夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「恋女房」-7-

2017-05-21 20:39:26 | 自作の小説
おゆきが仙石屋の嫁 新吉の女房と得意顔で店の者に挨拶し 大きな態度で店の客にも振る舞うようになったがー
毎晩 新吉は商売が終わると店から居なくなり朝帰りを続けていた

夕方 こっそりと出掛けようとした新吉に番頭の寅七が声をかける
「今日もお出掛けになるんで・・・」

「ああ・・・済まないがよろしく頼む」
出て行こうとした新吉の袂を駆けてきたおゆきが掴んだ「いい加減にして下さいまし!」
おゆきは目を吊り上げ歯をぎりぎり音を鳴らして噛みしめている
中々物凄い形相だ 
「いったい いったい あたしの何が気に入らないんです」
店で働く者達も見ているのに全くかまわない
「今夜と言う今夜は離しゃしません しっかと嫁のあたしと向き合ってもらいます」



「それ・・・お蘭も言ったな」少し冷たく新吉が笑う

「あの人はみっともなかった あたし庭で聞きましたもの」
そう言うとお蘭の声色を真似して おゆきが続けた
「新吉さん 新吉さん あたしゃ太助さんよりお前さんに惚れていたのさ
一つ屋根の下で暮らせるなら いつか新吉さんに抱いてもらえる日もあるかと 
太助さんの嫁になったんだ
うまい具合に太助さんが死んで 漸く漸く新吉さんの女房になれた

なのに どうして抱いておくれでない
ほら触っておくれ
この乳房

新吉さんを想って こんなに熱い・・・・・
あたしを本当の女房にしておくれよ
あたしは もう お前恋しさに狂ってしまう

もう こんなに こんなに体が火照ってさー

ー聞いていて呆れたわ!新吉さんが座敷を出るのを追いかけて 追いすがってー
みっともない 厚かましい女
死んで当然よ」

店の者達は茫然としていた

そういうおゆきもお蘭と同じ事を新吉に言っているのだ
「お前さんが抱いてくれなきゃ あたしの立場ってもんが無いでしょう

どうしておみつは良くてあたしは駄目なの
あたしだってあたしだって子供くらい産めるわ
おみつと違ってちゃんと産んでみせる

このあたしの何処が おみつより劣っているって言うのよ
あたしの何処が不足なの」

番頭の寅七をはじめとして居合わせた店の者達の方が赤面するおゆきの興奮ぶりだった


「新吉!みっともないよ 何の騒ぎだい」
奥からお才も出てくる

「おっかさん・・・騒いでいるのはおゆきです」

「どういうことだい」
おゆきには優しい声でお才が言う



「毎夜毎夜 夜遊びされたんじゃ あたしの立場がありません
亭主としての務めを果たしてもらいます」
血走った目で 塗りたくった白粉は剥げて地黒な素肌が斑に覗きひどく醜い
言い募るうちに濃く塗った紅も唇の端に流れている


「お前 そんな事は自分達の部屋に行ってからすればいいじゃないか」
宥めるようにお才が言っても


「少しも部屋にこの人が寄り付きもしないから あたしはもう体がどうにかなりそうなのに!
他の女の所になぞ行かせやしない
抱いてくれたら あたしがわかる
あたしの良さがわかる」


さすがにお才も呆れる「そんなー色気違いみたいなことを」


「うるさいわね! あたしがこの家で我慢していたのは
いつか いつか新吉さんがあたしに気付いて あたしの男になってくれる
そう思っていたからよ」



そこで番頭の寅七が口をはさんだ
「それで旦那様 このお人を本気で仙石屋のおかみさんになさるんで」

新吉は子供の頃からよく知る一回り上の男を見た
「番頭さんなら どう思うね」

「もしもおゆきさんがここのおかみさんになるのならー
あたしはお暇をいただきます」


「この仙石屋は番頭さんで持っているんだ それは困るな」

おゆきを脇においたやりとりを新吉と寅七はしている
「いいえ」と寅七は言った
「傾きかけたこの店に活気を取り戻してくれたのは
あの女雛のように愛らしいおみつ様でした
新吉様に厳しくされ 店の者からさえ軽んじられていたおみつ様が・・・
どんな客にも優しく笑顔であたたかく相手して

