【本日は連休最終日。予約投稿にて】
以前「やたら少数意見に光を当てようとする」と書いたが、その流れはさらに加速しているように思える。
様々な少数派の権利や主張に対しての反対意見が物凄く叩かれ、やたら謝罪や放映差し替えが行われる。さらに多様化の気運も高まりつつあり、やたら気を遣うことが非常に増えている。どのような状況においても大切なことは10年後20年後を見据えた場合に、その主張や気遣いが目先だけではないのか?利己的なものではないのか?全体的に考えてどうなのか?だと思う。共感出来ることももちろんあるのだが、そうでもないことはきっと主張ばかりで「その代わりこうします」というような代替案をあまり耳にしないからかもしれない。
少数意見に耳を傾ける姿勢もデモ行進で声に出すこと・出し続けるも大切なことだと思う。そしてそれらの主張が世論を巻き込んで、気運が高まるか否かだと思うのだが、最近は非常に早い段階で方針や傾向が転換される傾向にある。そこにも様々な配慮が見え隠れするのだが、実際には静かなる賛成も世の中の大多数いるのも事実なので、もう少し気運が高まるかを見定めないと全体のバランスが悪くなってしまうと思う。残念ながらあくまでも現時点ではまだ少数であって過半数ではないと思う。
以前自然災害で支援が届かない小さな村で「我々は見捨てられた」と嘆く住民がインタビューに答えていた。気持ちは分からないではないが、物事にはどうしても優先順位があるもので、限られた陣営では人口の少ない市町村よりも人口の多い方の復興を優先するのは仕方がないことだろう。無人駅には優先的にホームゲートは設置されないものである。
今後様々な事案の気運がどのように高まるのかを注視していきたいと思う。