高樹のぶ子のSIAブログ
清潔な雪の下には・・・

先日、短い時間でしたが、福岡でも雪が積もりました。
ベランダに積もった雪が珍しくて、一枚とりました。
水仙や木瓜が、いまはもう花を咲かせています。
「甘苦上海」へのお叱り、重々受け止めています。
とりわけ年配の男性諸氏にとっては、許し難い!という感じでしょうか・・
どうもすみません・・・
女性たちの心身の現実を、直視したくない気持ちも、あるのかもしれませんね。
けれど実際に社会のなかで、仕事をして経済力もある女性の「願望」は、年配男性が想像する以上に、切実で真摯です。
妻たちも、実は同じです。
女として捨て置かれている妻たちの不満は、かなりのものです。
男性は、お金と体力と蛮勇さえあれば、フーゾクという安易な場所で、とりあえず異性を手に入れることができますが、女性はそんなものを望まないし、生理的に難しい。
けれど、自分が(まだ)女性であることを確認し、性的に充足したいキャリアウーマンは本当に沢山います。
もちろん、個人差があって、すべての女性にあてはまる願望ではありませんが、「女性として扱われたい」という気持ちは(性に直結するものではないにして)、ある意味で、当然の人権でもあります。
「家庭(妻)より、仕事を選んだのだから、自己責任だ」
と、世の男性方は思うかもしれませんが、そうした「男の勝手」さに、猛然とあらがっているのが、紅子さんであり私です。
やがて人生の終わりが来ます。
仕事をしていようが、家庭を守っていようがです。
それが判っているだけに「もう一度わたしは女になりたい」
そういう切実な望みを抱えている女性たちの味方でいたいと思っています。
目下、読者の主流は、30代の女性です。
珍しいことに、20代も加わって下さっています。
日経新聞も、近年、女性読者がどんどん増えていると聞いています。
美しい雪景色・・でも積もった白い雪の下に何があるか。
小説はそれを描くものです。
高樹のぶ子
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でも、新聞を隅からスミまで舐めるように読んで下さる読者がいらっしゃるのですね!
私はスキップ派ですから。
「積もった白い雪の下になにがあるのか。小説はそれを描くものです」との御言葉、非常によくわかります。
亀レスになりますが、今回の芥川賞の受賞作に関するコメントの項で、これからは「ギリギリ小説」でないとだめ、と言っておられのも深く頷いて聞いて(いや、読んで)おりました。
私は相変わらず、福岡、京都、故郷+アルファの土地土地を行ったり来たりの毎日で、なかなか風邪が治らず、しばらく書きこみをすることができませんでした。
いや、病んでいたのは、体ではなく心の方だったかもしれません。最近、時々、文章を書くどころか何をする気力も起きず、新聞も読めない日さえあります。「甘辛上海」も、さっきサイトでまとめ読みしました。
福岡に来てから、仕事の上でも家庭的にも不運、不運、の連続で、少し疲れたのかもしれません。
疲れているのは、世の男性だけではありません。仕事する女性も、専業主婦の女性だって、人生の節々で、自分ではどうすることもできない出来事にぶつかったり、努力しても努力しても乗り越えられない不運が続いたりして疲弊することは、ままあるのです。成功していたって、その成功の産物みたいに生まれてしまう徒労感はあると思います。
肉体が老化してくる年齢にさしかかると、いつまで自分は女性でいられるのだろう?という焦りと共に、その徒労感や疲れはさらに増し・・・。と同時に、今でなければできないことをしよう!という不思議な希望の光みたいなものを見てみたくなったりもします。
私、紅子さんの気持ち、わかりますよ。私は、紅子さんみたいに積極的にはなれない性格ですが・・・。
紅子さんより、そして高樹先生より一回り年下の私でも、自分の身がやがて滅びる日が来ることの切なさを、最近よく感じます。父が入院したり、叔父が亡くなってから、殊に、その想いを深くしました。
私の故郷は、文字通り雪深いところにあります。
病床が父が生まれた村は、もっともっと雪深い峠にあります。
私は、故郷に帰る時、必ずその峠を越えなけらばなりません。
峠の村は、この前、福岡で雪だるまがつくれるほど雪が積もった日(多分、この写真を撮られた日?)、1メートル以上の積雪に見舞われていました。
父にその話をすると、目を見開いて、ベッドから起き上がろうとし、しかし、そのまま寝入ってしまいました。父は、まだ、すべての言葉を失ったままです。
子供のころ、山あいの村で育った父が教えてくれた植物の名が二つあります。一つは「ゆきのした」。もう一つは「ふきのとう」。いずれも雪の下で耐えて耐えて春に姿を現す植物です。
ふきのとうの黄緑が白い雪の下から見えると、子供心に喜々としました。ゆきのしたは、決して美しいといえる植物ではないかもしれません。なぜ、この植物に「ゆきのした」という美しい名がつけられたのか、子供の私にはわかりませんでした。
