体調を崩したお師匠さんをお見舞いに行った帰り道 香野屋(かのや)の娘おみつは躓いた拍子に下駄の鼻緒が切れてこけた
付き添いの女中のお春は鼻緒の切れた下駄を持ち おみつに声をかける
「おみつ様 ちょっと待ってて下さいまし」
そのお春の持つ下駄を「貸してみない」と取り上げた若い男がいる
相手を見てお春は眉をひそめたが 男は構わず手拭いを拡げて そこにおみつを座らせた
「この上に座ってな」
おみつは若い男のひどく整った顔を目を丸くして見る
お春はその若い男が 顔だけは好い仙石屋(せんごくや)の新吉だと知っていた
遊んでばかりの放蕩息子 堅物の長男とは大違いとか碌な噂を聞かない
「商売モンだが・・・・」懐から出した何かの布を器用に下駄へ付ける
「ほら うめえもんだろ おや おめえ 血が出てるじゃねえか」
こけた時についた傷か 目ざとく気付いた男は おみつに背を向けてしゃがんだ
「ほら 送っててやるよ その傷で歩くのは可哀想だ」
お春の道案内で おみつを背負って歩きながら男は言った
「嬢ちゃんは小さいのにえらいな 我慢強いな よく泣かなかった
しっかりしてらァ いい嫁さんになるんだろうな」
店の近くまで来ると男はおみつを背中から下ろしてお春に言う
「俺みたいなのが送ったとあっちゃ でえじなお嬢様に悪い評判が立つといけねえ
ここで失礼するぜ」
「あ 有難うございます あたしはおみつって言います あなたは・・・・・」
ひどく早口で問いかけるおみつに優しい笑顔を向けて男は言う
「ああ きちんと挨拶もできるんだ てえしたもんだ
俺ァ新吉っていうのよ
怪我 早く治るといいな」
時に新吉十六 おみつが十(とお)
噂と随分と違うーと そうお春は思ったものだった
それから さらさら さらさら時は流れ過ぎていき 新吉の兄の太助が川に落ちて死んだ
太助にはお蘭という女房がいたが 子供はまだ居なかった
この後家となったお蘭と新吉を一緒にさせることで 新吉を落ち着かせようと考えた新吉の父の亀三であったが
そうそうついた遊び癖は治るものでもない
兄の女房だった女にすぐに手を出す神経を 新吉は案外持ち合わせてはいなかった
亀三は溜息をつくばかり
後妻のお才は「無理ですよ 太助さんとは出来が違うんですから 」
新吉などに商いを任せては潰してしまうーとも言う
仙石屋にはお才の姪のおゆきも暮らしている
おゆきは一度嫁にいったのだが 相手が死んで出戻ってきたのだった
お才としてはなさぬ仲の新吉に商売を任せるより おゆきと番頭の寅七と一緒にさせて後を継がせたいのだ
亀三は器量にも惚れて一緒になった亡きお新に似た新吉が可愛い
死んだ太助よりも見どころがあるとも思っていた
商いに身を入れてさえくれれば
ところが今度はお蘭が蔵の階段から落ちて首の骨を折って死んだ
仙石屋さんは呪われてはいやしないかーなんて嫌な噂もたちかける
客が逃げれば商売は傾く
付き添いの女中のお春は鼻緒の切れた下駄を持ち おみつに声をかける
「おみつ様 ちょっと待ってて下さいまし」
そのお春の持つ下駄を「貸してみない」と取り上げた若い男がいる
相手を見てお春は眉をひそめたが 男は構わず手拭いを拡げて そこにおみつを座らせた
「この上に座ってな」
おみつは若い男のひどく整った顔を目を丸くして見る
お春はその若い男が 顔だけは好い仙石屋(せんごくや)の新吉だと知っていた
遊んでばかりの放蕩息子 堅物の長男とは大違いとか碌な噂を聞かない
「商売モンだが・・・・」懐から出した何かの布を器用に下駄へ付ける
「ほら うめえもんだろ おや おめえ 血が出てるじゃねえか」
こけた時についた傷か 目ざとく気付いた男は おみつに背を向けてしゃがんだ
「ほら 送っててやるよ その傷で歩くのは可哀想だ」
お春の道案内で おみつを背負って歩きながら男は言った
「嬢ちゃんは小さいのにえらいな 我慢強いな よく泣かなかった
しっかりしてらァ いい嫁さんになるんだろうな」
店の近くまで来ると男はおみつを背中から下ろしてお春に言う
「俺みたいなのが送ったとあっちゃ でえじなお嬢様に悪い評判が立つといけねえ
ここで失礼するぜ」
「あ 有難うございます あたしはおみつって言います あなたは・・・・・」
ひどく早口で問いかけるおみつに優しい笑顔を向けて男は言う
「ああ きちんと挨拶もできるんだ てえしたもんだ
俺ァ新吉っていうのよ
怪我 早く治るといいな」
時に新吉十六 おみつが十(とお)
噂と随分と違うーと そうお春は思ったものだった
それから さらさら さらさら時は流れ過ぎていき 新吉の兄の太助が川に落ちて死んだ
太助にはお蘭という女房がいたが 子供はまだ居なかった
この後家となったお蘭と新吉を一緒にさせることで 新吉を落ち着かせようと考えた新吉の父の亀三であったが
そうそうついた遊び癖は治るものでもない
兄の女房だった女にすぐに手を出す神経を 新吉は案外持ち合わせてはいなかった
亀三は溜息をつくばかり
後妻のお才は「無理ですよ 太助さんとは出来が違うんですから 」
新吉などに商いを任せては潰してしまうーとも言う
仙石屋にはお才の姪のおゆきも暮らしている
おゆきは一度嫁にいったのだが 相手が死んで出戻ってきたのだった
お才としてはなさぬ仲の新吉に商売を任せるより おゆきと番頭の寅七と一緒にさせて後を継がせたいのだ
亀三は器量にも惚れて一緒になった亡きお新に似た新吉が可愛い
死んだ太助よりも見どころがあるとも思っていた
商いに身を入れてさえくれれば
ところが今度はお蘭が蔵の階段から落ちて首の骨を折って死んだ
仙石屋さんは呪われてはいやしないかーなんて嫌な噂もたちかける
客が逃げれば商売は傾く