l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

バルビゾンからの贈りもの 至高なる風景の輝き―

2010-10-25 | アート鑑賞
府中市美術館 2010年9月17日(金)-11月23日(火・祝)



府中市美術館は今年開館十周年を迎えたとのことで、その記念展として企画されたのが本展。バルビゾン派の作品が明治の日本近代洋画に与えた影響を、「バルビゾン村」と「武蔵野」をキーワードに国内外の作品約120点で展観するという意欲的な試み。

実は観に行ったのは今月あたまの秋晴れの週末。東府中駅から歩いて府中の森公園に近づくと、まだ青々とした葉が茂る美しい並木道が現れ、そこはかとなく金木犀の甘い香りが。公園の中に一歩足を踏み入れれば木々の植わり方が西洋風に感じ、展覧会名のおかげもあって何だかヨーロッパの森を歩いているような気分に(元来単純な性格なので暗示にかかりやすい)。

さて、クールベの風景画が出迎えてくれるこの展覧会は、以下のように四つの章立てになっていた:

第一章 ドラマチック・バルビゾン
第二章 田園への祈り―バルビゾン派と日本風景画の胎動
第三章 人と風景―その光と色彩の輝き
第四章 バルビゾンからの贈りもの―光と色彩の結実


上記の章はさらにそれぞれに丁寧なカテゴリー分けがなされていたりもしたが、私はあまり意識せず、次々に立ち現れる風景に誘われるままに展示室を観て回った。

まず、バルビゾン派は戸外制作にこだわったということで、エルネスト・ルヌーという人の野外写生用具一式(絵の具箱、イーゼル、椅子、パラソル)の展示や、シャルル=フランソワ・ドービニーの、自分が使っていた写生専用の舟(「ボタン号」という可愛い名前のこの小舟には、ちゃんと屋根つきの部屋が設えられた本格的なもの)を描いたエッチング作品などが並び、工夫された導入部でスタート。

以下、個人的に印象に残った絵画作品を挙げておきます:

『鵞鳥番の少女』 ジャン=フランソワ・ミレー (1866-67年)

水鳥のいる風景は和むものだが、この喧しそうな鵞鳥たちの群れには思わず微笑んでしまう。上を向いてくちばしをパックリ開けて鳴いているのもいて、彼らの元気な声が聞こえてきそう。

『夕暮れのバルビゾン村』 ピエール・エティエンヌ・テオドール・ルソー (1864年頃)



夕暮れ時の日の名残り。空を染めるバーミリオンが印象的。

『東都今戸橋乃夜景』 松本民治 (1877年頃)

夜空に明るく輝くまん丸のお月さま。中央を流れる川はその月光の反映を川面に棚引かせ、両脇に並ぶつましい家々の障子からは蝋燭の灯りが洩れている。よく目を凝らせば夜空にも雲が浮かび、画家は月光を浴びている部分と逆光になっている部分とをうまく表情をつけて描き分けている。得も言われぬ叙情が漂う明治の東京の街。描かれているのは西洋の街ながら、私の好きなイギリス人画家、アトキンソン・グリムショウが連想された(グリムショウにご興味のある方はこちらをどうぞ)。

『墨水桜花輝燿の景』 高橋由一 (1874年)



歌川広重あたりが油彩を操ったら、こんな絵を描いたかもしれませんね。

『景色』 本多錦吉郎 (1898年)



初めて知る画家だが、上手いなぁ、と思って足が止まった。手前の大きな木や、奥の方の、まるで竹ぼうきを逆さに立てたようなカサカサの木立。日本の秋冬の風土を見事に描き切っているように思います。チラシの裏に、この絵の舞台となった府中のけやき並木の100年前と現在の様子が映っていますが、木々が今も青々と茂っているのにほっとします。

『森の小径(ル・クール夫人とその子供たち) オーギュスト・ルノワール (1870年)

この画家の作品にしては(と言っては失礼だけれど)、風通しのよい、すっきりとした風景画。

『富士』 和田英作 (1899年)



夕日を柔らかく反映する富士山の山肌や、手前の山の稜線が薄紫の落ち着いたグラデーションで描かれていて、清涼な空気感が伝わってくる素敵な絵。

同じく和田による『波頭の夕暮』(1897年)は、着物の裾を端折った明治の農民たちと、目の前を流れるパステル調の虹色の川が何とも不思議なコンビネーションだった。

『信州景色』 中川八郎 (1920年)



珍しく美しい青空がのぞく風景。大気が乾燥した日本の冬の空は、ウェッジウッドのジャスパーウェアーのようなマットな青い色が美しく広がるので、よく見上げる私。

同じ画家による大きめの木炭画、『雪葉帰牧』(1897年)も、上記とは違いモノトーンの世界だが、しんとした日本の雪国の迫力が漂う素晴らしい作品だった。

最後の方に(一旦展示室を出たところに)『鎮守の森』 正宗得三郎(1954年)という作品があって、その解説に「湿度が多く、光が弱いとされる日本の風景にもかかわらず、果敢に色彩を見出している」とあったが、私は常々日本の風景を油彩で描くのは大変なのではないかと思っている(まぁ対象にもよりますが)。別の解説には「湿潤な風土を描く上でも、油彩画は茫洋とした輪郭を光と色で補うのに好都合」とありましたが、さて?

落ち葉の積もる秋の府中の森公園もいい雰囲気ですので、まだ行かれてない方は散策がてら本展をのぞくのもいいかもしれません。