山川草一郎ブログ

保守系無党派・山川草一郎の時事評論です。主に日本外交論、二大政党制論、メディア論などを扱ってます。

「骨抜き改革」に必死で抵抗する理由

2005年07月14日 | 政局ウォッチ
郵政民営化をめぐる議論を見ていて、どうしても腑に落ちないことがある。小泉政権を批判する論者が、「郵政民営化より先に解決すべき課題が山ほどある」と政策の優先順位を問題にしつつ、同時に民営化法案に対しては「骨抜きの欠陥法案で、成立しても何も変わらない」と過小評価していることだ。

何も変わらない「骨抜き改革」なら、さっさとやらせて「もっと重要な課題」に取り組む環境を整備すべきではないか。素人はそう考えてしまう。民営化反対派の議員が抵抗すればするほど、口では「骨抜き」と言いながら、よほど民営化されたら困る事情でもあるんだろうな、と逆に勘繰ってしまう。所属政党が空中分解の危機になろうと守らなくてはならない郵便事業には一体、どんなおいしいカラクリが隠されているのだろう。

毎日新聞経済部の岩崎誠記者が14日付朝刊の「郵政民営化の、そもそも論」と題するコラムで、面白い持論を披露している。「民営化それ自体で、資金の流れは官から民へとは変わらない」というエコノミストの言説を紹介し、「資金の流れを非効率な官から成長力のある民に変えて経済を活性化させる」という政府の説明を真っ向から否定したものだ。

記事は―
(1)2001年4月の財政投融資制度改革で、郵貯・簡保の資金が大蔵省を経て自動的に特殊法人に流れるシステムはなくなった。
(2)銀行の貸出残高は減少しており、民間企業の資金のだぶつきなどを考慮すると、民営化で資金が官から民へ流れるとは思えない。
(3)今は郵貯の金利が民間を下回っており、必ずしも官が有利な条件で金をかき集めているとは言えない。
―といった観点から、政府の説明に疑義ありとの見解を提示。その上で、次のように主張する。

そうした問題を踏まえ、あえて私は、現実的な判断として今回の法案で民営化した方がいいと思う。政府の言うように民営化で年間数千億円が納税され、7兆~8兆円の持ち株会社株売却益が国庫に入れば、国民の負担はその分だけ軽減される。

民営化されれば株主の圧力で組織効率化も避けられなくなるだろうし、民間との競争が進めば郵便料金の一部が値下げされたり、取り扱う金融商品の品ぞろえ強化など消費者利便が増す期待もある。また、小泉首相以外に民営化を進める首相は現れないだろう。

だからこそ、政府は誠実に説明責任を果たす必要がある。「官から民へ」と空疎なスローガンを繰り返して押し切れるはずはない。参院で法案が否決され「官から民への資金の流れは、民営化をPRする政府広報費6億円だけだった」というブラックユーモアで終わらせてはならない。


「官から民へ」のスローガンは元々、郵政民営化による資金の流れを説明したものではなかったと思う。それは「小さな政府」を目指す小泉内閣の基本方針を分かりやすく象徴した言葉であって、小泉純一郎首相の答弁を正確に引けば「民間でできることは、民間に」ということになる。

これは「労働」に直結する問題だ。民営化によって郵便局職員は公務員でなくなる。新規参入事業者と同一条件で競争するから、民営化された郵便会社は組織を効率化しなくてはならない。国営時代、公社時代の職員数は、民営化で減らされる可能性がある。人事制度も合理化され、いずれは特定局長の地位も廃止されかねない。

そうしたシビアな現実から目をそらすため、政府は論点を「人」から「金」へと意図的にずらしてきたのではないか。民主党を含む民営化反対勢力にとっても、「職員の労働条件維持」を前面に打ち出せば民間の反発を買うのは必至だから、国会論戦で「資金」に関心が集中するのは都合がよかった。

民主党は「日本郵政公社を存続させたまま、郵貯簡保を段階的に縮小すれば問題は解決する。だから民営化は不要」との論法で押し通した。縮小するのは「資金」であって、公社の「組織」そのものではない。ここが重要だ。

「民営化しても儲からない」と反対派が言えば、「経営努力で何とでもなる」と首相が答える。確かに乱暴な答弁ではあるが、「リストラ」という不穏な言葉を使わずに政府方針を説明しようと思えば、答弁は曖昧にならざるを得ない。

「労働」問題を争点からはずし、意図的に「金融」問題にすりかえた小泉首相は、民営化反対勢力に対して、非常に気を配っていたことになる。資金の流れから見れば「何も変わらない骨抜き法案」だが、労働面から見れば、なるほど首相の言う通り「骨太の法案」なのかも知れない。

そう思って眺めてみれば、「骨抜き改革」に必死に抵抗する議員たちの「本気ぶり」も妙に納得できるではないか。(了)

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5 コメント

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小泉改革の真意 (鹿島)
2005-07-26 12:29:17
久しぶりに投稿させていただきます。



