武漢3日目は黄鶴楼と辛亥革命記念館へ行きました。
黄鶴楼は三国時代の物見櫓だったそうで歴史的な建築物なのですが、
なぜか、最近の1983年にフルリニューアルしちゃいました。
なぜかなぜかその理由は、新しい道路を作るのに建物が邪魔だったから。
軽く説明するガイドさんに「もうちょっと大事にすればいいのに。」と、
参加者一同失笑です。
黄鶴楼は木造から、鉄筋コンクリート製に近代的で丈夫な遺跡になりました。
さらに最近では、黄鶴楼一つでは今一つ物足りないとの理由で、
隣にもう一つ新しい楼を作っちゃったんだって。
周辺の趣のある公園も全部最近作ったもの。
古くから残されているのは、「黄鶴楼」という名前だけでした。
古い物を壊して新しく作っちゃう中国の発想には、
日本人の僕らでは全力で走っても追いつけません。
ちなみにこいつ5階建てに見えるけど実は7階建てです。
次に行った辛亥革命記念館は、
1911年に「孫文」がリーダーとなって起こされた革命を記念して造られた記念館です。
中は、当時の会議場や事務室、中心人物の絵や写真、文書とか。
まあ日本人が行って面白いものではないのですが、
中国の方々は、愛国心が強いから、ものすごくたくさんの人が見に来ていました。
彼らは展示品を見るテンションも、ものすごく高いから、僕は呆気にとられていました。
たぶん、
「こっちに孫文先生の肖像画があるよ!早くこっちに見にこいよ!」
「まじっ!行く行く!」
くらいのテンションで見ていました。
辛亥革命って中国の歴史としてはすごい大革命だったんですね。
黄鶴楼は三国時代の物見櫓だったそうで歴史的な建築物なのですが、
なぜか、最近の1983年にフルリニューアルしちゃいました。
なぜかなぜかその理由は、新しい道路を作るのに建物が邪魔だったから。
軽く説明するガイドさんに「もうちょっと大事にすればいいのに。」と、
参加者一同失笑です。
黄鶴楼は木造から、鉄筋コンクリート製に近代的で丈夫な遺跡になりました。
さらに最近では、黄鶴楼一つでは今一つ物足りないとの理由で、
隣にもう一つ新しい楼を作っちゃったんだって。
周辺の趣のある公園も全部最近作ったもの。
古くから残されているのは、「黄鶴楼」という名前だけでした。
古い物を壊して新しく作っちゃう中国の発想には、
日本人の僕らでは全力で走っても追いつけません。
ちなみにこいつ5階建てに見えるけど実は7階建てです。
次に行った辛亥革命記念館は、
1911年に「孫文」がリーダーとなって起こされた革命を記念して造られた記念館です。
中は、当時の会議場や事務室、中心人物の絵や写真、文書とか。
まあ日本人が行って面白いものではないのですが、
中国の方々は、愛国心が強いから、ものすごくたくさんの人が見に来ていました。
彼らは展示品を見るテンションも、ものすごく高いから、僕は呆気にとられていました。
たぶん、
「こっちに孫文先生の肖像画があるよ!早くこっちに見にこいよ!」
「まじっ!行く行く!」
くらいのテンションで見ていました。
辛亥革命って中国の歴史としてはすごい大革命だったんですね。