
“陰謀論ぎらい” または “反陰謀論者”
あなたはサンタクロースが存在しないことを何歳のときに知ったか。20歳か?35歳か?45歳か?
“陰謀論”ぎらいの人間は、“サンタクロース信者”である。テレビと新聞をそのまま信じる“子ども”である。常識依存症である。ブランケットを手放せなずいつまでも指をしゃぶっているライナスである。
「わたしはサンタさんはいると思いますよ」 としたり顔で言う老獪な人間か、知的発達にかなりの問題のある者かのどちらかである。
陰謀なんかあるわけない、としらふで言い切る人間はサンタクロース信者であると言えるだろう。
“陰謀論”とは、簡単に言うと “世の中にはウラがある” ということである。
ということは、陰謀論嫌いの人間は、 “世の中にはウラがある” ことを否定する人間である。
陰謀論ぎらいの人間は、「世の中には何のウラもない」と信じたいのである。「プレゼントはサンタさんが置いたんだ、パパが置いたんじゃない!」 と思いたいのである。そして、フツーの人間はたいてい“陰謀論ぎらい”なのである。世の中が “額面通り” の、ウソのない世界であってほしいと思っている実にナイーブな人々である。そして、日本人は特にそうなのである。だからこそ、日本はオレオレ詐欺の天国なのである。政府の言うことも、企業の言うことも、組織や団体の声明や発表を額面通りに受け容れる “純粋無垢” な人々の国である。言い方を変えれば、陰謀論嫌いの日本人は、 政府や企業や圧力団体にとって、理想的な国民であり、理想的な消費者である。
世の中の動きがどうも操作されている、真実が多くの場合隠されているようだ、ウソが堂々とまかり通っている、ということはまともな知性の持ち主であれば、どんなに遅くとも50~60歳までに気がつくはずである。世の中を冷静に観察していれば、いやでも “ウラ” があるなと思うようになり、そのほうが説明がつくとわかってくる。
欧米では最近、conspiracy theorist 陰謀論者 ではなく conspiracy realist 陰謀現実主義者 という呼び方が広がってきている。つまり、彼らの主張する “陰謀” が単なる “説”や“論” ではなく、ほとんどが “現実” であることが明らかになってきた結果である。
“陰謀論”は正しいか間違っているかではない。ただ、論としてのレベルの高いものと低いものとがあるだけである。レベルの高いものは、矛盾が少なく、一貫性があり、客観的事実との整合性があり、より多くの事実を説明でき、さらにはそれに基づいて予測、予言すら可能である。
すぐれた陰謀論は突っ込みどころが少なく、証拠が豊富で、多くのことを説明しつつ、一般常識、教科書的説明をみごとにくつがえす。そして、新聞、テレビの一般常識に安住している人間をうろたえさせ、そのうちの一部の人間を “陰謀論ぎらい” にしてしまう。
“陰謀論ぎらい”のひとは、だいたいまともに反論する能力に欠けることが多いので、「陰謀論じゃないか!」 「陰謀論者だろ!」 といった誹謗・中傷的なレッテル貼りに終わる。それでウサを晴らして終わりというわけで、自分の不勉強を省みることがない。
“陰謀論ぎらい” は “50年待ちピープル”である。 真実がたまたま目の前に提示されても、自分の頭を使って真偽を判断するということができないので、受け容れられず、拒絶してしまうのである。50年経って、それが少しずつ常識になってからやっと受け容れる 超スローな人々 である。そして昔からずっと知っていたような顔をする人々である。50年経って生きていればであるが。
別記事: “50年待ちピープル”
この記事、まんま今の「愛子様替え玉問題」に通じますね
どれだけ現実を突きつけても「そんなはずはない」「痩せただけだ」「同じにしか見えない」等
真実を受け入れられない哀れな人達…
しかしこの場合本当に苦しんでいるのは当事者である愛子様と整形を強要され、演技を強制させられている替え玉の少女(達)なのに
自分の考え(世界観)を崩したくないばかりに彼女達の苦しみを完全に無視して、まるで生贄のように黙って差し出している始末
動画のコメント欄に湧いてる恫喝まがいのは雇われた工作員が殆どだと思いますが、中には純粋に皇室の為の忠臣のつもりで良かれと思って罵声を飛ばしてくる愚か者もいます。
きれいなものをきれいなまま見ていたい、皇室こそこの考えがより強いので厄介です。
良く言えば「純粋」、悪く言えば「お花畑」の人達は作り上げられた美談によって更に強固に「信者」と化しています。
様々な事象をその都度ツイッター内で大きく扇動されているので、観察してると流れが良く分ります。
あいつは反日だ!
あの人は愛国者だ!
で、しばらくすると似非日本人だ!似非愛国者だ!
