波打ち際の考察

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波屋山人

とがめる

2017-05-15 20:30:00 | Weblog
差別というのは、とがめることと関連がある。

とが・める【×咎める】 の意味(出典:デジタル大辞泉)
1 悪いことをしたと心を痛める。「気が―・める」「良心が―・める」
2 傷やはれものをいじって悪くする。また、悪くなる。「膿 (う) んで傷が―・める」
3 過ちや罪・欠点などを取り上げて責める。非難する。「過失を―・める」
4 怪しんで問いただす。「挙動不審で警官に―・められる」

差別は、責める・非難するといった要素を含む。
それに、見下す・価値を認めない、などといった要素を加えれば、一般的に差別と言われている事象に近い。

もし、「世の中から差別をなくしたい」と願う人がいれば、まずは、
「人をとがめない」「人を見下さない」といった意識状態をキープできるように試みることが重要ではないだろうか。

差別に反対している人が、対立する人たちに対して攻撃的な言葉を使ったり、非難したり、見下したりしているときがある。

精神科医の香山リカさんが、差別的なデモに対峙して中指を立て、罵る様子には違和感がある。
しばき隊あらためCRAC?のカウンターデモにも暴力性を感じる。

憎しみや見下しに憎しみや見下しで対応するような様子を見ると、そのような姿勢ではいつまでたっても差別のない世界は来ないのではないだろうかと感じる。

意見の違う相手を見下さなくても、非難しなくても、相手の意見を変えることは可能だ。
武道の達人は、相手を制圧するのに威嚇も恫喝も罵りも見下しも必要としない。
平然とバランスや構造を見切り、表情を変えることなく制圧する。

恫喝や罵りに対峙するのに、恫喝や罵りを使うのは、レベルの同じもの同士の関わり合いではないだろうか。


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噂の真相

2017-05-07 22:30:52 | Weblog
かつて、「噂の真相」という雑誌があった。
スキャンダル誌というか反権力誌というか、A5判、わら半紙のような紙面で、90年代にはそれなりの売れ行きを誇っていたが、個人情報保護意識が強まりいい加減なことを書くと裁判で不利になるせいか、2004年に休刊(事実上の廃刊)となった。

やり逃げのような印象なのだが、噂の真相は、休刊直前号で“被差別部落”に関する特集を巻頭にもってきた。
表紙にも「『噂真』最後のタブー・部落出身芸能人」と書いてある。

この特集を執筆したのは、大宅荘一ノンフィクション賞を受賞する前のノンフィクション作家、上原善広さんだ。
彼は自身が大阪の被差別部落出身であることを意識して、被差別部落に関するノンフィクション作品を多数執筆している。

私は彼の作品はほとんど読み、信頼できるノンフィクション作家だと思っているが、この記事には少し軽率な印象を受けた。
誌面で被差別部落出身者であると書かれている有名人たちは、被差別部落出身者であるという意識がない人も多いのではないだろうか。

話は変わるが、日本には在日韓国・朝鮮人だと言われている芸能人が多い。
美空ひばりは故人だから反論できないけど、ノンフィクション作家の野村進さんや作家・写真家の藤原新也さんが「美空ひばりは在日韓国・朝鮮人」などと書いているから、それを信じてしまっている人も多い。だが、研究者によると、明らかな嘘だと言われている。たしかに、美空ひばりやビートたけしを在日韓国人だと証明する根拠はない。
また、布袋寅泰や松田優作や和田アキ子やよく知られているお笑い芸人などは、韓国・朝鮮人の遺伝子も半分は入っているけど、自覚的には日本人だろう。彼らのことを在日韓国・朝鮮人と呼ぶのは、東京で生まれ育ったけど父親が大阪出身だという人を“関西人”とあだ名するぐらい、的外れのことではないだろうか。


そんなことも思いながら、作家の上原善広さんが噂の真相の休刊直前に書き残した記事の一部を転載しておこう。
13年前はまだブログがそれほど一般的でなかったせいか、この記事に関する反響はネット上で確認できなかった。

