おゆきが仙石屋の嫁 新吉の女房と得意顔で店の者に挨拶し 大きな態度で店の客にも振る舞うようになったがー
毎晩 新吉は商売が終わると店から居なくなり朝帰りを続けていた
夕方 こっそりと出掛けようとした新吉に番頭の寅七が声をかける
「今日もお出掛けになるんで・・・」
「ああ・・・済まないがよろしく頼む」
出て行こうとした新吉の袂を駆けてきたおゆきが掴んだ「いい加減にして下さいまし!」
おゆきは目を吊り上げ歯をぎりぎり音を鳴らして噛みしめている
中々物凄い形相だ
「いったい いったい あたしの何が気に入らないんです」
店で働く者達も見ているのに全くかまわない
「今夜と言う今夜は離しゃしません しっかと嫁のあたしと向き合ってもらいます」
「それ・・・お蘭も言ったな」少し冷たく新吉が笑う
「あの人はみっともなかった あたし庭で聞きましたもの」
そう言うとお蘭の声色を真似して おゆきが続けた
「新吉さん 新吉さん あたしゃ太助さんよりお前さんに惚れていたのさ
一つ屋根の下で暮らせるなら いつか新吉さんに抱いてもらえる日もあるかと
太助さんの嫁になったんだ
うまい具合に太助さんが死んで 漸く漸く新吉さんの女房になれた
なのに どうして抱いておくれでない
ほら触っておくれ
この乳房
新吉さんを想って こんなに熱い・・・・・
あたしを本当の女房にしておくれよ
あたしは もう お前恋しさに狂ってしまう
もう こんなに こんなに体が火照ってさー
ー聞いていて呆れたわ!新吉さんが座敷を出るのを追いかけて 追いすがってー
みっともない 厚かましい女
死んで当然よ」
店の者達は茫然としていた
そういうおゆきもお蘭と同じ事を新吉に言っているのだ
「お前さんが抱いてくれなきゃ あたしの立場ってもんが無いでしょう
どうしておみつは良くてあたしは駄目なの
あたしだってあたしだって子供くらい産めるわ
おみつと違ってちゃんと産んでみせる
このあたしの何処が おみつより劣っているって言うのよ
あたしの何処が不足なの」
番頭の寅七をはじめとして居合わせた店の者達の方が赤面するおゆきの興奮ぶりだった
「新吉!みっともないよ 何の騒ぎだい」
奥からお才も出てくる
「おっかさん・・・騒いでいるのはおゆきです」
「どういうことだい」
おゆきには優しい声でお才が言う
「毎夜毎夜 夜遊びされたんじゃ あたしの立場がありません
亭主としての務めを果たしてもらいます」
血走った目で 塗りたくった白粉は剥げて地黒な素肌が斑に覗きひどく醜い
言い募るうちに濃く塗った紅も唇の端に流れている
「お前 そんな事は自分達の部屋に行ってからすればいいじゃないか」
宥めるようにお才が言っても
「少しも部屋にこの人が寄り付きもしないから あたしはもう体がどうにかなりそうなのに!
他の女の所になぞ行かせやしない
抱いてくれたら あたしがわかる
あたしの良さがわかる」
さすがにお才も呆れる「そんなー色気違いみたいなことを」
「うるさいわね! あたしがこの家で我慢していたのは
いつか いつか新吉さんがあたしに気付いて あたしの男になってくれる
そう思っていたからよ」
そこで番頭の寅七が口をはさんだ
「それで旦那様 このお人を本気で仙石屋のおかみさんになさるんで」
新吉は子供の頃からよく知る一回り上の男を見た
「番頭さんなら どう思うね」
「もしもおゆきさんがここのおかみさんになるのならー
あたしはお暇をいただきます」
「この仙石屋は番頭さんで持っているんだ それは困るな」
おゆきを脇においたやりとりを新吉と寅七はしている
「いいえ」と寅七は言った
「傾きかけたこの店に活気を取り戻してくれたのは
あの女雛のように愛らしいおみつ様でした
新吉様に厳しくされ 店の者からさえ軽んじられていたおみつ様が・・・
どんな客にも優しく笑顔であたたかく相手して
新吉様の 旦那様の本当の心が見えるまで我慢なさった
おみつ様が蔵で見つかる少し前 おゆきさんは蔵の方から駆けてこられた
何でこんな時分に蔵にと奇妙に思ったんですよ」
「お・・・おかしな事をお言いでないよ」
おゆきの声が上ずる
「宝福堂の吉太郎さん 酒が呑めないあのお人が泥酔して川に落ちて溺れ死んだ
それと同じ死に方を太助兄さんがしたのは何故だ」
新吉の言葉に「ひっ」とおゆきは声を上げる
「まだある
おとっつあんは病(やまい)で死んだんじゃない
毒を盛られ続けていたんだ」
「だって邪魔だったんだもの
亀三はおみつを可愛がっていたから
目障りでしかたなかった」
「おゆき」漸くお才が怪訝な表情になる「まさか お前・・・」
「うるさい うるさい うるさい
嫁になんか 行きたくなかったのよ
あたしは新吉さんの女房になりたかったんだから!
