日本国憲法の「三大原理」の出自

2024-04-24 18:17:31 | 国制・現代政治学

【例題】2005年の参議院憲法調査会「日本国憲法に関する調査報告書」では、「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」を三大基本原則とした上で、この原則は「戦後半世紀以上の年月を経て、我が国に定着しており、これを今後も維持すべきであるとするのが本憲法調査会における共通の認識となっている」とする。以上につき、(比較憲法史的視点ではなく)日本憲法史的視点に立った見方であるとの評価がある(大石眞『日本憲法史〔第2版〕』[2005]361-2)。

 

[制憲議会における吉田茂答弁]→《日本国憲法の制定経緯》

1946年6月25日の第90回帝国議会衆議院本会議において、吉田茂内閣総理大臣(発言No.008)は、帝国憲法改正案の説明として、「本改正案の基調とする所は、國民の總意が至高のものであるとの原理に依つて諸般の國家機構を定め、基本的人權を尊重して國民の自由の福祉を永久に保障し、以て民主主義政治の基礎を確立すると共に、全世界に率先して戰爭を抛棄し、自由と平和を希求する世界人類の理想を國家の憲法條章に顯現するにあるのでありまして、此の精神は本改正案中の全文に詳細に示されて居る所であります」と述べた。

・この吉田答弁では、「改正案中重要なる諸點」として、「(1)天皇の地位:日本國の象徴=内閣の助言と承認に依り一定の國務のみを行う=民主主義國政の常道を踏む」「(2)戰爭抛棄」「(3)國民は總ての基本的人權の享有を妨げられないことの大原則」「(4)三權分立」「(5)國の財政を處理する權限は國會の議決に基いて之を行使すべき旨の原則(皇室財産及び皇室經費に關する制度を根本的改正)」「(5)地方自治の重要性」「(6)憲法改正の手續」「(7)最高法規」が挙げられた。なお、「口語體を以て表現し、平假名を採用する等の措置を執つた」ことも強調されている。

 

[吉田茂内閣下における小冊子(1):『新憲法の解説』]

・日本国憲法の公布された1946年11月3日、第一次吉田茂内閣は『新憲法の解説』と題する小冊子を発行した。「法制局閲・内閣発行」と記載されるものの、実際の起草に関与したのは、法制局関係者(渡辺佳英法制局参事官、佐藤功法制局参事官、佐藤達夫法制次長、入江俊郎法制局長官)と読売新聞関係者(山浦貫一)であった。□高見(解説)139,156-7

・国民主権?:冒頭の「総説三」において「新憲法の基調の三点」を挙げ、その一つ目を「徹底した民主主義の原理によって、国会、内閣、裁判所等の国家機構を定め」たこととする(岩波文庫pp88-9)。『解説』では「国民主権」というタームを避けつつ、「主権在国民の原理」を認める(p99)。「(第一章)天皇」の箇所では、「わが国の主権の所在の問題がある」と認めつつ、「主権在国民の本質が過去において存在したと言い得る」との政府見解(金森答弁)を引用する(pp99-100)。

・基本的人権の尊重?:「総説三」において「新憲法の基調の三点」の二つ目を「フランス革命の最中に制定されたラファエットの人権宣言や、アメリカの独立宣言に謳われている、彼の基本的人権擁護の原則」とする(pp88-9)。さらに「総説四」を設けて「基本的人権の擁護」の歴史を特筆している(pp89-90)。

・平和主義?:「新憲法の基調の三点」の三つ目を「竿頭一歩を進め、全世界に率先して戦争放棄の大原則を明文化し、自由と平和を求める世界人類の理想を、声高らかに謳っている」とし(pp88-9)、「(第二章)戦争の放棄」では、「…わが新憲法のように、大胆に捨身となって、率直に自ら全面的に軍備の撤廃を宣言し、一切の戦争を否定したものは未だ歴史にその類例を見ないのである」と自己評価する(pp102-3)。もっとも、今後の自衛については、「…日本が国際連合に加入する場合を考えるならば、国際連合憲章第五十一条には、明らかに自衛権を認めているのであり、安全保障理事会は、その兵力を以て被侵略国を防衛する義務を負うのであるから、今後わが国の防衛は、国際連合に参加することによって全うせられることになるわけである」とした(p103)。□苅部247-8

 