この記事に関しては、内容を否定している当事者もいる。
きちんと調査を行って検証した結果、と言えない内容も見うけられる。

ノンフィクション作家として最高の栄誉を得た「大宅荘一ノンフィクション賞作家」が、若い頃にはこういった記事を書き逃げしていた、ということを記録として残しておく。

野村進さんや藤原新也さんもそうだけど、うわさ話を事実と信じて拡散するような人が、ノンフィクション作家を名乗ってもいいのだろうか。
いや、ノンフィクションを自称する石井光太さんよりも、上原善広さんや野村進さんや藤原新也さんの方がはるかに信頼に値する作家だと感じているけど、もう少し考えてくれてもいいのではないだろうか。
もし私が、事実や推測に加えて創作まで加えて、作家さんの異性交遊や隠し子について海外にまで取材に行って興味本位で記事化したらどう思うのだろうか。
(上記に挙げた中に、海外でめぐまれない生活をしている実子がいる作家さんがいますよね。。。)


■噂の真相 2004年3月号
P24 陰湿な差別の中でカムアウトできない『噂真』最後のタブー『部落出身芸能人』
レポーター 上原善広(ノンフィクションライター)

P26・27
●大御所芸能人に多い部落出身者
(略)美空ひばりに限らず、大御所芸能人に部落出身者が多いのは事実である。たとえば、歌手もこなす大物時代劇俳優のS・Rは、神戸S部落の出身。また同じく男性歌手としては今やかなりの大御所と言われるI・Hは在日だと認識されているが、実は在日と部落民との間に生まれており、彼の地元の同和関係者も「わたしらはそう(部落だと)思っとります」と、ある研究者に語っている。往年の実力派歌手のK・Hは会津の番田系部落出身。番田とは非人系で、牢番などを担ってきた。(略)女性でいえば、演歌のベテラン大御所歌手には部落出身者が多い。たとえば、紅白歌合戦の常連であるK・S、S・K、Y・Aなどがそうだ。K・Sは新潟の出身で、実家は精肉業。S・Kは熊本県の非常に規模の大きな部落の出身だが、彼女たちに共通しているのは、いずれも婚期が遅いということだ。(略)
女性のベテラン歌手といえばS・K、そして演歌ではないが、K・Rも福岡の部落出身。(略)同じ福岡出身のN・Mもそうだ。(略)
漫才師ではN・Kがそうだ。四国の出身だが、大阪の部落にも彼の親族が住んでいる。(略)
往年の名コンビN・Dも尼崎の部落出身。(略)
●往年のアイドルたちにも多数の出身者
もっとも、もう少し若い世代にも、部落出身は多い。ママドルとして活躍するM・Sもそうだし、女優のM・Hは大阪の部落出身と言われている。(略)
十数年前のアイドルでいえば、S・Y、K・Y、K・Nがいる。三者とも大阪の部落。(略)

P28・29
(略)N・Aの場合は周知の通り、数度の自殺未遂を繰り返しながら、現在も細々と芸能活動を続けている。(略)一方、現役少女アイドルグループに所属するK・Aは奈良の部落出身。トップモデルのK・Aも出身者だが、彼女たちくらい若くなると、本人もその事実を知らされていない可能性も強くなっている。
●様々なジャンルで活躍する出身者たち
他にも様々なジャンルで部落出身者がいる。日本のブルースの第一人者であるY・J。タレントで元ボクサーのA・Hは大阪の部落出身。元祖バラドルのM・Hも出身者。お笑い系の女性二人コンビOのMは東大阪市の部落出身で、父親は地元の市会議員をつとめている。野球選手の夫人で元アナウンサーのF・Yは島根の部落出身。
野球選手では、引退した選手にとどめておくがK・N、Y・S、U・K、K・H、D・K、S・Tなどがいる。(略)


そういえば、元ボクサーのA・HさんはNHKの「ファミリー・ヒストリー」にも取り上げられ、有名な武将の赤井悪太郎の兄弟の子孫、と紹介されていたけど、それは間違っていると言うのだろうか。不可解な記事だ。

それから、噂の真相は、欄外に1行情報を載せているのも特徴的だった。
この号のp33には「石破茂長官はバニーガール好きで派兵日程をバニーに漏らし福田が激怒」などと書いてある。ありそうなことを推測で書いていたのだろうか。
実話誌などでは、談話の内容をライターが勝手にでっちあげることが多いので、スキャンダル誌で1行ネタがライターの創作であっても驚かない。
ただ、p129に「高田馬場A書房店主が中公新社新人書店研修で新卒女性と次々肉体関係」とあるのは妙に生々しい。当時は書店研修を行っている出版社は少なくなかった。
A書房というのは、あおい書店のことだろうか。芳林堂書店かな。
13年前に20代であれば、今は30半ば過ぎ。中央公論新社の女性社員は、当時のことを何か知っているだろうか。


