過失相殺・素因(寄与度)減額と損益相殺はどちらが先に行われますか?
過失相殺・素因(寄与度)減額は損益相殺に先立ち行われます(鹿島建設・大石塗装事件最高裁昭和55年12月18日第一小法廷判決参照)。
労働者またはその相続人が労災事故に起因して何らかの利益を得た場合,当該利益が損害の填補であることが明らかなときは,損害賠償額から控除されます。労災保険給付がなされた場合,使用者は,同一の事由については,その価額の限度において民法の損害賠償の責を免れることになります(労基法84条2項類推)。
障害補償年金,遺族補償年金,障害年金,遺族年金等の年金給付については,支給を受けることが確定した年金給付額の限度で損益相殺が認められますが,未だ支給を受けることが確定していない将来の年金の額については損益相殺が認められません(最高裁平成5年3月24日大法廷判決参照)。
ただし,支給を受けることが確定していない将来の年金の額についても調整規定として労災保険法64条が置かれており,使用者は,前払一時金給付の最高限度額に相当する額の限度で損害賠償の履行をしないことができ,損害賠償の履行が猶予されている場合において,年金給付又は前払一時金給付の支給が行われた場合には,その給付額の限度で損害賠償責任を免れることができます。
労災保険法の休業特別支給金,障害特別支給金等の特別支給金は労働福祉事業の一環として,被災労働者の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであり,損害を填補する性質を有していないため,損益相殺の対象とすることができません(コック食品事件最高裁平成8年2月23日第二小法廷判決)。
精神疾患の発症,増悪に本人の素因が寄与している場合は,賠償額を減額してもらえますか?
損害の発生又は拡大に関し,被災労働者に過失がある場合には,過失の程度に応じて,損害賠償額が減額されます(民法418条,722条2項)。また,被害者の性格等の心因的要因が損害の発生又は拡大に寄与している場合には,損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし,民法418条又は民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して,損害賠償額が減額(素因減額)されることがあります。
電通事件最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決は,「身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において,裁判所は,加害者の賠償すべき額を決定するに当たり,損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して,損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度でしんしゃくすることができる」「この趣旨は,労働者の業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求においても,基本的に同様に解すべきものである。」としています。また,NTT東日本北海道支店事件最高裁平成20年3月27日第一小法廷判決も「被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した場合において,当該疾患の態様,程度等に照らし,加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法722条2項の規定を類推適用して,被害者の疾患をしんしゃくすることができる」「このことは,労災事故による損害賠償請求の場合においても,基本的に同様であると解される。」としています。
ただし,電通事件最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決は,「しかしながら,企業等に雇用される労働者の性格が多様なものであることはいうまでもないところ,ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても,そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。しかも,使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は,各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して,その配置先,遂行すべき業務の内容等を定めるのであり,その際に,各労働者の性格をも考慮することができるのである。したがって,労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には,裁判所は,業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を心因的要因としてしんしゃくすることはできないというべきである。」と判断し,うつ病罹患ないし自殺という損害の発生及びその拡大について労働者の心因的要素等被害者側の事情も寄与しているとして発生した損害のうち7割を控訴人会社に負担させるのが相当と判断した同事件原審判決である東京高裁平成9年9月26日判決のうち遺族の敗訴部分を破棄し,事件を東京高裁に差し戻していますので,労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない場合には,裁判所は,業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を心因的要因としてしんしゃくすることはできないと考えられます。
社員の精神疾患発症に関し使用者責任又は安全配慮義務違反を理由とする債務不履行を問われて損害賠償義務を負う場合,社員の弁護士費用まで賠償しなければなりませんか。
不法行為の被害者が損害賠償を請求するために「訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである。」(最高裁昭和44年2月27日第一小法廷判決)とするのが,確立した最高裁判例です。
また,最高裁第二小法廷平成24年2月24日判決は,「使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである(最高裁昭和41年(オ)第280号同44年2月27日第一小法廷判決・民集23巻2号441頁参照)。」としています。
したがって,使用者責任に基づく損害賠償請求か,安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求かにかかわらず,社員が訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,賠償しなければならないことになります。
業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷に関し,使用者が負う注意義務の具体的内容はどのようなものですか?