人生も、小説も「ゆきのした」みたいなものかなぁと、最近、漠然と思います。
日経の読者に若い女性達が、増加してるのは推測できます。
長く経済の指針が曖昧模糊としてましたから尚更でしょう。
多分それは精神安定剤にしか成らないでしょう。
過当競争の内需産業の、美味しい情報は「人」と出会いから自らが作り、そしてそれはしばらくマル秘事項です。
今は外需もそうかなと推測してます。
キャリアウーマンの「性」の充足ですか・・w。
そんな淋しいキャリアウーマンが、多いとは想像できます。
でも人それぞれでしょう。
人間は一皮剥けば皆同じ、と映ってしまう畏れ有り。
確かに夫や彼に、稀に性的欲求不満を覚えると、冗談半分に語る女性は多いです。
ただ度々深刻な性的欲求不満を覚える、女性は「稀有」でしょう。
猪は学生時代から建築関連でしたから、キャリアウーマン指向と言って好いのか、「家」や「街」の在り方を考えたり、また所帯を持てば自らの家庭が、繁栄するにはどうしたらいいかを、考えてる女友達が多いです。
はっきり自己主張は有りますが、その生き方やその表現の仕方はまちまちです。
猪はよく彼女達の結婚話や性についても聴かされました。
元来建築は総じて有機的で、セクシャルな所が有り、科学的な事柄や数字だけで成り立ってはいません。
つまり住宅仕事などは、主体的に仕事として楽しむ機会が有ります。
幸か不幸か彼女達は概ね諦めて、ガーデニングに気持ちを向けて楽しんでる「筈」です。
猪の家のワイフの欲求不満解消は、旅や山やワインです。
恐らく「紅子さん」や、無味乾燥とした利益追求のみの商売や、ミュージシャンだとあのバイオリニストやブリトニーー・スピァーズ゛は、常日頃から深刻な性的欲求が有るようです。
バイオリンは独特のメロディ構成が、脳に作用するのでしょうか?w
おっと、高樹のさんを忘れてました。
ブリトニーー・スピァーズ゛も吹っ飛ばせ!w
年配の男性諸氏からお叱りがあるのですね~
ちょっとビックリしました
上海には小説の中で松本さんが体験したような疑似恋愛システムや日本人男性専門のカラオケ(というのは表向きの商売で実際には売春も行っている)もあって、男性側の性的インフラは相当充実しているようですね。紅子さんの振る舞いにご不満をお持ちの方々はその辺の日本人男性のモラルについては如何お考えなのでしょうか?
お金で解消せずに真剣に恋愛して自分の欲しいものを手に入れる紅子さんはとても魅力的な女性です
今の日本女性のリアルな願望が描かれていると思います
家庭に入る、仕事をする、 子どもを産む、産まない
女性は男性よりも多くの選択肢を持って生きていますが、何かを選んだから何かをあきらめる・・・今の女性にはそんな感覚はないですよね
何にもあきらめないで生きていきたい今の女性にとっては
妥協しないから時々疲れてしまうけど、ただでは起きないタフな紅子さんは理想の女性
これからも時にはやんちゃして頑張って下さいませ
琢椰はそう思いながらブログを読んでいる。性をもてあましている瞬間があって、それをやり過ごすと表面上は性への願望が消え、明日の仕事のことが頭に上っている。
しきりと誰かを追いかけていると思うと、若い全裸の女性が追いかけてくる。望んでいるのに何故立ち止まって女を受け入れないのか。・・
目覚めた琢椰は、どうしてあんな夢を見たのだろう、と自問する。性の欲望がないといえば嘘になる。しかし、その流れをやり過ごせば、やって行かれるということを知ったのは数年前のことだった。
けれど、欲張りな女性が堂々と自己主張し始めたのは、いつからでしょうね。松田聖子ちゃんが、まず思い浮かびます。結婚も子供も仕事もと・・さらには恋人も・・・聖子ちゃんはかつては「女性の敵」だったはず。でもそれがあこがれの対象になった。
現実の欲張り女性たちと比べても、紅子さんの願望は、当然かつカワイイものだと思うのですが・・
「あれ、女が好きなくせに嫌いなようなこと言うんだよ。ほんとうのこと言えばいいのに・・」
職場の批判でないことが分かる。琢椰の直ぐ後ろで二十数歳の娘(こ)が向き合って座っている。目がパッチリとして色白でスタイルの良い娘の訴える声に、同年齢の娘の反応する声も届く。
琢椰には関係ない誰かのことを言っているのだが、琢椰に聞こえるように声高に話す美しい瞳の娘。
休憩室のパソコンの画面を見ていた琢椰は、耳をそばだてている己を意識する。
「あのこを抱きたい」という思いが遠くの方でしている。テレビで観る女優より美しい、と目が合うたびに思う。
どうやら人口の多い名古屋以北では、戦後は概ね妻が職業婦人で有ろうと、専業主婦で有ろうと、具体的に云えば、一般の家庭では妻がお金の使い方や、子育てや旅の行き先など、全ての実権を握っていたようです。
M81翁の言い分では、それ以上の何を一体望んでるのだろう?
昔々の横柄な男のように生きて見せても、現代はバッシングされるだけだと思えます。
バッシングについても男女同権でしょう。
本当かな?
一般の女性が松田聖子が憧れの的?
