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くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

地図にない場所(72)

2020-06-14 19:23:47 | 「地図にない場所」
「柱?」と、サトルは目を丸くして言いました。
「そう。この血はな、いにしえの人達が、今のこの世界を創るために、いにしえのさらにいにしえから、滴々と流し続けてきたものなのだ。最初は、たった一滴のものであった……しかし、歴史の流れと共に、多くの人達が、世界のあちらこちらで、血を流し始めた。
 それは、いつ上がるとも知れない雨のようであった……。やがて、世界中の地面が赤一色に染まると、血を流した人々の望みが、それぞれ求めあい、引きあって、ついにはこのような川となって、気の遠くなるような循環を繰り返すようになったのだ――」
「――どうして、この川は流れ続けるんです。世界を支えているからですか? でも、どうやって」
「この川は、血を流したすべての人々の、いわば夢の遺産なのだ……。いくつもの悲しみを耐えてきた人々の、唯一残った体なのだ。だからこの川の一粒の粒子が、まるごと一人の人間に相当する……。
 それは、すべてが夢半ばにして血を流すことになった人達だ。幸福をつかもうとして、一人ではどうすることもできない巨大な力にひねり潰されてしまった、心を満たされなかった人達だ。人々は、その時、大量の涙と血を流した。一人一人、誰にも見られぬように、光のあたらない暗い部屋で……。
 すすり泣く声は、しかし誰もが気づいていた。手が届かないとわかっているお日様を見上げて、ただ笑い続けている者の機嫌を取るために、人は聞こえるものを聞こえないものとした……。やがて、笑っていた者にも、不幸が訪れた。それは、宇宙の法則によって、避けがたき精算の作業であった。しかしその者も、最後には悔いて、同じように血を流していった……」
「なんだか、わかんないや――」と、サトルは首をひねりました。
 無幻道士はそこまで言うと、また川に向かって合掌し、再び話を続けました。サトルも、なんだか急に悲しくなって、道士のように、赤い川に向かって手を合わせました。
「ほら」と、道士が言いました。
 顔を上げたサトルが首を傾げると、道士が小さく指をさしました。
「――あっ、痛くない」と、サトルは怪我をした左腕をためつすがめつ確かめました。
 ヤリが刺さって血が流れていた傷は、嘘のように治っていました。わずかに開いた服の穴だけが、間違いなくヤリが刺さったことを証明していました。
「どうして……」と、サトルは道士に言いました。
「サトルの痛みを、川が流し去ってくれたんだよ」と、道士が言いました。「歴史の中で、人々は幾度も失敗を繰り返し、その度にまた再起をなした。しかし、再起をなす度に、また人々は失敗を繰り返していった。失敗を繰り返す度に、再び再起をなしえた源は、人々の流した涙と血であった。
 失敗をしたとたん、人々は間違いに気づいて、大量の涙と血を流した。その度に、人々は何度も再起をなしたが、その涙と血が忘れ去られると、人々は雪崩のようにしおれていった。もちろん、早くからその事に気づいた人達は、一人で涙と血を流していった……。
 しかし、一人では、とうてい世界中の人々が流す涙にはかなわなかった。やがて、そうした歴史を繰り返していく中で、地に染みこんでいた血が地表に湧き出した。散らばっていた一粒一粒の血が、ゆっくりと集まりだした。それは、この世界を永遠に光で溢れさせんがためであった。
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