毎日が山のこと

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飯縄山(2022年4月28日)

2022-04-29 11:12:17 | 山日記

長野の飯縄山に登った。

北信五岳と称される山々の中でもっともアプローチしやすい山だ。

飯縄山の西に広がる戸隠高原にはスノーシューなどでなんどか訪れていて、飯縄山の一角である瑪瑙山までリフトで上がり、スノーシューで歩いてくだったことがある。

長野駅からループ経由の戸隠キャンプ場行きのバスにのり、飯綱登山口でおりた。

アルピコグループのバスは独自のICカードを導入しているのでSUICAは使えない。

登山道は飯縄山にむかってまっすぐ伸びる舗装道路ではじまる。

バードラインの反対側はゴルフ場だ。

登山道の両側は別荘地だった。ゆとりのある敷地に結構大きな建物がたっている。

「こんな別荘暮らししてみたいな」などと考えるのだが、私はすぐに飽きてしまうだろう。

標高1000mをこえるこのあたりは、初夏ではなくまだ春だ。

別荘の敷地のあちこちにフキノトウがほころんでいた。

舗装道路の終点に駐車スペースがあって5台ほど車がとめてあった。

そういえばバスの登山客は私一人だけだった。やはりマイカー登山の時代だ。

カラマツの林のなかをゆったりと登っていく。新芽が明るく美しい。

登山道の入口と途中の林道を横切った先とに木の鳥居があった。

ときどきウグイスがよく通る声で歌う。

右手に白い木の花が見えた。コブシならもう散っているだろう、タムシバかなと思いながら写真におさめた。

振り返って左手を見るとすぐ目の前に1合目の標識と不動明王の石像があった。

かたわらの看板には十三仏とは死後33回忌まで司る仏たちで、飯縄山を来世に至る道と考えて順番に祀ったようだ。

欠けて失われていた2体を彫り直して安置したらしい。

そういえば「いいずな」という動物の伝説があった思い、帰ってから調べてみたら、伝説ではなくて実在の動物だった。

イタチ科の動物で北海道、東北地方から本州中部にかけて生息しているそうだ。

オオカメノキのような葉の木の枝に花が並んで咲いていた。

リズミカルでかわいらしい。保育園児のお散歩のようだ。

少し登ると2番目の石仏、釈迦如来があった。かたわらに標高の木柱がそえてある。ありがたい。

三文殊から次々と石仏があらわれ、全部写真には撮ったもののここで並べてもしかたがないので割愛する。

ちなみに名前だけ並べると四普賢、五地蔵、六弥勒、七薬師、八観音と続く。

なぜこの順番なのか?曼荼羅と関係があるのだろうか。

九番目は勢至菩薩だった。このあたりから道は少しけわしくなった。

十番目は馬頭観音。そのすぐ上に十一番目の阿しゅく如来があって少し広くなっていた。

駒つなぎ場との案内表示がある。

ここから道は尾根をはずれて右手の斜面へとのぼっていく。

雪のせいだろう。木の幹が大きく曲がっている。

斜面の道の折り返し、沢筋には南斜面とはいえ雪が残っていた。

雪のすぐ下から水がでていて、看板に「富士見の水場」と書いてある。

このあたりから天気が良ければ富士山が見えるのかもしれない。

斜面をジグザグに登っていくと「天狗の硯石」と呼ばれる大きな石があった。

たしかに四角くて平らなだ。

 