電通事件最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決は,使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うとしています。
電通事件最高裁判決が認めたのは,「不法行為責任」における注意義務ですが,安全配慮義務(労働契約法5条,「使用者は,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をするものとする。」)の具体的内容を議論する際にも,参考にすべきものと思われます。
労働契約法第5条(労働者の安全への配慮)の内容はどのようなものですか?
平成20年3月1日から施行された労働契約法第5条(労働者の安全への配慮)では,「使用者は,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をするものとする。」と規定され,労働契約における使用者の安全配慮義務が明文化されました。
使用者の安全配慮義務を明文化した趣旨については,平成24年8月10日付け基発0810第2号では「通常の場合,労働者は,使用者の指定した場所に配置され,使用者の供給する設備,器具等を用いて労働に従事するものであることから,判例において,労働契約の内容として具体的に定めずとも,労働契約に伴い信義則上当然に,使用者は,労働者を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っているものとされているが,これは,民法等の規定からは明らかになっていないところである。このため,法第5条において,使用者は当然に安全配慮義務を負うことを規定したものであること。」とされており,陸上自衛隊事件最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決,川義事件最高裁昭和59年4月10日第三小法廷判決が参考となるとしています。
さらに,同通達は,同条の内容について,以下のように説明しています。
ア 法第5条は,使用者は,労働契約に基づいてその本来の債務として賃金支払義務を負うほか,労働契約に特段の根拠規定がなくとも,労働契約上の付随的義務として当然に安全配慮義務を負うことを規定したものであること。
イ 法第5条の「労働契約に伴い」は,労働契約に特段の根拠規定がなくとも,労働契約上の付随的義務として当然に,使用者は安全配慮義務を負うことを明らかにしたものであること。
ウ 法第5条の「生命,身体等の安全」には,心身の健康も含まれるものであること。
エ 法第5条の「必要な配慮」とは,一律に定まるものではなく,使用者に特定の措置を求めるものではないが,労働者の職種,労務内容,労務提供場所等の具体的な状況に応じて,必要な配慮をすることが求められるものであること。
なお,労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)をはじめとする労働安全衛生関係法令においては,事業主の講ずべき具体的な措置が規定されているところであり,これらは当然に遵守されなければならないものであること。
安全配慮義務に関する代表的な最高裁判例には,どのようなものがありますか?
陸上自衛隊事件最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決は,「国は,公務員に対し,国が公務遂行のために設置すべき場所,施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指導のもとに遂行する公務の管理にあたって,公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解すべきである。」として,国が国家公務員に対して負う義務として,安全配慮義務を認めました。
川義事件最高裁昭和59年4月10日第三小法廷判決は,「雇傭契約は,労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが,通常の場合,労働者は,使用者の指定した場所に配置され,使用者の供給する設備,器具等を用いて労務の提供を行うものであるから,使用者は,右の報酬支払義務にとどまらず,労働者が労務提供のため設置する場所,設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において,労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解するのが相当である。」として,民間企業と労働者の間の労働契約についても安全配慮義務を認めるに至っています。
労災保険給付がなされれば,使用者は,労働者から損害賠償請求を受けずに済むのでしょうか。
労基法75条~88条は,労働者が業務上負傷し,または疾病にかかった場合における災害補償について規定しています。この災害補償責任は使用者の無過失責任であり,過失相殺がなされることはなく,原則として平均賃金に対する定率により補償額が決定されており,労災保険法により労災保険制度が整備されています。
労災保険給付がなされた場合,使用者は,同一の事由については,その価額の限度において民法の損害賠償の責を免れることになりますが(労基法84条2項類推),労災保険給付は,慰謝料は対象としておらず,休業損害や逸失利益の全額を補償するものではありません。したがって,労災保険給付がなされている場合であっても,使用者は,労働者から,慰謝料,休業損害や逸失利益で補償されなかった金額について,損害賠償請求を受ける可能性があることになります。
