毎日が山のこと

最近の山歩きの記録はもちろん、作ってみた山行プラン、過去の山歩きの記録も順次掲載中です。

紅葉真っ盛りの尼ヶ禿山とブナ平(2020年10月25日)

2021-09-28 20:09:20 | 山日記

秋の紅葉シーズンが近いので、昨年10月下旬に行った群馬県の尼ヶ禿山を紹介しておこう。

最初から最後まで紅葉と黄葉の中のハイキングだった。

ただ、アクセスの公共交通がないのでマイカーが前提になる。

たんばら高原はスキー場があるので立派な舗装道路がある。たんばら高原にはいると左下に玉原ダムと玉原湖が見下ろせる。

その先で右に上がっていくのがスキー場への道。そこを上がらずに先へと進むとビジターセンターのような建物と駐車場がある。

トイレもあるが、食堂などは今は営業していないようだ。

9時20分、駐車場に車をとめるともうそこは別世界!

たんばら高原には人工の植林地はほとんどない。天然の針葉樹林も少ないのでまさに全山紅葉の世界となる。

駐車場からはゆるやかに下って玉原湿原へとむかう。今日は二人の女性をご案内だ。

湿原の入口には小さな祠があって鳥居もある。十二宮神社というらしい。

湿原にむかって紅葉の森へと入っていく。この日はいい天気で最高の気分。

湿原に入ると視界が開け、周囲の紅葉の森が見渡せる。湿原には鹿などから植物を守るためのネットが設置されていた。

草モミジが暖かいじゅうたんのようだ。

湿原をはなれ、尼がはげ山へと森の中へと入っていく。

湿原が標高1200mくらいで、尼ヶ禿山が1466m。標高差はわずか260mあまり。しかもあまり急な所はない。

一度東大のセミナーハウスの傍を通る、その辺は広場のように整備されている。

その先からいよいよ尼ヶ禿山ののぼりとなるがあまりきついところはないので心配はいらない。

山頂が近づくと左手、南側の視界が開ける。見下ろす世界は一面の黄葉の森だ。

10時55分、山頂に到着。出発から1時間半だ。

斜面の森にはいろいろな木が生えているらしく、黄葉、紅葉いろとりどりだ。

尼ヶ禿山を下って、こんどは北側の山に登っていく。そこはブナの巨木が林立するブナ平だ。

岩の上に落ちた樹木の種がコケの上か岩の割れ目で芽をだし、必死で根を伸ばして生き抜いてきたのだ。

これはブナ地蔵と呼ばれている。ブナの根がコブのようになってお地蔵さんが並んでいるように見える、といえばそう見えなくもない(笑)。

もう説明はやめよう。

午後2時、ブナ平からセンターハウスと玉原湿原の中間の道に戻ってきた。もう駐車場は近い。

マイカーを利用できれば、自然に恵まれ、高低差も少なく、道もはっきりしていて心配がない。10月中旬すぎがピークだと思う。

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ヤマナラシ

2021-09-28 14:50:33 | その他

近所の公園でめずらしい形の葉を見つけた。

もうきれいに色づいて落ちていた。

シラカバの葉に似ているが、その公園にはシラカバは植えられていない。

画像を詳しい人に送って見てもらったら、ヤマナラシだろうという。

ポプラの仲間だそうだ。

見分け方のコツは、葉の形とともに、葉柄が平たくなっているのだそうだ。

葉柄がうすっぺらいので少しの風でも葉がそよいでザワザワする。

それで「ヤマナラシ」だそうだ。

このことを教わってからもう一度公園にいって木を見上げると、樹形にポプラっぽいところがある。

山を歩いていて、花の名前もさることながら、樹木の名前を知りたいと前から思っていた。

しかし、大木ともなると葉の形もなかなか見分けられない。

秋になったこれからは、落葉によって木の種類も判別しやすくなる。

もっと山の住人とお知り合いになりたいものだ。

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御岳駅から大塚山・御岳山・日ノ出山をひとまわり(2021年4月11日)