彼女は凄くエラが張ってるので、何となく打たれ強そう・・・女性から見たらそれも愛嬌かも。
猪も今まで女性と接して、「この子は小悪魔的で好い女」と感じたことが有ります。
それは猪や周りの知り合いの男達の、性格や人間性を瞬時に洞察して、今この人は何を考えてるかを「思い当て」、またその心理を予感し理解してる女です。
本人の話だと中学時代までは、男の子を泣かせ従えていた、番長だったそうです。w
これは高樹さんも共通語してますから、ひょっとして「小悪魔」に変身できそうです。
ただ高樹さんは何を考えてるか解らない表情をしたり、また突然、お相手に危害を加えたい発作を起こしたりしないかと少々心配です。
是非、小悪魔的な女に成り切って、頑張って下さい!
彼女の仕事は建築、佐藤八郎の詩は好みでした。
どちらかと云えば鈍な女性や、男性には疎まれたタイプです。
今はガーデニングに夢中のようです。ww
ところで九州地方は今でも、男性がお金や教育やリゾートライフの、実権を握ってるのでしょうか。
紅子さん、楽しんで頑張って下さいよ!
むしろ、「へえ、そうなんだ」と新鮮な感じです。
そういう点、「能動的な男、受動的な女という」偏見を打ち破る効果を果たしているのでは。
それが、以上の二通りの反応を惹き起こしている。
女性自身が<性欲>にこれほど具体的に焦点を当て、女を語る小説に今までお目にかかったことはありません。
もっと若い頃、読んでいたら<女性に対する見方>という点で、ぼくの人生にも影響を与えていたかもしれません。
少なくとも女性への対応が変わっていたのでは。
ますます「甘苦上海」の行く先が楽しみになりました。
でも、人生の最後には、たぶん、「何かをやった」という記憶としては残らないでしょうね。性欲も失ってしまえば、「そんなことあったなあ」でおしまいです。パリで美味しいものを食べたなあ・・その程度の記憶しか残さない。紅子さんが死ぬときに、上海という言葉とともに、心にわき上がってくるもの・・それにはまだたどり着いていません・・作者も・・だから作者の冒険・・
いいですね。
わが為し得なかった願望の発露。
人間の哀しい性。
そんな姿を描いてみたいものです。
分析より、どう感じたかが優先します。
先程のコメントは「小悪魔」の言葉に、つられてしまったのです。w
先程の猪の女友達は、男性について知的好奇心が旺盛で、正確に云えばもう死語かも知れませんが、「娼婦のような女」に男からは見えたのです。
畏れずに云えば、知的好奇心は性的好奇心と比例してます。w
もちろん当時、幼い牡の猪は会話の途切れたとき、ちらっと彼女に見入ってました。
そして大学4年生の時に卒業したら、もう度々会えないので、何と初めてラブレターを書いたのでした。w
でも出すと猪にとっても問題がいろいろ有ります。
先生や男友達にも人気のある女性だったたし、果たしてこのラブレターを出していいものやら。
もう彼氏がいるのかなと思ったり、もし彼女が喜んだら結婚しないといけないのかなと、逃げ越しな気持ちも湧いてきたり。w
で、先ず手紙を出す前に、何時ものようにご機嫌伺いの電話をしました。
ところが何と彼女は開口一番、「◯◯さんでしょう?、この手紙を出したのは?」
猪:違うよう・・しどろもどろ。
彼女:「本当?本当~に、本当~?」
かなりがっかりした様子でした。
う~む、猪は完全に彼女に見透かされていると驚き入りました。
しかし、猪は当時から幼いところが有り、他人の手紙を猪の手紙と間違えたのに、ちょっと悔しさと嫉妬も感じたのです。
そして直ぐに猪はえらく長時間かけたラブレターを、ゴミ箱に捨ててしまったのでした。
このことは誰にも話してません。
お互いの人生を見ると、正解だったと思えます。
この女友達とは今でも交流が有り、昨年の暮れに彼女からちょっと驚く話を聞きました。
暮れに突然70で亡くなったMさんから、初めて晩秋に手紙が届いてたそうです。
内容はどこか生きることの寂しさが、漂った文章が綴られていたそうです。
彼女に内緒をお願いしました。
先生だったMさんに若い頃、お前がだらし無いから、あの子はもの足りない男と一緒になった、と言われました。
でも猪の眼鏡では、彼女の旦那とも交流はあり、好人物で才能も有ります。
彼女のような女性のタイプは、決して相手を間違たりしないかな。
あ、彼女は育った環境も好い女性でした。
猪はこれからすっかり気に入ってる、中年女性との打ち合わせが有ります。
こんな話を書いたり読んでると、牡の猪に豹変しそうで危ないです。ww
娼婦のように、は死語でしょうかね?