それなのに お蘭が
あの馬鹿な女が新吉さんにいやらしく迫って
許せるわけないじゃない
新吉さんの秘密を教えるからって言ったら はしゃいで蔵についてきたから
突き落としてやったのよ
そりゃあ見事に首の骨が折れて
笑っちゃったわ
びっくりした顔のまま死んでいるの
そうして あのいじましいおみつ
新吉さんが相手にしないから安心してたのに
いつの間にかちゃっかり乳繰り合って
挙句に孕んでえづいているんだもの
あんな女に あんな女に新吉さんの子を産まれてたまるもんか!
新吉さんはあたしのモノよ!」
「おゆき お前という女は・・・」
お才も蒼ざめる
「あたしを番屋に突き出したら お才おばさんが この店を乗っ取りたくて あたしを動かしたって言ってやる」
もとから少し突き出た顎を更に突き出しておゆきは言い募る
少しでも目を大きく見せようと入れた目張りも今はしっちゃかめっちゃかだ
聡くも番屋に走った丁稚の長松の知らせで夕霧雷之進が姿を見せる
おゆきは奥に走り包丁をかざして戻ってきた
その包丁を新吉に向けて構える
「どうしてもあたしのモノにできないなら あんたを殺してあたしも死ぬ」
のんびりした口調で夕霧が新吉に言う
「こんな時に何だが・・・・・色男は辛いものだな新吉
どうする これと一緒に死んでやるか」
「あたしが心底惚れて命もやりたい相手は他にいる」
幾らおゆきが必死に暴れても同心相手では一たまりもない
じきに縄をかけられる
「ちくしょう ちくしょう」
それでもなお裾を乱して喚き続け凄い恰好になっている
「これだけの人間が生き証人だ 少しは神妙にするんだな」
夕霧が言葉をかけても静かにはならない
「あたしは終らない 終わってたまるもんか」
毎晩 新吉は商売が終わると店から居なくなり朝帰りを続けていた
夕方 こっそりと出掛けようとした新吉に番頭の寅七が声をかける
「今日もお出掛けになるんで・・・」
「ああ・・・済まないがよろしく頼む」
出て行こうとした新吉の袂を駆けてきたおゆきが掴んだ「いい加減にして下さいまし!」
おゆきは目を吊り上げ歯をぎりぎり音を鳴らして噛みしめている
中々物凄い形相だ
「いったい いったい あたしの何が気に入らないんです」
店で働く者達も見ているのに全くかまわない
「今夜と言う今夜は離しゃしません しっかと嫁のあたしと向き合ってもらいます」
「それ・・・お蘭も言ったな」少し冷たく新吉が笑う
「あの人はみっともなかった あたし庭で聞きましたもの」
そう言うとお蘭の声色を真似して おゆきが続けた
「新吉さん 新吉さん あたしゃ太助さんよりお前さんに惚れていたのさ
一つ屋根の下で暮らせるなら いつか新吉さんに抱いてもらえる日もあるかと
太助さんの嫁になったんだ
うまい具合に太助さんが死んで 漸く漸く新吉さんの女房になれた
なのに どうして抱いておくれでない
ほら触っておくれ
この乳房
新吉さんを想って こんなに熱い・・・・・
あたしを本当の女房にしておくれよ
あたしは もう お前恋しさに狂ってしまう
もう こんなに こんなに体が火照ってさー
ー聞いていて呆れたわ!新吉さんが座敷を出るのを追いかけて 追いすがってー
みっともない 厚かましい女
死んで当然よ」
店の者達は茫然としていた
そういうおゆきもお蘭と同じ事を新吉に言っているのだ
「お前さんが抱いてくれなきゃ あたしの立場ってもんが無いでしょう
どうしておみつは良くてあたしは駄目なの
あたしだってあたしだって子供くらい産めるわ
おみつと違ってちゃんと産んでみせる
このあたしの何処が おみつより劣っているって言うのよ
あたしの何処が不足なの」
番頭の寅七をはじめとして居合わせた店の者達の方が赤面するおゆきの興奮ぶりだった
「新吉!みっともないよ 何の騒ぎだい」
奥からお才も出てくる
「おっかさん・・・騒いでいるのはおゆきです」
「どういうことだい」
おゆきには優しい声でお才が言う
「毎夜毎夜 夜遊びされたんじゃ あたしの立場がありません
亭主としての務めを果たしてもらいます」
血走った目で 塗りたくった白粉は剥げて地黒な素肌が斑に覗きひどく醜い
言い募るうちに濃く塗った紅も唇の端に流れている
「お前 そんな事は自分達の部屋に行ってからすればいいじゃないか」
宥めるようにお才が言っても
「少しも部屋にこの人が寄り付きもしないから あたしはもう体がどうにかなりそうなのに!
