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**アカシアの木蔭で**

流れていく時間と逆らわずに流れていく自分を、ゆっくりペースで書いて行こうと思います

心意気!!

2005年03月14日 | 病棟
ホスピスの設備も技術も うらやましいです。
私の働く医院は、終末医療の現場なのに 足りないものばかり。
お金も設備も職員数も最新の医療情報も。
「死を待つばかりなのに 物を食べさせる意味があるのか?」
そんなふうに割り切るスタッフもいますが、わたしは諦めていません。
・・ガーゼに飴を包んでゴムで留め、
  安全ピンで胸元に留めれば、飲み込んでの窒息は無い・・
・・拘縮でくの字に曲がった体も、
  クッションを5個も6個もあてがえば車椅子に乗って外に行ける・・
・・見えて無くても 水仙や沈丁花を飾れば、もしかしたら香りがわかるかも・・
・・家族が来やすい雰囲気をつくりたい・・
心意気を高く掲げると、辛く疲れるけれど、
負けない!!
せめて自分自身に負けないように QOLの旗を高く掲げていよう。

こんな歳になって、もう一度いろんなことを学びたいと思っています。

遊びに来たら、一日一回ここに足跡残してね♪



合言葉は?

2005年03月14日 | 病棟
「・・・ねえぇ・・・ねぇ・・・」
病室から呼ぶ声が聞えます。
「どうしたの?体の向きを変えましょうか?」
「ああ、寮母さん?合言葉は?

突然の問いかけに 詰まりました。
「・・・・山・・かな?」
「違~う!!行っていいよ。バイバイ」
Tさんは (まったく もう) って顔して 手を振った。

次は なんて答えようか
川?開けゴマ?

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患者連絡網

2005年03月10日 | 病棟
烏丸さんが「超万能薬」で書いてた、患者さんの情報網。
読んでいて思い出した事件があります。
うひひっ!

 若かりし頃、わたしは都内の有名どころの 俗に言う大病院で働いていました。研修医・インターン、看護学生、ナースなどなど 大勢のスタッフ・患者を抱えて、病棟は毎日戦争状態。そんな中、医長先生はやっぱり貫禄と威厳で ちょっと畏れ多い雰囲気がありました。
 毎週火曜日は、医長回診の日。ドラマで見るように、医長先生を先頭にドクターたちが後ろを歩き、ベッドサイドで受け持ち患者について説明します。その日私は医長回診のカルテ当番でしたが、最初の部屋で事件は始まったのです。

呼吸音を聴診したり 包交箇所を開けて見せるため、ベッドサイドはカーテンを閉めてありました。
「斉藤さ~ん、回診です」
・・・あれ、なんか違和感。斉藤さんは いつもと変わりないんだけれど・・・
「・・・・んっ?喉に貼ってある一円玉は 何ですか?」
医長先生が 口を開きました。
「ああ、これですか?喘息とか息が苦しいのによく効くって、一昨日の昼のテレビでやってたんだ~。先生の薬より良く効くって 病棟でも評判なんです」 ニコニコしながら無邪気に答える斉藤さん。
( ひいいい~~っ。)受持ち医が息を飲んでいます。医長先生の眉がぴくりとしましたが、お咎めの言葉は無し。そして次の患者さん。やっぱり喉元にはセロハンテープで貼られた一円玉が・・・。カーテンを開けるたびに出現する一円玉。初めは自分には関係ないとにやりとしていたドクターも無表情になりました。
 (ああ、やられた!)
 (ええっ、まさか!)
 (な、なぜ・・?)
 (俺の患者もか!)
 (勘弁してくださいよ・・・)
次々顔に浮かぶのは、ドクターたちの心の声です。可笑しさを越えて もう気の毒で・・・。最後のベッドまでたどり着いた時、一円玉は八割九分の圧倒的勝利を収めていました。
「・・・一円玉療法は特効薬のようですね。わははははっ!!」
医長先生の寛大な笑い声で救われましたが、ナースステーションはこの事件でしばらく沸きましたよ!

