virtual"the elf"

神戸の舞子,海岸近くのelf。'04幕を下ろし、その秋仮想空間にてゾンビのごとく甦る。マスター谷口の世界へ酔うこそ!

神戸「西国街道歩き」須磨~兵庫

2016-05-16 10:13:01 | 引越しのごあいさつ
今回は須磨駅から兵庫駅まで歩き

須磨は平安時代からその地名が登場しまくりの場所。
平安時代だけでも・・在原行平がわび住まいをした、源氏物語「須磨の巻」、源平合戦「一ノ谷の戦い・義経の坂落し」などなど。
和歌にも・・須磨の秋、須磨の月、須磨の関などが多数登場しますねぇ。

前回からの続き、松尾芭蕉さんが憧れの須磨にやってきたときのお話・・
 現光寺(昔は源氏寺)にある芭蕉の句碑
「見渡せは なかむれは見れは 須磨の秋」
 見渡せば ながめれば見れば 須磨の秋 
松尾芭蕉さんが須磨に来る10年前に詠んだ句
須磨の秋への憧れ満載の句ですねぇ。。

頭の写真:芭蕉さんは須磨に来れたというので、光源氏が住んだといわれる源氏寺(今は現光寺)の風月庵に宿を取ったようです。
「月はあれど 留主のようなり 須磨の夏」芭蕉
 お月さんは出ているんやけど・・お留守宅を訪れたときのような空振り感がある 須磨の夏
 あれだけの歌に詠まれた「須磨の秋の月」。秋に来てたらもっとキレイんやろなあ・・ 
 風月庵に泊まったけど、光源氏に出会うこともないし・・村雨・松風のような姉妹にも出会わないし・・
夏に訪れた芭蕉さんは物足りないことしきりです。
「月みても 物たはらずや 須磨の夏」芭蕉

 在原行平が京に帰ったのち
松風と村雨の姉妹が過ごした庵の跡「松風村雨堂」

芭蕉さんはこの庵跡にも寄ってます。
福祥寺(須磨寺)にも行くのですが、平敦盛の「青葉の笛」(小枝)の見物料が高い!とこれはパス。
面白い!!
ロマンチストと思いきや、現実派の人間味もあっていいですね~。

芭蕉さんとはこのあたりでバイバイして、長田区へ。
 苅藻川の側に「源平合戦勇士の碑」
平家側:平知章、平通盛
源氏側:猪俣小平六則網、木村源吾重章
付近にあった源平合戦の敵味方4名の碑が集められてここに。

平家物語巻第九「濱軍はまいくさ」:平知章は家人の監物太郎頼賢とともに父である生田森の陣総大将・平知盛を助けるために犠牲となり、知盛は無事船に乗ることができた。

能「通盛」:平通盛の最後は木村源吾重章と刺し違えて。。
が、通盛については妻・小宰相との出会いから小宰相の身投げまでが平家物語巻第九「小宰相身投」にあり、このお話オッサンの僕でもグッときます。

平家物語巻第九「越中前司最期」:山の手の陣の大将軍は平通盛。侍大将は家人である越中前司・平盛俊(平盛国の息子)。
怪力の盛俊はむんずと取り押さえた猪俣小平六則綱の命乞いに騙され、不意打ちで討たれた。お気の毒すぎ。
猪俣!やりかたが汚いぞ! 
ちなみに平盛俊の墓は板宿(長田区)に、碑は明泉寺(長田区)近くにあります。

こんな4名の碑・・仲良くしてるのでしょうか・・?

ここから100mほど離れたところに
 監物太郎頼賢の碑
平知章と一緒のところに建ててあげればよかったのに。。。

神戸市の西半分には源平合戦の名残がたくさんあります。



西国街道歩き(須磨まで)

2016-05-02 17:29:31 | 遊歩・KOBE(神戸ガイド)
頭の写真:須磨浦公園の西端にある「敦盛塚」
      源平合戦一ノ谷の戦いで熊谷真実に殺された少年、平敦盛の塚と言われてます・・

JR朝霧駅から須磨駅まで、ほぼ国道2号線を歩きました。

以前住んでいた西舞子1丁目の旧街道はチャリでたまに通るくらいなので、久々に歩くと・・
「あっ、ここの家建てなおした!」「ここの家は無くなった!」なんてローカル会話をしまいました。
知らなかったのですが、1丁目のつい近所に以前住んでいた方が参加されていたのです。

垂水~塩屋、風情あるコンクリート柵・・
柵から右は昔は海岸だったんですよ~
よって、柵のように見えますが、海岸を埋め立てたので防波堤の上部が出てるだけ。

夕方国道2号線を車で帰ると、塩屋~垂水のあいだはほんと海沿いで、
建物がなくて、夕暮れが綺麗かった印象がありますねぇ・・

須磨浦公園の西にある「境川」(界川)。
播磨国(左=西)と 摂津の国(右=東)を分ける境の川。
摂津国は大阪~須磨・鉢伏山の西の川までで"首都圏"!
川から西は山陽道・播磨国で"田舎"ですわ。

京都から遠く離れた須磨は首都圏の端っこ、首都圏の隅(すみ)。
これが"須磨"(すま)の語源とか。。

在原行平がわび住まいをした、
紫式部作の「源氏物語」で光源氏が一時住んだ、
「平家物語」の"一ノ谷の合戦"があった、
数々の歌に詠まれた・・

昔々から"須磨"はいろんなものに登場します。

江戸時代、松尾芭蕉が憧れの憧れの須磨にやってきたときには、
須磨の名所を巡り、源義経をまねて地元の少年に案内させて
一ノ谷の上の鉄拐山(鉄拐峯)にも登りました。

「かたつむり 角(つの)ふりわけよ 須磨明石」松尾芭蕉
(カタツムリさんよ こっちが須磨でこっちが明石やでと角で指示しなさいよ)

須磨駅に着いて、近くのお店でハモの天ぷらと細巻き鮨を買って、
ビールをお供に「おつかれさ~ん!」
 ハモ天、でか~い!
「かったばかり ハモ箸わけよ 君あたし」ガイド谷口
(買ったばかりのハモ天は 二人で分け分けです)

 いいお天気でした