2021-09-26 09:31:56 | 山日記

4月11日、町の桜も一区切りという時期だが、里山は花ざかりのころ。

どこがいいかと地図を眺めていたら、奥多摩の御岳駅を起点にして、大塚山から日ノ出山を周回して御岳駅にもどるという周回コースを思いついた。

大塚山へは古里駅からのぼる登山コースがあるが、大塚山の少し北のところから御岳駅方向に奥多摩町と青梅市との境をなす尾根が伸びている。この尾根を使って大塚山にのぼり、御岳神社をへて日ノ出山へ。

下りは、日ノ出山から日向和田へ向うハイキングコースの途中、755mピークから北に伸びる尾根をたどって御岳駅にもどるというもので、馬蹄形のコースになる。地図の上のライン取りが美しいとなんとなく楽しくなる。

9時40分に御岳駅に到着。この日は日曜日だったので、駅前にも大勢のハイキング客がいた。少しはなれたバス停にもケーブルカーへと向う人が並んでいる。

目の前の山は芽吹のはなやぎを見せている。帰りはこの斜面の左側を下ってくることになる。

駅から国道を奥多摩方向へ500mほど歩いたところから多摩川を渡る道へとおりていく。

立派な吊り橋がかかっていた。昔は御岳山にむかうメインの道だったのだろうか、茶店のあともあったが今は廃業していた。

のどかないいお天気とあって、河原で遊ぶ人の姿もあった。

対岸を登ると御岳山へと向かう道には赤い鳥居がたっている。私はそちらではなく、道を奥多摩方向へ300mほど歩き、めざす尾根へとむかった。

尾根への取り付きがわかりにくい。地図と照らし合わせてこの坂道を登ってみた。

上は住宅だったが、庭先で立ち話をしていた住人に通ってもいいかと仕草で尋ねるとすぐに頷いてくれた。こちらも会釈を返して尾根の取り付きへとむかう。

そこは墓地になっていて、その脇から尾根へと登る道が続いていた。

手入れの行き届いたヒノキの植林地だ。作業の人も通っているらしく落枝なども少なく、歩いていて安心感がある。

常緑の潅木も新しい芽を伸ばしている。

途中、幹が大きく裂けて傾いてたっている木があった。自分の重さに耐えながらふんばっている感じだ。

見上げると芽吹き始めの若葉が美しい。

ふと足もとをみるとたくさんの動物の糞。あまり上ばかり見ているとあぶないよという警告か(笑)

ちょうど11時。地図上の583mの標高点のピークについた。独標の標識や山本山という山名の標識などが木につけてあった。小休止。

この先はいったん下りになるが、そのあとは緩やかな登りがつづく。植林地をぬけたので、新緑とヤマザクラ、スミレそしてミツバツツジと彩りが豊かになってきた。

これは帰ってから調べてみたが、コミヤマスミレらしい。

前方の斜面の上が古里駅からのハイキングコースらしい。人の姿が見えた。

これまでの尾根道も割といい道だったが、やはり本来のハイキングコースは格段に歩きやすい。

大塚山が近づくと御岳神社のほうから大塚山にある電波塔への作業道が尾根を横切っていた。ここからが最後の登りだ。

山頂のすぎ下に休憩舎があった。雨の時の避難場所、暑い時の日陰として役立ちそうだ。

12時18分、大塚山山頂、920mに到着。数人が休憩していて、さらに私と同じ年頃のグループが電波塔のある方向から次々と登ってきた。急登を避けて作業道を迂回してきたようだ。

ベンチに腰をおろして昼食。コンロを出してお湯をわかしコーヒーを入れた。

さて御岳山へと向かう。道は広くて歩きやすい。

御岳が近くなったころふと左手を見上げると墓石がみえたのでちょっと寄り道してみた。御岳の宿坊町の住人たちの墓地なのだろうか。

お墓から御岳の宿坊町までは桜など花盛りだった。

御岳神社に寄ろうと登りだすとこれから行く日ノ出山が見えた。

御岳神社の参道脇にたつ神代欅。

しばらく神社に寄っていなかったので久しぶり。

普通は狛犬だろうけど、これは獅子ですね。しかも今風に小顔につくってある。からだの立派さが強調されるかもしれないが、顔つまり口が小さいのでは大型の獣は倒せない。獅子としてはふさわしくないように思う。