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溝口和洋

2017-05-03 21:28:53 | Weblog
ノンフィクション作品を読むことが多い。
2016年にベストだと思った1冊は、上原善広による、やり投げの溝口和洋を描いた作品だ。
上原善広さんにとって、最高傑作ではないだろうか。大宅荘一ノンフィクション賞を受賞した作品よりも、すごさを感じる。

興味深い記述が多い。おすすめの一冊。

『一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート』
上原善広著 角川書店 2016年

P44
一言でいえば、ウェイトは筋肉を付けると同時に、神経回路の開発トレーニングでなければならない。筋肉を動かすのは、筋肉ではない。脳からつながっている神経が動かすのだ。

P56
「実際は力を入れた状態だが、力が入っていないように感じる」
 これが本当のリラックスだ。よほど強力な筋力がないとできない。

P70
 この頃にあった日本選手権の前夜、私はナンパに成功して朝方まで女といたが、さすがに翌日は二日酔いと、いつもと違う動きをしたので疲れていた。それでも八十m台を投げて優勝したが、これは不意のことが試合前に起こっても、対処できるようにと考えて、意図的にしていたことだ。

P103
 人間の体の中でもっとも硬いものは、筋肉ではなく骨だ。だからその骨の反発を使うのである。私はよく「骨を使って投げる」と表現するのだが、肩関節を支柱にして、腕と鎖骨など、骨の硬さをテコにして投げるのである。

P145
「あんな測り方ってありますかッ。絶対にあれはおかしい」
 村木さんの気持ちはうれしかったが、私はもう気持ちを入れ替えていた。
 冷静に考えると、いくら安物のメジャーを引っ張ったとして、それで八㎝も縮むわけがない。おそらく芝生にいた計測員が、再計測のとき、故意に着地点をわずか手前にずらしたのだ。
 アメリカ人は、たまにこういうことをする。これが記録に厳格なイギリス、またはアジア各国や日本だったら、話はまた違っていただろう。

P147
「こら、アカン。もう行こうや」
 私が呆れて言うと、
「なんて奴らだ……」
 と村木さんが吐き捨てるように言った。
 アメリカン・ドリームと口では言っておきながら、アメリカ人は平気で外国人の足を引っ張る。こんな低レヴェルな奴らとこれ以上、関わりたくなかった。

P154
 日本記録なんか、どうでもいい。
 記録には二つしかない。
 世界記録と、自己ベストだ。

P160
 実際、取材もせずに書いた嘘八百の記事がスポーツ新聞に掲載されたときなど、その当の記者を日本の国立競技場のグラウンドで見つけ、捕まえてヘッドロックをかけてやったが、マスコミは人の話で飯を食っているロクデナシのゴロツキばかりだ。こういう奴は、日本人とはいえ話は通じない。実力行使で制裁するに限る。

P212
 私は指先が非常に敏感なようで、例えばやりを持つだけで、そのやりが曲がっているかどうかもすぐにわかったし、怪我した選手の体に手をかざすだけで、どこが悪いのかもすぐにわかった。
 また、100m日本記録(一〇秒〇〇)保持者の伊東浩司が走っているのを見ているとき、彼の後ろに黒い羽のような影が見えたことがある。そのとき私は「伊東も、もう駄目だな」とわかった。事実、それからほどなくして伊東は引退した。
 話がオカルトめいてきたが、私はべつに宗教も信仰していないし、「気」なども信じない方だ。

P215
 よく「フォームを直す」と言うが、これは間違っている。投擲競技に限らず、すべての競技は全体の流れ、動きを見ながら指導することが重要で、フォームを直したりするとおかしくなる。
 なぜなら、「フォームを直す」ということは、「型にはめる」のと同じだからだ。型にうまくはめて、それで飛ぶならいいが、事実は逆だ。新しいフォームを導入して記録が下がる選手は大抵、これに当てはまる。

P223
 高校生レヴェルまで落ちたこの体で、どうしたら八十mも投げられるのか。それを一つ一つ点検し、突き詰めてトレーニングを確立したおかげで、一般の選手にもいろんなことを伝えることができるようになった。しかし、それができるまでは心身ともに、非常につらかった。
 新しく見つけた技術を試すことができなかったこともあり、反省することはあっても、過去を振り返ることはない。
 やり投げを好きだと思ったことは一度もない。
 しかし、やり投げが私の全てだったことは確かだ。


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