新吉様の 旦那様の本当の心が見えるまで我慢なさった


おみつ様が蔵で見つかる少し前 おゆきさんは蔵の方から駆けてこられた
何でこんな時分に蔵にと奇妙に思ったんですよ」




「お・・・おかしな事をお言いでないよ」
おゆきの声が上ずる




「宝福堂の吉太郎さん 酒が呑めないあのお人が泥酔して川に落ちて溺れ死んだ
それと同じ死に方を太助兄さんがしたのは何故だ」
新吉の言葉に「ひっ」とおゆきは声を上げる

「まだある
おとっつあんは病(やまい)で死んだんじゃない
毒を盛られ続けていたんだ」


「だって邪魔だったんだもの
亀三はおみつを可愛がっていたから
目障りでしかたなかった」



「おゆき」漸くお才が怪訝な表情になる「まさか お前・・・」


「うるさい うるさい うるさい
嫁になんか 行きたくなかったのよ
あたしは新吉さんの女房になりたかったんだから!

それなのに お蘭が
あの馬鹿な女が新吉さんにいやらしく迫って
許せるわけないじゃない
新吉さんの秘密を教えるからって言ったら はしゃいで蔵についてきたから
突き落としてやったのよ
そりゃあ見事に首の骨が折れて
笑っちゃったわ
びっくりした顔のまま死んでいるの


そうして あのいじましいおみつ
新吉さんが相手にしないから安心してたのに
いつの間にかちゃっかり乳繰り合って
挙句に孕んでえづいているんだもの

あんな女に あんな女に新吉さんの子を産まれてたまるもんか!
新吉さんはあたしのモノよ!」


「おゆき お前という女は・・・」
お才も蒼ざめる


「あたしを番屋に突き出したら お才おばさんが この店を乗っ取りたくて あたしを動かしたって言ってやる」
もとから少し突き出た顎を更に突き出しておゆきは言い募る
少しでも目を大きく見せようと入れた目張りも今はしっちゃかめっちゃかだ


聡くも番屋に走った丁稚の長松の知らせで夕霧雷之進が姿を見せる

おゆきは奥に走り包丁をかざして戻ってきた
その包丁を新吉に向けて構える
「どうしてもあたしのモノにできないなら あんたを殺してあたしも死ぬ」



のんびりした口調で夕霧が新吉に言う
「こんな時に何だが・・・・・色男は辛いものだな新吉
どうする これと一緒に死んでやるか」


「あたしが心底惚れて命もやりたい相手は他にいる」


幾らおゆきが必死に暴れても同心相手では一たまりもない
じきに縄をかけられる
「ちくしょう ちくしょう」
それでもなお裾を乱して喚き続け凄い恰好になっている


「これだけの人間が生き証人だ 少しは神妙にするんだな」
夕霧が言葉をかけても静かにはならない

「あたしは終らない 終わってたまるもんか」

「恋女房」-6-

2017-05-21 15:08:24 | 自作の小説
亀三の喪が明けていないから仮にではあるがー仙石屋の新吉が三人目の女房を貰ったことは おみつの耳にも届いた

生きる望みを失い ただ痩せ細っていくおみつ
そんなおみつを同心の夕霧雷之進(ゆうぎり らいのしん)が見舞った
「少しは良くなったかと思ったがー」

お春に支えられてどうにか半身起こしたおみつを痛ましそうに夕霧は見る

「落ち着いたようなら 蔵での事を教えちゃくれめえかと思ったんだが」
夕霧の問いに思い悩むような表情をおみつは見せた

「二度三度しか会った事ない ましてや役人を信用しろなんて無理な話かもしれねえが・・・・・
加助がおみつさんを襲おうとした時に居合わせたのは偶然じゃねえ」


おみつの大きな瞳が 夕霧にひたと向けられる

「俺は同心の家にガキの頃に養子に入った
もとはと言えば町人なのさ
実家の兄が嫁を貰って三月(みつき)ばかりで死んだ
その死に妙なモノを感じてな・・・
ちょいとした絡みで仙石屋を気にしている」


おみつの顔色が変わったのを夕霧は認めた
「もう一つ 教えておこう
俺の元の名は進吉で 字は違うが仙石屋の新吉と同じ(しんきち)
小さい時分は寺子屋の悪ガキ仲間だった

