おはよう、
今日(160503 祭日・憲法記念日)は、約4ケ月ぶりに、第7巡礼として以下の8札所を、巡礼・参拝・拝観・拝顔をしました。今回参拝した寺院の中で、直接観音さまを拝顔できた寺院、観音堂は!!!(6札所;定泉寺、清林寺(観音堂)、浄心寺(ドアを開けて頂いた)、大円寺、傳通院、護国寺)。
巡礼行程(ルート)
自宅(出発)→
→(省略)→都営新宿線・市ヶ谷駅・南北線・市ヶ谷駅→
→南北線・本駒込駅→
→定泉寺
→
→清林寺→
→浄心寺→
→大円寺→
→圓乗寺→
→都営三田線・白山駅→
→都営三田線・春日駅→
→傳通院→
→都バス・傳通院前→
→都バス・護国寺前→
→護国寺→
→有楽町線・護国寺前→
→有楽町線・東池袋駅、都電・東池袋四丁目駅→
→都電・学習院下駅→
→金乗院→
→副都心線・雑司ヶ谷駅→
→副都心線・新宿三丁目駅・都営新宿線・新宿三丁目駅→(省略)→
→自宅(無事帰還)
今回は、巡礼時間:9:00~15:00、ただし、12:00~13:00の間は、ご朱印を頂くことだできず、昼食タイムにしました。
天候:晴れ、のち曇り空
トピックス;
9:00スタートしたので、8札所を回ることができました。江戸三十三観音霊場は、巡礼のアクセスとしては利便性が高い。地下鉄利用が主体、しかし階段の昇降には注意(結構階段数あり)。ご朱印を戴く時間は、12:00から13:00の間は避けること。巡礼時間は、9:00から16:00が一般的です。(江戸三十三観音霊場は、)(→夏期は、17:00頃までご朱印を頂くことが可能!!!)今回の巡礼では、観音様を拝顔できた、できなかった寺院が多々ありました。(珍しい!!!)
今回初めて、「都バス」を利用しました。(傳通院→護国寺の移動)
1.第十二番札所 無量山傳通院 壽経寺 参拝
場所 文京区小石川
最寄りの駅 南北線・春日駅
札所本尊 無量聖観世音菩薩(むりょうしょうかんぜおんぼさつ)。
山 号 無量山
院 号 傳通院
寺 号 壽経寺
宗 派 浄土宗
本 尊 阿弥陀如来
壽経寺は、浄土宗寺院の寺、無量山寿経寺と号し、浄土宗中興の祖了誉聖冏上人が応永22年(1415)に小石川極楽水に創建、慶長8年(1603)徳川家康公の生母於大の方(法名傳通院殿)埋葬に際して寺を当地に移して再興、増上寺源誉上人が兼務した。浄土宗関東十八檀林のひとつ、増上寺の次席で、830石の朱印状を拝領、徳川家の菩提所となり、数多くの末寺を擁している。境内には、お大の方、千姫(豊臣秀頼妻・2代徳川秀忠の長女)をはじめとして徳川家ゆかりの女性の墓が数多くある。慶長7年(1602)、徳川家康公の生母於大の方が逝去され、寿経寺を菩提寺と定め、於大の方の法名「傳通院殿蓉誉光岳智香大禅定尼」から傳通院と呼ばれるようになった。(出典元:インタネット情報)
本堂に上がって、ご本尊さまと札所ご本尊さまを参拝させて頂いた。御供物を頂きました。桜並木に覆われた参道を行くと突当りに本堂が建つ。(また参拝したいものです)
1.ご朱印

2.境内
「山門」正面 山門から本堂を望む。(京都との寺院の様です)
春日通りから山門までは、幅広の道路が150mほど伸びる。


本堂から山門を望む。 山門の拡大(重厚で雄大な造り)
白木の色が残る新しい山門である。


本堂の外観

本堂正面(春の桜並木は綺麗でしょう)


本堂の「無量山」の扁額 本堂内の全体


本堂内の様子
本堂に上がってみると、内陣は広く、中央に本尊の「阿弥陀如来像」が安置されている。その左側に、札所本尊の「無量聖観世音菩薩像」が安置されている。木目を生かし、細身で背の高い木造観音像である。参拝者の休憩所にもなっている朱印所にも同様の観音像が安置されている。
観音さま1



観音さま2


観音さまは、ご本尊の隣に安置されていた。


鐘楼(新緑に囲まれ、重厚な趣がある) 書院


地蔵菩薩 如是我聞 (かくのごとくわれきけり)碑


3.境内の内外
傳通院の山門の脇には、処静院の門前に設置されていたという「戒律を守らない人は境内に入ってはいけない」という意味の「不許葷酒入山門(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)」と刻まれた石柱がある。

寺務所、書院内での一部
三猿の置物(何故か日光東照宮が書かれていた) 掲示物と置物(三猿を瓦に)
徳川家ゆかりの女性の墓が数多くある繋がり。
徳川将軍家の菩提寺。


