波打ち際の考察

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波屋山人

不食

2015-06-19 23:36:27 | Weblog
6/18木曜日の朝、ワイドショー番組を見ていたら、榎木孝明さんが30日もの間、水と少量の塩やブドウ糖しか摂取していないことが報じられていた。

司会の小倉さんは、よくわからないな、という表情だったけど、コメンテーターの宋美玄(そんみひょん)さんという女性医師と、古市憲寿さんという社会学者?は、「やろうと思わない」などと言っていた。
ニュアンス的には「体によくない」「意味がわからない」「何の価値があるのか」「自分はおいしいものを食べたい」といった口調で話していた。

その態度には、なんとなく傲慢さを感じ残念に思った。
自分が理解できないものについて、狭い自分の判断基準によって否定しているように感じてしまう。

榎木さんの不食の話を聞きながら、富士山で30日以上絶食(途中までは水を摂取していた)して亡くなった宗教家「身禄(みろく)」も、水分さえ摂っておけばもっと命を永らえることも可能だったんだろうなと考えたり、青汁だけで長い間過ごしている女性のことや、食事をまったくとらないというインドの聖者・修行者のことも考えた。そういえば『不食-人は食べなくても生きられる』という本をむかし買ったけど、ほとんど読んでなかった。。。

コメンテーターも、歴史上・宗教上においての、絶食や不食に関する知識はあるだろう。
なぜ、軽々しく意味の無い行為だと言えるのだろう。

私から見れば、不食という行為は、瞑想にも通じる何らかの意味があるものだ。
医師がついて慎重に行っている不食の試みについて、意味不明なつまらないこと、あるいは理解不明な危険なことして遠ざけるのは侮辱的ではないだろうか。

榎木さんは一人でインド各地を旅している。旅先では1日1食のことが多く、それでも体調がいいそうだ。
私もバックパックを背負って歩き回る旅では1日1食になることが多い。
食べたいときに食べたい分だけ食べる生活をしていると、毎日決まった時間に3食食べる生活よりもストレスが少なく体調が整う気がする。

不食を行うことによって、どのような意識の変化があるのか、どういったことを認識できるようになるのか、宋さんや古市さんは、そういったところに想像は及ばないのだろうか。(小倉さんは想像しているような発言をしていた)
「自分はおいしいものを食べたい。食べないなんて意味不明」というような姿勢を示すことは、「自分の想像の及ばないことを理解しようとする意識はありません」、と宣言するようなものではないだろうか。
テレビ番組のコメンテーターであれば、もっと創造的な姿勢を見せてくれてもいいと思う。

昨今、ヤフーニュースのコメント欄を見ていると、身の回りのニュースにとりあえず否定的な反応をしめして、自分の立ち位置をお手軽に肯定して安住するようなコメントが目立つ。
そこには知的さを感じない。
コメンテーターは流行に乗るのもいいけど、さまざまな事象を掘り下げて認識するコメントを示してもいいのではないだろうか。


<参考>
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150617-00000139-sph-ent
■榎木孝明「不食」で緊急会見!「強いて言えば“榎木教”」「反響に驚いています」
スポーツ報知 6月17日(水)20時36分配信
 今月18日まで30日間、水以外を摂取しない「不食」を続けている俳優の榎木孝明(59)が17日、都内の所属事務所で会見し、改めて体験談を語った。
【写真】すがすがしい表情で読書をする榎木孝明
 この日、新聞で報じられ、マスコミ各社から問い合わせがあり、急きょ囲み取材に。「僕自身がこの反響に一番、驚いています」。この間の排便についても触れ、「食事中の方、すいません。この1か月間に計3回あり4、5日目に宿便と思われる黒い便が。20日目ごろに腸壁と呼ばれるものが出ました。よく腸が動き、オナラが出ます。お風呂でかいだら無臭でした」などと丁寧に説明した。
 集まった取材陣も、常識ではちょっと考えられない体験を、何の苦痛なくこなし、にこやかに話す姿に「お腹がすかないって、本当にあるんですか?」「食べ物の夢を見ませんか?」など、半信半疑の質問が相次いだ。
 榎木は「不食」に賛否両論の声があることも把握しており、「決して同じマネはしないでください」と強調。宗教とのかかわりにも「どのオカルトにも宗教にも加担していません。強いて言えば、榎木教でしょうか?」といつもの物静かな口調で話していた。



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