郵政民営化の目的は表向き、特殊法人整理を資金面(入口)から促すことにあったと自分は理解してます。あくまで主眼は財政改革であり行政改革は副次的なものにすぎないということですが、特定郵便局と自民党の関係等その政治面まで考慮すれば、真の目的が郵政の組織そのものにあったとしても、なるほど不思議ではありません。



そこで、民営化の国家全体に及ぼす現実的影響を考えますと、もしこの問題から「政治理念に基づいた政界大再編」が結果として達成されたとすれば、行財政改革など比較にならないほど圧倒的・最大の成果となるでしょう。

「自民党をぶっ壊す」と豪語し首相に就任した小泉氏が、その言葉通りの目的のため郵政問題に的を絞り現在に至っているのなら、私にとって小泉首相は心より尊敬できる大政治家となります。



私が小泉首相についてこのように考えたくなる理由は氏の言葉以外にもあります。

それは「『完全』民営化後の郵貯・簡保は恐らく経営が成り立たたず、放っておいても自然に縮小するか実質廃止となるだろう」との考えでいるからです。(あくまで「完全」が前提ですが)



いまでこそ超金融緩和が続いておりどの金融機関も国債を買い捲っている状況ですが、やがて経済が正常な状態に戻り預金金利が数パーセントになれば、その預金金利に更に数パーセントを上乗せした利回りで、その預り資産を運用しなければ経営は成り立ちません。融資を含む資産運用の経験が全く無く、財投資金に市場原理が導入されるとともに政府の信用も薄れた郵貯・簡保というお役所的巨大組織が、果たして外資を含めた民間金融機関との競争に生き残れるか?



郵貯・簡保の縮小が避けられないとすれば、郵便事業だけでその巨大組織を維持することは不可能でしょうから、やがて組織自体も大幅に縮小せざるを得なくなる。特定郵便局もその例外ではあり得ない。自民党の大きな基板の一つが崩れるかどうかの問題なら、自民党を壊すきっかけに十分なり得る。



このような見込みのもとで、小泉首相が動いていることを私は夢見ています。結果的に郵政改革が骨抜きに終わったとしても、これまた結果として「政治理念に基づく政界大再編」が現実となれば、日本にもかすかな希望が芽生えます。
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なるほど (山川草一郎)
2005-07-26 20:03:41
鹿島さん、お久しぶりです。そういえば鹿島さんは元々、金融方面の専門でいらっしゃいましたね。私はそちら方面に明るくはないのもので、あくまで「政局」として眺めていますが、鹿島さんのおっしゃる意味は経済オンチの私にも何となく分かる気がします。



「『完全』民営化後の郵貯・簡保は恐らく経営が成り立たたず、放っておいても自然に縮小するか実質廃止となるだろう」というご見解に関しては、26日付朝日新聞オピニオン面で、論説委員の山脇岳志氏が同様の見方を提示しています。以下、関係部分を抜粋引用します。



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 民営化の大きな目的は、資金が非効率に使われることの多い公的金融を縮小することだ。日本の特徴は、諸外国にない郵貯・簡保の巨大すぎる規模にある。

 郵政民営化法案は、07年に分社化された後の郵貯銀行、郵便保険会社を「民有・民営」にしたのが特徴だ。

 貯金などへの政府保証をなくし、政府系の持ち株会社から金融2社を切り離すことで「国営もどき」という印象を避けるのも、「民間と完全に同じ条件にする」ためだ。そうすれば自然に資金量も縮小するはずと考える。



 「郵貯・簡保の縮小」は政府案を厳しく批判する民主党も同じで、「当面は公社のまま、郵貯の預け入れ限度額を引き下げる」というものだ。

 しかし、民主党案にはいくつかの疑問がある。

 一つは実現性だ。政権を取って実行するにしても、支援団体である郵政関係労組の反対を押し切って、引き下げられるのか。全特の支援を受けてきた自民党政権下で、限度額が引き下げられたことは一度もない。

 また、民主党案は、金融事業の縮小に伴って当然生じる職員の雇用問題に触れていない。

 郵政公社職員26万人のうち、半数近くの給与は郵貯・簡保の収益で賄われている。限度額を引き下げる民主党案だと、政府案より早く赤字に転落することが予想される。

 税金をいくらつぎ込んでもいいという立場なら話は別だが、赤字を避けるなら、職員や郵便局の数を減らすしかない。

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あまり言いたくはありませんが、郵政民営化問題への国民の関心の低さは、当初のマスコミの無理解がかなり影響していると思います。



小泉首相の師匠筋にあたる千葉商科大の加藤寛学長らは、小泉政権の発足当初から「郵政民営化の本質は、財政投融資の抜本改革」と明確に言っていましたが、その頃のメディアは「郵便局がなくなる」という論点をしきりに報じていました。



民営化法案が出てきたあたりで、「報道ステーション」がようやく郵貯・簡保資金の問題を取り上げました。猪瀬直樹氏あたりからレクチャーを受けたのでしょうが、

「これが隠された論点だ」というトーンで大々的に報じているのを見て、「何を今さら」と思わずにはいられませんでした。



「資金」に焦点が移った後も、既に郵政民営化に懐疑的な姿勢を打ち出してしまった後だっただけに、テレビや新聞は妙に意固地になって、「財政投融資の資金の流れは改革すべきだが、小泉政権は国民への説明責任を果たしていない」といった煮えきれない、中途半端なスタンスに終始した気がします。