引き続き、第十三番札所 護国寺 へ
以上
コメント;
「傳通院」は、
関東における浄土宗の檀林(僧侶の養成機関・学問所)18ヶ寺である関東十八檀林の増上寺に次ぐ上席として、学僧の修行勉学の場となり、僧侶養成の重責を担った。現在でも、学問寺としての伝統を引き継ぎ、明治25年(1892)淑徳女学校を創立し、現在の淑徳SCに至っている。
今日(160503 祭日・憲法記念日)は、約4ケ月ぶりに、第7巡礼として以下の8札所を、巡礼・参拝・拝観・拝顔をしました。今回参拝した寺院の中で、直接観音さまを拝顔できた寺院、観音堂は!!!(6札所;定泉寺、清林寺(観音堂)、浄心寺(ドアを開けて頂いた)、大円寺、傳通院、護国寺)。
巡礼行程(ルート)
自宅(出発)→



→

















今回は、巡礼時間:9:00~15:00、ただし、12:00~13:00の間は、ご朱印を頂くことだできず、昼食タイムにしました。
天候:晴れ、のち曇り空
トピックス;
9:00スタートしたので、8札所を回ることができました。江戸三十三観音霊場は、巡礼のアクセスとしては利便性が高い。地下鉄利用が主体、しかし階段の昇降には注意(結構階段数あり)。ご朱印を戴く時間は、12:00から13:00の間は避けること。巡礼時間は、9:00から16:00が一般的です。(江戸三十三観音霊場は、)(→夏期は、17:00頃までご朱印を頂くことが可能!!!)今回の巡礼では、観音様を拝顔できた、できなかった寺院が多々ありました。(珍しい!!!)
今回初めて、「都バス」を利用しました。(傳通院→護国寺の移動)
1.第十二番札所 無量山傳通院 壽経寺 参拝
場所 文京区小石川
最寄りの駅 南北線・春日駅
札所本尊 無量聖観世音菩薩(むりょうしょうかんぜおんぼさつ)。
山 号 無量山
院 号 傳通院
寺 号 壽経寺
宗 派 浄土宗
本 尊 阿弥陀如来
壽経寺は、浄土宗寺院の寺、無量山寿経寺と号し、浄土宗中興の祖了誉聖冏上人が応永22年(1415)に小石川極楽水に創建、慶長8年(1603)徳川家康公の生母於大の方(法名傳通院殿)埋葬に際して寺を当地に移して再興、増上寺源誉上人が兼務した。浄土宗関東十八檀林のひとつ、増上寺の次席で、830石の朱印状を拝領、徳川家の菩提所となり、数多くの末寺を擁している。境内には、お大の方、千姫(豊臣秀頼妻・2代徳川秀忠の長女)をはじめとして徳川家ゆかりの女性の墓が数多くある。慶長7年(1602)、徳川家康公の生母於大の方が逝去され、寿経寺を菩提寺と定め、於大の方の法名「傳通院殿蓉誉光岳智香大禅定尼」から傳通院と呼ばれるようになった。(出典元:インタネット情報)
本堂に上がって、ご本尊さまと札所ご本尊さまを参拝させて頂いた。御供物を頂きました。桜並木に覆われた参道を行くと突当りに本堂が建つ。(また参拝したいものです)
1.ご朱印

2.境内
「山門」正面 山門から本堂を望む。(京都との寺院の様です)
春日通りから山門までは、幅広の道路が150mほど伸びる。


本堂から山門を望む。 山門の拡大(重厚で雄大な造り)
白木の色が残る新しい山門である。


本堂の外観

本堂正面(春の桜並木は綺麗でしょう)


本堂の「無量山」の扁額 本堂内の全体


本堂内の様子
本堂に上がってみると、内陣は広く、中央に本尊の「阿弥陀如来像」が安置されている。その左側に、札所本尊の「無量聖観世音菩薩像」が安置されている。木目を生かし、細身で背の高い木造観音像である。参拝者の休憩所にもなっている朱印所にも同様の観音像が安置されている。
観音さま1



観音さま2


観音さまは、ご本尊の隣に安置されていた。


鐘楼(新緑に囲まれ、重厚な趣がある) 書院


地蔵菩薩 如是我聞 (かくのごとくわれきけり)碑


3.境内の内外
傳通院の山門の脇には、処静院の門前に設置されていたという「戒律を守らない人は境内に入ってはいけない」という意味の「不許葷酒入山門(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)」と刻まれた石柱がある。

寺務所、書院内での一部
三猿の置物(何故か日光東照宮が書かれていた) 掲示物と置物(三猿を瓦に)
徳川家ゆかりの女性の墓が数多くある繋がり。
徳川将軍家の菩提寺。


引き続き、第十三番札所 護国寺 へ
以上
コメント;
「傳通院」は、
関東における浄土宗の檀林(僧侶の養成機関・学問所)18ヶ寺である関東十八檀林の増上寺に次ぐ上席として、学僧の修行勉学の場となり、僧侶養成の重責を担った。現在でも、学問寺としての伝統を引き継ぎ、明治25年(1892)淑徳女学校を創立し、現在の淑徳SCに至っている。