それどころか,業務起因性が肯定されて労災保険給付が行われた場合は,むしろ使用者が安全配慮義務違反の責任を問われて損害賠償義務を負担する可能性が高いとさえいえます。というのも,労災保険法に基づく保険給付は,業務上の事由又は通勤による労働者の負傷,疾病,死亡に対して行われるものですが,業務上の災害といえるためには業務と上記疾病等との間に相当因果関係が必要とされているからです(熊本地裁八代支部公務災害事件最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決,地公災基金東京都支部長(町田高校)事件最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決,横浜南労基所長(東京海上横浜支店)事件最高裁平成12年7月17日第一小法廷判決,神戸東労基所長(ゴールドリングジャパン)事件最高裁平成16年9月7日第三小法廷判決)。
労災における相当因果関係は業務と傷病等との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係をいい,予見可能性の有無により影響を受けない客観的なものであると考えられているため,安全配慮義務違反等を理由とした民事損害賠償請求における相当因果関係と同じものではありません。しかし,業務起因性が肯定されて労災保険給付が行われた場合は,業務と精神疾患 との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする(相当因果関係)があると判断されているわけですから,労働者が使用者に対して安全配慮義務違反を理由として損害賠償請求訴訟を提起した場合も,業務と疾病等との間に相当因果関係があると判断される可能性が高いと言わざるを得ません。
業務と疾病等との間に相当因果関係があるからといって直ちに安全配慮義務違反が認められるわけではなく,安全配慮義務違反があるというためには,結果の具体的予見可能性と結果の回避可能性が必要となりますから,具体的客観的に予見・回避することができないような損害については,使用者は安全配慮義務違反を問われないことになります。立正佼成会事件東京高裁平成20年10月22日判決は,業務とうつ病発症との間の相当因果関係を肯定しつつ,予見可能性がないとして安全配慮義務違反を否定しています。さらに,使用者による結果の予見可能性と回避可能性が肯定されたとしても,使用者が結果を回避しないことが違法と評価できないようなものであれば,使用者が安全配慮義務違反の責任を負うことはないものと考えられます。
しかし,業務と精神疾患との間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)が認められ,労災保険給付が行われたにもかかわらず,結果の予見可能性又は結果の回避可能性がない事例や,使用者が結果を回避しないことが違法と評価できないような事例は従来多くなかったというのが実情であり,業務上精神疾患を発症した事案に関する裁判例の多くは,使用者の責任を認めています。
精神疾患発症の原因が長時間労働,セクハラ,パワハラ等の業務に起因する労災かどうかは,どのように判断すればよろしいでしょうか。
精神疾患を発症した社員が休職と復職を繰り返しても,真面目に働いている社員が不公平感を抱いたり,会社の負担が過度に重くなったりしないようにして会社の活力を維持するためには,どうすればいいと思いますか。
精神疾患を発症した社員が休職と復職を繰り返しても,真面目に働いている社員が不公平感を抱いたり,会社の負担が過度に重くなったりしないようにして会社の活力を維持するためには,休職期間を無給とし,傷病手当金の受給で対応するのが効果的です。休職と復職を繰り返す社員の対応に困っている会社は,休職期間についても賃金が支払われていることが多い印象です。
休職命令の発令,休職期間の延長等に関し,同じような状況にある社員の扱いを異にした場合,紛争になりやすく,敗訴リスクも高まるので,休職制度の運用は公平・平等に行うようにして下さい。
同じような状況にある社員の取扱いを異にする場合は,裁判官が納得できるような合理的理由を説明できるようにしておいて下さい。
精神疾患を発症して休職している社員が提出した主治医の診断に疑問がある場合に,会社が医師を指定して受診を命じたところ当該社員が指定医への受診を拒絶した場合は,どのように対応すればいいでしょうか。
精神疾患 を発症して休職している社員が提出した主治医の診断に疑問がある場合に,会社が医師を指定して受診を命じたところ当該社員が指定医への受診を拒絶した場合は,休職期間満了時までに,債務の本旨に従った労務提供ができる程度にまで精神疾患が改善していないものとして取り扱って復職を認めず,退職扱いとすることができることもあります。
精神疾患を発症して休職している社員が提出した主治医の診断書の内容に疑問がある場合には,どのように対応すればいいでしょうか。
復職の可否を判断するにあたっては,専門医の診断・意見を参考にして下さい。
精神疾患 を発症して休職している社員が提出した主治医の診断書の内容に疑問があるような場合であっても,専門医の診断を軽視することはできません。主治医への面談を求めて診断内容の信用性をチェックしたり,精神疾患に関し専門的知識経験を有する産業医の意見を聴いたりして,病状を確認して下さい。