 患者さんたちは病気を治したい一心で いろんな情報にすがります。そして同じ立場の患者さん同士の情報網はとても濃く張り巡らされているのです。それが正しかろうとガセネタであろうと、一度情報網にのると とてつもない早さとディープさで広がっていくことを知った事件でした。


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いのししが出たゾ~!

2005年03月07日 | 病棟
今日は アワワヮのばあちゃんが元気です。
このばあちゃん 何かびっくりするとすぐに 「アワワワワヮ・・」と言うの。
漫画の吹き出しの様で思わず笑ってしまうんだけど、ほんとにアワワなの。
だから心の中で勝手にアワワヮのばあちゃんと呼ばせて頂いています(笑)

今日のアワワの素は 猪。
「いのししが出たゾ~~~!!!アワワワヮ」
「おとろしや~アワワワヮ」・・・・・・・朝からずっと この繰り返し。
でも笑えないの。本気で怖がっている。
いのししに遭ったことがあるの?と尋ねると、「ない」
「・・・でも 人を突き刺したって。あな おそろしや~~アワワワヮ」
なんだか可哀想になって 猟友会の人達が仕留めたから大丈夫 と作り話をしました。
やっと収まったかと思ったら 
午後からは「爆弾が爆発するぞ~!危ない、逃げろ~!」です。
・・・今度は爆弾処理班の出番かな?

可笑しさにくすっと笑ってしまう反面、
お年寄り達は 私達が思いもよらないような修羅場をくぐって生きてきたんだなあと
思うのでした。


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ゴンザレス

2005年03月06日 | 病棟
「ゴンザレス!!」
カーテンの向こうで、海(下の娘)が小児科の先生に向かって叫んでいます。
ああ、痛い思いしてるんだ、可愛そうに・・・。
先生には ゴンザレスの意味が分かるはずもありません。
「あははは、ゴンザレスって怪獣の名前かなぁ?」
「違う!!アメリカのすごく注射の下手くそな先生の名前(怒)!!
「・・・・あはは、海ちゃん、アメリカに行った事あるんだね・・・」

・・・あ~あ、言っちゃったよ・・・

そうです。採血や注射の下手な看護婦や医者を、
我が家ではゴンザレスと呼んでいるのです。

 アメリカでは BCG接種をしません。ツベルクリン陰性が当然なのですが、いろいろな人種の流入に伴って結核の小さな流行が見られる様になりました。耐性がないので大流行したら大変!と、学校に入学する時には必ずツベルクリンを受けなければなりませんでした。娘達(花と海)は日本で生まれたので、当然赤ん坊の頃にBCGを受けています。結果、二人とも陽転。「結核の疑いあり」とのことで、胸部レントゲン撮影・予防的に飲む結核の薬の与薬・薬に肝臓が耐えられるか調べるための採血が必要になりました。その時採血をしたのが、ゴンザレスだったのです。
 最初は緊張を解こうとしたのか、ゴムの手袋を風船のように膨らまして顔を書きパペット遊びをしてくれたので、結構いいヤツかも・・と思ったのですが、何しろ下手くそ。左右5、6回づつ刺して血管をさぐった挙句、チャイニーズのお姉さん先生に交代。この先生は一発で決めてくれたのでホッとしましたが、子供たちの腕は内出血で青あざになりました。散々泣き騒いだ娘たちは、以後採血の下手な医者や調子がいいけど信用できない人を ゴンザレスと呼ぶようになったんです。
 当のゴンザレス、自分の名前を遠く離れた日本でこんな不本意な使い方をされているなんて思ってもいないでしょうね。

 あなたも 運悪くゴンザレスの被害にあったことはありませんか?


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・・そんなに飲んで大丈夫?

