を疑わずに、1つの価値観に沿って判断してしまうと、シンプルな反応になってしまいます。

「現代的な価値観を持つ自分は村八分なんてバカなことは受け入れられない。それはオカシイことだ」などと感じる人はこの機会に、自分の価値観はどのようなものなのか掘り下げて考えてみるといいかもしれません。
自分の脳にプログラミングされている判断基準を知ることができるのではないでしょうか。
自分の判断基準が、この世の中でいろんなことを見聞きするなかで培われた、一種の馴れ合いの中で習得した「常識」だと認識すると、自分の頭の中の馴れ合いに対しても、多少ツッコミを入れられるかもしれません。


せっかく長い間命を繋いできたゴキブリや寄生虫を「キタナイ!」という価値観によって全部抹殺してしまえば、そこにあるのは「生物の進化」ではなくて「生態系バランスの崩壊」でしょう。
生命や価値観の進化を信じるよりは、生命や価値観の多様化(拡散)を感じるほうが自然の摂理には近いかと思います。

「自分の価値観から見てバカだったり犯罪者だったりするやつは全員抹殺!」と言うよりは、「自分の価値観から見るとバカだったり犯罪者だったりするけど、いるんだよな、こういうやつ。世の中が多様化してくるとこういうやつが出てくることもあるし、もしかしたら自分の存在がおびやかされることになるかもしれないけど、自分の居場所はどこに見つけようかな」というぐらいに考えたほうが、謙虚で平和的、共存的かもしれません。



田舎における集落(部落)のありかたについては、社会学や民俗学、文化人類学等々幅広い多くの分野の知的研鑽を積んだ人々が言及してしました。
多くは田舎の閉鎖性やいじわる、無知やわがままに対して全否定はしていません。
学者、フィロソファーは、さまざまな時代を経て存在しているものに対して誠実に分析します。


たとえば、日本の農村を分析したきだみのるの名著「にっぽん部落」岩波新書(1967年)の中には次のような記述があります。
p8
部落の生活で根本的に大切なことは何か。それは部落が何事につけても一つに纏ることだ。これは協調、協同、協力、封建的な言葉で言うと和を予想する。如何に部落が小さく、お念仏でいうように日毎に、そして朝に晩に顔を見上げ見下ろしている親しさの雰囲気の中にあるといっても、すべての問題にすべての住民がすべての機会に同じ意見であり得ないことは明らかだ。したがって部落が一つに纏るには他に対する自発的服従或は自己制限が必要となる。こんな制限を自分におしつける原因理由(モチーフ)はどこにあるのか。この問題は対象の部落も出された課題もともに重要だ。それは人間が集まって作る一番単純な集団の中で組織はどうして生まれるか、支配と服従はどのようにして得られるかに関連しているのだから。

p82
(集落の有力者の発言)
――そらあ、多数決のほうが進歩的かも知れねえが部落議会にゃあ向かねえや。多数決つうなあ決選投票だんべえ。ここいらで決めるのはわが身の損得になる問題が多いんだわ。だから負けた方は論には負けるし銭はふんだくられるし、仲よしも向こうにつくでは、どのくれえ口惜しい解るめえ。だからその恨みが何時までも忘れられずに残らあ。それじゃあもう部落はしっかり行かなくなるんで部落会じゃあやりたがらねえのよ。部落会議じゃあ、村議会でもそうだが十中七人賛成なら残りの三人は部落のつき合いのため自分の主張をあきらめて賛成するのが昔からの仕来りよ。どうしても少数派が折れねえときにゃあ、決は採らずに少数派の説得をつづけ、説得に成功してから決を採るので、満場一致になっちもうのよ。それに数が少ねえもの。部落が仲間割れしちゃあ少数派は元より多数派も茶飲みに行く家の数がへってうまかあねえもの。

p86
部落には掟がある。部落に育ち部落に住む者なら、このことは物心ついたら事ある毎に親たちにいわれて知ってもいるし、それに違反したら自分がどうなるか知っている。この掟、それは刃傷するな、他人の家をつん燃やすな、盗人するな、部落の恥を外にさらすなの四章だ。(略)ともかくもこの四章を破ったら部落づき合いから外され、部落八分になり部落に置いてもらえないことは誰もが承知していることだ。



経済人類学者、栗本慎一郎は「東京の血は、どおーんと騒ぐ」情報センター出版局(1983年)の中で次のように喝破しています。
p194
都市とは、人間にとって<自然>なのだ。これに対して農村は<文化>であり、秩序である。(略)田舎の山や川、または海は、一見ホッとできるようでいて、実はホッとできる人が限られているのだ。利用権は必ず共同体によって厳しく限定されていて、その保証のうえに立つ者はつねに安心して身を委ねられるが、漁業権もないのに、川や海の魚と遊ぶものは実に厳しく排除される。これこそ<文化>の意味なのだ。

p202
農村の青年が、都市に行けば自由があるぞ、ひょっとしたら幸せになれるぞと思うのはしかたがない面も多いが、ただヤミクモにそう思いこんではいけない。農村の人工的秩序の中で息苦しく生きているときには、敵というものが見えていて打倒や憎しみの対象がもてるということもあるのである。



