本と猫好きの日日社会メモ

本当の豊かさって何?などとたまに考えつつ、日日生活に流されながら、猫と戯れ本を読む・・そんな毎日を時々アップします。

東京でしか優秀な人に会えない・・だから?

2011-07-03 22:52:45 | なるほど・備忘・お気に入り&その他雑感
教育に関わる活動をされている方の講演を聞いて、割り切れない思いが残りました。
具体的には気が向いたら書くとして、その講演会の中の発言で気になっていることが・・

「東京に優秀な人が集まる。優秀な人は東京にしかいない。」
正確には覚えていませんがそのような意味の発言(パネルの時だったので、講演者ではなくパネラ―の一人の発言)

東京の方ではなく、仮に九州と東京で活動をされている方だったとして自分も含めてってことかもしれませんが、九州で開催されている講演会でよくぞ言ってくれますねって、ちょっと不機嫌になりました。

確かにその方の発言は正しいかもしれません。

誰しも自分の能力を試したいし、さらに伸ばしたいから、条件が許せば、より環境の整ったところに行きたい。
それが日本の中だったら東京だから、必然的に東京に人が集まる。

だから・・?

その先でしょ!

優秀って何? 
優秀だから何をするのか、何を成し遂げたいと思うのか、そのことにどんな価値があるのか

いまよりいい収入を得たい。いい地位につきたい。などなど
いくら優秀だって自分のことしか考えてなければ、社会に与える影響なんてたかが知れている。

社会に影響を与えていてもその方向が間違っていたら優秀なだけに社会に与える悪影響は計り知れない。
そんな制度作っちゃっていいの?って制度を作っちゃう政治家さん+官僚さんなんていうのが例かな。

たしかに優秀な人がいるのといないのでは大きな違い。
普通の人がいくら考えてもできなかったことができてしまう。

でもね。

どうありたいかがあって、何を実現したいかがあるからこそ、優秀な人も生きてくる。

少なくとも教育をテーマに話をするのなら、そっちが大事だって話があって欲しかった。

実現したいものがあって、それを絶対実現したい人がいれば
優秀な人がいなくても、たくさんの人が集まって、自分の得意なところを持ち寄って実現できればいいんじゃない?
時間がかかるかもしれないけど、それでいいと思う。

なんて考えていて、漫画好きの夫が買ってくる漫画の中で割と気に入っている「勇午」の最新刊を読むと

勇午さまは大分県の臼杵市出身らしい。

そして、詳しいことは省きますが、父親が亡くなって、高校卒業後臼杵に残るはずだった勇午は知人の勧めで東京に出て・・

勇午曰く「その人がいなかったら・・」いまの自分はなかったらしい。自分の世界は拡がらなかったらしい。

まあそうじゃなければ”交渉人”勇午の物語は始まらないし、勇午さまはそれでいいと思うけど・・

自分が何を求めるか、何を得るか・・
東京に出てひたすら走る生活を送りそこでつかむものと田舎でゆっくり様々な人間関係をつくりながらそこでつかむものとどっちが優れてるなんて比較ができない。

結局人間もたかが動物ですから、死に際になって自分の人生を振り返って、まあ自分なりにいい人生だったって思えたらいいんじゃないかな。な~んて思ってみるのです。

長々と「東京にしか優秀な人いない」についての私の考え方を書いてきたけど、これはあくまで私の考え方であって・・

「優秀」たしかにいいよね。優秀な人になれたらいいよね。

でもね。「優秀」っていうよさげな言葉に惑わされないで、そこからさらにそれがどうした!!って考えることが大事じゃないかな?
キラキラした言葉を聞いてとそこで思考停止になってしまっているんじゃないかな? そこからだから?とかそれって何?って考えることがなくなってないかなって危惧してます。

ところで勇午の「台湾編」続編が楽しみです。



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コメント
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