私たちの世代は、若い頃、皆が彼女の髪型を真似しました。
でも、今、私たちが彼女に憧れているかというと、決してそうではありませんよ、高樹先生・・・。
ただ、結婚か仕事か、出産か退職かを選ばなくても生きていける時代になりつつあるのは事実だと思います。欲ばりなのではなく、人として当たり前のことが男性と同じようにできる時代がやっと来たのだと認識しています。かくいう私も、結婚していて子供も二人いて尚かつ仕事も続けていますから。私のまわりには、結婚していても恋人のいる友だちも沢山います。
但し、だからといって、紅子さんの生き方を100%肯定できるかというと難しいところもありまして・・・。松本と簡単に結ばれてしまったのは、意外でした。自分には、とても真似のできない行為だと思いました。
ピータンさんや昭和のマロさんの御意見、面白かったです。でも、一番、自分の考えに近いと思ったのは、王龍さんの御意見でした。全く同感です。王龍さん、私より、ひと回り年上の寅年のようですね(^^)神田正輝さんと同じ年ですかね。
私には、男女問わず、王龍さんや、崖さんや、高樹先生と同世代の友だちが沢山いまして・・・。普段は、ほとんど年の差を感じずに、楽しく歓談させて頂いているのですが、ふと年齢差を感じる瞬間があります。それは、家庭や社会のなかでの男女の役割に話が及んだ時と、学生運動(もしくは革命の話)や、若い時にはやっていた歌の話に話題が及んだ時です。
日本では、その約12年の間に、高度経済成長という大きな社会の変化がありました。その社会背景の差異が微妙な世代間格差を生んでいるような気がします。
上海ではどうなんでしょうか?作品中では、上海そのものが人を自由にする場所のように書かれていますね。
紅子さんが死ぬ時、本当に誰との交渉も心に浮かばないのでしょうかね?私が死ぬ時はどうなんだろう?と考えてみました。
私には、思い浮かべる人が何人かいるような気がします。そして、そのうちの何人かは、決して性的交渉のあった人ではありません。
愛欲の問題は、男女問わず人間が生きていく上で、絶対に避けては通れない問題です。しかし、人間は、ただそれだけで生きているわけでもないように思います。
紅子さんが本当にほしいのは、性の欲望を満たすものだけですか?違うような気がするんだけど・・・。
小説と主人公の行方。
主人公は作者の最初の意図に反して独り歩きを始めます。
言霊に憑かれたように自由意志で動き出す。これが本物だ、という考えがありますね。
一方、実験小説。これからの女性の生き方考え方イニシアチヴを作者の意図により新たな世界観、生きる道を提示する、ということがあるわけですね!!
さあ! 「甘苦上海」は如何に!
今年50歳になります。紅子さんの、心の揺れ、駆け引き、身体、仕事、すべてに共感できます。私もこの1年とリンクします。
今日の『13センチ』にはニヤリとしました。ちなみに私は『おもちゃ』と思うことにしてます。
世の中の変化、女性の生き方、男女のあり方、色々と論じてみても、女の心も身体も太古の昔から少しも変わっていないようにも思うのです。
着飾ってみても、肩書きを持ってみても、その核となるものはどんな時代でも、誰でも、そう変わりないのだと思う今日この頃。
そう思うと、少し楽に生きられるようになりました。
全てが手に入ると思うのは幻想かも知れませんね(多分、幻想)
現代の女性は選択肢や可能性が増えた分、悩みが多くなったのかも・・・
でも、悩んでジタバタすることにも意味があるかな、と思います
紅子さんの本当に手に入れたいものは、性の欲望を満たすことでしょうか?
ところで恋愛の何パーセントが性欲で出来ているのでしょうか?
ココロとカラダは深く結びついていて、ココロが満たされれば
カラダも潤うこともあれば、またその逆もあるのでは?
実にややこしい関係!
ココロが傷付かないようにメイク・ラヴでないつもりのセックスをしても、カラダからの反撃は怖いものがあるかも?
どうぞ紅子さんも悩みつつジタバタしてくださいませ
いつか電話の中で不特定多数の男性乗客を見回して、愛が無くてもセックスできる人がいるだろうかと探してみましたが、当然ながら一人もいませんでした・・片目つぶっても、あきません。ということは、セックスできるというだけで、ある程度の愛があるってことなのでしょう。性の欲望を満たすためにも、最低限度の愛が必要ってことなのでは・・その程度のものを愛と呼ぶ価値があるかどうかは別ですが・・
甘辛上海を読んでいると、まるで愛のない交渉を描いているかのような気がして、頭を傾げる場面がありました。
でも、作者の高樹先生は、上記のコメントで真実を言い当てておられる・・・。なんだかほっとしました。少なくとも私は愛のない交渉はできません。
紅子さんだけでなく、京も同じなのでは?とも思います。王龍さんと同い年の或る男性の友人が私に言ったことがあります。
「君は男は、気持ちがなくできると思ってるんだろう?それは、大きな間違いだ」と。
ピータンさんのコメント、いつも心に響きます。というか、いつも同意見や!と頷いてしまいます。まぁ、最も私は伴侶に恵まれているのか、あれかこれかという選択はせずに済んでいますけどー。
今日は、職場でものすごく嫌なことがありました。私、上司に恵まれていないのです。働く女性には、そういう悩みがつきもの。紅子さんの日常にかくいう働く女性の日常や心の痛みが出てこないので少々不満です。で、真のリアリティを感じることができないでいます。
今日は今まで、飲んでうさを晴らしていました。飲んでも飲んでもストレスは発散されません。もう一杯、おいしい九州のお酒を飲んで寝よっと。
セックスができれば相手問わずという若い時期がありました。
もちろん、楽しいセックスは何らかの愛を伴うものですが。
何らかという意味は全人格的にということでなく、顔が可愛いからとか、スタイルがいいからとか、コケティッシュな感じがいいなどという瞬間的な見た目だけでもいいのです。
ただ、子どもを期待する場合はより深く、トータルで相手を考えますが。
こんな風に言うと身も蓋もない感じですが、だからこそ、「甘苦上海」の展開は如何に?と期待も膨らむのです。
当たり前と云えば当たり前ですね。
容姿や話し方やその内容で、この女はどんな人生を過ごして来たのかをイメージし、それをまるごと愛おしいと。