上記の文章は、農村の集落の特徴についてするどい指摘があります。
農村はひとつの共同体ですから、正論を主張して筋を通せばいいというものでもありません。
助け合い、関わり合い、つながりあっていますから、自分の都合で周囲の人に迷惑をかけると、周囲からいっせいに非難される場合もあるのです。
農作業の繁忙期や冠婚葬祭の時に1軒だけ何も手伝わずに旅行に行くのは難しいでしょうし、自分の意志を貫く場合は予想される反発や報復を覚悟すべきでしょう。あるいは穏便にすませるために根回しでも行うべきでしょう。

現在でも、田舎のほうに行けばおじさんや主婦が、ひそひそ話をしているのを耳にすることができます。
「あの人はあんなことして、どう思われるか考えとらへんのかなあ」
「最近外からきた住民は権利ばかり主張して集落に対して何もせえへん」

これは農村的な価値観の住民と、都市的な価値観の移住者との価値観の違いが問題意識を生じさせているのかもしれません。
価値観と価値観がぶつかって問題が発生するというのはどこにでもある自然なことです。


ただ、日本の各地の地域や組織に、農村的なもの、満場一致的なもの、組織の体質に相容れないものは排除する、といったものは潜在しています。
論理ではなく根まわしで影響力を広げる政治家、コミュニケーションの取り方が難しい外国人に対する意味のない愛想笑い、労働組合のポリシーなき満場一致や不明朗な会計に対するあいまいな承認、勤務先の飲み会へ参加することを拒否しにくい雰囲気、差別的でない語源の言葉でも嫌がる人がいれば差別語と認定してしまう事なかれ主義、どれも論理よりも馴れ合いが影響力を維持しています。
都会にもまだまだ農村的なものが多く息苦しい。

それなりに、農村的な価値観は、あるべくしてあるのかもしれません。
誰でも多かれ少なかれ、農村的な馴れ合い、ねたみ、疎外、等々といった姿勢を抱えているのかと思います。



私は、きだみのるが住んでいた14戸の集落と、村八分問題がおきている36戸の集落の中間サイズの集落で育ちました。集落には表(おもて)の川、裏の山があり、山すその集落は標高の高いほうが上(かみ)、下のほうが下(しも)と呼ばれています。
隣近所でのおすそ分け、回覧板のやりとり、婦人会や子ども会のイベント、等々が残る田舎の集落です。
大事なのは世間体とか、常識。まわりの人に理解されないことをすると変な目でみられてしまいます。
自分の考えを好き勝手に貫くことはむずかしいので、ちょこちょこと噂話をして憂さ晴らしをします。

私みたいに周囲の雰囲気に流されるのを好まない、噂話を好まない人間からすると田舎は居辛いところです。
もし田舎で「圃場整備事業によってコンクリートの水路にされた小川を整備しなおし、石を積んで砂を敷いて水草を植え、メダカやタナゴを呼び戻そう」とか「せめてインターネットの高速回線が使える環境にしよう」「ねばねば料理で町おこしをしよう」「上郡町でカキ氷祭りをしよう」などという運動をしようとしても、住民に理解を得るのはたいへんです。
田舎の人は変化を好まない人も多いですから。自然が破壊されても、町が倒産しそうになっても心に痛みを感じない人が多いですから。

私は故郷の風景を心の中におさめ、田舎を離れました。
東京は気楽です。夜中に散歩しようが、私服で会社に行こうが、選挙を無視しようが、とがめられることはありません。
都心にも蛍の見られる施設があり、インターネットの高速回線は充実。各地の名店ラーメンよりもおいしいラーメン店が競い合い、渋谷も代官山も神楽坂も銀座も連日祭りのように人を集めます。実にすごしやすい。

田舎には、旅人として盆と正月に帰るくらいが気楽です。
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ヤクザの劣化

2007-07-05 22:40:21 | Weblog
超社会的というか非社会的というか、アンダーグランドな世界で切磋琢磨されている人たちの質が低下している。
ヤクザといえば、間の抜けたチンピラには勤まらないきちっとした世界。
本当はしょぼいことや卑怯臭いことはご法度だ。

ところが、薬物売買で儲けるのになんの後ろめたさもない、という人が増えて久しい。
さらに、せこい振り込め詐欺に手を伸ばす人が増えた。
これはチンピラのやることだ。

悲しいなあ。
社会保険庁の年金問題が注目されると、社会保険庁を名乗って新たな振り込め詐欺を働く。
まあ、これは余技みたいなもので、これからが本番。
年金の振り込んでいたかいなかったかが照合されて1億人に告知されると、ヤクザが大挙して社会保険庁に出陣。
派遣社員がかわいそう。今までだらだら腑抜けみたいな仕事をしていた社会保険庁の職員は奥にいて、給料も低い派遣社員が怒鳴られる。

ヤクザな方も、そんな派遣の人に怒鳴らないでほしい。
社会保険庁も、そうなることはみえみえなんだから、今のうちから対処方法を考えておいてほしい。


社会というのは、社会的組織の内部の存在と、組織的なものにとらわれない存在の2つから成っている。混沌があってこそ秩序が生まれるみたいに。
混沌もなく秩序だけで組織が成立することはない。
どんなビジネス街にも飲み屋がないとすたれる。
どんな強力な組織も、成り立ちを見てみると社会や業界の混沌と無関係ではない。
だから私はヤクザ廃止論者ではない。
だけどしょぼいチンピラが人に迷惑をかけるのは黙視できない。


チンピラばかりじゃないということを見せてほしい。
戦後すぐの混乱期にヤクザが秩序をもたらしたように。
年金問題の混乱期にも、秩序を守ってヤクザの利益になることはあるはずだ。


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