[吉田茂内閣下における小冊子(2):『新しい憲法 明るい生活』]

・1946年12月1日、貴衆両院と政府(吉田内閣)は、議会内に「憲法普及会」を設立した。新憲法施行の1947年5月3日、憲法普及会は『新しい憲法 明るい生活』と題する小冊子を発行した。この作成には、金森徳次郎、横田喜三郎、田中二郎、芦田均が関与しただろうと推測されている。□高見(解説)139,148

・国民主権?:冒頭の「生れ[ママ]かわる日本」という項において、「新憲法が私たちに与えてくれた最も大きな贈りものは民主主義である。」とする。『生活』でも「国民主権」というタームは見られないものの、「私たちの天皇」という項では「確かに政治をうごかす力は私たち国民のものであるということがはっきりと示されたし…」と言い切る。

・基本的人権の尊重?:「生れかわる日本」「明るく平和な国へ」「私たちの天皇」「もう戦争はしない」の後に、「人はみんな平等だ」「義務と責任が大切」「自由のよろこび」「女も男と同権」「健康で明るい生活」「役人公僕である」とつづく。

・平和主義?:「もう戦争はしない」の項で、第9条は「新憲法の最も大きな特色であって、これほどはっきり平和主義を明か[ママ]にした憲法は世界にもその例がない。」と評価する。

 

[吉田茂内閣下における小冊子(3):『あたらしい憲法のはなし』]

・1947年8月2日、文部省は『あたらしい憲法のはなし』を公刊した。執筆者は、やはり憲法調査会の一人(理事)である浅井清(慶應大学)だった。『はなし』は、1948年度から2年間、中学1年生の社会科教科書として使用された。□高見(解説)139,150-1

・国民主権?:「いちばん大事な考えが三つある」とし、「民主主義」「国際平和主義」「主権在民主義」を挙げる。「(二)民主主義とは」の項では「こんどの憲法の根本となっている考えの第一は民主主義です。」とされる。さらに「(四)主権在民主義とは」の項が設けられ、「こんどの憲法は、いま申しましたように、民主主義を根本の考えとしていますから、主権は、とうぜん日本国民にあるわけです。」と述べる。

・基本的人権の尊重?:「いちばん大事な考え(三つ)」の中に人権は挙げられていない。もっとも、「(一)憲法」では、憲法に書き込む「大事なこと」として、「国の仕事のやり方」と並び「国民の権利」「基本的人権」を挙げる。

・平和主義?:「いちばん大事な考え(三つ)」の一つに「国際平和主義」が挙げられる。さらに「(三)国際平和主義」の項とは別に、「(六)戦争の放棄」という項が設けられ、「…こんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍隊も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。…もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。」とする。

 

[法学協会による『註解日本国憲法』]

・小冊子に少し遅れる1948年、法学協会の編んだ『註解日本国憲法〔上巻〕』が有斐閣から出版された。「三大(基本)原則」の定着には、『註解』が決定的な役割を果たしたと評価できる。□苅部245

・国民主権?:前文の解釈において、「新憲法は…国民主権主義と恒久平和主義と基本的人権尊重主義との三つをその基本原理として認めている。前文の中には、主として国民主権主義と恒久平和主義が力説され、基本的人権尊重主義については、必ずしも明確には表現されていないが、自然法の理論が貫かれている限り、基本的人権主義がとられるべきことはむしろ当然であ」ると断ずる(pp26-7)。さらに第一条の注釈において、「…規定自体の趣旨は、むしろ新憲法における天皇の特殊な法的地位を宣明することによって、結局その基礎である国民主権主義の原理を確認するにあったといわなければならない」と解する(p44)。

・基本的人権の尊重?:上記のとおり、新憲法の基本原理の3つ目に「基本的人権尊重主義」を挙げる。

・平和主義?:上記のとおり、新憲法の基本原理の2つ目に「恒久平和主義」を挙げる。第二章を「新憲法の最も大きな特色である」と評価し(p109)、「…自衛のための戦争までも放棄した日本にとって、その安全の保障は、国際的な平和機構に求めるよりほかない。…現在において、かような国際平和機構として、国際連合がある」とする(p111)。□苅部246-7

 

高見勝利編『あたらしい憲法のはなし 他二篇』(岩波現代文庫)[2013]

苅部直『日本思想史の名著30』(ちくま新書)[2018]

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