猪にとって、娼婦のように、の意味合いはセックスと直接関係ないようです。
つまり分け隔てなく周囲の男性達を思いやり、最近相手が何を考えたり興味を持ってるか、それにきちんと耳を傾けて自分の意見も伝え、生きている女性のことです。
これって意外と実践できる女性は少なく、度胸と感性も豊かでないと難しいことのようです。
「娼婦のように」の言葉に、ちょっと誤解があったかも知れません。
世の中の女性は一般論で男を決め付け、楽ちんに生きてる人も多く、この娼婦のような女性タイプは今も昔も稀です。
観察していると結果として、腕の悪い(鈍い)女性や欠陥のある男性は、この娼婦タイプにヤキモチを妬いて生きることになります。
猪の娼婦タイプの女性のイメージは白い花ですが、紅子さんは赤い花、果たしてどんな生き方をしてるでしょう。
たまに携帯で日経サイトから読んでます。
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昨年の暮れ一人ぼっちになってしまった、ノブコさんが気になってましたが、幸いと言っていいのか、娼婦タイプの女友達の手にしがみつき、号泣していたそうで安心しました。
既に失った悲しみを表す相手もいない環境で心配でした。
彼女の号泣できたエネルギーと、それを受け止めた人の大きさにホッと猪はしました。
ー性の欲望ではなく、快楽でもない、自分の人生に欠けているものとは何か。紅子には~
降り積もった人生の雪。雪の下に見たくないもの、目を覆いたくなることが横たわっている。人は、己の欲望のみを追いかけていると、大切な何かを、不足している何かを垣間見る瞬間がある。否、そうした瞬間が与えられる人には、まだ幸せにありつけるという一縷の望みが残されているなのかもしれない。
それのみを追いかけている姿。いつしか人の顔をした悪魔になっている。それも紛れもなく人間なのだが、もはや人間である必要はないかもしれない。・・
セックスは、生物にとって子孫繁栄のために必要なものです。なので、その子孫を産み育てる女性にとっては、やはり好ましい、と思う気持ちがないとできないと思います。
しかし、それ以上にセックスをしている時の満たされた気持は、自分が相手に必要とされているとか、自分が相手と繋がっているいるという安心感とか、そういうもののように思います。
援助交際も、実は寂しさや、自分が確認できない不安を、セックスが満たしてくれ、お金というはっきりとしたかたちで自分の価値を確認できるからはまっていくのではないでしょうか。
とセックスについて語ってみましたが、私50年近く生きてきて、一人の男(夫)としかセックスしたことありません。これってどうなのか?と人生半分以上生きてきていまさらですが、本気で考えてる今日この頃です・・・。
また、アラthirty で結婚できない、しないで、性事情が偏向しているのではないかと思います。性体験が低年齢化していることは確かでしょうが、だからといって「幸せ」であるとは思えません。
米国に住んでいる知人(女性)は、アメリカ人男性と籍を入れて何十年も同じ屋根の下に暮らしていますが、一度もセックスをしたことがないと言い、別の白人男性と仲良くしていますが、その方とは、「人間」として相手を尊重している付き合いで、セックスへは走ることはないようです。若くはありませんが、生い立ちに、そうさせない人生訓があるわけです。
「フロリダの空の下」という作品でその辺りを綴っていますが。
高樹女史の作品展開が楽しみですね!!
もちろん農耕社会から工業社会に変化した・・・というのも背景にはあります。
もともと日本は乱婚社会でした。
これは農耕が主たる経済の要だったことにも起因しています。
江戸時代にそれはご法度では?などと思われる方もいるとは思いますが、それはあくまで将軍様のおひざもとのお話だけで他はレアケースだったりします。
機械がないころは、いちばん元手がかからなくてお米を稼げるのは人間でした。
そのため力持ちがもてる時代で、そういった人の子が他でできたら家庭でもめるのではなく、村の子として大事にした・・・というのが過去の日本です。
その他、江戸時代以前の山間部ではどうしても近親婚になりがちで遺伝子が近くなるので、行商で来た人から・・・ということもあるそうです。
現代人から見れば偏見のまなざしで見るでしょうが、当時は切実な問題(遺伝的・生活上)という社会的背景もあります。
いまの日本では性は秘すべきもの・・・という風潮ですが、このように今では考えられないほどオープンで聖なるものだったのです。
現に男性や女性のシンボルが神様として祭られている神社が日本各地にあることがそれを証明しています。
乱婚を奨励するつもりはなく、あくまでその時点での社会の中における必然性もある・・・ということを言いたかったので書かせていただきました。
ただ愛も大切ですが、お互い納得の上でかつその後の責任を取ること・・・最低限の節度を持たないと獣にも人間は劣ってしまいます。
とくに最近の悲惨なニュースなど見ていると、そう感じてしまいます。
しかし世代別の女性の未婚率を確認したら、1955年~70年生まれの世代が急激に増えてます。
またその前の数年間に増え初めています。
団塊世代の後の世代です。
これは彼女達の適齢期に円高やオイルショックや、内需の不況とが重なっています。
日本だけでなく、基本的な子孫を残す性も立ち行かないとは、これは大きな社会問題でしょう。
紅子さんもこの世代です。
アラフォー世代は優雅で元気が好いと、猪はどうやら錯覚していたようです。
確かに猪の20代後半から40代は、大企業や優良企業の傘下に居るか、ちょっと特別な能力がないと、マトモな収入は得られなかったです。
猪も高樹さんも今の日本で進んでる、現実の認識が甘いようです。
猪は29才の時に何とかなるさと、えいや~の気持ちで若い学生と結婚しました。
当時、自前の仕事では生活の見通しが付かず、設計事務所に出向していました。
かなり無謀でしたが、無謀な青春を過ごした、その余勢をかっての事だったと思います。
当時の世の中は段々味気ない社会になり、そんな音楽やアートやデザインも蔓延し、これは自前の家族を持たないと思いました。
しばらくは続く恐慌事態に、どんな対策が有効なんでしょう?
