ー彼ー
家に行くと約束した日 上品(かみしな)寿(ひさし)は大学の研究室前で僕を待ち構えていた
「逃げられたら困るさかいにー こんな早起きしたん初めてや
ボクのこの熱意にあんじょうこたえておくんなはれや」
上品と待ち合わせの約束をしたのは 大学内にある食堂だったんだけどね
「ええねんて 研究は待ってくれはる じっくし時間かけて考えたほうがええのんなりまっせ」
好き勝手言う上品だった
「ほれほれ ボケかツッコミかしてくれへんといい漫才にならんがな」
なんで自称・親友と漫才をしないといけない
これから怨霊さんとご対面しないといけないのに
「人生は楽しく生きなあかんて 笑う門には福来るっていうやんか」
などと言う上品の多弁に悩まされつつー彼の家に着いた
とても長い旅に感じた
案内されたのはアパート
寿(ことぶき)マンションとあるが・・・どう見てもアパートだ
「じっちゃんがバブルの頃に収益物件として購入 家賃でラクに暮らそうというハラがー
出るもんが出るせいで借り手はつかず 売るには売れずの厄介物件・・・
取り壊すにも金がかかる
ボクの名前が同じ寿の字を使った読み方違い
じっちゃんは いっそコイツーボクにやろうと思ったんやて
いい加減人間やったからなあ」
そのアパートの一階の一室を上品は使っていた
「さ~~~~会(お)うてくれ 会(お)うてくれ 怨霊さんに」
などと楽し気に上品が言う
「少し眠ってくれ上品 僕なりのやり方があるんだ」
「いややなあ 男の前で眠るなんて 変なことしたらあかんで
ボクの寝顔があんましかわいいからいうて妙な気 起こさんといてや」
ひどくイライラするのは僕の人間ができていないせいだろうか
だんだん殴ってやりたくなってきたぞ
少し待つと上品が眠りにおちたらしく 彼の見る夢が浮かんできた
その夢の流れの中に僕も入る
上品は何処かの小屋の中にいる
魚の匂い
網がある
海が近い場所なのだろうか
あのお喋りな上品が口をきかずにいる
そこで夢の所以か 上品の顔が別人のモノに変化する
小屋に女が飛び込んでくる
駆けて来たのか息が切れている
首のところで一つのまげを作っているその黒髪は乱れ・・・・
妙に艶めかしい長じゅばんは着崩れている
女は声も出さず 男の胸に飛び込む
・・・ああ・・・
声にならないため息が漏れたかどうか
男は用意していたらしい徳利から湯呑へと酒をつぐ
「さあ・・・それほど苦しみはしない
けれど女のお前の着ている裾が乱れたり 胸がはだけてはー
綺麗にととのえてから追いかけるよ
すぐに行くから 待っていておくれ」
男は優しい言葉をかける
毒というのに 女は嬉し気に呑んだ
覚悟はできていたということか
女は死ぬために必死で駆けてきたのか
男はーそれほど苦しみはしないと言ったが
女は酷いほどに苦しんで 苦しみ抜いて死んだ
男はそんな女を見下ろして 追いかけはしなかった
死になどしなかった
男は笑ったのだ
「やった やったぞ 死んだ 死んだ これで おつるはオレのモノになってくれる」
もう死んだ女に見向きもせずに 男は出て行ってしまう
しばらくたって・・・・・・
女の影が起き上がる
騙されて死んだ哀れな女
ーああ 悔しい 悔しい 騙された 愚かな自分が恨めしい
あああ!-
女は叫び声をあげる
ー怨みをはらしたいのに ここを動けない 出られない!
