訴え取下げの実務

2024-03-25 14:57:59 | 民事手続法

【例題】Xは、Yに対する損害賠償請求を提起した。その後、諸般の事情により、Xは、訴訟を取り止めることを検討している。

 

[訴え取下げの要件:期日外で取り下げる場合]

・時的制限:判決が確定する前であれば、訴えの全部や一部を取り下げることができる(民訴法261条1項)。被告に対する訴状副本送達前でも取下げは可能。□コンメ(5)285

・取下書の提出:期日外での訴えの取下げは、書面で行う(民訴法261条3項本文)。取下書副本を相手方に送達する必要があるので(民訴法261条4項、民訴規則162条1項)、取下書の副本も提出する。この提出にファクシミリは利用できない(民訴規則3条1項2号)。□コンメ(5)292

・相手方の同意を要する場合:原告が訴えを取り下げても、被告が既に「[1]本案についての準備書面の提出」or「[2]弁論準備手続における申述or口頭弁論」をした以降は、被告の同意がなければ取下げの効力は生じない(民訴法261条2項本文)(※)。同意や異議の方式について制約はない。取下書の送達を受けた被告が2週間以内に取下げへの異議を述べない場合は、取下げに同意したものとみなされる(民訴法261条5項前段)。□コンメ(5)288,293

※被告が同意するまでは、原告は取下げを撤回することが可能か?

※反訴の取下げ:例外の例外として、本訴が取り下げられた場合は、反訴原告は反訴被告の同意なくして反訴を取り下げることができる(民訴法261条2項ただし書)。

・相手方の同意を要しない場合:被告が「本案についての準備書面の提出」をしておらず、かつ、「弁論準備手続における申述or口頭弁論」もしていなければ、訴え取下げは、被告の同意を要さず効力を生じる(民訴法261条2項本文)。この場合、書記官は、取下げがあった旨を被告に通知する(民訴規則162条2項)。

 

[訴え取下げの要件:期日内で取り下げる場合]

・期日での口頭取下げ:口頭弁論期日(or弁論準備手続期日or和解期日)に出頭して口頭で行うこともできる(民訴法261条3項ただし書)。

・相手方が同期日に出頭していた場合:取下げに被告の同意を要する場合(民訴法261条2項本文)、被告は、その日から2週間以内に異議を述べる必要がある。異議のないまま2週間が経過すると、取下げに同意したものとみなされる(民訴法261条5項後段)。

・相手方が同期日を欠席していた場合:取下げに被告の同意を要する場合(民訴法261条2項本文)、被告には期日調書謄本が送達される(民訴法261条4項)。被告は、送達を受けた日から2週間以内に異議を述べる必要がある。異議のないまま2週間が経過すると、取下げに同意したものとみなされる(民訴法261条5項後段)。

 

[特殊な取下げ:双方欠席による取下げ擬制]→《原告欠席の実務》

・「当事者双方が、口頭弁論期日or弁論準備手続期日に出頭しない場合」「当事者双方が、弁論or弁論準備手続における申述をしないで退廷退席した場合」を、実務上は「休止」と呼ぶ。休止から1か月以内にいずれからも期日指定申立てがない場合、訴えの取下げがあったものと擬制される(民訴法263条前段)。□コンメ(5)301-2

・上記の「双方欠席」「双方申述なし」が連続して2回生じたときも、訴えの取下げが擬制される(民訴法263条後段)。この規定により「欠席→期日指定申立て→欠席」という事態でも、取下げとみなされる。□コンメ(5)302

 

[訴え取下げの効果]

・原則:訴えの取下げが効力を生じた場合、当該訴訟は最初から係属していなかったものと擬制されるので(民訴法262条1項)、訴え提起の一切の効果は提起時に遡及して消滅する。□コンメ(5)293

・実体法上の時効障害との関係:裁判上の請求は消滅時効の完成猶予効を有するものの(民法147条1項1号)、民訴法262条1項によればこの効力も遡及的に消滅するはずである。もっとも、民法は「取下げの効力が生じてから6か月以内」までは完成猶予効の継続を認めているので(民法147条1項各号列挙事由以外の部分)(※)、この間に新たな完成猶予措置を取ればよい。

※債権法改正前から、最一判昭和45年9月10日民集24巻10号1389頁は「債権者破産申立て(→後日に取下げ)=裁判上の催告」と解していた。この理解が拡張されて債権法改正において明文化された。□一問一答46、コンメ(5)294

・再訴との関係:訴え取下げは既判力を有さないので、改めて同一請求の訴訟を提起することは可能である。もっとも、「本案についての終局判決→確定前の取下げ」という特異な場合には、もはや再訴はできない(民訴法262条2項)。最三判昭和52年7月19日民集31巻4号693頁は、同条の趣旨を「終局判決を得た後に訴を取下げることにより裁判を徒労に帰せしめたことに対する制裁的趣旨の規定であり、同一紛争をむし返して訴訟制度をもてあそぶような不当な事態の生起を防止する目的に出たもの」として、「旧訴の取下者に対し、取下後に新たな訴の利益又は必要性が生じているにもかかわらず、一律絶対的に司法的救済の道を閉ざすことをまで意図しているものではない」から、「「同一ノ訴」とは、単に当事者及び訴訟物を同じくするだけではなく、訴の利益又は必要性の点についても事情を一にする訴を意味し、たとえ新訴が旧訴とその訴訟物を同じくする場合であつても、再訴の提起を正当ならしめる新たな利益又は必要性が存するときは、同条項の規定はその適用がない」とする。□コンメ(5)296-7

 

[取下げの有効性の争い]

・取下げが「刑事罰上罰すべき他人の行為(詐欺脅迫など)」によってなされた場合、その取下げは無効だと解されている(最二判昭和46年6月25日民集25巻4号640頁)。さらに、「錯誤による取下げの無効主張」を認めるかについては争いがある。□コンメ(5)286-7

・訴えの取下げを争うものは、期日指定の申立てをすることになる。□コンメ(5)286

 

[応用:上訴の取下げ]

・控訴人は、控訴審の終局判決があるまでの間、いつでも控訴を取り下げることができ(民訴法292条1項)、被控訴人の同意は要しない。上告の取下げにも、控訴の規定が準用される(民訴法313条)。

・訴えの取下げの一部規定が、上訴の取下げに準用されている(民訴法292条2項):原則としての取下書の提出(民訴法261条3項)、取下げの遡及的係属消滅効(民訴法262条1項)、双方欠席時の取下げ擬制(民訴法262条)。

 

[参考:請求放棄の場合]

・請求の放棄は、裁判所に対する「訴訟上の主張(訴訟物)」を維持しない旨の陳述である。期日においてすることを要する(民訴法266条1項)。□コンメ(5)324

・請求の放棄は期日調書に記載され、当該調書は確定判決と同一の効力を有する(民訴法267条)。



筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』[2018]

秋山幹男・伊藤眞・垣内秀介・加藤新太郎・日下部真治・高田裕成・福田剛久・山本和彦『コンメンタール民事訴訟法5〔第2版〕』[2022]

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