他の女の所になぞ行かせやしない
抱いてくれたら あたしがわかる
あたしの良さがわかる」
さすがにお才も呆れる「そんなー色気違いみたいなことを」
「うるさいわね! あたしがこの家で我慢していたのは
いつか いつか新吉さんがあたしに気付いて あたしの男になってくれる
そう思っていたからよ」
そこで番頭の寅七が口をはさんだ
「それで旦那様 このお人を本気で仙石屋のおかみさんになさるんで」
新吉は子供の頃からよく知る一回り上の男を見た
「番頭さんなら どう思うね」
「もしもおゆきさんがここのおかみさんになるのならー
あたしはお暇をいただきます」
「この仙石屋は番頭さんで持っているんだ それは困るな」
おゆきを脇においたやりとりを新吉と寅七はしている
「いいえ」と寅七は言った
「傾きかけたこの店に活気を取り戻してくれたのは
あの女雛のように愛らしいおみつ様でした
新吉様に厳しくされ 店の者からさえ軽んじられていたおみつ様が・・・
どんな客にも優しく笑顔であたたかく相手して
新吉様の 旦那様の本当の心が見えるまで我慢なさった
おみつ様が蔵で見つかる少し前 おゆきさんは蔵の方から駆けてこられた
何でこんな時分に蔵にと奇妙に思ったんですよ」
「お・・・おかしな事をお言いでないよ」
おゆきの声が上ずる
「宝福堂の吉太郎さん 酒が呑めないあのお人が泥酔して川に落ちて溺れ死んだ
それと同じ死に方を太助兄さんがしたのは何故だ」
新吉の言葉に「ひっ」とおゆきは声を上げる
「まだある
おとっつあんは病(やまい)で死んだんじゃない
毒を盛られ続けていたんだ」
「だって邪魔だったんだもの
亀三はおみつを可愛がっていたから
目障りでしかたなかった」
「おゆき」漸くお才が怪訝な表情になる「まさか お前・・・」
「うるさい うるさい うるさい
嫁になんか 行きたくなかったのよ
あたしは新吉さんの女房になりたかったんだから!
それなのに お蘭が
あの馬鹿な女が新吉さんにいやらしく迫って
許せるわけないじゃない
新吉さんの秘密を教えるからって言ったら はしゃいで蔵についてきたから
突き落としてやったのよ
そりゃあ見事に首の骨が折れて
笑っちゃったわ
びっくりした顔のまま死んでいるの
そうして あのいじましいおみつ
新吉さんが相手にしないから安心してたのに
いつの間にかちゃっかり乳繰り合って
挙句に孕んでえづいているんだもの
あんな女に あんな女に新吉さんの子を産まれてたまるもんか!
新吉さんはあたしのモノよ!」
「おゆき お前という女は・・・」
お才も蒼ざめる
「あたしを番屋に突き出したら お才おばさんが この店を乗っ取りたくて あたしを動かしたって言ってやる」
もとから少し突き出た顎を更に突き出しておゆきは言い募る
少しでも目を大きく見せようと入れた目張りも今はしっちゃかめっちゃかだ
聡くも番屋に走った丁稚の長松の知らせで夕霧雷之進が姿を見せる
おゆきは奥に走り包丁をかざして戻ってきた
その包丁を新吉に向けて構える
「どうしてもあたしのモノにできないなら あんたを殺してあたしも死ぬ」
のんびりした口調で夕霧が新吉に言う
「こんな時に何だが・・・・・色男は辛いものだな新吉
どうする これと一緒に死んでやるか」
「あたしが心底惚れて命もやりたい相手は他にいる」
幾らおゆきが必死に暴れても同心相手では一たまりもない
じきに縄をかけられる
「ちくしょう ちくしょう」
それでもなお裾を乱して喚き続け凄い恰好になっている
「これだけの人間が生き証人だ 少しは神妙にするんだな」
夕霧が言葉をかけても静かにはならない
「あたしは終らない 終わってたまるもんか」