奨励会に入るまでは将棋で負けて泣くような子ではなかった健太だったが、
奨励会から帰ってきては涙を流すことがよくあった。
改札口の外で待っていると、最初の頃はどんな成績でも弾むようにホームからの階段を下りてきた健太だったが、
降級したり退会がかかってきたりするようになって、下を向いて元気なく階段を下りてくるようになった。
私と視線が合うと一瞬表情が崩れそうになるのを、必死に堪えて改札を通ってくるのだが、
私のところにくると我慢しきれずに涙がこぼれてしまう。
そんな息子を、時には優しく時には厳しく接したし、心の中では私も涙を流した。
負けたのが悲しい。自分の将棋が通じないのが悔しい。
それで泣いているんだと、その時はそう思っていたからだ。
退会後に、健太の涙の理由が、
「奨励会を辞めないといけないと思うと涙が出た。」と知った。
例会の前夜は緊張して寝れなかったり、「勝ち負け気にせずに将棋が指したい」と泣きが入ったときもあった。
それでもそんな厳しくて苦しい奨励会で指すのが、好きで好きで好きで仕方がなかったのだ。
奨励会を退会し、その直後に受けた入会試験も不合格だったが、
奨励会こそが自分の居場所と信じて将棋を続けてきた。
今回、研修会でA2に昇級して無試験で奨励会に戻れることになり、
倉敷王将戦と小学生名人戦を終えたら復帰する予定だ。
健太は今度はどんな涙を流すだろうか?
どちらにしても、好きなことをやって流せるんだからお前は幸せ者だ。