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退職勧奨したところ,解雇してくれと言い出す。

2012-06-29 | 日記
Q15 退職勧奨したところ,解雇してくれと言い出す。

 退職勧奨した社員から解雇してくれと言われたからといって,安易に解雇すべきではありません。
 後日,解雇が無効であることを前提として,多額の賃金請求を受けるリスクがあります。
 有効な解雇をすることは,必ずしも容易ではありません。
 当該社員が退職することに同意しているのであれば,解雇するのではなく,退職届か合意退職書に署名押印してもらうべきです。

 即時解雇した場合,解雇予告手当の請求を受けることがありますが,解雇予告手当は平均賃金の30日分を支払えば足りますので(労基法20条1項),1か月分の給料の金額程度に過ぎず,たかが知れています。
 解雇予告手当の請求は,解雇の効力を争わないことを前提とした請求なので,解雇予告手当の請求を受けた場合は,むしろ運がよかったと考えられる事案が多いと考えます。
 解雇の無効を前提として,解雇日以降の賃金請求がなされた場合に会社が負担する可能性がある金額は,高額になることが多いからです。
 単純化して説明しますと,月給30万の社員を解雇したところ,解雇の効力が争われ,2年後に判決で解雇が無効と判断された場合は,既発生の未払賃金元本だけで,30万円×24か月=720万円の支払義務を負うことになります。
 解雇が無効と判断された場合,実際には全く仕事をしていない社員に対し,毎月の賃金を支払わなければならないことを理解しておく必要があります。

 解雇期間中の賃金として負担しなければならない金額は,当該社員が解雇されなかったならば労働契約上確実に支給されたであろう賃金の合計額です。
 解雇当時の基本給等を基礎に算定されますが,各種手当,賞与を含めるか,解雇期間中の中間収入を控除するか,所得税等を控除するか等が問題となります。
 通勤手当が実費保障的な性質を有する場合は,通勤手当について負担する必要はありません。
 残業代は,時間外・休日・深夜に勤務して初めて発生するものですから,通常は負担する必要がありませんが,一定の残業代が確実に支給されたと考えられる場合には,残業代についても支払を命じられる可能性があります。
 賞与の支給金額が確定できない場合は,解雇が無効と判断されても,支払を命じられませんが,支給金額が確定できる場合は,賞与についても支払が命じられることがあります。

 解雇された社員に解雇期間中の中間収入がある場合は,その収入があったのと同時期の解雇期間中の賃金のうち,同時期の平均賃金の6割(労基法26条)を超える部分についてのみ控除の対象となるとするのが,最高裁判例です。
 中間収入の額が平均賃金額の4割を超える場合には、更に平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(賞与等)の全額を対象として利益額を控除することが許されることになります。

 賃金から源泉徴収すべき所得税,控除すべき社会保険料については,これらを控除する前の賃金額の支払が命じられることになります。
 その上で,実際の賃金支払に当たり,所得税等を控除することになります。

 仮処分で賃金の仮払いが命じられ,仮払いをしていたとしても,判決では仮払金を差し引いてもらえません。
 賃金の支払を命じる判決が確定した場合は,労働者代理人と連絡を取って,既払の仮払金の充当について調整する必要があります。
 他方,賃金請求が認められなかった場合は,仮払金の返還を求めることになりますが,労働者が無資力となっていて,回収が困難なケースもあります。

 最近では,経営者を挑発して解雇させ,多額の金銭を獲得してから転職しようと考える社員も出てきています。
 また,退職勧奨,解雇のやり取りは,無断録音されていることが多く,録音記録が訴訟で証拠として提出された場合は,証拠として認められてしまいます。
 退職勧奨,解雇を行う場合は,感情的にならないよう普段以上に心掛け,無断録音されていても不都合がないようにしなければなりません。

 労働者側弁護士事務所のウェブサイトの中には,解雇されるとお金をもらえるチャンスであるかのような宣伝しているものも見受けられます
 解雇問題を「ビジネス」として考えている労働者側弁護士もいることに注意しなければなりません。

 解雇してくれと言われて解雇したところ,解雇の効力が争われ,解雇が無効と判断されるリスクが高いような場合は,解雇を撤回し,就労を命じる必要がある場合もあります。
 この場合,概ね,解雇日の翌日から解雇撤回後に就労を命じた初日の前日までの解雇期間に対する賃金の支払義務を負うことになります。
 解雇を撤回して就労を命じた場合,実際に戻ってくるのは3人~4人に1人程度という印象です。
 解雇期間中の賃金請求をする目的で形式的に復職を求める体裁を取り繕う労働者が多いですが,要望どおり解雇を撤回して就労命令を出してみると,いろいろ理由を付けて,実際には復職してこないことも多いというのが実情です。

 勤務態度が悪い社員,能力が著しく低い社員を退職勧奨したところ,解雇して欲しいと言われ,本当の理由を告げて解雇すると本人が傷つくからといった理由で,解雇理由を「事業の縮小その他やむを得ない事由」等による会社都合の解雇(整理解雇)とする事案が散見されます。
 このような事案で解雇の効力が争われた場合,整理解雇の有効要件を満たさない以上,会社側が負ける可能性が高くなります。
 解雇が避けられない場合,ありのままの解雇理由を伝える必要があります。
 無用の気遣いをして,ありのままの解雇理由を伝えられないと,裏目の結果となることが多くなります。

 「事業主から退職するよう勧奨を受けたこと。」(雇用保険法施行規則36条9号)は,「特定受給資格者」(雇用保険法23条1項)に該当するため(雇用保険法23条2項2号),退職勧奨による退職は会社都合の解雇等の場合と同様の扱いとなり,労働者が失業手当を受給する上で不利益を受けることにはなりません。
 つまり,失業手当の受給条件を良くするために解雇する必要はありません。
 退職届を出してしまうと,失業手当の受給条件が不利になると誤解されていることがありますので,丁寧に説明し,誤解を解く努力をするようにして下さい。
 なお,助成金との関係でも,会社都合の解雇をしたのと同様の取り扱いとなることには,注意が必要です。

弁護士 藤田 進太郎

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