その少し上に十三番の虚空蔵菩薩の石仏があった。これで13体がそろった。

でもここはこれといって目標となるような地形ではない。

なぜここまでで13体を並べたのかはよくわからない。

でもこのあたりから大きな樹木がなくなって振り返ると展望が開けていた。

見上げれば地図に飯縄大明神の祠があると示されている最初のピークが目の前だった。

考えてみるとこのあたりから上では石仏を安置しても雪崩で失われてしまうかもしれない。

「あとひと登りかな」そんなことを考えながら少し重くなった足を前に出す。

西の方を見ると上は雲に隠れているが戸隠連峰の西岳あたりと思われる山裾が見えていた。

ふと見上げると雪がある。稜線に出たようだ。

標識に中社の文字が見える。戸隠中社からの登山道との合流点だった。

標高は1840mくらいだろう。

さすがに北西からの季節風をうける山頂稜線にはまだたっぷりと雪が残っていた。

雪は中社にむかう稜線の上にも白く見えていた。そしてそちらに向う足跡は見当たらない。

「どうも同じ道を戻ったほうがよさそうだな」

帰りは中社に下りようと考えていたが、考え直すことにして山頂へとむかった。

残雪の中に祠と鳥居があった。

これが大明神の祠かと思った。

他に小さな石の祠があちこちにある。

このピークには9合目の標識があってダケカンバの木々にかこまれて残雪がたっぷりと残っていた。

そしてピークの南東側に行くと建物と鳥居があった。これが飯縄大明神だった。

鳥居のところからは飯綱高原が一望できた。遠く善光寺平やその向こうには志賀高原の山々が見えるはずだが、雨上がりの今日はまだ雲に遮られて見えない。

いよいよ飯縄山の山頂だ。北の空は晴れ上がっている。

そこに至る稜線もたっぷりの残雪の中を歩く。

適度に固くなっているので足がもぐることはほとんどなかった。

ふとみると残雪に丸い窓があいて竹の葉が覗いていた。

ゆるやかな稜線をゆっくり登り詰める。

12時10分。山頂に到着。登山口から2時間50分かかった。

西の戸隠山や高妻山はまだ雲に隠されていて山裾しか見えない。

でも山頂の北のハズレまで行くと妙高山から火打山、焼山と続く山々がよく見渡せた。

すぐ目の前は稜線続きの霊仙寺山。その右下に野尻湖らしい湖が見えている。

今日は、日本海に近いほうが天気がいいようだ。

この時は妙高の山頂付近だけ雲に隠れていた。

休んでいるうちに雲が取れることを期待して、山頂標識の東側でランチタイムとした。

弱い南寄りの風が吹いているが、座っていても日差しが暖かい。

しかし、南側にはまだ雲がたくさん残っていて、志賀の山々も見えない。

コーヒーを入れながらもう一度西の方を見ると高妻山が姿を現しだした。

カメラをもって雪の上に戻ってしばらく待つとようやく雲が流れて高妻山の全容があらわれた。

残雪をまとった三角錐の姿は堂々として立派だ。

さらにもう一度山頂の北のハズレにいってみると妙高山の山頂の雲もとれて、火打山、焼山までがすっきりと見渡せた。

もっと待っていれば東の方も雲がとれるかもしれないが、日帰り旅なのでそうそうのんびりとはしていられない。12時55分下山を開始した。

大明神のピークへと歩く途中で戸隠山を見るとすっかり雲がとれていた。

そして大明神のピークからは霞んでいるけれども北アルプスも見え始めていた。

中社へ下ることはやはり途中の急斜面に残雪があるかもしれないのでやめにして、登ってきた道を引き返すことにした。

バスは一時間に1本なので、時刻を確認。急げば2時台のバスに間に合いそうだ。

途中の駒つなぎ場で休憩しながらタイムを再確認。この分なら無理に急がなくても間に合いそうだ。

無事、別荘地に出て歩いていると目の前の木の枝から小鳥が飛び出してすぐそばの枝にとまった。

みるとヤマガラだった。望遠にしなくても写真にとれるくらいすぐそばだった。

つかれた足には舗装の道は歩きにくいので途中から一の鳥居苑地への道を歩いた。

とても歩きやすい林間の散歩道だ。

そして着いた一の鳥居苑池は、出発した飯綱登山口とは目と鼻の距離だった。

ここは登山者も自由に利用できる大きな駐車場でトイレもある。

2時38分。バスの時刻の10分前だった。


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