その後は、もっぱら国会論戦でも「資金」の話が焦点になったようですが、加藤氏や猪瀬氏らの思惑を越えて、小泉氏と竹中平蔵氏には、最初からもっと大きな展望があったのだと思います。



それはやはり「労働」の問題でしょう。よく考えれば、小泉首相は明確に言っていました。「郵便局職員は本当に公務員でなければならないのか」と。国家の歳出構造改革には人件費カットしかありません。たかが人件費ですが、されど人件費なのです。



「民間でできることは民間に」「官から民へ」のスローガンは、言いかえれば「政府のリストラ」です。小泉政権の「冷たい構造改革」によって、民間企業でリストラが進む中、このまま郵政法案が葬られ、政府部門だけが例外的に職員数を維持するとしたら、サラリーマンはむしろ怒るべきではないでしょうか。



「国鉄と違って赤字でもない郵政公社をなぜ民営化するのか」という人がいますが、「小さな政府」を目指す小泉政権にとって、赤字かどうかは最初から重要ではなかったのです。



そうしたことは、頭では理解できても、特定局長に支援された自民党議員や、旧全郵政系労組に支援された民主党議員には、なかなか賛成できない話ではありましょう。「郵政事業の切り離し」が最大目標である政府と「職員の労働条件維持」を求める議会とが対立している以上、議論は噛み合いませんから、どんなに粘り強く説得しても、自ずと限界はあるはずです。



「小泉首相は実は解散を望んでいるんだ」と言う人もいますが、本当のところは分かりません。「出たとこ勝負」「後は野となれ、山となれ」というのが、実相に近いのではないでしょうか。



反対派を削ぎ落とした自民党は、新自由主義政党として純化されることでしょう。このブログでも何度か指摘してきたとおり、そうなれば今度は天下の反対党たる民主党の姿勢が問われるはずです。



郵政民営化をめぐる議論を見る限り、民主党は「大きな政府」を容認するリベラル政党に向かっているようです。二大政党制を支持する立場としては、自民と民主の対立軸が明確化するのは、歓迎すべきことなのでしょうが、森政権時代に「規制緩和」「小さな政府」を掲げ、あんなに輝いて見えた民主党の変貌ぶりには、内心複雑なものを感じてしまいます。

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次は民主党の番 (鹿島)
2005-07-27 10:23:33
早速の返信ありがとうございます。



本来なら、自民党内の既得権益代表者・民主党内の労組利益代表者が選挙により淘汰され、その後の政界再編となるべきでした。けれども、有権者にそこまで期待することにそもそも無理があったのかも知れません。



ならば政治家の側からの変革。



もし、郵政民営化法案が否決・総選挙となれば、次は民主党議員の行動が問われます。民主党に大きな疑問を感じている多くの若手議員などには、「機を見る」のではなく自ら「機を創り出す」気概を持った行動を望みます。



追伸:日本は否応無く「大きな政府」になってしまうのですから大きな政府「志向」の政治などはあり得ないしあってはならない。と、有権者に向って叫びたい心境です。
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民主党にとってはチャンス (山川草一郎)
2005-07-27 13:52:41
民主党にとっては、1993年に自民党が分裂選挙に突入して細川政権が誕生したとき以来のビッグチャンスですから、今は結束を保ってじっと待つのが鉄則でしょう。



政権を目指す政党としては、それは当然のことですから、良識ある若手議員に今の段階での政界再編を求めるのは、やや酷ではないかと、私個人は思っています。



民主党が結束を保つための方便が「公社のまま郵貯・簡保を縮小」という議論。相手の土俵から降りて、別の土俵を提示することで党内をまとめるのは、「小さな政府」論者を多く抱える民主党としては的確な戦略でした。



自信に満ちた口調で、雄弁に政策を語っている(ように見える)仙谷由人政調会長の、政略家としての功績は大きいと思います。



民主党が、福祉や人権、雇用、環境に重点を置く進歩主義政党を目指すのなら、それはそれで結構なことだと、私自身は思っています。2大政党の両方が「新自由主義」を目指すのは、非常に危険ですから。今は両党とも中途半端なのが問題ですが、小泉政権下の4年間で少しずつ明確になってきた気がします。



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ホメゴロシ (山川草一郎)
2005-08-05 00:30:59
CS朝日ニュースターの番組を眺めていたら、民主党の仙谷由人政調会長がこう言っていた。



「政府は説明したがらないが、郵政民営化法案は、日本株式会社のリストラ法案ですよ」

「必要だということを説明しないから、小泉さんと竹中さんが趣味でやってるように見えてしまう」



…やっぱり、この人は賢い。すべて見通した上で「公社維持のまま郵貯・簡保を縮小」という“目くらまし案”を考案、提唱していたのだ。



頭脳明晰。民主党きってのイデオローグ。弁護士ならではの達者な弁舌で、「政局」を「政策」に見せかける。民主党には珍しい政治家らしい政治家だ。



と誉め殺してみるテスト。
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