混雑している御岳神社をあとにして日ノ出山へむかう。

 

かなり歩いたところに鳥居がある。見ると武蔵御岳神社の鳥居だった。日ノ出山側からの参道というわけだ。

日ノ出山の山頂が近づくとまた華やいできた。

そして山頂から野関東平野の展望。春らしい少しもやった景色を眺めながらゆっくりと休む。大勢がのんびりと休んで展望を楽しんでいた。

山頂を出発すると東へ向かう尾根をたどるハイキングコースを歩く。山頂のまわりにはいろいろなスミレが咲いていた。

ずっと樹林の中を歩くコースだが、途中で伐採跡があって展望が開ける。

ヤマザクラだろうか山が薄ピンクにかがやいていた。

巻道で迂回してきた768mピークの先の鞍部で道が分かれていた。右の道はそのまま日向和田方面にむかうハイキングコース。左は尾根を伝って755mピークに向かう道。私はそのピークから御岳駅へと下るので左の尾根道をたどる。

ここがそのピーク。標識には高峰と書いてあった。御岳渓谷へと下るコースの案内板もあった。ここからは尾根をつたってまっすぐくだるだけ。

道もそこそこ歩きやすい。

尾根の先端が近づくといろいろな看板があらわれた。

そして思いがけないほど近くに御岳駅が見下ろせた。

尾根の先端からは右側の道をくだる。途中の斜面は植林したばかりの小さなヒノキのあいだを縫うようにしてくだっていく。そして急斜面が終わったところでは山菜取りの人とも出会った。ふと見るとタラの芽もあったが、山菜取りには加わらず駅へとむかった。

以前はバスの発着所のそばにコンビニがあったのだが、今はなくなっていた。そこで駅前にある小さな店に入って仕上げの缶ビールをいただいた。

 

 

 

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富士山の南東部はおもしろそうだ。

2021-09-04 08:53:51 | 山日記

先日宝永山に登ってみて、富士山南東部の山麓にはいろいろなコースがあることに気がついた。

富士山の山麓というと青木ヶ原樹海を思い浮かべてしまう。1000年以上前に流れ出した溶岩流の上に広がる広大な森だ。

それにたいして南東部である宝永山の下には、溶岩ではなくスコリアと呼ばれる砂礫におおわれた大地が広がっている。しかもその砂礫が噴出されたのは江戸時代の宝永年間。400年ほど前に過ぎない。

私が下山に使った須山口登山道でも、標高1700mより下になると森が明るくなって見通しがよかった。砂礫の斜面だからなのか倒木も多い。そんな中に側火山のあとである塚があちこちに点在している。そのいくつかには登山道があって登ることができる。広大な森の中のハイキングだが、たぶん明るいイメージで歩けて、しかも目標ポイントがある。夏を除くスリーシーズン楽しめそうだ。いや結構標高があるので夏でも涼しいはずだ。

考えられるハイキングプランとして、まず御殿場口五合目から、二ツ塚(二子山)を目指して、上下の塚に登ってから幕岩を経由して五合目に登ることが考えられる。

二ツ塚は、調べてみると周辺は疎林程度でかなり見晴らしがいいらしい。一周して4時間あまりで歩けそうだ。

同じ二ツ塚をスカイラインの途中にある須山御胎内入口から登れば、一合目の御胎内、幕岩を経由して二ツ塚へ登れる。帰りは同じ道を戻る。

私が下山に使って須山口登山道周辺は、2300m付近から樹林帯となるが、宝永火口より東側になる二ツ塚周辺はスコリアがたっぷり降り積もった場所なので、森林限界が低くなっている。二ツ塚の下塚で1804m、上塚で1929mだが、このあたりは木が生えていてもかなり少ない。だから見通しはよいはずだ。

こんなことを調べていて、宝永山下山中に見た「村山修験」というのは、村山という修験者のことだと思っていたが、そうではなくて、村山修験という修験道の流派の名前であることがわかった。スカイラインが開通して今は廃道に近いようだが、村山道という古くからの登山道があることもわかった。ただし、この村山古道は須山口登山道よりかなり西を通っている。