辛いこともありますが
お互いがんばりましょう
やっと、私にも紅子さんが見えてきました。
でも紅子さん、裏切らないでよ・・・と祈っています。
まだまだ、参ってはいけません(笑)
まだまだ安心は出来ないのですけれど。
一日PCを覗かないでいると、更に色んなコメントが増えていて驚きます。
まず「愛のある性」について書かれた崖さんのコメントを読んで、崖さん、意外とまとも?なんだぁ~と思いました(怒らないで下さい、ごめんなさい・・・)。
明日のECOさんって、最初に登場された時には、紅子さんタイプの方なのかと思いきや「夫ひとり・・・」の記述に、おっとっと(いや、別にダジャレでなく)と思いました。
それが現実なのかもしれませんね。
いちいさんの「性の低年齢化」の話・・・。切実に感じます。
私、ある日、中学生の子供が同じ中学生(1学年上)の先輩からもらったメールを見て驚いたことがありまして。「俺、今日、童貞卒業した」と書いてあったからです。あとで、そのことを巡り次男と大ゲンカになりました。親なら怒るのは当たり前だと思うのですが、今時の中学生事情は昔とは大違いのようで。小学生で、もうすましたって子も、少なくないのかもしれません。
一方で、高樹先生の「四分の一」のコメントのような統計がが・・・。えっ?ほんとですか?驚いたなぁ~。でも、これもまた、なんとなくわかるような気がします。
「迷惑メール」さんのコメントは、さえないHNに関わらず、意を得たものかと思います。そうですよね。愛も大切だけど、お互い納得してそうなったのなら、いい大人同士のすることなのだから、互いに責任をとることを覚悟しなければね・・・。
けど、なんで日本にも一夫多妻制に似たものは存在したのに、一妻多夫制は存在しなかったわけ?なんか、そういうところがすっごく女性差別的に感じるんだよなぁ~。紅子さんみたいに、ひとりで何人もの男性とまぐわう女性って、昔はいなかったんですか?それを道徳的に肯定するものではありませんが。
最後に崖さんの未婚率のコメント・・・。
1955年生まれ以降の女性に未婚率が多いのは、1986年に施行された男女雇用機会均等法と無縁ではないと思います。
1986年に社会人デビューした四年生大学卒業の女性は、1962年生まれか1963年生まれのはず。新聞の年齢設定を現在のものと考えると紅子さんは1957年生まれくらいってことになります。
1986年に社会人になった女性のことを俗に「ジャスト雇均法世代」といい、紅子さんのようにそれ以前に社会人になったけれども世代的に近い人を「プレ雇均法世代」、男女雇用均等法以降に世の中に出た女性を「アフター雇均法世代」と呼称するそうです。彼女たちは、いわゆるアラフォーと重なる世代です。
この「アフター雇均法世代」の未婚率は非常に高いはずです。まだ、法整備がままならず、さりとて女性の社会進出は確実に進んだ世代で、結婚したり子供を産むことが仕事の妨げになると考えられた世代です。ありていに言えば、結婚して子供を産むことで男性と同じようには働けなくなるに違いないという社会的パッシングを受けた世代でもあります。ピータンさんの言う「あれかこれか」という選択を余儀なくさせられた世代でもあります。
やがて、それ以降の世代の女性たちは、結婚して子供を産んで
も仕事を続けられるんだと思えるような社会に恵まれて、結婚しても仕事をやめない、或いは子供を産んでも仕事をやめなくなっていき・・・。その後の未婚率は、やや下降しているはずです。
女性の雇用事情以外にも、例えば男性が女性化しつつあったり、異性に限らず人との関わりを嫌う若者や閉じこもりの若者が増えていった世相も影響して、未婚率が増えたり、性交渉をしたがらない男女が増えているのかもしれません。
ちなみに、現在も、子供を育てながら仕事をしている女性は全女性のなかの約4割にすぎません。おまけに、そのうちの約7割が、近くに夫か妻の両親のいずれかがいる人なんだそうです。
政府は、この4割という数字を数年後には5割に、やがては6割から7割にあげるための具体的対策を練りつつあるようです。
紅子さんは、まだ男女が平等に生きる法整備の全くなかった時代の日本で青春時代を送ったことになります。けれども、戦後のベビーブームに生まれた世代とは又ちがい、女性が男の人と同じように働ける日が近づいていることを肌で感じられる時代に生き、少なくとも大学を卒業するまでは男女平等の教育を受けた世代のはずです。女性が、最も肩に力を入れて働いていた世代でしょう。
まぁ、いつかの明日のECOさんの御指摘にもあったように、男女の性愛は普遍的なもので、社会背景など関係ない部分もありますけどね。
「純文学の作品には、時代をきっていることが必要」と言った編集者がいます。やはり、作品と時代を全く切り離して考えることはできないようにも思います。
ごめんなさい。久しぶりに蘊蓄?たれちゃいました。御許しを。全部、ネットで調べた情報ではなく、普段、私の仕事に必要で、仕事中に話している話です。
高樹さんの日記の中で「お叱りを受けました~・・・ごめんささい」とありますが、よく考えてみると確信犯なんですよね~?