って、あっちもこっちもこんなカンジ
白黒をはっきりつけようとする。いかにも幼稚な考え
ちょっとでも意見が違うと一気に反日扱い
扇動者にとってこんな人達を動かすのなんて朝飯前って事ですよね。
記事のサンタの話に戻りますが、我が子(姉妹)の次女が小学入学した年に「実は…」で、お父さんのお金でお母さん(私)が選んで買って来てたんだよ
と伝えると驚いた事に次女の方が「うん!しってたよ」でした。
私自身、地に足付けた教育をしたく、プレゼントをもらって架空の人物に御礼を言う子達にモヤモヤしていたので、でも幼い内は夢を見させてあげよう、と時期を待って告白しました。
それぞれの家の方針とか関わり方なんかも大きく左右しますが、
実際我が子がクラスメイト等に簡単な聞き込みをすると見栄もあるかもしれませんが殆どは「サンタ=親」の考えの子が多かったそうです
(しかしどの子も直接の説明は無いっぽくあくまでも薄々感じてるレベルだそうです)
情報化社会、これからの子達は意外とかなり柔軟なのかもしれませんね。
私の勝手な読みとして「愛子様と替え玉」の動画の驚異の拡散は若い子達のネットワークによるものなのかなって、
ツイッターの所謂保守層やまとめサイトはさっぱりなのに(操作される前の)視聴回数の増えっぷりを見て感じています。
すみません、興奮してダラダラと長くなってしまいました(汗)
その他の過去記事も順次読ませて頂いてます。
興味深いものばかりで楽しみです。
いつもありがとうございます。
自分たち一般庶民は下世話な見栄やウソや足の引っ張り合いの世界で生きていても、日本にはそうしたことを超越した、純粋無垢な人たちがちゃんといるんだ、という勝手な期待と誇りが、天皇制、皇室として像を結んでいるように思えます。
そして、その高貴な “聖域” は実は自分の内にもあり、自分の人間性の中核を形作っていると思っているのです。それを通じて個々の日本人が、皇室と自分とを同一視しているという構造があるのです。
だからこそ、皇室が替え玉を使って国民を騙している、という事実が受け入れられないのです。それを受け入れることは、自分の人間としての拠り所(アイデンティティ)がまったくの虚妄であったことになってしまうからです。
「真実は受け入れられる者にはすがすがしい。しかし、受け入れられない者には不快である」 ザウルスの法則
少し考えれば、
認知症富裕層を狙い打つ、
いわゆるオレオレ詐偽が、
厚生労働省のデータベースに基づく、
国家犯罪であり官制詐偽であるのは、
義務教育を修了した程度の知識と知能があれば誰でも推論出来るでしょうに、
誰も言及しないのは、
正に洗脳であり奴隷化であり正常化バイアスであり、
ここが民主国家でも何でもない、
少しテクスチャを張り替えただけの江戸否太古より続く専制国家である証左、
ではないかと。
国民主権であるなら国民が政治コストを負担可能な制度整備がまず前提で、
国民間での政策論議、施行手法等熟成後、
これを代行させるのが代議制議会制民主主義というものかと思われますが、
現行のそれは只の集団無責任体制でしかありませんものねえ。
連投失礼致します。
何故我々はこうまで従順であるのか一つのヒント。
お天道様が見ている、
世間体、
壁に耳あり障子に目あり、
天知る地知る人が知る、
これ、景教、
原キリスト教なんですね。
日本人は仏教徒であり同時に実はキリスト教信者。
日本、二本の宗教で無意識にがんじがらめ、
本音と建て前。
この二本立て構造はこの国の本幹でもありますが。
神が常に全て見ている、
だから良心に恥じない生を生きよ。
奴隷の宗教の異名を持つキリスト教信者。
ザビエルはさぞかし驚いた事でしょうね。
日本にキリスト教が根付かないのも道理。
本家キリスト教徒は懺悔戒告で悪事し放題、
でも日本にはこのガス抜きも無い。
右へ倣えの農耕民族気質はその補強。
もちろん義務教育で教えるべきなんでしょうけど。
それが思考能力を破壊し納税者を生産するという、
現行の国畜統治の手法でなく、
人間育成という真の教育という本務であるならば。
そう言えば、
文科省筋でも大不祥事が報じられたと仄聞しますが、
何かアマチュアスポーツのゴシップ大炎上で、
立ち消えみたいになってますね閑話休題。
そんなバカな、
もちろん質の悪いインボー論ですそうです。
→告解、の誤りです。
お詫びして訂正致します、
重ね重ねのスレ汚し失礼致しました。
ユニークな説をありがとうございます。
その “仏教” については、ぜひ以下の記事をごらんください。
「(1)“お盆” に見る 「中国産 “産地偽装” 仏教」 に騙される日本人」
https://blog.goo.ne.jp/zaurus13/e/fa1b4d7797fed40ff3b0c26e648ff03c