悪いようにはしないよ
その胸にあることを打ち明けてくんな
それがおみつさんも新吉も助けることになる」

「助ける・・・」

「おみつさんが元気にならなきゃ新吉の辛抱が無駄になる
仔細は言えねえが 新吉は闘っているのよ」


おみつはお春の支えで立ち上がり よろめきながら文机の引き出しを抜き 奥の隠し棚から折り畳んだ紙を取り出した
「余程 捨ててしまおうかと思ったのですがー」
そう言いながら おみつは夕霧に手渡す

その紙には
ーお蘭の死に理由あり 知りたくば かの蔵の二階へ来いーとあった
わざと左手で書いたかぎこちない筆運びの文字


「いたずらかとは思いましたが 気になって」
おみつは蔵へ入ってしまった
階段を上がるうちに ばたんばたんと音がして窓が閉められ真っ暗になった

押し殺した不気味な笑い声が響き その声はこうも言った
「お前のような女は新吉には似合わない
この店に居続けるなど許さない
ましてや子供など・・・
お前は悪い女だ
悪い女には罰が必要」

階段の上から押されて おみつは落ちた



「それで おみつさんは自分を落とした相手が誰か気付いたのか」

ちょっとくどいような匂いのする匂い袋
その匂い袋を使っているのは仙石屋ではただ一人きり
「はい・・・」


その人間の名前をおみつから聞いて 「やはり・・・」と夕霧は言った


去り際 お春に言葉をかける「おみつさんは大事な生き証人だ お春さんも気をお付け」



夕霧雷之進は昔は宝福堂の進吉
学問好きを見込まれて十二の時に跡継ぎのいない夕霧の家に入った

小さかった進吉に修業で作る菓子をよくおやつにくれた優しい兄の吉太郎
その吉太郎が泥酔して川に落ちて死んだ

吉太郎は下戸だった
酒は飲めないはず


おみつを助けたことが縁で夕霧と再会した仙石屋の新吉も兄の太助とお蘭の死にひっかかるものを感じていた
今度はー

元の進吉と新吉と 幼馴染は手を組んだ

ー新吉 気持ちは分かるが おめえのやってる事は おみつさんには酷(こく)すぎるぜー
夕霧は弱ったおみつの姿が忘れられない


「旦那 昼間っから随分粋な場所(とこ)にお入りで」
すっと寄ってきたのは 懐中用心必要な女掏摸お咲


「あんまり寄るんじゃねえ 危なくっていけねえや」


「はん! お生憎 あたしが欲しいのは旦那の懐中より もっと奥の胸ン中でござんすよ」

お咲は破落戸(ごろつき)に絡まれているのを助けられて以来 夕霧に付きまとっている

「おお・・・怖」と怯えてみせてから 夕霧はお咲に言う
「ひとり酒も味気ねえしな 付き合わねえか」

「あいな」いそいそとお咲は夕霧について行く

入るは夕霧が手先に使う忠七の親の店の二階の座敷

「おお お咲坊」忠七の親父の七蔵は目を細める
お咲は七蔵のお気に入りだった
七蔵は気のいい別嬪は皆お気に入りなのだが


「ところで旦那 あれは香野屋の寮 気の毒なおみつさんが療養中とか」
早速運ばれてきた酢の物をつつきながらお咲が尋ねる
夕霧が頷いたのを見てからお咲は続けた
「全く仙石屋の新吉さんも女を見る目が無いったら
今度は出戻りおゆきを嫁にしたのですってね」

お咲の「出戻りおゆき」の言い方に毒があった

「おゆきを知っているのか」

「幼馴染が仙石屋で働いていたんですよ
綺麗で気立てのいい娘だったのに おゆきさんが難癖つけて追い出してね
最後にはーお前の顔が気に入らないーって言ったとか」

「ほう・・・」


「若くて可愛い娘は仙石屋では続かないって噂だそうですよ」

「顔が気に入らないーか」

「年増の厚化粧で誤魔化しちゃいるけど色も黒いし 素顔はたいしたことない
そんなでも自分が一番でないとおさまらないー性悪女っているもんですよ」
お咲の言葉は遠慮がない
腕組みをして頷いている夕霧を見て睨んだ
「何 笑ってるんです」

「おめえの明るさが好きだなと思ってさ」

「もう! 旦那の言葉には 真心ってもんがないんだから」
お咲は真っ赤になっている