一昔前は日本で50歳の女性といえば世間は「女」として扱うことなどなかったですよね。そこを50歳を過ぎてまだまだ女としての人生を楽しみたい紅子さんが、あの手この手で世間に揺さぶりを掛けて来たわけで、実際にお叱りを受けた時には「しめしめ」とほくそ笑んでいたのでは?
私は明日ekoさんて行動にこそ違いがあっても歯に衣着せぬコメント、やはり紅子さんと同様男前の素敵な女性とお察しします
推測するだに、明日ekoさんは多分お若いうちに結婚されて(当時、女はクリスマスケーキに例えられていた時代です)そのまま平穏なご夫婦の愛情生活を続けてこられて、気が付いたら50歳だったのでは?
世間的にはとっても理想的なことだと思うのですが・・・
ご自身では「女の心も身体も少しも変わっていないと思う」
とのことですが、そうでしょうか?
太古の時代だったら、「女の生き方ってこんなものだ」と思っていたのでは?
それが今では情報量も多く、おまけに朝から紅子さんが挑発してくるしで「このままでいいのか?」と考えてしまうのではないでしょうか?
それこそが紅子さんの思惑!
同じ結論に到達するにせよ、いろいろ考えることの意味を問われていると感じます
アフリカの種族で日本人の遺伝子を欲しがっていると聞いたことがあります。
愛がなくとも生殖行動(セックス)は出来ます。しなくてはいけません。 それは生物としての生殖行動です。 あるいは単純に本能的な快楽を求めているのです。
生殖行動と意識してセックスしている人は少ないでしょう。
本能的な快楽を求めて、愛がなくとも、セックスしている人はたくさん、たくさんいると思います。断言できます。
娼婦は唇を許しません。
初めてのキスは高校2年生の時でした。その相手に「僕は君を愛しているのかは分らない」と言ったら、別れることになりました。今でも、「愛」とは何なのか考えてしまいます。
紅子は京を・・・。
私は30代後半ですが、私が高校生の頃(約20年前)に、「中学生の10人に1人・高校生の10人に8人は性体験をしている」という資料がありました。保健だかなにかの授業の時に、先生がその資料を使って授業をしていました。
これって、「30歳定点で四分の一の男女が異性との性体験がない」という統計と矛盾していますよね。
性体験のアンケートというのは、所詮は「自己申告制」ですから、いくらでもウソが書けます。「セックス未経験は恥ずかしい」「早くセックスを経験すれば自慢できる」という価値観が浸透してれば、回答者はいくらでもウソを書きます。
しかも、回答者は全国から満遍なく集めたわけではありません。私が高校生の頃に見かけた資料も、集計方法が不明でした。
統計を持ち出すのであれば、どれだけ信憑性があるのかきちんと示さないと、やみくもに偏った情報だけが広まってしまうと思いますよ。
現実離れしている、という意見も多く見られますが、先生が書きたい核心を描き出すにはこの現実離れした設定は必要だと思います。
私が紅子さんに共感できるのは、昨年来あった、様々な経験からです。
恋人が、夫となり、子供達の父親となり、と平穏な、まるで静かな雪景色のようにしんとした家庭ではありながら、その下にあったものが露呈し、うすうすわかってはいたもののその有様に打ちのめされ、それでも何とか修復しています。
私は雪国育ちなのでよくわかりますが、3月後半雪が溶けだした時は、雪と、土と、埃と、時には埋もれていたごみまでが混ざりあい汚いものです。やがて、雪がすっかり融けて土の下から緑が出てくると雪国の遅い春はようやく春らしい体裁を整えます。
私が、このままでいいのか?と思うのは紅子さんの挑発ではなく、一人の男の真の変わらぬ愛を勝ち得たいと思うが故です。紅子さんが松本との関係ができてから京に対する態度に自信が持てたように・・・。
男も女も我が儘で困ったものです。その我が儘に拍車をかけるような情報過多な時代。自分が本当にほしいもの、自分が真に必要とするものを常に自分に問いかけていないと情報の波にのまれてしまいそうです。
人生色々あるとつくづく思います。私のような平凡な人間でさえ予期せぬことが起こります。現実離れした小説は、実は現実を映し出す鏡なのだと思います。
今日の小説
あれから京とも松本ともいろいろあった・・・
ってなんですか~!?もう、それが知りたいのに!!
先生そこのところよろしく!