2005年03月03日 | 病棟
うちの病院も爺・婆病院です。外来で何十年も診察して、動けなくなると往診、体調崩して診切れなくなると入院というパターンがほとんどで、お馴染みさんです。歳をとればとる程、あちこちガタが来ていろんな薬を処方するでしょ?だけど、ちゃんと飲めてない人が多すぎます。入院時、いつも飲んでいる薬をもって来てもらうんだけど、きっちり合ってたためしが無い。朝一回の血圧の薬だけ全部飲みきってたり、心臓のシール薬があちこち張り残っていたり・・。「白い薬は朝昼晩寝る前だ~ぁ?(それはこっちの白いヤツですって)」「湿布と同じだ。あっはっは、何枚貼っといたってかぶれやしねえよ!」・・・て、違うと思うよ。薬の残量チェックは 毎回ハラハラドキドキです。


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大失敗・・”お迎え”の意味・・

2005年03月02日 | 病棟
・・・ああ、やっちゃった。大失敗。

 野口さん(仮名)は、月に一度一週間、ショートステイで預かっている患者さんです。お通じのケアや入浴など行い、その間家族はいつもは出来ない旅行や孫の世話を楽しんで、介護のバランスを取っています。うちの病院のお馴染みさんです。寝たきりで体の拘縮も激しく、ねじれたくの字に固まっているので、家からの往復は専門の送迎車がしています。

 昼休みが終わって歯を磨いていたら、三階から降りてきた助手さんが言いました。「野口さんの所にもう来てるから、早く行ってね!」  (あれ、今回のショートは明日までじゃなかったっけ????  大変、帰る用意を何にもしてないよ~!!) 焦った私は階段を駆け上がりながら、
「もうお迎えが来ちゃったの~?早かったね~!!」
って言って、部屋に飛び込んだのよ。そうしたら送迎でなく、早く旅行から帰った家族がお土産持ってお見舞いに来ていたの。・・・・ばつの悪い間。

ああ~っ、言っちゃったよ、大きな声で。
お迎え、お迎え、お迎え、って。

「・・・・そうではなくて、えーっと、ソウゲイです」
爆笑してくれたから良かったけれど、大失敗でした。
医療の場で使ってはならないワード=お迎え・・・・こころします。


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最期に出来ること

2005年03月01日 | 病棟
志津さんが、退院して三日目に救急車で戻ってきました。けれど、誰も驚きません。いつまで自宅で過ごせるか、一分一秒が重たい状況での退院だったからです。奥まった個室は、志津さんとご家族の為に用意が整っていました。

 志津さんは89歳。胃癌で全摘出術を受けましたが、再発。癌の広がりを見る血液検査では、基準値37のところを10000overと、すでに手の施しようがない状態です。食べ物は喉を通らず、わずかの水を含むのみ。点滴を500mL3日したら、腹水が800mL貯まります。基礎代謝分は 到底足りていません。幸いなことに、吐き気とお腹の張りの他に痛みは無く、家族は告知しない事を選びました。退院前に腹水を抜いて少し楽になった志津さんは、「もうすぐ春ですね。車椅子で花見に行きたいわぁ」と笑顔を見せましたが、家族も私たちも叶わぬ願いと知りつつ、「ほんとにね」と笑顔を作って返したのです。少しでも長く この状態が続きますように・・・。

 退院後は 朝点滴を持って先生が往診し、それが落ちきる頃にヘパ生(ヘパリン+生理食塩水)の注射器とアルコール綿を持って、看護婦が点滴を止めに伺います。ご自宅が近いので、白衣のまま駅を突っ切って駆け足です。先日伺った時は、「あ、大好きな看護婦さんが来てくれた!」と笑顔はありましたが、また貯まった腹水でお腹がパンパンになり 随分苦しそうでした。横になるのも辛い様です。おしっこも出ていません。「やっぱり最期まで家で見るのは つらいかもしれない・・・。」と 玄関先で家族も弱気になっていました。 「いつでも先生に相談してね」と話し、帰ってから院長とスタッフにも伝えていたのです。

