よのなか研究所

多価値共存世界を考える

NHKの「まずは大リーグから、」

2012-09-11 07:51:43 | メディア

 

               Photo (「パンとサーカス」の舞台だったコロッセオ、ローマ )

 「多チャンネル時代の到来」が騒がれはじめた2000年前後、「コンテンツはどうするのか」がメディア業界の前に立ちはだかった。放送局は毎日18時間から24時間なにかを流し続けねばならない。古い映画、自社のテレビ番組、ニュースやドキュメンタリーなどのレコード(保存映像)があるにはあるが、毎日流していくとそれもすぐに尽きてしまう。なんといってもテレビのもつ速報性を生かすのは生放送(Live)である。イベントやコンサート、演芸・演説や事件現場、すなわちラジオ放送の初期の生放送時代のコンテンツとほとんど同じである。

そこで各社がコンテンツ獲得競争を繰り広げることになった。中でもスポーツ中継はもっともわかりやすい生放送用のコンテンツである。だが、視聴率が取れるのは限られている。オリンピックとFIFAワールドカップはもともと人気のあるコンテンツであったが、放送権料による収入のうまみを知った主催組織、すなわちIOCとFIFAはその価格を毎回大幅に釣り上げてきた(実際に価格を決めるのは組織委員会である)。それはスポンサー収入、すなわち視聴率に頼る民放(商業放送:Commercial Broadcasting)ではとても引き合わないレベルに達していた。そこで、日本ではNHKと民放各社で「ジャパン・プール」と称する仕組みを作り、窓口をある代理店に集約し、そこで一括購入してそれをバラ売りする方法でなんとか乗り切ってきた。なにしろ、世界で数十億人が視聴するコンテンツであり、これを放送しないと多くの国民が納得しない。報じられるところでは、先日のロンドン五輪と2010年のバンクーバー冬季五輪合わせての日本での放送権料が320億円、次回のリオ大会とソチ冬季大会は360億円とのことだ。いくぶん上昇率は落ち着いてきたが、それでも高値安定であることには違いはない。「スポーツ・マフィア」などという見出しが外国メディアではたびたび使われている。

さて、NHKの大リーグ放送である。BS放送の目玉としてシーズン中は毎日のように午前中に放送されている。午前中から二時間以上もスポーツ中継を見ている視聴者とはどういう人たちなのだろうか。視聴率が何パーセントか知らないが、放送を見ている家庭、あるいは店舗や施設があることはたしかである。近くの病院の待合室でその映像が流れていたのを見たことがある。問題は、限りある経営資源、すなわち受信料として全国から集めたおカネからどれほど大リーグ放送に割かれているか、である。

NHKは大リーグとの契約内容を公表していない。これに関する質問には、相手のある話なので、とか、複雑な契約であり単年度でいくらか計算できない、などと応えているようだ。仮に数字を聞いても、それ妥当か否かを判断出来る視聴者はいないと思うが、少なくとも他のコンテンツとの比較はできるはずである。

残念ながら大リーグ中継は世界レベルのコンテンツではない。これを年間通して放送しているのは、ベネズエラ、カナダ、オーストラリアに日本らしい。野球の競技人口が多いのがアメリカとカリブ海沿岸諸国、それに東アジアの日韓台と近年の中国を加えた四カ国だけという「いびつな」スポーツなのである。四年に一度開催され、二百近い国と地域が参加し、世界中で放送されるオリンピックやサッカーのワールドカップと並べられるものではない。毎年数百試合をしているのであるから「埋め草」コンテンツとしての価値は認められるが、全て足し上げても両者には遠く及ばないであろう。

費用対効果(コスト・パフォーマンス)の観点から見てもNHKが大リーグ中継に苦慮していることは、地上波でしつこいほどにその番組宣伝を流していることでも推測できる。現在の倍、三倍くらいの視聴率にならないと、局内でもその高額さに対する批判を抑えきれないのだろう。それゆえ、スポーツ・コーナーでは「まずは大リーグから、」ということになる。なんとかして一般の話題に出来ないか、と悪戦苦闘していることがうかがい知れる。それは、低視聴率に悩む今年の大河ドラマへの対処とよく似ている。

近年、プロスポーツの世界では、スポーツに関係のない金融・財務の専門家たちが乗り込んできて、これをビジネスとして拡大するべく取り組んでいる。現役の選手も元選手たちも彼らに全てを任せて、高額のマネジメント・フィーを支払い、その残りを自分たちの分け前として受け取るようになっている。彼等はそのスポーツのルールさえ知らなかったりゲームを見たこともなかったりして、スポーツ界と社会とのかかわりや青少年の育成といったことに関心は薄い。契約期間内の利益の最大化のみが関心事である。

先般の「プロ野球選手会」のWBC参加問題のこじれの原因もそこにある。残念ながら、NPB日本プロ野球機構の元外交官のコミッショナーや、元球団職員の渉外部長が出かけて行っても相手にはしてもらえなかった。NHKには彼等と実のある交渉のできる人材がいることを期待したいものだ。

(歴山)