ガンバレ健太!

手の離れた息子に叱咤されてるダメ親父の日記

師匠

2014年05月05日 13時16分07秒 | 奨励会
息子の師匠の大野八一雄七段が引退された。


息子が奨励会に入ってよく聞かれたのが「どうして大野門下なのか?」ということだった。
大野七段は自宅は東京だし教室は埼玉の川口で開かれており、東海や関西には馴染みのない棋士だったからだ。
私自身もある出来事があるまで、大野七段の名前すら存じ上げてなかったのだ。

息子が最初に奨励会に入った頃、私はmixiをやっていた。
そこで“奨励会”で検索してみたことがあり、その時ヒットした一つが大野七段の日記だったのだ。
そこには、奨励会試験の前に弟子たちと合宿したことや、試験当日は気になって将棋会館まで行ってしまったことなど、
大野七段の弟子を思う気持ちが綴られており、私はそれを読んで心を打たれ、
コメントし挙句の果てマイミク(mixi内の友人)の承認までお願いしてしまったのだ。
それが私と大野七段の初めての出会いだった。(ネット上の)

その後、特別に何かのやり取りをした訳ではなかったが、息子の成績を気にかけて下さっていた様で、
7級に降級した時に大野七段から「よろしければ棋譜見ましょうか?」とメッセージが送られてきた。
“退会”の2文字がチラつき藁をも掴みたい状況だった私は「東京までお伺いしますので息子の将棋を見てやってくれませんか?」と
お願いしたところ、快く承諾していただけ、その週の土曜日に川口の教室で見ていただけることとなった。

当日、挨拶もそこそこに1時から指導対局が始まった。
私は「指導は常識的に3時間ぐらいかな。でも折角埼玉まで来たのだから夕方ぐらいまでして頂けると嬉しいな」と思っていたのだが、
終わったのは10時だった。弟子でもない初めて会った小学生に9時間も指導して下さったのだ。何のメリットもないのに。

初めて大野七段の日記を読んでから、私は息子をかわいがってくださる方に弟子入りさせたいと考えるようになっていた。
指導を受けた息子も同じ気持ちだったようで、結局は私たち親子の一目ぼれだったんだと思う。
教室に3回目お伺いした時に、正式に弟子入りをお願いし、受け入れていただけた。
mixiが切っ掛けの師弟も前代未聞だと思うが、素晴らしい方に巡り会えたと思っている。

弟子入りして直ぐに強制退会となり、師匠の顔に泥を塗ることとなったり、
再入会後も、期待に応えられていない出来の悪い弟子親子だが
あの苦しかった時期に、手を差し伸べて下さった恩は絶対に忘れない。


大野先生 長い間お疲れ様でした。




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