だんだん

2010-04-23 23:59:46 | Weblog
 毎日欠かさず見ている朝の「連続テレビ小説」。もらい泣きの止まらない結婚式と故郷の出発の瞬間を経て、いよいよ東京へ移動中。
 これで両家の両親が出てこなくなるのがなんともサミシイ。もう見なくなっちゃうかもよ、と思ったくらい(笑)。
 それと、方言が聞けなくなるのもサミシイ。鳥取の方言て今まで聞いたことがないから、とっても新鮮だった。
 ありがとうは「だんだん」と言う。いいことばだなあ。
 飯田家は酒屋というのも親しみがあって、祖母が若いころはあんな感じだったのかなあなんて想像していた。伯父も「おおきに」(和歌山弁でありがとう)と言っていたっけ。標準語ではない言語があることは、表現する言葉を二種類もっているということで、私にとっては宝物に見える。とってもうらやましい。自分の心情を表すのに、その土地、その風土の中で生まれ育った言葉をもっていることは、すっごくうらやましい。

 話がひろがってしまったが、明日も楽しみにしています、布美枝さん。

深いところに響くことば

2010-04-23 23:40:16 | Weblog
 本格的に落ち込む時の理由が一つのことではない(きっかけになることはあったとしても)ように、浮かび上がる時もいろいろなことが助け手となって引っ張り上げられる。
 今回は、野山を駆け回ることがあって、高尾山の自然があって、きちんとした食べ物を摂って、充分な休養があって、その上で少し前恩師から届いていた手紙に今日やっとレスポンスすることができた。
 お忙しいのにいつも会って話すことを大切にしてくださるその方との時間は、ふりかえってみればいつも私の人生のターニングポイントの瞬間であった。
 今回も、お会いしてゆっくりお話ししたいなあと思って電話をかけたのだけど、あまりに久しぶりすぎてまずは電話でのやりとりとなった。
 そんなに大事な方なのに、もう丸2年お会いしていないことに気がついて我ながら驚いた。
 
 それだけのブランクがあっても、少しことばを交わすだけで十分に心に響いてくる。
 この人のことばはどうしてこんなにふかあくまっすぐに響いてくるのかな。話しながら考える。多分、一番大きいのは、私が信頼しているからだということ。人生や自分の心の問題で、わからないこと悩むことはどんなことでも持っていける。そして、必ず答えをもっている、あるいは受け止めてくれるという信頼感。この人はどんなことがあっても私を傷つけることはしないという安心感(ここでマイナス要因が出てくるところが何とも……だが)。冷静沈着で理路整然としながら、父性と母性の温かさを兼ね備える。情感豊かで美しいものを美しいと言える感覚をもっておられる。
 後半は電話を切ってから考えたことだけど、でもだんだん、いろいろなことが見えて来た。
 これまでとはまた違った関係性となった今、どういうおつきあいになっていくのか楽しみになってきた。
 いつかお会いする機会を楽しみに待っていよう。(そしてたぶんそれまでにまた心の中にいろいろなことが起きていくんだ。)