ここから出られない
あああ どうしてくれようー
ーここへ来る奴 みぃんな殺してやる! 恐ろしい思いをさせてやる
誰も彼も赦さない 赦しはしない
その命を貰うんだー
物凄く恐ろしい顔になった女は・・・・・・・
僕を見た
ーなんて好い男だ さぞや女を泣かせてきただろう
おいで・・・ おいで・・・-
女が手招く
僕は動けない
上品の夢の中だというのに
上品は何処へ行ったのか
何処へ消えたのか
いや これは怨霊の視(み)る夢か
僕は知らず そちらへ取り込まれたのか
ーおや あの パッとしない顔の男は上品という名前なのかえ
あれはサ 好みの顔じゃないから 脅すだけにしたのサ
だけどお前は別
あたしは好い男が好きなのサ
それに・・・・おや お前 随分と良い 美味しそうな血を持っているじゃないかー
恐ろしい顔で女は嬉し気に笑う
家に行くと約束した日 上品(かみしな)寿(ひさし)は大学の研究室前で僕を待ち構えていた
「逃げられたら困るさかいにー こんな早起きしたん初めてや
ボクのこの熱意にあんじょうこたえておくんなはれや」
上品と待ち合わせの約束をしたのは 大学内にある食堂だったんだけどね
「ええねんて 研究は待ってくれはる じっくし時間かけて考えたほうがええのんなりまっせ」
好き勝手言う上品だった
「ほれほれ ボケかツッコミかしてくれへんといい漫才にならんがな」
なんで自称・親友と漫才をしないといけない
これから怨霊さんとご対面しないといけないのに
「人生は楽しく生きなあかんて 笑う門には福来るっていうやんか」
などと言う上品の多弁に悩まされつつー彼の家に着いた
とても長い旅に感じた
案内されたのはアパート
寿(ことぶき)マンションとあるが・・・どう見てもアパートだ
「じっちゃんがバブルの頃に収益物件として購入 家賃でラクに暮らそうというハラがー
出るもんが出るせいで借り手はつかず 売るには売れずの厄介物件・・・
取り壊すにも金がかかる
ボクの名前が同じ寿の字を使った読み方違い
じっちゃんは いっそコイツーボクにやろうと思ったんやて
いい加減人間やったからなあ」
そのアパートの一階の一室を上品は使っていた
「さ~~~~会(お)うてくれ 会(お)うてくれ 怨霊さんに」
などと楽し気に上品が言う
「少し眠ってくれ上品 僕なりのやり方があるんだ」
「いややなあ 男の前で眠るなんて 変なことしたらあかんで
ボクの寝顔があんましかわいいからいうて妙な気 起こさんといてや」
ひどくイライラするのは僕の人間ができていないせいだろうか
だんだん殴ってやりたくなってきたぞ
少し待つと上品が眠りにおちたらしく 彼の見る夢が浮かんできた
その夢の流れの中に僕も入る
上品は何処かの小屋の中にいる
魚の匂い
網がある
海が近い場所なのだろうか
あのお喋りな上品が口をきかずにいる
そこで夢の所以か 上品の顔が別人のモノに変化する
小屋に女が飛び込んでくる
駆けて来たのか息が切れている
首のところで一つのまげを作っているその黒髪は乱れ・・・・
妙に艶めかしい長じゅばんは着崩れている
女は声も出さず 男の胸に飛び込む
・・・ああ・・・
声にならないため息が漏れたかどうか
男は用意していたらしい徳利から湯呑へと酒をつぐ
「さあ・・・それほど苦しみはしない
けれど女のお前の着ている裾が乱れたり 胸がはだけてはー
綺麗にととのえてから追いかけるよ
すぐに行くから 待っていておくれ」
男は優しい言葉をかける
毒というのに 女は嬉し気に呑んだ
覚悟はできていたということか
女は死ぬために必死で駆けてきたのか
男はーそれほど苦しみはしないと言ったが
女は酷いほどに苦しんで 苦しみ抜いて死んだ
男はそんな女を見下ろして 追いかけはしなかった
死になどしなかった
男は笑ったのだ
「やった やったぞ 死んだ 死んだ これで おつるはオレのモノになってくれる」
もう死んだ女に見向きもせずに 男は出て行ってしまう
しばらくたって・・・・・・
女の影が起き上がる
騙されて死んだ哀れな女
ーああ 悔しい 悔しい 騙された 愚かな自分が恨めしい
あああ!-
女は叫び声をあげる
ー怨みをはらしたいのに ここを動けない 出られない!
ここから出られない
あああ どうしてくれようー
ーここへ来る奴 みぃんな殺してやる! 恐ろしい思いをさせてやる
誰も彼も赦さない 赦しはしない
その命を貰うんだー
物凄く恐ろしい顔になった女は・・・・・・・
僕を見た
ーなんて好い男だ さぞや女を泣かせてきただろう
おいで・・・ おいで・・・-
女が手招く
僕は動けない
上品の夢の中だというのに
上品は何処へ行ったのか
何処へ消えたのか
いや これは怨霊の視(み)る夢か
僕は知らず そちらへ取り込まれたのか
ーおや あの パッとしない顔の男は上品という名前なのかえ
あれはサ 好みの顔じゃないから 脅すだけにしたのサ
だけどお前は別
あたしは好い男が好きなのサ
それに・・・・おや お前 随分と良い 美味しそうな血を持っているじゃないかー
恐ろしい顔で女は嬉し気に笑う