 入院してすぐ、志津さんはぐんと悪くなりました。血圧は40~50台の触診のみ、声も出ずうつらうつらとしています。時折顔をしかめ、小さな声で背中やお尻の痛みを訴えます。もう肉のない骨ばかりの小さな体には、柔らかいベッドやクッションですら当たって痛いようです。 血圧が落ちてしまうかも知れないけれど、麻薬や鎮痛剤の座薬を使うように指示が出ました。部屋ではお孫さんがベッドに上がり、座った志津さんを後ろから抱え込むように人間座椅子になっています。薬がちっとも効かないようで、苦しい表情のまま。象のような浮腫んだ足がぴくぴくと痙攣しています。血中のカリが7.8もあるんだもの、いつ心臓の筋肉も痙攣するか分からない・・・。出来ることは・・・。
 情けないけれど 足をさすりました。家族ももう一方の足をさすり始めました。ただもくもくと30分、足の先からお尻にかけて。「・・・ああ、気持ちいい・・・ありがとう・・・わるいね・・・」か細く息を漏らすように 志津さんが言いました。( 悪くなんて ないよ。大好きな人のために何かさせてもらえるのは 幸せなことなんだから )  マッサージを家族と替わって病室を出ました。・・・泣きそうでした。

 その日の夜、志津さんは亡くなりました。苦しい表情は消え、一番綺麗に見えるようにと家族が用意したスーツを着せて送り出したそうです。天国に行く前に、桜、間に合うかな。咲き誇る桜を楽しんでから天国への階段、昇って下さいね。


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鎮座ましまし

2005年02月24日 | 病棟
「きゃー鎮座ましましっ!!」
助手のあやちゃんの悲鳴と 続いて笑い声が響きました。
スタッフ一同駆けつけて、やっぱり笑ってしまいました。
とよばあちゃんが電動ベッドを一番上まで上げて真ん中にちょこんと座り、
得意げにリモコンでヘッドアップ&ダウンしてたんです。
そして集まったみんなを見渡してにかっと笑い、
手をひらひらさせて 控えおろうっ! ってしました。
あはは、ほんとだ!。
なんて得意げな 鎮座ましまし!!!
ベッドから落ちなくて良かったね。

とよさんはいたずらっこなのです。
この間はエアコンのリモコンで遊んで、部屋が熱帯雨林になっていました。
(加湿器もつけているからね)
カーテンを取り込んで 器用に縫い目をほどいたり
いつの間にか床頭台のうえのマシュマロの袋を抱え込んでいたり
ベッド柵は抜けないように厳重に紐で縛り 
物は手の届かない距離においているのに 何故?

・・・そしたら偶然見ちゃったんです。
とよさん、長い体交用の枕を器用に使って遠くのものを取ってたの。
まるでピローフィッシング。
こんなことしてたんだね~~~。


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足のないお客さま

2005年02月23日 | 病棟
今日はリウさんのところに、小さなお客様が訪れたようです。
男の子が二人、どうやら兄弟で、ベッドの足元で喧嘩を始めました。
リウさんは気を揉んで、仲裁に入ります。

「喧嘩は止めなさいよう。
 いい子だからお兄ちゃんの言うことを聞きなさいよう。
 ね、この婆は、ここでちゃんと見てますから。
 ほらほら、またそんなことして。
 あんた達のお母ちゃんが 悲しむから、お利口に・・・。」

あまり仲直りしないようなので助っ人です。
 「もう喧嘩を止めて、自分たちの場所に帰りなさい。
  見てるリウさんが悲しむからね」

しばらくするとリウさんの視線が病室のドアへ流れ、
「・・・兄弟仲良くするんだよ・・・」
と 見送っているのが分かりました。
病室の木のロッカーのあたりに溜まっていたひんやりした空気が消えました。

足のない小さなお客さま達でした。


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