今でこそ 家はオール電化ですが 私の子供の頃はガスが料理の熱源でした
って小さな二口のガス台
その前は黒くて丸いガスのコンロで マッチで火をつけて使うものでした
小学生の何年生の時だったか 父がマッチのすりかたを教えてくれました
覚えたら火をつけることをできるのが嬉しくて 灰皿の上でマッチ棒が燃え尽きるギリギリまで指先で持っていたりーなんて 遊びをしては「火傷する!」って叱られたものです(笑)
小さな頃はお風呂も薪やコークスかな そういったもので沸かしてました
家のすぐ裏にそうした燃料を売る店があり すぐ配達してくれるのでした
最初 焚き付けにマッチで火をつけてー風呂を沸かすのは仕事から帰ってきた父の仕事でした
石油ストーブも芯にマッチで火をつけて
小学生の高学年になった頃にはお風呂も湯沸かし器のお湯に変わりましたけれど
現在はスイッチさえ入れたらお風呂も沸くし
子供の頃には考えられないほどの便利さ 快適さです
だけど私の子供たちは その「便利」がもう生まれた時からー
だから マッチで火をつけることも覚える必要すら無いのでした
自宅は石油ストーブを使わなくなって久しく
もうストーブに石油を入れるやり方も忘れてしまいました
二口のガス台になり マッチをつかわなくても回すだけで火が付くようになり 台所での料理もどんどん楽になっていき
ボンカレー インスタントラーメン
そうしたものに人気が出て
インスタントラーメンはよく母が小さな手鍋で作ってくれました
小さな手鍋は同じ大きさのものが二つあって 一つはラーメンとか料理用 もう一つは牛乳を温めたりとか飲み物用 ちょっとお湯を沸かしてみたりとか
あと出汁とかとるのに少し大きな手鍋
味噌汁用の鍋 魚を煮る用の鍋は深さがあるのと 浅いのと
カレーやシチュー用の鍋
揚げ物もできる中華鍋
フライパン
お正月の煮しめなどとかにも使う少し大きな鍋
全部は思い出せませんが
そんなふうに 母は用途別に分けて鍋を使っていました
母が使う鍋を見たら だいたい何を作ってくれるつもりなのかも なんとなくわかったものです
母が体調を壊したこともあり現在の場所に土地を買って 家を建てて
学生時代半ばから 台所仕事は私に任されるようになり
学校を卒業してから料理教室に通うようになり それで覚えた料理道具の色々が少しずつ増えていき
使えなくなったものも 壊れたものもありますが
すり鉢などは割ってしまっても やっぱり同じような品を選んで買っていることに気付きます
家の中には 家にある由来が思い出せないものも多いです
昭和から平成
そしてこれから人の暮らしは どんなふうに変わっていくのでしょうか
徒然に ぼんやりと ふとそんなことを思ったりします
選択肢がいっぱいあればいいですね
これが絶対ではなく これもありーなのだと
仏壇脇の花瓶に菜の花とチューリップを
仏様にも 春をお供えです
って小さな二口のガス台
その前は黒くて丸いガスのコンロで マッチで火をつけて使うものでした
小学生の何年生の時だったか 父がマッチのすりかたを教えてくれました
覚えたら火をつけることをできるのが嬉しくて 灰皿の上でマッチ棒が燃え尽きるギリギリまで指先で持っていたりーなんて 遊びをしては「火傷する!」って叱られたものです(笑)
小さな頃はお風呂も薪やコークスかな そういったもので沸かしてました
家のすぐ裏にそうした燃料を売る店があり すぐ配達してくれるのでした
最初 焚き付けにマッチで火をつけてー風呂を沸かすのは仕事から帰ってきた父の仕事でした
石油ストーブも芯にマッチで火をつけて
小学生の高学年になった頃にはお風呂も湯沸かし器のお湯に変わりましたけれど
現在はスイッチさえ入れたらお風呂も沸くし
子供の頃には考えられないほどの便利さ 快適さです
だけど私の子供たちは その「便利」がもう生まれた時からー
だから マッチで火をつけることも覚える必要すら無いのでした
自宅は石油ストーブを使わなくなって久しく
もうストーブに石油を入れるやり方も忘れてしまいました
二口のガス台になり マッチをつかわなくても回すだけで火が付くようになり 台所での料理もどんどん楽になっていき
ボンカレー インスタントラーメン
そうしたものに人気が出て
インスタントラーメンはよく母が小さな手鍋で作ってくれました
小さな手鍋は同じ大きさのものが二つあって 一つはラーメンとか料理用 もう一つは牛乳を温めたりとか飲み物用 ちょっとお湯を沸かしてみたりとか
あと出汁とかとるのに少し大きな手鍋
味噌汁用の鍋 魚を煮る用の鍋は深さがあるのと 浅いのと
カレーやシチュー用の鍋
揚げ物もできる中華鍋
フライパン
お正月の煮しめなどとかにも使う少し大きな鍋
全部は思い出せませんが
そんなふうに 母は用途別に分けて鍋を使っていました
母が使う鍋を見たら だいたい何を作ってくれるつもりなのかも なんとなくわかったものです
母が体調を壊したこともあり現在の場所に土地を買って 家を建てて
学生時代半ばから 台所仕事は私に任されるようになり
学校を卒業してから料理教室に通うようになり それで覚えた料理道具の色々が少しずつ増えていき
使えなくなったものも 壊れたものもありますが
すり鉢などは割ってしまっても やっぱり同じような品を選んで買っていることに気付きます
家の中には 家にある由来が思い出せないものも多いです
昭和から平成
そしてこれから人の暮らしは どんなふうに変わっていくのでしょうか
徒然に ぼんやりと ふとそんなことを思ったりします
選択肢がいっぱいあればいいですね
これが絶対ではなく これもありーなのだと


仏壇脇の花瓶に菜の花とチューリップを
仏様にも 春をお供えです