少林寺流空手道拳昇会

道場案内・活動記録・会員間出来事など

まんパク

2014-10-18 13:57:46 | 日記

私、人ごみは好きではありませんが、娘にどうしてもと誘われ、近いということもあって仕方なく(何ゴチャゴチャ言ってんねん、美味しそうなパンフに引き込まれ、自発的に足が向いたくせに)万博記念公園での全国の食の祭典「まんパク」に行ってまいりました。

いやいや朝からヽ〔゜Д゜〕丿スゴイ人出でした。

ズラ~りとご当地看板メニューが広場を囲んでます。

日本人はホントに紳士淑女です!!

誰もが手にしていた「もちもちポテト」 一本味見させて~とも言えず(当たり前ですが)買ってみました。

その名のとおり「もちもちのポテト」でした。は~

 

食い気だけではありませんよ~。足を伸ばしてコスモス園にも。 秋爛漫


丹波篠山 黒豆狩りに行きました\(^o^)/

2014-10-14 14:41:51 | 日記

 友人のお誘いで、知り合いの農家さんの畑で黒豆狩りをさせていただきました。 のどかな田舎の原風景が広がって、まったく、時間よお止おまれ~って叫びたくなりました。

 これが黒大豆枝豆の畑です。株元でカットして、逆さに持って枝や葉をはさみで落とします。チョッキンチョッキン、楽しい作業でした (写っているのは農家の嫁はんではありません。友人です。溶け込んでますな~。)

 

 

 

 

 


ノーベル平和賞に思うこと

2014-10-13 17:03:40 | 日記

 この度、子供の人権活動で知られるパキスタンのマララ・ユスフザイさんとインドのカイラシュ・サティアルティさんがノーベル平和賞を受賞された。

マララさんはスピーチで、この受賞を、「私が前に進むため、私自身を信じるため、人々が私の運動を支援してくださっていることを知るための、励みとなるのです。~受賞は私が始めた活動の終わりではなく、まさに始まりなのです。私は全ての子供たちが学校に行くのを見たいのです。」「~私はかつて、ノーベル平和賞には値しないと言ってきました。今もそう考えています。しかし、これは私がこれまでしてきたことに対する賞というだけでなく、活動を進め、継続する勇気と希望を与えてくれるための激励なのだと考えています~」と繰り返し位置づけている。                            

 これからの活動の大きな弾みとなる市井の人の受賞は意義深く、既に地位・名声ある人物の功績を讃えることに重点をおいた賞の在り方から一歩進んだ画期的なものだと思う。また、授賞式には、緊張状態にあるパキスタンとインドの両首相の参加をお願いするという。栄誉に溺れることなく、グローバルな視点で授賞式をも両国の平和の架け橋の場とするもくろみ。なんとまだ若干17歳! 

 日本の国会では、国民そっちのけで、与野党がくだらぬことで足の引っ張り合いをしている現状。間抜けな政治家の皆さんは、彼女の力強いスピーチを聞いて恥ずかしくはないのだろうか、私利私欲に走らず少しは頑張って欲しいものだ。と言いながら、ため息しかでませんが・・・・

 さて、話は遡り、日本にも、いや私たち錬心舘門下生の中にも、ノーベル平和賞に匹敵するような仕事をしながら志半ばで銃弾に散った素晴らしい先輩がいたことを忘れてはならない。

 イラク大使館に外交官として赴任し、イラク戦争後の復興・人道支援活動の職務にあたっていた井ノ上正盛書記官だ。2003年11月29日、奥克彦参事官とともに移動車中での殉職であった。奥参事官45歳、井ノ上書記官30歳。お二人共、イラクの子ども達の平和な未来を夢見ながら、現地の人々に溶け込み、職務に邁進する日々であったと聞く。 生きておられれば、どれほど世の中に貢献されたことか!! 11年の歳月が流れたが、思い出すにつけ痛ましく、悲しく、残念でならない。

 井ノ上書記官は宮崎県都城市出身(くしくも、都城出の故臼井師範と同じ中学出身) 小学生のころから錬心舘空手道に親しみ、中学生のときには全国大会で優勝している。小学5年生の時に、アフリカの飢餓ニュースを見たことがきっかけに外交官になる夢を抱き、熊本大学法学部を優秀な成績で卒業し、見事、初志貫徹、外交官となられる。アラビア語に精通し、奥参事官の通訳を担当しながら、中近東諸国の外交官をまとめる能力を発揮していた矢先であったと聞く。奥参事官は、身近な宝塚市の出身であり、こよなくラグビーを愛し、気概あふるる優れた一流の外交官。人としても、外交官としても、惜しみても余りあるお二人の死であった。 

 そして、現在も紛争が続く中、マララさんやカイラシュさんが、テロリストや政治の陰謀に巻き込まれることなく、いつの日か活動が実を結び、輪が広がることを、何よりも世界の平和を願ってやまない。

 


心に響く(てんつくさんの言葉より)

2014-10-12 12:59:30 | 日記
【この世に形あるものは借り物】

てんつくさんの心に響く言葉より…

大事故で病院に運ばれ、家族には助かる見込みはほとんどないと伝えられた方が、死の淵で幽体離脱の経験を経て、2つのことを思ったそうだ。...

ひとつは「自分が死ぬんだ」ということ。

いつの日か、自分の人生にも終わりがくる。

それは、明日かもしれないし、50年先かもしれない。

もうひとつは「自分の物など、なにひとつない」ということ。

もしも、それが自分の物ならば、家も、土地も、貯金も、肉体も、そして奥さんや子どもも、天国に持っていけるはず。

でも、なにひとつ持っていくことはできなかった。

すべては、この世にいる間の借り物で、奥さんや子どもはただ、そばにいてくれていただけ。

そんなことに気づいたそうだ。

形あるものはなに一つ持っていくことはできない。

肉体を離れて天国に持っていけるのは、形のない「想い出」だけ。

だから、形や物に執着しないで目に見えない「思い」や「うれしい気持ち」を見ようとすると、なにが大切でなにが必要じゃないかが見えてくる。

お金も才能も使わなければ持ちぐされてしまうから、喜びのために使って、人生を楽しもう。

『やさしすぎる君へ』サンクチュアリ出版

人がこの世を去ったとき持っていけるものは、形のない「想い出」だけ。

その想い出には二つある。

一つは、人に与えた「喜び」。

もう一つは、人に与えた「悲しみ」。

この「喜び」と「悲しみ」は、この世に生きている人たちの心の中にもずっと残る。

人を裏切ったり、傷つけたりしたら、「やりきれない悲しみ」が残り、

人の幸せのために尽くせば、「喜びや感謝の念」が残る。

「この世に形あるものはすべて借り物」

人の喜びのために生きる人生でありたい。