そのうちこのあたりでハイキングの会を催してみたい。秋か5月の花の季節でもいいだろう。

 

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宝永山(2021年8月28日)

2021-09-01 09:01:55 | 山日記

コロナ禍もふくめ、いろいろな事情で5月2日以来山歩きができないできた。

なんとか出かけられそうになったので、行き先に悩んだ末、富士山の宝永山、いや正確には宝永火口の縁の出っ張りに登って、下まで歩いてくだるという計画にした。

宝永山は2693mだが、火口底から登った最高点馬ノ背は2700mを少しこえる。ここまで登れば、酷暑の今でも涼しいだろうという判断だ。

 

久しぶりの東名高速をはしって、水ヶ塚の駐車場には7時少し前についた。快晴だ。

 

駐車場からは五合目までのシャトルバスを利用するが、まずは行列に並んで検温を受け、ふたたび列に並んで乗車券を購入する。

7時のあとに7時15分に次のバスが出発したが、まだ乗れない。結局7時30分のバスに乗車できた。補助席までびっしりだ。

 

 

40分あまりで五合目に到着。南アルプスの南の端が見えている。

 

同じ五合目でも吉田口とは大違い。はではでしい観光施設らしい建物はほとんど見られない。

 

バスに乗った登山客のほとんどは富士山をめざす人だ。新六合目までいっしょに登る。

 

 

快晴だけど下界ではすでに雲がわきはじめて、愛鷹山の越前岳にまとわりつきはじめている。

 

黒っぽい火山礫(スコリア)の斜面にタデの仲間が点々と生えていて、朝日をあびてかがやいている。

 

 

歩きやすい登山道を25分あまり歩いて、8時39分、新六合目の雲海荘に到着。

 

富士山をめざす人たちはここから上にあがっていくが、私は水平道にはいって宝永山をめざす。

 

振り返ると雲海荘のうえに半月が青空のなかに浮かんでいた。

 

水平だと楽ちんだ。

 

10分ほどで宝永山の第一火口縁に到着。

 

宝永火口は、そばに立つとやはり大きい。このすり鉢の中の土砂が、溶岩と共に空高く吹き上げられ、富士の東斜面から御殿場一体をおおいつくした。火山灰は遠く江戸まで到達した。

その一部が降り積もって宝永山ができた。

 

すぐに火口底にむかってくだったが、足元の砂礫がくずれて歩きにくい。

 

フジアザミ。ここ一ヶ所でしか見かけなかった。もう時期は終わりの感じだ。

 

 

下に降りてみると、斜面のたんなる盛り上がりにすぎない宝永山が、思いのほか大きく立ちふさがってくる。

 

火口壁の上部は絶壁になっていて落石も多いようだ。

 

10分足らずで火口底に到着。黒っぽいスコリアに混じって赤レンガみたいな石がある。

 

いよいよ宝永山目指して火口壁を登る。

 

火口の底が2420m、登りきった火口縁馬の背が2710m。標高差290mだ。

 

道はジグザグに登っているが、足元の砂礫がぐずぐずとくずれて歩きづらい。

 

 

降ってくる人の足元からは砂埃がまいたっている。

 

 

9時58分、ようやく馬の背まで登りきった。ここが今日の最高点。

尾根の先端である宝永山はここより少し低くなってしまう。

 

 

東側は広大な砂礫の斜面になっていて、御殿場口登山道の大砂走りという下山用の道があり、数人が歩いていた。

最高点から5分あまりで宝永山の標識に到着した。まだ山頂もくっきり見えている

 

日差しは強いが、下着のうえにTシャツ一枚でちょうどいい。

 

宝永火口の上には、砂走館らしい山小屋が見えている。そのあたりで3000mを少しこえるはずだ。

今日登っている人はほんとうに天気にめぐまれたと思う。

 

しかし、下界は雲海が広がり始め、わきたった雲がかけあがってくる。

足元の愛鷹山はすでに雲の中。遠く箱根らしい山が見えている。

 

 

雲の切れ間から見えた箱根らしい山を望遠で写してみた。

 

西を見ると斜面の向こうに南アルプス南部が見えている。聖岳かな?