真ん中の葉っぱの大きな常緑樹は柑橘類でしょうか、手前の傾いたのも牡丹か、あの紅いバラか携帯では解りません。
この盛り上がりに、つい、猪は思い出しました。
この雪の下には白日夢でしょうか?
やはりあの毒ムカデの卵や幼虫達が、ホント~にうじゃうじゃいる筈です。ww
猪はピンクや特に赤いスウィートピーが好みですが、松田聖子の歌とは関係なく、子供のころ庭の女竹に絡んで咲いていた、赤いスウィートピーが好みだったのです。
スカーレット系の赤い遺伝子は少し劣性のようで、この30年、毎年ピンクやホワイト系やブルー系が発芽率も良いのです。
何故か今年は赤いスウィートピーしか、芽吹いて株になっていません、あっ、忘れていました、ピンク系はいつものヒヨドリに、全て食べられたのでした。w
これを自然占いだとすると、紅子さんが繁茂する年かも知れませんね!w
ヒヨドリに食べられないように気をつけて下さいね?
猪も毒ムカデに変身しましょう。w
昨年、日本水仙や淡いピンクの牡丹や、サクランボの大鉢等を、お施主さんが買い足した土地に、たくさん引き取って貰いました。
お施主さんは50代半ばの女性で、今年の計画の打ち合わをして来ました。
その時、猪はしっかり彼女のセックスチェックをして来ましたよ。w
いえ、どこかにセクシィなところが有るかのチェックです。
猪もこの数年でハゲ上がり、ボルサリーノのお世話にになっており、ちょっと生意気かも知れません。
皆さんご安心下さい、未だ手や腕の肌にセクシィさを見つけました。
レモンを沢山取って、肌の活力の維持に努力されてました。
猪はパイナップルの方が、Cが十倍と進言しましたが、しかし糖分が多いと・・。w
でも猪のこの感性には、ちょっと幻想と錯覚も含まれてます。
猪、実は四年余り前に彼女と出会ってます。
その時の、セーターに立ち上がった胸の残像イメージが有り、愛おしさやセクシィさを感じたのかも知れません。
確かにこの四年余りで、かなりの変化を感じますが、それも愛おしいと感じました。
何時も猪は彼女と会うと少しドキドキします。
何故なら猪が大きなご自宅に上がると、必ず二人が落ち着くようにと、彼女が内側から鍵を掛けてしまうからです。
大丈夫よ、などと言われると益々ドキドキします。
日本にも作品や弟子達を沢山残した、建築家フランク・ロイド・ライトは、夫人の施主と度々恋に落ち、その度に離婚と結婚を繰り返し、確か5度も結婚しました。
時には重婚罪でも訴えられてます。
やはり住宅はこれが大変そうです。
猪にも住み着いてる、毒ムカデはモグラの穴へ退散します。w
猪は高樹さんの統計資料のお話しを、30才の独身の男女の定点資料で、1/4が未体験だったと理解しました。
これは今の30才の独身男女では有り得ます。
猪、二、三年前にある35才と33才の男女を引き合わせましたが、男性は童貞でしたし、どうやら女性も処女だったかも。
このカップルは破談しましたが、理由は二人に共通した幼いちょっとしたセンスでした。
何故、童貞を守ってるのか聞いたら、訳のわからない女の子とはしたくない、とのことでした。
まあ、慌てず伴侶を見つけたいと思っていたら、こんな統計も有るでしょう。
つまり既婚・未婚を含んだ30才定点でしたら、10数%でしょうから。
また出会いの時点での、お互い処女性・童貞性を大切にしたいと思うのも自由です。
若い頃、所帯を持つとすれば、今後予想される夫婦生活で、恐らく喧嘩もあれば譲歩もあるので、猪にとっては若さと処女性はかなり重要でした。
古代から事情のない限り、一般論としては、男女共の共通した本能でしょう。
性の若年化の情報には、資本層が利用できる貧困層を作りたい傀儡政府と、商業主義の思惑も多々有ります。
昔々、友人で結婚したい彼女に、学生時代の女性との付き合いを伝えたら、婚約破棄をされてしまいました。
猪は彼に同行して初めて彼女に会い、何とか鉾を納めて貰いました。w
当時は中堅の画家、佐賀県の出自の娘さんで、もちろん絶世の美女でした。
彼ら夫婦から今も信頼されています。w
雪が融ける時の様子・・・よく、わかります。
ただ、一言、おせっかいかもしれないけれど言わせて下さい。現実には、紅子や京の真似事をするのはとても難しいと思います。はねかえってくる負の対価や危険の方が大きいと思うのです。夫ひとり!って素晴らしいと私は思いますよ。
たとえ相手が自分を裏切ったとしても、自分も同じ裏切りをして、紅子さんが松本と関係ができてから京への態度に自信が持てた時と同じ心境になるとは限りません。
「小説は現実を映しだす鏡」とは言い得て妙ですが、小説はあくまで虚構の世界でしかないので、余りのめりこまない方がいいと思います。
破滅に向かうのではなく、本当に、ひとりの男の真の変わらぬ愛を得たいと思われるのなら、冒険はなさらぬ方が良いような気がします。
余計なことを言ってごめんなさい。でも、とても気になりました・・・。
紅子の行為は理解できないし協調できない。