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10年近くの仙台赴任を終え、2015年5月から大阪へ赴任中のオヤジの日記です。
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よっぱのときどき日記



たのもうさんちで見つけた「戦国武将でいうと誰」をやってみた。

●武力:75点 [よくできました]
あなたの武力です。この値が高いほどあなたは敵をなぎ倒していき、戦闘で能力を発揮できます。現在でも愛する人を怪しい人から守るなどの時に役立つことでしょう。
●知力:65点 [よくできました]
あなたの知力です。この値が高いほど頭がいいことになります。戦闘で仲間の損害を最小限に抑え、相手の損害を大きくすることができます。現在では、有名大学に入って、一流企業に入るもよし学者となって、後世にまで受け継がれるような研究を行っても良いことでしょう。
●魅力:50点 [普通]
あなたの性格の良さです。この値が高いほど、周りの人の喜びを常に考える性格のいい人であるということです。
●政治力:60点 [普通]
あなたの政治力です。戦国の世でのし上がっていく為には、朝廷や他勢力といかに交渉するかも大事です。この値が高いほど、あなたは自分の会社などで勢力を持ち、出世していくことができることでしょう。
●才能:75点 [よくできました]
音楽ができるとか人を笑わせるとか、ちょっと個性的な才能。秀吉が天下をとることができたのも個性的な才能を十分発揮することができたからでしょう。


あなたは島津義弘に似ています。島津義久の弟で十七代当主、と言われていたが実は家督を継いではいなかったという。惣領義久を中心として知謀の歳久・兵術の家久とともに武略の義弘と呼ばれ、島津氏による九州統一に尽くした。しかし秀吉の丸州征伐によって果たせず、義久隠居の上に義弘の子忠恒が家督を継ぎ、義弘はその後見人となった。さらに秀吉は義弘・忠恒のみに羽柴の姓を与え、義弘個人の所領として大隅一国を安堵するという厚過ぶりを示す。これはあるいは島津家内紛を策したものか。丸州征伐後の文書には「三殿」という言葉が見られ、富隈の義久・鹿児島の忠恒・大隈帖佐の義弘という三者の共同統治のような状態にあったようである。彼ら三殿はそれぞれ独自の家臣団を抱えていて、ゆきがかり上中央政権との対処役にまわらざるを得ない義弘に従い朝鮮や関ケ原で戦ったのは、島津軍というより義弘の私兵とも言うべき帖佐衆・出水衆を中心とした面々だった。この義弘の名を不動のものにしたのが、問ケ原における撤退ぶりである。全滅覚悟で主君を落とすという凄惨なステガマリ戦法で敵軍の正面を突破、千五百いた兵は八十に減ったという。帰国後義弘は自らの蔵入地を削って彼らに報いた。


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本が届いたぁ♪

恐らく、もう二度と僕が書いたものが本に載るなんてないだろう。という事は、ある意味プレミア本という事になる。
もしかしたら、この中の執筆者がデビューするかもしれない訳だから、その場合もプレミア本になる訳だ。
定価も設定されているから、ちゃんとした本なのだ。

えっへん


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三連休最後の夜、明日からの仕事に備えて力をつけようかと考え、ジンギスカン屋へ行く事にした。
祭日で、10時にラストオーダーだというのを失念していて、9時半過ぎの入店となってしまった。
それでも真理さんは快く迎え入れてくれ、「とりあえず、チャンジャと肉を一人前ね。」と頼む僕に、「今日は鱈の鍋があるよ。湯豆腐に毛が生えた程度だけど」と、およそジンギスカン屋らしからぬメニューをすすめてくれた。気温が20度くらいしかなかったので、簡単に方針変更して鍋を食べる事にした。
先客は、男女の二人組が一組。昔から焼肉を二人で食べている男女は出来ているというが、その辺はわかりにくいカップルで、僕の鍋が出来上がる頃には引き揚げていった。
鍋をつつき、三連休のゴルフの話や、芋煮る会の話を聞きながら、芋焼酎を飲んでいると、10時半頃に店の電話が鳴った。
「今から?うーん…いいですよ」と答えて電話を切った後、真理さんは「最近、稼ぎが良くないから、来てくれるっていうお客さんは断る訳にはいかないもんネ。」と笑った。
後から来た客は、男二人に女が一人、男の子が一人の4人組だった。内の一人(多分、父)はどうにもガラがよろしくない。
男の子は3歳くらいかと思われるのだが、なかなか落ち着きがなく、あっちへウロウロこっちへウロウロ…
「だから子供は嫌いだ…」と思いながらも、ついついすぐ側を通った時に構ってしまった。
また、この子が悪魔のようにカワイイのだ。CMに出てきてもいいくらいに。
それからずっとなつかれて、彼らの肉を出す時についでに出して貰った焼き物を食べ終わって帰る12時半頃まで延々と構い続ける羽目に陥ってしまった。
彼は、僕が帰る時、出口まで送ってきて「ありがとう。さようなら。」と(恐らく)母に入れ知恵された通りに言うのだった。


「やっぱり、子供なんて嫌いだ。」


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