 

展望を満喫して水分を補給し、ふたたび火口底にくだり、その後は第2火口、第3火口の縁をだどりながら、水ヶ塚へとくだる。

昼食は、第2火口縁あたりで取ろうと思う。

 

砂礫の道は、下りは比較的歩きやすい。

 

上りには一時間近くかかったのに、砂埃をたてながらくだって、火口底には15分ほどでついた。

 

第2火口をのぞこうとしたら、岩に鳥がとまっていた。イワヒバリのようだ。まだ若い鳥のようでそばによっても逃げようとしない。

 

第2火口は第1火口よりひとまわり小さい。

 

宝永山の南はずれにある崖。この部分だけスコリアがなくて赤っぽい堆積物が露出している。

 

 

日当たりのよい南斜面なので吉田口よりは森林限界が高い。2400mを下回るとカラマツが広がっていた。

 

第2火口縁から宝永火口を振り返る。ここでは火口の内部にもカラマツが進出している。

 

 

第2火口の縁の2352mピーク。ここで昼食休憩だ。

 

第2火口の底。少し雲が流れてきている。

 

2352m地点から道は2つにわかれていて、片方は第3火口の東側へとまわりこんでいく。

私の持っている登山地図にはこの東まわりルートしか書いていないが、現在は火口の西縁沿いにまっすぐくだる道もある。私はそちらを進んだ。すぐにカラマツ林に入っていった。

 

第2火口縁にいて気がついたのだが、私が予想していたより多くの人がこのルートを登ってくる。

私は下山道としてしか考えていなかったが、水ヶ塚から歩いて登ってくる人がぽつぽつだがいるのだ。

 

落葉松のほかにコメツガらしい木も混じっている。

 

林に入ると風があたらなくなって少し暑く感じたが、少し雲が広がってくれたので助かった。

 

15分程下ると標識があった。3合目だ。御殿庭という案内標識がある。

地図を確認すると2352mの分岐で東に進めば御殿庭上を経由してここに出られる。それがもとからの登山ルートらしい。

御殿庭。なんだか景色のよさそうな名前なので、そっちへ進めばよかったかなと思った。

 

少し下ると「村山修験者富士山修行場跡」という標識がたっていた。

修行したのはいつごろの話なのか私にはわからない。

 

次第に傾斜がゆるくなってきて、そろそろ二合五勺かなと思われる頃、私の10mほど前をシカが横切った。

カメラは手に持っていたのだが、構えるひまもなく林の中に姿を消してしまった。

 

しかし、そこで最近読んだ本に、自然の動物は人間を恐るけど、一方で興味をもって人間を見てもいるものだ、と書いてあったことを思い出し、カメラを構えてシカが姿を消した林の中をじっくりと覗いてみた。

いました。木の枝に姿を隠しながらも、顔をのぞかして私をじっと見ていた。

目があって、カメラをむけても逃げなかった。

 

そこからすぐに二合五勺に到着。左に曲がれば途中で火口の東縁をとおる道と合流し、御殿場口へとむかう。

 

数分すすむとまた分岐となる。私が向かう水ヶ塚への道とガラン沢をくだってスカイライン入口にむかう道にわかれる。

水ヶ塚へは左にすすむ。

倒木が増えてシラカバかダケカンバらしい木がまじってきた

 

木漏れ日が地上に届くらしくて花が姿を見せ始めた。

 

 

火山噴出物でおおわれている地面は、水流でえぐられたところからは黒っぽい砂礫が顔をだしていた。

 

二合目から一合五勺にかけては樹木の密度がさがって、明るく見通しがよい。

 

水流がつくった窪地には火山性の砂礫がたまり、人の足跡がたくさんついていた。

 

道が林道ほどの幅に広がって東へと向きを変えた。もう水ヶ塚も近い。

 

13時25分、無事に水ヶ塚に到着。

ほんとうに久しぶりの山歩き。

標高差1400mを歩いてくだったがそれほど疲れなかった、とその時は思っていたが、翌日から3日間、足の筋肉痛が取れなかった。

 

 

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